表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/102

12.王太子

 王家の私的な居間だと言われて案内された場所は、天井が高くてかなり広いホールだった。

 これを見たら、どこが私的な居間なのだと二十一世紀の現代人は突っ込むだろう。ちょっとしたミニコンサートができそうな広さがある。

 そこに既に国王陛下をはじめとする王室の一家が揃っていた。私を除いて。

 普段なら、入場順も決まってる。

 王室内での順位の下から入って、最後が国王陛下。

 今日、私が最後なのは挨拶をするからだ。拝謁と同じで、一段下から王都帰還のご挨拶をする。


(こ、こわい、コワイ、恐い……。何でこんなににらまれてるの……)


 入室した瞬間に、強い眼差しが突き刺さった。

 注目されることは別に気にならない。でも、この視線はそういう類のものじゃない。

 一歩入った瞬間に、それまでのドキドキが凍り付いた。

 視線で人が殺せるなら死んでるんじゃないか?私。

 

 視線の源は、国王陛下の右に立つ青年……王家の銀と冬の空を凍らせたようなと言われる蒼銀の色彩を持っている……たぶん、いや、きっと彼が私の夫であるナディル王太子殿下だ。

 なまじ顔が綺麗なだけに、その眼差しの冷ややかさがいっそう際立つ。


(……な、何かしたっけ?いや、私は初対面でしょ。しょっぱなからこの敵意って何なの、アルティリエとは儀礼上以上の何かはなかったってリリア言ってたのに!!)

 

 とりあえず、意識しないようにしよう。恐い、恐すぎる。

 絶対零度の風が彼の立つ場所から吹き付けてきてる。


(誰にでも分け隔てなくお優しい王太子殿下じゃなかったの???)


 



「アルティリエ=ルティアーヌ=ディア=ディス=エルゼヴェルト=ダーティエ、帰還いたしました」


 両手を胸の前で交差させ、軽く膝を追って右足の爪先を後ろにつく。女性王族が国王陛下に敬意を示す礼だ。

 天井が高いせいで、消え入りそうにきこえる声。人によっては可愛いというかもしれないけど、聞き取りにくい。腹筋もっと鍛えなきゃだめかもしれない。


「ティーエ、よく帰ったね」


 国王陛下……グラディス四世陛下がにこやかな笑みを浮かべる。

 青白い肌の色、王家の銀髪にアッシュグレイの瞳を持つどこか神経質そうな人。

 若く見えるが年齢はこれで五十三歳だ。四十を過ぎてから即位をしたこの方は、年の離れた異母妹の最後に最も心を痛めた。だからこそ、その遺児である私を気にかける。

 彼こそが王太子妃アルティリエの最大の、そして、最高の後ろ盾。

 実質的な政治的権力を持つのは王太子殿下であっても、玉座の主は陛下ただ御一人だ。


「ありがとうございます」


 礼を述べ、俯くように顔を伏せる。リリアに指導されたアルティリエの癖。

 俯いたかげでこっそり周囲を見回す。

 陛下の左に寄り添う大柄な黒髪の美女が第一王妃ユーリア殿下。その隣のがっちりとした熊みたいな髭の大男がたぶん第二王子のアルフレート殿下。

 一段下に立つのが、第二王妃のアルジェナ殿下、彼女の横で手をつないで立つ母親譲りの赤毛の双子の少年少女が第四王子エオル殿下と第二王女ナディア殿下。

  

(側妃のお二人は来ていないのか)


「侍女のことは不幸な出来事だった。だが、もう忘れなさい。そなたに剣を捧げたものを護衛の中核に据え、警備の増員も図る。王宮にいれば安全だ」

「……はい」


 忘れられるはずがない。でも、この場では頷いておく。

 陛下は満足そうにうなづいた。

 この方は私に優しい。彼はその絶対権力で私を庇護する。

 でも、それはアルティリエの為ではない。既に亡いエフィニア……私の母の為だ。


 彼は、私を見ていない。

 目の前で相対しているからこそ、よくわかる。


「ティーエ、恐ろしい目に遭ったそうですね。もう大丈夫なのですか?」


 ユーリア王妃の温かな言葉。

 王太子ナディル殿下をはじめとする三人の王子とグラーシェス公爵家に降嫁したアリエノール王女を産んだ美貌の王妃。

 既に五十に手が届こうかという年齢であるのに、この方はまるでそれを感じさせない。三十代だと言われても信じられる。


「ありがとうございます。大丈夫、です」


 小さく頷く。

 慈愛の微笑み……神経質で癇癪もちのグラディス陛下を支え、それをカバーし、国政にも並々ならぬ影響力をもつこの王妃の最も美しい表情。

 でも……何か怖いのだ。綺麗すぎるからだろうか。

 美しく、優しく、慈悲深い……国母として民に敬愛されている第一王妃殿下。

 ある意味、王太子殿下はこの方によく似ている。


 

 そして……彼が、私を見た。


 その視線が既に圧力であるほどの、存在感。

 王となる者……ナディル=エセルバート=ディア=ディール=ヴィル=ダーディエ。

 ダーディエの血が産んだ稀代の天才と呼ばれる青年。

 彼は、静かに口を開いた。


「おかえり、ティーエ」


 甘い甘い声音。背筋がゾクリとした。

 彼に魅了されたからじゃない。彼が、恐ろしいからだ。

 ただ、純粋に、こわい。


(だって、おかしいよ)


 さっきまで、彼は怒っていたはずだ。

 明らかな怒りの気配。色で表現するならわずかに青みを帯びた白。

 知ってる?炎は白に近いほど高温なのだ。

 つまり、それだけ怒りは激しかった。

 その怒りの気配がさっと消え去り、そして、それを欠片もみせずに彼は笑っている。

 その切り替えの早さ……あるいは、その完璧なまでの外面が恐ろしい。


「ただいま帰りました、殿下」


 私は、ドレスの裾を持ち上げ、軽く膝を折り頭を下げる。

 身体にしみついたスムーズな礼儀作法。誰の目にも優雅に美しく見える一連の動作。

 

「いろいろあったようだが無事で何よりだ。連絡が滞っていたので、こちらは多少やきもきしていたがね」


(……あ)


「申し訳ございません」


 アルティリエらしく、顔には出さないようにしてこたえる。

 言葉は少なく、なるべく口調は平坦に。

 でも、心の中は申し訳なさが渦巻いた。

 連絡が滞っていた心当たりが、ものすごーくある。

 少なくとも、私は彼に連絡をとる努力をまったくしていない。

 誰がどのように報告していたかはわからないが、私の事故の後、いろいろなことが矢継ぎ早にあり、毒殺未遂などのきれぎれのそれでいて曖昧な報告しか聞いていなかったとすると、さぞやきもきしただろう。

 王太子殿下のもとから派遣されていた文官は、正直、空気のようにどこにいるのかわからなかった。

 エルゼヴェルトのお城で私はそんな人がいることを知らなかったし、知ったのは、王都に入る際に見慣れない人がシュターゼン伯爵をさしおいて責任者として門衛と会話をしているのを目撃して、リリアに誰かと問うたからだ。

 彼がいるから王太子殿下への連絡はこちらからはしなくても大丈夫なのだと、私の身辺をとりまとめるリリアが言っていたし、護衛の長であるシュターゼン伯爵も同様に思っていたようだったが、どうやらそれは間違いだったらしい。

 少なくとも連絡の行き違いがあったことは確かだ。

 道中を差配するために遣わされたといっていたが、私の目にはその任務をまったく果たさなかったように思えるし、更には必要最低限の連絡すらできていなかったようだ。


(ごめんなさい)


 心配させてしまったのかもしれない。

 名ばかりとはいえ妻なのだ。

 それに、幼時から見知っていれば情がわくこともあるだろう。


「まあ、意識のなかった君を責めるわけにはいかないし……記憶に混乱があると聞いたけれど、もう大丈夫なのかな?」


 浮かべられる笑み……母王妃によく似た自愛の微笑み。

 でも、空っぽの笑み。

 王妃と違うのは、彼がそれを自覚していることだろう。

 目にはその慈愛に反するような冷ややかな意志。


(……なんか、私に情とか、あんまりなさそうだ……)


 ごめん。即、否定。

 うん。そういう甘い感情は、この人にはないかもしれない。

 よく知ってるわけじゃないけど、なんかそう思う。ものすごく、ひしひしと現在進行形で。


「覚えていない事はたくさんありますが……」

「が?」

「……問題ありません」


 私のその解答に、彼は興味を失ったような表情をちらりと見せる。

 それが、この時、私の見た彼の唯一の素の表情だったかもしれない。


「そう。ならば良かった」


 それはほんの一瞬のこと。

 彼は、すぐに柔らかな笑みを貼り付ける。


「……それだけかい?」


 陛下がどこか不満げな表情をする。

 いやいやいや、それだけでいいですから。

 これ以上何か言って、藪をつついてヘビを出すような真似はしたくないです。


「この後、二人きりでティータイムを共に過ごそうと思っております……」


 後はその時に……と彼は笑う。

 何も知らなければ……感じなければ、きっと、うっとり見惚れることができただろう。

 でも、私は、気付いてしまったから無理。怖いだけだ。


(い、いらないから。もうこれだけでいいから!)


 思いっきり首を横に振りたかった。

 無表情なアルティリエお得意のお人形ぶりっこをしてなければ、首振り人形のようにぶんぶん振っていたに違いない。


「それは良い」

「ええ。ここのところゆっくり話す機会もありませんでしたし……」

「ああ、そうだ。ティーエもいつまでも子供じゃない。これからは、ちゃんと二人で過ごす機会を設けるように」

「はい」


 彼は綺麗に笑う。

 陛下のやさしさがありがた迷惑だと言ったらバチがあたるだろうか……嫌な予感がする。

 膝が、笑ってしまいそうだった。

 正直に言います。……すっごく、苦手なタイプ。ああいうサドっけありそうな、バリバリ腹芸得意な、腹黒っぽい人は思いっきりダメ。できることなら近寄りたくない。

 お願いだから、助けて欲しい。

 脳裏に浮かぶのは、リリアと私に剣を捧げたシュターゼン伯爵。今の私が信じられる二人の人。


(あれが、夫だなんて……)

 

 あれ呼ばわりしてすいません。

 でも、彼が笑えば笑うほど、恐怖を感じずにはいられない。

 ……ユーリア王妃に感じたより、もっと怖いのだ。

 非のうちどころのない王太子殿下……二重人格だっていう推察はもはや確信に近い。

 なんで、夫がよりによって、一番苦手なタイプなんだろう。

 

 思わず、自分の運の悪さを呪いたくなる。

 嫌いと言わないのは、嫌いと言えるほど、彼を知らないからだ。

 美貌と言われるほどハンサムな夫なんていらない!

 天才なんて言われてる夫なんていらない!

 特別なものなんて何もいらない!

 普通でいい……むしろ、普通の人がいい。

 あんなどこもかしこも……ついでに厄介さも特別製みたいな夫はいらないから!


「陛下、ティーエの帰還の挨拶ももういいでしょう。僕たちはお先に失礼しますよ」


 いや、いいです。私はここにいたいです。

 なのに、つかつかとこちらに歩み寄って来た王太子殿下は、凍りついている私の目の前に立つ。


(…………?)


 ふっと鼻先を掠める甘さと苦さ。

 掴めそうで掴めない何か……浮かび上がるぼんやりとした記憶……何か大事なことを自分が思い出そうとしていると思った。

 それが、もう少しで形になると……はっきりと掴めると思った瞬間だった。


(……え……?)


 視界がぐらりと揺れる。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。


(ええええええっ!!!!!)


 ナディル殿下が、私を抱き上げたのだ。

 お姫様抱っこではなく、小さな子供を抱えるように。

 国王陛下とユーリア王妃殿下が、満足そうな眼差しで私達を見ている。

 第二王妃殿下はあまり興味なさそうで、双子の王女の方が思いっきり私を睨んでる。王子のほうはおろおろして私と王女を見比べ、そして……ナディル王太子の実弟であるアルフレート殿下は、生ぬる~い眼差しで私を見ていた。なんかこう……ご愁傷様、とか、そういう感じで。

 私は、ただ殿下の腕の中で凍り付いていた。

 ヘビに睨まれたカエルの気分だった。  



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ