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44 幕間 祝福を捧ぐ

「こんどのおうさまは、ほんとうのおうさまなんだってきいたけど、ほんとう?」


 ウェイがたどたどしく問う。


「本当の王様って何だよ。王様に偽物も本物もないっての」


 ジャーロが顔を顰める。

 一時期、なりを潜めていた皮肉屋な性質が戻ってきたらしい。


「だって、ひかりのはしらがたったんだって」

「あたし、見たよ。すぐ消えちゃったけど」


 王宮が光に包まれてたんだ、と興奮気味にフィーが言う。別にこれはフィーだけじゃない。孤児院中の……いや、たぶん王都中の人間が同じ興奮と、そして熱狂とを共有していた。


「ねえねえ、戴冠式ってもう終わったの?」

「今やってんとこだろ」 

「ねえ、まだかなぁ?」

「まだだろ。鐘が鳴ってねえもん。きっと、まだ儀式やってんだよ」


 昨日まで多くの人でごった返していた大通りは、今は人っ子一人歩いていない。屋台も全部閉められている。パレードの間は店じまいで、終わったらまた開いてもいいのだ。

 といっても、俺たちの屋台はもう売るものがない。隣の聖堂の倉庫の備蓄もほとんど使い切ってすっからかんになるまで売りつくした。

 ちょっと無理してでもここで売りまくって知名度をあげるのだとジャーロが張り切ったせいだ。ついでに隣の聖堂の生臭司教を絶句させる勢いで巻き込んで、俺も暴走はしたような気がする。

 シオン猊下の持ってきた話は、俺達を冷静でいられなくしたし、それくらいすごい話だったのだ。


「そういや、屋台はどうなったの? ジャーロ」


 今日の後、二日くらいは大通りの屋台は営業している。売るものがない俺たちは、屋台の場所を貸すことにした。


「売り上げ利益の三割で貸すことにした。レラ同席の元、契約済」

「三割! それよく呑んだな」

「最初は半分って言ったんだけどさ」

「吹っ掛けすぎだろ」

「売り上げじゃないよ。利益だよ? あの場所で売れなきゃ、ゼロなんだよ?」

「だけどさ……」

「まあ、もともと三割が落としどころだと思ってたんだけど」


 ジャーロは何かを吹っ切ったらしい。ここ数日。驚くほど絶好調だ。

 それはジャーロだけじゃない。子供たちだけではできないことも、大人が協力してくれればスムーズだ。

 こういったことにあまりいい顔をしないレラ・アデーレだったけれど、元王子様の大司教様が協力してやってください、と言ったものだから驚くほどスムーズに手伝ってくれた。

 レラは、元が貴族のお嬢様なので、商売とか金儲けといったことにあまり理解がない。でも、身分とか地位……えーと、権威ってやつにちょっと弱い。あの大司教猊下はそのへんがよくわかってる。

 ついでに、ものすごく気が利く大司教猊下は隣の生臭司教にも俺達に協力するよう一言言ってくれたらしい。おかげでこれからあんまり面倒くさくなく、いろいろできそうだった。

 ゴーンと鐘が鳴る。

 遠くでわあっと一斉に歓声がわいた。まるで歓声がさざ波のように伝わり、寄せてくる。


「お、出てきたみたいだな」


 さざめきは王宮の方から溢れてくる。

 大通りの両側に溢れるようにたくさんの人がいたし、大通りに面した建物の窓や扉はすべて開け放たれていて、先ほどからそわそわした人たちが何度も顔を覗かせていた。

 建国祭のクライマックスは、『はじまりの庭』と呼ばれる場所での儀式だ。今回は戴冠式も兼ねているので、少し時間がかかったみたいだ。

 儀式については俺たちはよく知らない。俺達みたいな一般庶民にはまったく関係がないから。

俺たちが知っているのは、今日この大通りを新しい国王陛下と王妃殿下がパレードするってことだ。


「国王陛下、ばんざーい」

「王妃殿下、ばんざーい」


 遠くから聞こえてくるその言葉に、みんなも口々に唱和する。

 誰もがいい時代がくるのだと。これからもっといい生活がはじまるのだという期待でいっぱいだった。

 ばんざいの声はだんだんと近づいてくる。

 これは馬車が少しづつ近づいてきている証拠だ。


「国王陛下、ばんざーい」

「王妃殿下、ばんざーい」


 俺達も何となく合わせてその言葉を口にする。

 先ぶれの馬のひづめの音。先頭を王家の旗を持った旗手が行く。その後ろを青毛の大きな馬に乗った立派な身なりの男が満面の笑みを浮かべて沿道の俺たちの前を通り過ぎていく。


「……あの人、誰だ?」


 こそっとジャーロに尋ねた。

 該当しそうな人の名は頭の中に何人か浮かんでいる。けど、俺の知識では残念ながら絞り込むところまではいかない。


「近衛師団長のレーデルド公爵」


 あっさりとジャーロは言った。ジャーロの頭の中には貴族名鑑が丸ごとつまっているから、たぶん間違っていない。


「どこを見ればわかるの?」


 フィーが不思議そうにたずねた。


「まず、あのマント。あの長さが許されているのは、王族……ディアの称号を持つ人だけだ。でもって、軍人なのは確かだろう。ディアで軍人なのは全部で七人。でもって、あの深緋は近衛の色だ。王族、軍人、近衛、ここまでで二人に絞られる。年齢からすると、レーデルド公爵ってことがわかる。……全部は知らなくても、近衛ってこととあの襟の記章が師団長だってことだけ知ってれば、誰かはすぐわかるだろ」

「なるほど」

「なるほどー」


 フィーの感心の言葉を、ウェイがマネする。

 それからも、目の前を東軍、西軍、南軍、北軍の各師団の騎馬中隊が通り過ぎて行く。その殿は黒を纏った中央師団だ。

 黒が見えた瞬間、わあっという歓声があがる。

 黒のその中央師団を率いるのが、新しい国王陛下となられた方の弟だと誰もが知っているからだ。


「アルフレート殿下、ばんざーい」

「おめでとうございますー」


 丸一日と少し前、俺たちの孤児院にいた髭面の冴えなく見えた男は、まったく別人だった。

 美貌と言う言葉にはまったく当てはまらないが、軍人らしい強さが垣間見えるその容貌は、間違いなく格好良い。

 黒と銀を多用した礼装がまた彼のその強さ、そしてにじみ出る精悍さをひきたてている。


「……ねえ、ラグ、あの人」

「……ああ、うん。昨日の人、本人」

「本当に王子様だったんだね」

「まあ、そうだな」

「……大司教猊下も本物だったんだよね?」

「当たり前だろ」

「……じゃあさ、じゃあさ、お嬢って……」


 フィーが言いかけたその時だった。

 隣に立っていたおっさんが腹の底から叫んだ。


「国王陛下、ばんざーい。王妃殿下、ばんざーい」


 からからと軽やかな車輪の音がする。


「……あ……」


 ほんの一瞬だった。

 俺たちに視線を向けたのは、本当に一瞬でしかなかった。

 俺達を認識したのかもわからない。

 でも、俺たちは確かに見たのだ。

 王家の禁色のガウンをまとい、白いふわふわの毛皮の縁取りのマントを見つけたその姿────陽光を浴びてきらきらと金色に輝く髪に、不思議な色合いの青の瞳がこちらにそっと笑いかけていた。

そして……にこやかな笑顔で手を振るその人の手首にあった孔雀緑色のシュシュ。


「……おじょう?」


 ウェイの目に涙がたまる。

 さよならも言えないまま別れてしまったその人を、ウェイはまだ忘れられずにいて、俺たちはうまく慰めてやれなかった。

 薄々、どこの誰なのかみんな気づいていたけれど、名前を出すことはできなかった。

 だって、それはあまりにもありえないことだった。口にしたらそれは夢になってしまうような気がした。


「……ウェイ、お嬢はおうちに帰ったんだ」

「……おじょうのおうちは、こじいんじゃないって、しってたよ、ボク」

「うん」

「おじょうのおうちは、おしろだったんだね」

「……ウェイ、それは秘密なんだ」

「……うん」


 ウェイは目をこすると、自分の手首にもある孔雀緑のその飾りにそっと触れた。それを見て、俺達もそれぞれ自分の飾りに触れる。


「……おうひでんか、ばんざーい」


 たくさんの人たちの歓声が木霊のように響く中、ウェイは精一杯の大声をあげた。


「アルティリエ王妃殿下、ばんざーい」


 俺もまた精一杯の大声をあげる。


「せーのっ」


 不意にルファが音頭をとった。でも、みんな何て言えばいいのかわかっていた。


「「「「「「「「アルティリエ王妃殿下、ばんざーい」」」」」」」」


 その人に届けとばかりに、声の限り叫んだ。


「……あ……」


 通り過ぎた馬車の座席で、その人が振り返った。笑っていたと思う。

 そして、孔雀緑の飾りをした方の手を俺たちに向けて振った。

 ……一瞬だったから夢だったのかもしれない。

 でも、その瞳は確かに俺達を見ていた。

 俺達も同じ色をした飾りを手にして精一杯手を振った

 熱いものがこみあげてくる。

 どんなに蔑まれても、罵られてもこぼれることのなかったものが俺の頬を伝っていた。 

 そして、俺は声を張り上げて新しい御世に祝いの言葉を贈った。

 

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