リタは友との距離に不安を募らせ、アルの心遣いに感謝する
まだ食事には早い時間帯。話があるとアルフレードは、リタのもとにやってきた。
部屋の中に入ってすぐに「あれ?」と首を傾げるアルフレード。
「ぷっぴぃたちはいないのか?」
「う、うん。遊びに出ているみたい」
「そうか」
リタは内心ホッとする。というのも、リタにもぷっぴぃたちの姿がどうして見当たらないのか心当たりがなかったからだ。いや、正直にいうと全くないわけではない。
ぷっぴぃたちが姿を消したタイミングから考えるに、おそらく精霊や国の特性については深堀りをされたくないのではないか。ただ、アンナと話していた時には特に反応はなかった。ということは、ステファニアと話していた内容のどこかに彼女らの地雷があった。もしくは、全く違う理由があって姿を消しているのか。
わからない。けれど、彼女らがこうしていきなりリタの前から長時間姿を消すのは初めてのことだった。
(アルがきても現れないなんて……近くにはいないのかな? それとも……)
とリタの不安は募る。
部屋がいつもよりも広く、冷たく感じる。
(謝ったら出てきてくれるかな? ううん。それよりもまずこれ以上調べるのを止めよう。お姉様にも言って、それで皆に……)
「リタ……リタ!」
「わ! び、びっくりした」
肩を揺らされ正気に戻れば、目の前にアルフレードの顔があった。心配そうにのぞき込んでくる。リタは慌てた。手で押して距離を取る。心臓がバクバク鳴っている。頬が熱い。
リタは何でもないフリをして、いつもは皆で軽食を取るテーブルへと移動した。アルフレードも定位置に座る。
「それで、話って?」
「その前に、もしリタが体調が悪いならまた今度でも……」
「ううんそれは大丈夫! さっきのはちょっとぼーっとしていただけだから」
アルフレードは「本当か?」という疑いの目を向けてきたが、リタの顔を見て諦めたように話し始めた。
「じゃあ早速本題に入らせてもらうが……」
アルフレードはいつもぷっぴぃが座る席を一瞥し、視線をリタに戻す。そして、リタの緊張した顔を見てクッと笑った。
「そんなに構える必要はない。兄上から聞いた話だが、秘匿しなければならないってほどの内容ではないから」
「そう、なの?」
「ああ。耳が早い者なら知っている内容だ。ただ、その真偽については……兄上でもわからなかった」
リタは目を丸くする。
それはつまり、王家が抱える暗部を動かしても、わからなかったということ。
(ということは、ヴェルデの力を借りてその真偽を確かめたいってこと? いや、アルはそんなことに精霊の力を使わないと約束してくれている)
ボナパルト王家もそのことは知っているはず。「なら、なぜその話を自分に?」とリタは眉根を寄せた。
「それって、どういう内容?」
「ゼフィール王国で……『精霊の愛し子』が見つかったっていう話だ」
「…………え?」
理解するまで数秒かかった。
「なんで?」
無意識に口から飛び出した一言。アルフレードは同調するように頷いている。
「私たちからしてみれば、ありえない話、だよな?」
「うん」
深く頷き返す。
ありえない。たしかにリタは初代皇帝のお願いを取り消した。ベッティオル皇国以外の国で『精霊の愛し子』が現れたとしてもおかしくはない。けれど、リタが結んだぷっぴぃたちとの契約はそのままだ。
それなのに新しい精霊の愛し子が現れるわけ……と考えたところでリタは気づいた。
「もしかして、その『精霊の愛し子』が契約を結んだ大精霊って『木の大精霊』か『金の大精霊』?」
リタが知る限り契約を結んでいない大精霊はこの二人だ。しかし、アルフレードは首を振った。
「いや。『風の大精霊』っていう話だ」
「風の? ってことはヴェルデ? え、でもヴェルデは……」
リタと契約をしている。仮ではあるが。
「ああ……。それで確認したいんだが、その……仮契約の場合は複数の人間と契約を結べる、なんてことはない……だろうか?」
「……わからない」
頭の中がぐわんぐわんしている。それくらいの衝撃だった。
(もしかして……だから皆姿を見せないの?)
ヴェルデは本契約を結びたい相手を見つけたのだろうか。それで皆が見に行っているとか?
ないとはいえない。
「リタ?」
アルフレードが心配げに話しかけてくる。
リタは慌てて彼の顔を見た。
「お姉様はなんて? お姉様にも聞いてみたんでしょう?」
アルフレードは首を横に振る。
「ステファニア義姉上にもわからないと。まず、仮契約を結んだ皇帝は一人もいなかったらしい」
「ああ、そっか……」
そもそもそういう『お願い』を初代皇帝はしたのだ。ならば、前例はないだろう。
「あと、念のため確かめたが、人間が複数の大精霊と契約を結ぶことはあっても、その逆はなかったとも聞いた」
「つまり、大精霊が複数の人間と本契約を結んだ前例はないってことだね」
「ああ」
それは納得できる。本契約は大精霊側にはかなりのデメリットだ。人間側の命令を半強制的に受けなければならないのだから。それを踏まえて考えると複数の人間と本契約を結ぶこと自体無理な話なのかもしれない。
ただ、それはあくまで本契約の話で、仮契約の場合はわからない。もしかしたら……とどんどん深みに嵌まっていく。悪い方向へと。
「リタ、大丈夫か?」
アルフレードの心配するようなかけ声にリタは黙って頷き返す。そして、無理やり笑顔を浮かべた。
「ヴェルデが帰ってきたら……聞いてみるね?」
「リタ……無理はするな」
「無理なんてしてないよ。……私も気になるから。もし、ヴェルデがゼフィール王国の人と本契約をしたいっていうなら、私との契約は解除する必要があるし……だから……」
『そんなことはありえません!』
締め切った室内でいきなり風が吹いたかと思えば、リタの目の前に見覚えのある緑色の鳥が現れた。
緑色の鳥――ヴェルデは必死な様子でリタに話しかけてくる。
『自分はリタさん以外とは契約を結んでいませんし、望んでもいません! だから、契約を撤回するなんて言わないでくださいっっっ!』
捨てないでくださいと言わんばかりの勢いでヴェルデはリタに懇願する。
「ヴェ、ヴェルデいいの? 私で」
『リタさんが! いいんです!』
「そっか……」
リタは己の鼻がツンッとするのを感じた。手を伸ばしヴェルデを抱え上げると、そっと顔を近づける。
『え? あ、あの?! リ、リタさんっ』
「ヴェルデ~」
ヴェルデにスリスリ頬を擦り付ける。ヴェルデは動揺しているがされるがままだ。アルフレードはその様子を苦笑しながら見ていた。
「ちょっとヴェルデ、リタから離れなさいよ!」
「そうよ! あんたにはまだ早いわ!」
『え、ちょ、ぎゃー!!!!!!』
いきなり姿を現したネロとぷっぴぃ。ネロはヴェルデのお尻に爪を立て、ぷっぴぃは彼の翼をガジガジ嚙む。ヴェルデは悲鳴を上げた。その拍子にリタの手が外れる。その隙を二人は見逃さなかった。
ぷっぴぃとネロがリタの空いた懐に飛び込み、互いの頭をぶつけた。睨み合う二人。
「ぷっ。あはははは」
いつもと変わらない光景にリタは吹き出した。ついでに、不安も飛んでいく。
向かいのアルフレードもホッとしたのか、フッとほほ笑む。その笑みを真正面から見たリタとぷっぴぃは衝撃を受け、悶えるのだった。
全員が姿を現し、リタとぷっぴぃが平常心を取り戻した頃。アルフレードは改めてアレッサンドロから聞いたゼフィール王国にいるという『精霊の愛し子』について説明した。
最初に口を開いたのはネロ。
「ゼフィール王国に『風の大精霊』と契約した精霊の愛し子がいるねえ? でも、それはヴェルデじゃないんでしょう?」
ネロの問いかけにヴェルデは必死に頷き返す。
「なら、その噂はただの噂ってことね」
と、ネロははっきりと言い切った。
しかし、アルフレードが「それが」と話を続ける。
「精霊の力でないと説明できない現象が多々起きているらしいんだ」
「たとえば?」
「たとえば……その愛し子の側には常に光の玉が浮いているそうだ。移動する際にはふわりと体が宙に浮き、何かを欲しがれば、人が手を貸すよりも先に物がひとりでに浮かんで愛し子の手元へ運ばれる。……どれも、到底人間の力で説明できる現象ではない」
アルフレードの言葉に全員が黙り込んだ。
(たしかに、それは精霊の力……もっといえば、ヴェルデの力に近いと思う……でも……あ)
リタが手を挙げる。皆の視線がリタへ集まる。
「あの……他の大精霊の力っていう可能性は?」
「それはない」とぷっぴぃがすかさず答える。
「アタシが把握していない大精霊なんていないもん。ここにいる皆はリタと契約しているし、ドライアドは今も誰とも契約していない」
「じゃあ……別の力でそれっぽく振舞っているってこと……なのかな?」
「たぶん。もしくは……いや。まあ、実際に確認すればわかるでしょ」
「え?」
「気になるし、アタシちょっとゼフィール王国に行ってくるわ」
「そうね。私も行くわ」
「え? え?」
リタの困惑をよそに、他の精霊たちも皆そのつもりのようだ。
ぷっぴぃがアルフレードを見やる。
「ねえアル。その『精霊の愛し子』がどこに住んでいるのかわかる?」
「ああ。それなら……」
「私も行く!」
「え?」と皆の声が重なった。
「皆が行くなら私も行くっ」
アズーロが慌ててリタに声をかける。
「さすがにリタはやめておいたほうがいいと思うわよ。私たちはどこにでも飛んでいけるけれど、リタはそういうわけにいかないでしょう」
「でもっ……」
置いて行かないでほしいという気持ちがリタの胸に広がる。けれど、それをうまく言葉に表現できない。
「そうだよリタ」とマロンも諭しにかかる。
「国内やベッティオル皇国ならともかく、一度も行ったことがないゼフィール王国に行くのは大変だとおもうよ。リタの立場的にも行くのは簡単ではないだろうし」
下唇を嚙むリタ。
「なら、新婚旅行ということにして行こう」
突然のアルフレードからの提案にリタは驚いて顔を向ける。
「し、新婚旅行?」
「ああ。それなら私も一緒にいっても問題ないだろう。外交は苦手だが、一応これでも王族だからゼフィールにも行ったことはある。頼りないかもしれないが、そこは知識で補って……」
「ううん。頼りないなんてことない。でも、これは私の我儘だから……」
「私が一緒に行きたいというのも私の我儘だぞ」
真面目に返され、リタは顔を真っ赤にする。
「それに、件の人物がいるのはゼフィランサ宮殿だ」
「ゼフィランサ宮殿?」
「王族が住んでいるところだ」
「え? ってことは王族ってこと?」
「いや、とりあえず、第三王子の賓客として招かれているらしい」
「とりあえずっていうのは……」
「まだ国としてどう扱うか決めかねているんだろう。ベッティオル皇国以外で『精霊の愛し子』が現れるのは初めてだからな」
「そっか……」
「まあ、だからこそ動くなら今だ」
「え?」
「正式に『精霊の愛し子』として公表された後では、面会すら厳重に制限されるだろう。だが、今ならまだ直接接触できる可能性は高い。――それに、新婚旅行という名目に加え、私の『商会の会長』としての顔も利用できる。ゼフィール王国にとって、私はぜひとも繋がりたい相手のひとりだろうからな。向こうは商機を逃さないよう、こちらが何も言わずとも最上級の賓客として宮殿へ招いてくれるはずだ」
アルフレードはニヤリと笑う。その策士な顔にリタは苦笑しつつも「さすがアルだな~」と頷き返した。
「それに」とアルフレードはリタをじっと見つめた。
「リタは離れたくないんだろう? みんなと」
言葉に詰まる。図星だった。リタは下唇を嚙み、しばし目を泳がせた後、観念したように頷いた。
精霊たちがリタを見てハッとした顔になる。
最初にぷっぴぃが動き出した。
「リタ! わかった。一緒に行こう!」
ぷっぴぃがリタの腹部に頭をグイグイ押し付けてくる。
次いで、ネロが
「仕方ないわね。リタがそこまでいうなら」
と言いながらも、慰めるように尻尾をリタに絡ませる。
マロンやアズーロ、ヴェルデはリタが悲しまないのが一番だという顔をしている。
そんな中、終始無言だったロッソはひとりだけ何か言いたげな顔をしながらも、やれやれと嘆息した後アルフレードへ「見直したぜ」という視線を向けた。
リタはネロを撫でながら、そっとアルフレードを窺った。彼は今、ぷっぴぃを抱え、彼女の頭を撫でている。こちらを見ていないのをいいことにじっと、その顔を見つめる。
(アルは私のわがままも、不安も、全部わかってくれた。その上で、最善案を出してくれた。ほんと……ずるいなあ……こんなのっ)
胸の中の熱い想いを誤魔化すため、リタはネロを持ち上げモフモフの体に顔をうずめ、目をぎゅっと閉じたのだった。




