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13.西宮

 王太子宮は、王宮の西の一角を占める。ゆえに、王太子宮を西宮と称し、転じてそれが王太子の異称ともなっている。

 西宮とか、西宮の方といったら王太子殿下をさすのだ。

 当たり前の事だけど、王太子妃宮は王太子宮と接しているので同じく西側にある。私のために作られた一角なので建物が比較的新しく、内装なども現代的だ。

 装飾過多とも思える他の宮と違い、曲線を優雅に配したシンプルモダンなインテリアはすっきりとしている。

 主が幼い少女である為に、花柄や、淡い色調の美しい色に溢れていて、全体の印象として明るいのが特徴。

 王太子宮は私の宮とも似て装飾が少ない。ここは旧統一帝国時代の建物を利用しているので、だいぶ装飾を取り払ってるはずだ。どうやら、殿下はシンプルを好むらしい。

 実用美を重んじる調度類はきっちり磨き上げられていて飴色に光り、さまざまな色合いの青を基調としたインテリアは、高雅さを感じさせる。


(似合ってるけど、何か寒々しい気が……)


 外は雪が降り出しそうな曇り空だけど、テーブルの上にはお茶のしたくがしてあってカップから湯気が立ち上っている。暖炉にいれられた火もほどよい感じで部屋を暖めている。

 なのに、なんで、こんなに寒く感じられるんだろう……。

 カーテンとか絨毯とか寒色ばかりだからかな……もうちょっと、柔らかい色を混ぜればいいのに、なんて、つい、思考が関係ない方向に流れていく。

 だって、怖いんだもん。

 本当はわかってるよ、この寒さの原因は目の前の王太子殿下だってことは!

 ちょっとくらい現実逃避させて欲しい。何たって、ヘビの前のカエル状態なんだから。


 挨拶の席から拉致されてのティータイムは、異様な沈黙の中にあった。

 本当に静かなの。侍女がお茶を替えてくれたりする時にたつ、小さな衣ずれの音や紅茶を注ぐ音くらいしかしない。

 ここにはいない皆も含めて宮中で息を潜めてこの静寂を守ってる感じだ。

 勿論、私から口を開けるはずもないし……そもそも何を言っていいかもわからない。

 目の前の王太子殿下は、拉致して来たわりには自分の思考に没頭しているようで、窓の外を見て押し黙っている。

 したがって、双方無言で、ただお茶を飲んでいた。


 ……今いれてもらってるこれ、三杯目ね。

 

 お茶を入れてくれたのは、勿論、私付の侍女ではなく王太子殿下付の侍女だ。

 王宮の侍女の制服はお揃いの黒のメイドさんドレスに白いエプロン。どこの所属であるかはそのカフスとヘッドドレスのデザインでわかる。といっても、よく見ないと違いがわからないから、詳しい人じゃなきゃ見分けられない。


 王太子殿下付の侍女は異様な沈黙をまったく気にしていない。もしかしたら、慣れているのかも知れない。

 私はさっきからなんか居心地悪いけど。

 これって、お説教よりきくかもしれない。

 ずっと黙ってるのって難しい。

 あんまりよく知らない人と同じシフトで仕事する時、つい沈黙に耐え切れなくて無駄なことおしゃべりしちゃったり……それで、余計な事言って失敗しちゃったこともあるんだけれど、そういう時の感じがすごいしてる。

 

「……あ」


 新しいお茶を口にして気付いた。さっきと茶葉が変わっていた。

 これ、最初のとはクオリティがまったく違う。

 赤みが強い琥珀色……口に含むとふわりと爽やかな香りが広がる。


「サギヤの初摘みだよ」


 殿下が口を開く。

 驚くほど、静かな声音だった。


「……サギヤ?」

「私の領地の一つだ」


 どうやら、サギヤという地域でとれたファーストフラッシュということらしい。ダージリンにも似てクセがなく飲みやすい。


「……ミルクをやめたのだね」


 問うこともなしにナジェル殿下が問うた。


「はい」


 こくりと頷く。

 前は、いつもは紅茶にたっぷりのミルクと砂糖をスプーン2杯。あるいは、たっぷりのミルクで煮出してはちみつをいれていた。

 でも、今の私の好みはストレート。こんな良い葉はそのままの味を楽しまなきゃもったいないと思う!


(こんなに香り高い葉だったら、パウンドケーキに使ったら美味しいだろうな……あ、クッキーもいい)


 無言のままに王太子殿下の侍女が、私の目の前に焼きたてのパイを置く。

 フォークをいれた時のさくっという音に嬉しくなり、口に入れてちょっとがっかり。アップルパイだけど、ハチミツで煮たリンゴがちょっと失敗してる。

 ……シナモン入れれば良いのに。あと、煮過ぎ。実がドロドロだ。ピューレ状に煮詰めてしまうより、少し形を残そうよ。あと、レモンいれないから色が変色してるんだよ。

 ごめん……細かくて。でも、王宮の菓子職人なんて、プロ中のプロなのにすごく残念なんだもん。

 プロがこの程度でお金もらってたら怒られるよ!……プロってのは、近所の奥さんにはできない技、できない味を提供するからプロなんだよ。

 私のこのアップルパイの評価は50点。

 どうやら、エルゼヴェルトのお城の菓子職人みたいな名人はそうそういるものじゃないらしい。

 

(まあ、えらそうなこと言っても、私もここでプロとして通用するかはわからないんだよね……)


 たぶん、菓子職人としての知識ならかなりのものだ。これまで接して来た情報量が違うし、系統立てて学んでいる強みも有るから。

 腕にも自信がないわけじゃないし、舌にはかなり自信がある。

 でも、私が向こうと同じように作れるかといえば……かなり難しいと思う。

 なんでかというと、決定的な違い……調理器具。

 例えば、あちらのように180度で15分間、ムラなく焼き上げられるオーブンなんてこっちにはない。話に聞いた感じ、基本、直火だから。

 ストーブやオーブンがあるらしいけど、薪や炭が燃料なわけで……それらを私がまともに使えるようになるにはそれなりの修練が必要だろう。

 だから、シフォンとかスポンジのケーキ類は一朝一夕には難しいだろう。タルトだってどこまで焼けるか……。

 とはいえ、まったく何も出来ないわけじゃない。


(んー、こっちで作れるとしたら、ホットケーキとかドーナッツとかだろうな……あと、クッキーやビスケット……)


 繊細な温度コントロールをそれほど必要としない……あるいは、こちらの器具でも何とかなりそうなお菓子類。最初は無理かもしれないけど、こっちのオーブンの火加減さえつかめれば何とかなりそう。

 

(ああ……プリンとかは結構大丈夫かも。あとは、チョコは湯煎だからいけるか……温度を計るものってあるのかな?……待って、待って、もしかしたら、チョコレート自体が存在しないかも……)


 こっちに来て、チョコレート食べてないよ、そういえば。

 ちょっと愕然とした。

 チョコ、好きなのに。

 ……クランキー、バッグに一枚必ず入れてるくらい好きだったのに。

 エルゼヴェルトのお城の職人さんが作ってくれたいろんなお菓子の中にもチョコはもちろんのこと。チョコをつかったものやチョコレート味はなかった。


(例えばものすごい貴重品だったとしても、王太子妃である私が口にできないってことはないだろうから、やっぱりまだチョコはないんだ)


 そう結論づけたら、なんか、異世界に来た実感がものすごくした。

 チョコレートで自覚する自分がちょっとあれだけど。


 ……気を取り直そう。


(料理、は結構いけそうだよね。カレーとかおでんとかは喜ばれそうだし……あとシチュー類。デミグラスソースの作り方とか教えてあげたい)


 この間の雉汁でちょっと自信がついたせいでもあるけど、料理は直火でもだいたい何とかなりそうだ。何も懐石料理をつくるっていうんじゃなし、煮込みやスープなんかだったら下拵えさえ手を抜かなければ大丈夫。

 基本のブイヨンのとり方や、かつおや昆布のダシをひければ大概は何とかなるし。

 

「……口にあわなかったのか?」


 問われて、そのまま「はい」と頷いてしまっていいものか迷った。

 それで職人さんが罰を受けたりしたら困る。

 でも、その躊躇いが充分な回答になってしまったらしい。


「精進させよう」


 ごめんなさい、ここの菓子職人さん。

 がんばって勉強してください。


(あれ……?)


 不思議なことに気付いた。

 さっきから、目の前の殿下には恐いとか思わないで普通にしていられる。あのぞくぞくするような恐怖を感じない。ずーっと無言だったせいで居心地はあんまりよくなかったけど。


「何か?」


 ふるふると首を横に振った。

 侍女たちが綺麗に作ってくれた縦巻きロールが揺れる。今日は何本かの小さな縦巻きロールをツインテールにしてドレスと共布のリボンで留めてる。ロールがふわふわするのが可愛い。


「私の記憶にある限り、君が自分から私と目を合わせたのはほとんど初めてのことだね」

「………………………」


 それは、何て言っていいか……。

 えーと、謝った方がいい?でも、何か違うよね。

 思わず目線が泳いだ。


「しばらく見ない間に、随分と人間らしくなったものだ」


 ……この程度で、そこまで言われるんだ。


「話には聞いていたが、自分の目で見るまで信じられなかったがね」


 みんながあれくらいでびっくりするわけだね。


(……これがこの人の素なのかな……) 


 さっきもちょっとだけそんな気がしたけど。

 自分の宮にいるせいでリラックスしているのかもしれない。

 あの胡散臭い笑みがなくて良かったと思う。

 何気にちくちく嫌味を言われているような気もしないでもないけど、あの、いかにも何か企んでます的な笑顔に比べれば全然平気。


(きっと、普段はあなたが恐かったんだと思うよ)


 会話のたびにこんなふうに冷ややかにさりげなく嫌味を織り交ぜられていたら、普通の子だったらきっと苦手になっていただろう。

 絶対に告げられない言葉を心の中で呟く。

 口に出したらものすごーく恐いことになる……それくらいは私にだってわかる。

 あのね、子供って聡いんだよ。確かに王太子殿下の笑顔はよくデキてるけど……でも、私が怖いとか気持ち悪いとか思うように、気付く子はいると思う。……私が気付いたんだから、きっとアルティリエもそうだったんじゃないかな。確かめようはないけど。


「私は子供は苦手だし、好かれる方ではない自覚もある。だが、君は私の妃だ。慣れてもらわなければ困る」


 ナディル殿下は、いっそ冷ややかに聞こえる口調で言う。

 眼差しは絶対零度の氷の刃。

 これ、ちょっと気の弱い人が言われたら、胸が痛くなるかも。あるいは、その場で土下座して謝りたくなる。

 うん。顔が綺麗なだけに凶悪だ。

 

(この人、これで、一応、歩み寄ってるつもりなんだろうか……)


「聞いているのか?アルティリエ」

 

 苛立ちがやや混じる。

 威圧してるんですか……それ。

 12歳の女の子にはさぞ恐かっただろう。今の私とは別の意味で。


「……怒らないで下さい」

「怒っていない」

「怒っているように聞こえます」

「怒らせているのは、君だ」

「……怒ってないって言ったのに」


 やや上目遣いに殿下を見る。抗議の眼差しのつもり。

 ……あれ?

 殿下は押し黙っていた。

 ……ねえ、もしかして、耳、赤い?

 えっと……ロリコンって言っていいですか?


「……普通にお話しして下さい」


 大きな声や、きつい口調で言われたら、何も言えなくなります。

 ちょっとだけ勇気がわいたので、そう言ってみた。


「これが私の普通だ」


 速攻で返される。


「……じゃあ、頑張って慣れるようにします」


 ここは私から歩み寄るところだろう。


(そうすればきっと苦手意識も薄まるに違いない)


 殿下は不思議そうな顔で私を見る。まるで、初めて見たかのような表情。

 私は、首を傾げる。


「……いや、私も、気をつけよう」


(おお、すごいぞ、私。なんか、このオレ様何様王子様っぽい人から譲歩を引き出したみたい)


 王太子殿下、もしかして意外に素直なのかな?

 ごめんなさい、ちょっと偏見持ちすぎてたかも。


 その後は、お互い、特に何かをしゃべることはなかった。。

 でも、最初の頃のような居心地の悪さはもうなく……二人でぼんやりと庭を眺めていた。

 冬咲きの白薔薇が綺麗だった。

 不思議だったけど、もう無言でいても気にならなかった。

 五杯も紅茶を飲んだから、お昼を食べられなくてリリアに注意された。


 翌朝のモーニング・ティは、サギヤの初積みのストレート。王太子殿下からの贈り物です、とアリスが教えてくれた。


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