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もふもふ!  作者: min
高校編(一年生)
18/51

日常

「おはようございます」

「おはようございます、ゆまさん」


 穏やかな朝の一時。

 クラスメートと挨拶を交わしつつ席に着くと、つい最近友達になった夏樹さんが笑みを浮かべながら挨拶をしてくれました。

 こうなるまでにも、実は紆余曲折あったのです。


 私は惣火で、旧家の血筋で、おまけに獣化しません。

 ですから、後々の混乱を防ごうと考えたのでしょう。なんと校長が魔法科以外の学科生へ、例の作戦を含めた私の処遇についての諸々を全てぶちまけてしまったのです。

 おかげで入学してしばらくは、一応『人間』の区分である私に差別の目を向けられることを怖れて、みなさん私のことを避けていってしまって大変でした。

 ですので、割と長い間ぼっちでした。

 昼休みや放課後などに中庭で郡のもふもふに癒してもらっていましたが、あの頃はとても辛かったです…。まぁ、ちょっとしたきっかけで打ち解けることができたので、今はみなさんと仲良しになれたのですが。


「ゆまさんもご出身で苦労していらっしゃるのね」


 そう言って目を細めた夏樹さんは見た目黒髪黒目の大和撫子ですが、びっくりすると猫耳と尻尾が出る女の子です。


 夏樹さんをはじめ、こちらの教棟で生活する生徒のほとんどは、最初こそ差別の目を怖れ私の存在に怯えていましたが、打ち解けた今では私の事情を理解し、案じてくれさえしています。

 なんでも、獣人として生まれた人は多かれ少なかれ差別の目を向けられてきたため、教会の怖さは身に染みて分かっているのだとか。


「そうですね…。惣火の名は思っていたより背負うものが多く、少し戸惑っています」

「特にゆまさんは待望していた『人間』の子ですもの。本家からもなにか言われたのではないですか?」

「特には聞いていませんが…」


 もしかすると、おじいちゃんが握りつぶしたかも―、と言いかけて私は口を噤みました。

 不安そうな声音に、思い当たることがないのだと誤解した夏樹さんは「気にしないでください」と言ってくれましたが、私はその誤解をそのままにしておくことに決めました。

 みなさん、私が『旧家初の旧家出の人間』であることは知っていても、あの『惣火の猛将』の孫娘だという事実はあまり知っていないようですからね。知らないままの方が、精神衛生上いいでしょう。ここはお口にチャックです。


「おはよう、ゆま!」


 爽やかに声をかけてくれたのは私がクラスのみなさんと打ち解ける機会を作ってくださった春日井くんです。

 春日井くん自身にもちょっとしたトラウマがあったようですが、例の機会でそれが軽減されたらしく、今では感謝の気持ち、ということで何かと世話を焼いてくれています。


「おはようございます、春日井くん」

「かたっくるしいなー。謙斗でいいって!」


 今日も爽やかな笑顔が眩しいです。私は自然と笑みを浮かべながらくすくすと笑いました。


「郡が拗ねてしまいますから」

「郡さんはゆまさんにべったりですからね」


 夏樹さんもくすくすと笑いながら微笑ましそうな目でこちらを見てきます。そんな私たちを見て、春日井くんはむっと唇をとがらせてしまいました。


「えー…。でも惣火ばっかずるくね?」

「狡くねーしイトコだし」

「郡!」


 言うが早いか郡は飛び上がると同時に子狐になり、私の腕の中に飛び込んできました。


「惣火授業あんじゃん。早く戻れよ」

「…うっせーし。ゆま、ギリギリまで居ていい?充電」

「なにかありましたか?」

「こっち、もう一部の間では実技始まってるから。魔法すげー疲れる…」

「あらあら。ご愁傷様です」


 狐姿のままくてん、と腕の中で項垂れる郡を見て、夏樹さんは目を丸くして気の毒そうな顔で口元に手をあてました。私はといえば、ぐりぐりと頭を押し付けて懐く郡を、いつものように撫でまわしていました。

 こんな風に周囲を気にせずに狐姿の郡を撫で繰りまわせるのも、ここにいるみんなが獣人だからなのです。

 外に出れば気を抜くことは許されず、うっかり人ではない姿になってしまったら害されることさえ覚悟しなくてはならない。それが獣人たちの現状でした。


「ああ、郡さん。予鈴ですよ?」

「ゆまー…」

「お昼休みに、いつもの場所で。…でしょう?」

「うー…」


 ぶつぶつ言いながらも、郡は人の姿に戻ると、自分のクラスに帰っていきました。子狐の小さな手足では、とてもではありませんが授業に間に合いませんからね。


「いいなー、惣火。なぁゆま。俺のことも撫でてよ」

「いいですよ?」

「やった」


 くすくすと笑いながら、私と夏樹さんは教科書を開きました。少し席が離れている春日井くんは、慌てて自分の席まで戻っていきます。


 ―こんな穏やかな日々が、いつまでも続けばいい。


 私はどこか優しい気持ちになりながら、窓の外から抜けるような青空を見つめていました。



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