表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/102

10.初めての料理

 こちらで、初めて料理をしたのは、王都への帰途、野宿を余儀なくされた為だった。


 エルゼヴェルトの城から王都まで、来る時は十日かかったという。

 これは女子供……私のことだ……に合わせた旅で、日程に余裕をみて大きな街ばかりを選んで宿泊したからで、そういったことに一切頓着しなければ、だいたい五日くらいで着く。早馬なら三日ほど。

 私達は、エルルーシアの遺体を運んでいると言う事もあって先を急いでいた。予定では、五日は無理でも六日~七日程度を考えていた。

 ところが三日目のこと。順調に半分くらいまで来たところで、私の馬車の車輪がはずれてしまった。よく見れば車軸が磨り減っていて、交換をしなければならなくなった。車軸の交換はちょっと時間がかかる。


「……おそらく、時間的に次の街に入ることはできません。このあたりには町や村もありませんし……」


 ちょっと大きな街は夜になれば門を閉める。門を閉ざしたら特別な許可がない限り、街の中に入ることは出来ない。


「妃殿下のお名前で閉ざされた門を開くことは可能です」


 リリアが言葉を添える。

 私は首を横に振った。そういう無理はできるだけしない。無理を押し通さなければいけない事ではない。


「今夜は野営となりますが、よろしいですか?」

「はい」


 頷いた。

 元々、天幕などの野営の準備はしている。

 この世界で旅をするというのはよほどお金に余裕がない限り、野宿は当たり前のことだ。現代社会で生きていた私などは、ホテルや旅館に泊まればいいとすぐ考えるけど、宿泊施設を利用できるのはそれなりに収入がある者だけ。

 専門の宿泊施設の数もそれほど多くはないし、少し大きな町にならないとない。宿泊施設がない場合は、だいたい皆教会に行く。教会で幾ばくかの喜捨をして空いている修行者用の宿坊に泊めてもらうのだ。


 私達の一行は、約80名ほどの大所帯だ。大きな街ではともかく、小さな町では分散したとしてもこれだけの人数が宿泊できる場所はない。

 昨日宿泊した町も小さく、私達は教会で休ませてもらい、騎士達は教会の周囲に天幕を張っていた。彼らにとって野営するのは当然の認識で、私達が我慢すれば問題ないことだった。


 氷月半ばの寒い時期だったが、このあたりはそれほど雪深くなる地域ではない。火を絶やさなければ一晩くらいは大丈夫だと思った。

 それに私は、毛糸のタイツをはかされ、全面に毛皮の裏打ちのあるフード付の外套を着せられ、毛皮の中敷をしいたブーツまで履かされているのだ。完全防備状態だ。

 街道から少し入った水辺が野営地と決められた。風除けの林もあり、見通しがきく場所だ。

 騎士達はテントを張ったり、馬の世話をしたりと忙しくしていて、食事のしたくは私の侍女たちの仕事と割り振られた。

 力仕事には役に立たないせいもあるが、少しでも早く食事にしたいのだろう。


「妃殿下はこちらでお休みください」


 騎士達が石を積んで簡単な暖炉を用意してくれて、そのそばに椅子を置いてくれた。

 寝るのは、馬を外した馬車の中。馬車の座席の背もたれを倒してクッションをしきつめれば簡易ベッドだ。そのわきに、二重になった小さな天幕も用意してくれる。

 荷馬車からは、積んでいた大鍋や野菜などが入った箱をおろされた。

 こうした旅では自炊が多い。宿屋ならともかく、教会や領主館に宿泊する事になった場合は、場所をかりて自分達で作るので、材料は多めに準備しているのが普通なんだそうだ。

 

「何を作るの?」

「主食が軍の携帯保存食のビスケットなので、スープを添えようかと思います。……狩りのうまいものが、雉を獲ってくれましたし」


 道中、狩りをしたりするのも当たり前。そうでなければ、新鮮な肉類はほとんど口に入らない。


「そう。楽しみね」


 私は小さく笑う。リリアや侍女達が嬉しそうに笑っている。

 笑顔の連鎖。沈みがちな気分が明るくなる。


(それにしてもこわいなぁ、その手つき)


 ダーディニアでは貴族の奥方や令嬢は、自身ではほとんど料理をしない。

 料理人と相談してメニューを決めたり、ディナーの采配をふるうことはあっても、自分の手で料理を作ることはほとんどない。これは身分が高くなればなるほど顕著な傾向だ。


「きゃあ」

「いたっ」


 ジュリアが剥いていた芋を落とし、アリスが指を切る。


「何やってるの」


 リリアが呆れ顔になる。

 さすがにリリアは器用だ。御料牧場の管理人の娘で料理経験のあるミレディと二人で奮闘している。

 別に料理が軽んじられているわけではない。

 むしろ、こちらでは料理人は高給を得られる専門技能職として認められている。使用人で一番給金が高いのは執事だが、腕の良い料理人はその執事に匹敵する俸給を得ることもあるという。

 貴族の館の料理長ともなれば、地元では名士扱いだし、農村の貧乏人が出世しようと思ったらまず料理人を目指すと言われている。


 ただ、調理設備がそれほど発達しているわけではなく、事故も多い。常に火を使う台所は危険な場所だから、婦女子に踏み込ませないと言う騎士道精神から、貴族の奥方や令嬢は台所にはあまり入らないものとされているらしい。

 市街や農村の人々の間においてはまったく逆で、調理は一家の主婦の大事な仕事で、男は邪魔をしない為にも台所には入らないこととされている。


(今日は、時間かかりすぎるとちょっと不満でそうだよね……)


 昼の休憩が満足にとれなかった。陽も落ちて来たし、おなかも減っているだろう。

 騎士達は野営になれているので手際がよく、既に準備を整えつつある。

 私達はともかく、騎士の全員がテントの内に入れるわけではない。半数以上が火の側で肩を寄せ合うことになる。せめて、体を芯から暖めるようなものを早く食べさせてあげたい。


「……私もやるわ」

「え?」

「本で読んだ料理があるの。身体が温まる料理。私が作るわ」


 ごめん、本で読んだっていうのは嘘です。野外でこれだけの人数分を調理するのははじめてだけど、この覚束無い手つきの侍女達よりはマシだろう。


「え、あ……」


 リリアに何か言われる前にさっさとアリスの使っていたナイフを手にする。

 本当は、おとなしく見ていようと思ってたんだよ。でも、何もしないでただ座っているだけなのは苦痛だったし、久しぶりに料理がしたかった。


「アリスは傷の手あてが終わったら、騎士達に鍋に水を汲んでもらって」

「はい」

「終わったら、調味料をその板の上に並べて」


 手が動く。小さくなってしまったけどちゃんとナイフは扱える。良かった。指先の感覚は鈍ってない。

  

「そこ、手が空いている人がいたらお芋の皮を剥いて。人参とダーハは剥かなくていいから綺麗に洗って……これくらいの厚みでこんな風に刻んで」


 手持ちぶさたそうな騎士にいちょう切りの見本を見せる。ダーハというのは緑色の大根。味もクセがなくすっきりしていて見た目も大根そのものなんだけど、色が中まで黄緑。時間があればこれでふろふきとか作りたい。


「きのこは軽く洗って、お肉は解体できた?そう。じゃあ、一口サイズに切って」


 この場合、必要なのはスピードだ。 

 並べられた調味料を見ると味噌があった。九州の麦味噌みたい味。舐めてみたら味もよく似ていたし、これはいい!と思った。麦味噌大好き。


(味噌仕立ての雉汁にしよう。生姜とネギたっぷりで) 


 生姜をたっぷり刻み、半分を味噌と混ぜる。そこにワインで洗い、塩を振った雉肉を漬け込む。本当は一時間くらい漬けて置きたいけど贅沢はいえない。

 一行の人数は総勢80名余り。この人数分を作るのはなかなか労力がいる。


「お椀とか人数分あるのかしら?」


 私の疑問に、かたわらにいた淡い金の髪の人が答える。


「騎士は携帯糧食を常に三食分携帯していますが、糧食が入っている缶の蓋が皿、容器部分がお椀代わりになるんですよ」

「そうなの?缶で熱くないの?」

「熱いですよ。でも、慣れてますから」


 初めて知った。

 あの缶で煮炊きもできるそうだ。飯盒みたいなものかも。……ちょっと欲しいと思ったのは内緒。いや、使うチャンスはなさそうだけど。


「あ、これを洗って。それから、そのきのこも洗って。鍋には油を多めに……そう」

 

 騎士団には料理番を担当する従騎士がいる。グレッグとオルという二人が、力がない私の代わりに実際の調理を担当してくれた。


「まずは、生姜を炒めて」


 半分残しておいた生姜にちょっとの赤とうがらしを刻んで混ぜる。

 じゅっという音と冬の夜の空気の中に立ち上る香りに皆がこちらに注目しはじめた。


「お肉を抜いて……味噌を全部いれて炒めて」


 火ががんがんに強くなってくる。味噌が焦げる香ばしいいい匂いした。

 それから、雉肉を炒める。味噌を先に多少焦がすのポイントね。

 鍋をかき回している棒が、交換した馬車の車軸に見えた。


「ああ、あれ、車軸ですよ。大丈夫です。表面は一通り削りましたから」


(いや、そういう問題じゃないから……いいや、気にしないようにしよう……)


 次いで、隣の大鍋でがんがんにわかしていたお湯を注ぎいれる。じゅわーっという音がして、猛烈な湯気が立ち上った。


「あつっ」

「妃殿下っ」


 手に滴がとんでびっくりした。私はびっくりしただけだけど、グレッグとオルはあからさまに顔色を変える。膝をついて謝罪しようとしたのを押し留めて手順を指示する。こんなのたいしたことないのに。


「大丈夫。ちょっとはねただけ。……あ、お野菜投入して」


 野菜が煮えたら、味を見ながら仕上げをする。お玉は普通サイズだった。鍋に落としたらきっとわからなくなってしまうだろう……それくらい鍋は大きかった。

 お玉でバケツにはいっている塩をがばっとよそって投入する。料理っていうにはあまりにも豪快すぎるけど、この量では仕方がない。

 最後の白ワインをどくどく注いだら、シュターゼン伯爵がもったいなさそうな顔をした。どうやらワイン好きらしい。でも、このお酒が味に深みをあたえてくれるんだよ。


「……もう、できたんですか?」


 さっきから待ちかねている金髪おにーさんだった。いかにもお坊ちゃん風の育ちの良さ。ついでに、これまで見た中ではピカイチ顔が良い。

 アリスやジュリアがさっきから意識しているのが丸わかりだ。


「ええ。あ、食べる前に好みでネギをいれて」


 ……あ、あれ?もしかして、この人、あれじゃないだろうか……えーと、護衛につけられた三番目のお兄さん。


「あの……」

「妃殿下、これ、うまいです。どこの料理ですか?」

「えーと……本で読んだの。生姜をたっぷりいれると身体が温まるって書いてあったからちょうどいいと思って……」


 確認しようとしていたら、知らない誰かから声をかけられる。名前が思い浮かばないからエルゼヴェルトの騎士かもしれない。彼と話している間に、兄らしき人の姿は視界から消えてしまった。今度見た時は忘れずに礼を言おう。

 夜の中に広がる温かな匂いに、行儀が良いはずの騎士達が歓声をあげて鍋に群がってる。


「……妃殿下、これ、すごくおいしいですわ」


 おそるおそる口にしたリリアが目を丸くしてる。なんか、いつの間にかリリアは私を姫と呼ばなくなっていた。

 いつからかな、と思ったけどちょっと思い出せなかった。

 でも、妃殿下と改まって呼ばれてはいても、何となく前より気持ち的には近い気がしている。


「良かった」

「殿下が料理の心得があるとは存じませんでした」

「心得と言うほどのものでもありません」


 シュターゼン伯の言葉に、笑みを返す。

 伯爵の顔が少し赤く染まったのは、火の照り返しじゃないはずだ。


(美少女の笑顔って、すごい威力だな) 


 おかげで追求されなかった。

 ……私がわかる範囲では、アルティリエにはないからね、料理の心得。

 本で読んだ知識だということで押し通そう。幸い、アルティリエがよく本を読んでいる子だというのは周知の事実のようだし。


 あちらこちらで、うまい、とか、よくわからないおたけびがあがってる。

 どうやら、味噌仕立ての雉汁の味付けは大成功のようだ。私はこういう野外での力技系の料理はそんなに得意じゃないけど、うまくいって良かった。


「殿下、どうぞお召し上がりください」  


 私の分も木椀によそわれて運ばれてくる。添えられた木匙。丁寧な仕事のされたもので手によく馴染んでつかいやすい。

 本当は銀のカトラリーよりもこっちの方が食べやすいのだけど、毒の予防も兼ねているのであれはあれで仕方がないのだ。


 あつあつの汁をふーふー言いながら食べるのはすごくおいしい。こうして、火のそばでみんなで集まって食べるのもそれに輪をかけている。

 考えてみれば、こっちに来てから誰かと一緒にごはんを食べるのは初めてだ。

 椅子に腰掛けているのは私だけで、後は皆、切り株をもってきたり、石に座っていたり、地面に木の枝を敷いたりして座ってる。

 身分の違い、というものをあからさまに目の当たりにする。

 私はこれを当然のものとして受け入れなくてはいけない。

 でも、それでも、エルゼヴェルトの城にいた時よりもずっと皆を近く感じていた。


「皆で食べるとおいしい」


 誰に告げることもなしにつぶやいた言葉に、隣に座るシュターゼン伯が目を細めた。


(忘れないでおこう……)


 赤々と燃える炎、立ち上るいい香りの湯気、陽気な騎士達のざわめき。

 きっとこんな機会はそうそうないから。

 王都につけば、今回のお忍びのためだけに組織された護衛隊も解散される。

 リリアのお酒でほんのり染まった顔、ジュリアのおかわりする時の笑顔に、アリスとミレディの内緒話をしている顔。エルルーシアの姿がここにないことに胸が痛む。

 でも、すごく温かくて、見ているだけで楽しかった。

 だから、ずっと忘れないでおこうと思った……きっと、思い出すたびに胸を暖めてくれる記憶になると思ったから。

 



 シュターゼン伯爵以下30名の護衛隊の騎士が、国王陛下の許可を得て私に剣を捧げたのは王都に帰ってすぐのことだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ