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【第一部完】皇帝の隠し子は精霊の愛し子~発覚した時にはすでに隣国で第二王子の妻となっていました~  作者: 黒木メイ
第一部『ベッティオル皇国編』

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リタは大切なものを守るため、友と本契約を結ぶ

 気もそぞろなリタのもとに、シルフ――ヴェルデは帰ってきた。

 ネロがパズルボックスを持って戻ってきた後。ステファニアとアドルフォたちとのやり取りを聞き、嫌な予感がしたリタはヴェルデに頼んで様子を見に行ってもらっていたのだ。


「ヴェルデ! どうだった?」

 リタと仮契約を結んだシルフは直接リタの脳内に話しかけ報告をする。

『それが……あのお嬢さんは自室に戻ってはいたのですが……どうも様子がおかしくて』

「おかしいって、どんな風に?」

『ずっと寝ているんです。時折目を覚ますことがあっても、その間は意識が混濁しているようで、メイドがつきっきりで世話をしていました。宮廷医師は人に移る病だからと面会謝絶にしていましたが、そのわりに、部屋の中には騎士とメイドがずっと見張りのようにいて……なんだか軟禁されているようでした』

「たしかに、それはおかしいね。毒の効果か、薬の副作用に思えるけど……」

『あ! そうでした。コレを……』

 ヴェルデはいきなりガパッと大口を開け、ペッペッと空の小瓶を二つ吐き出した。

「これは?」

『マルコ皇子が周りの方にバレないよう、これをお嬢さんの布団にこっそり紛れ込ませていたんです』

「マルコ皇子がこれを?」


 リタは空き瓶を手に取り、眺め、蓋を開けた。


「ん?」


 空だと思っていた小瓶に少量の液体が残っていることに気づく。その液体を手に取り、ペロッと舐めてみた。


「おいっ!」


 パズルボックスの解除を試みていたアルフレードがぎょっとして声を上げる。


「なにしてるんだ!」

「だ、大丈夫だよ。私の体はある程度薬や毒に慣れているし、いざとなればぷっぴぃがいるから」

「だからといって!」

「はいはい。ちょっと黙ってて」


 うるさいアルフレードを無視し、もう片方の小瓶の中身も一舐めする。


「うん……わかったよ。この中身が」


 さらに文句を言おうとしていたアルフレードだが、口を閉じる。今は話を聞いてほしいというリタの思いを理解してくれたのだろう。

 その時、二人の声につられたのか、ルミナス辺境伯夫妻がやってきた。


「リタ、どうしたの?」

「あ、エレナお、叔母さん」

 そう呼べと言われたもののまだ慣れず、リタは口ごもりながらも彼女の名を呼ぶ。けれど、それでもエレナは嬉しそうに「なあに?」とほほ笑んだ。


「あの……ステファニアお姉様の件でご報告が」


 途端に真剣な表情になるエレナ。

 リタは誰からの情報かは伏せ、報告内容を伝え、小瓶を見せた。

 しかし、リタが小瓶の中身を直接確認したと知ると、エレナもまたアルフレードと同じような表情になった。

 リタは慌てて話を進める。


「こっちが自白剤。こっちが睡眠薬です。食事の際も意識がないような状態だったということなので、おそらくお姉様はすでに薬の過剰摂取で副作用が起きている状態なんだと思います」


 その言葉に皆の顔が強張る。エレナが皆を代表するように尋ねた。


「その状態が続くとどうなるの?」

「意識障害が酷くなり……最悪昏睡状態になったり、呼吸抑制、血圧低下といった深刻な症状も現れるようになります」

 エレナは息を呑み、次いで深呼吸をして表情を改める。

「急いだほうがよさそうね」

「はい」

 隣で黙って聞いていたルミナス辺境伯であるレオナルドも頷く。

「私とアルは明日にでも皇城に向かおうと思います。時間を稼ぐつもりではありますが、できるだけ早く合流していただけると助かります」

「わかったわ」「承知した。急ぎ手配しよう」

「でしたら」とアルフレードが口を挟んだ。

「こちらをどうぞ。他の者たちの説得に役立つかと」

「アル! 解除できたの?!」

「ああ」


 アルフレードの両手には鍵の開いた箱と、紙の束。差し出した束の一番上にあるのは、ダニエーレ上皇殺害の実行計画書だった。暗殺に関わった人物の名前と、具体的な犯行手順が記されている。二枚目には、アドルフォが闇商人に実行犯らの弱みを調べるよう依頼した契約書の控えが。三枚目にはその調査結果――彼らを確実に脅し、操るための決定的な材料が詳細に綴られていた。

 パズルボックスの中には他にも紙の束や、マルコが作ったらしき毒が入った小瓶も入っている。

 そのあまりに完璧な証拠の隙の無さから、マルコがこれに懸けた覚悟が透けて見えた。

 ただ、リタとしてはそれでも彼の罪を許せそうにはなかったが。いや、彼もきっと許してほしいとは思っていないのだろう。

 リタにできることは、早く彼らに引導を渡すべきだということだけ。

 リタは新たに気持ちを入れ、顔を上げた。


 ◇


 リタは初めての皇城に目を回しそうだった。

 今まで見たことのある建物の中で断トツだ。中に入って数分で出口がわからなくなった。


「まずはお部屋に通すようにと言われております。リタ様はこちらへどうぞ」

「あ、はい」


 小柄なリタよりもさらに背の低い、新人らしきメイドの後をついていく。アルフレードはアンナと年齢がさほど変わらない、体格のいい騎士に連れていかれた。アルフレードの美貌を前にしても態度を変えないような人が選ばれたのだろう。


「リタ様のお部屋はこちらです」

「ありがとう」

「そ、それでは一度下がらせていただきます。私はリタ様付のメイドですので、すぐに戻ってまいりますが、その間に御用がございましたらそちらのベルでお知らせください」

「ええ」


 緊張した様子でメイドが一時退出する。完全に一人になりふーっと息を吐いた。

 正直、不安だ。初めての場所でアルフレードも側にいない。せめてアンナがいてくれればとは思うが、残念ながら彼女はボナパルトにいる。連れてきたのは護衛騎士のみ。けれど、彼らも城について早々に離されてしまった。

 ベッティオル皇国側が先手を打ってきたのだ。ステファニア皇女の嫁ぎ先であるボナパルトの人々全員を賓客として扱うと、半ば強引に。おかげで護衛騎士も本来の役目を取り上げられてしまった。


「まあ、でも大丈夫か」

 ――皆がいてくれるもんね!


『もちろん! みんな配置についてるわね?』

『ええ。私はぷっぴぃと一緒にリタの側に』

『俺もいるぞ~』

『私はアレッサンドロのところにいるわ』

『僕はアルフレードくんのところ』

『自分は今、リタさんのお姉さん、ステファニア嬢のところにいます』


 ――皆、よろしくね。それと……ありがとう。


 感謝を述べていると、コンコンとノック音が響いた。


 一斉に皆口を閉じる。

 ――今、どこから聞こえた?

 先ほどメイドが出て行った扉からではなかった。ギィイイと扉の開く音が聞こえ、慌てて振り返る。

 部屋の奥。そこにもう一つの扉があった。おそらく隣の部屋と繋がっているのだろう。そこから入ってきたのは――夫であるアルフレード、ではなくアドルフォ。

 リタは警戒心MAXで立ち上がる。


「な、なんの御用でしょうか。しかも、そんな扉から……」

「驚かせてしまったね。でも、こうでもしないとリタと話ができないと思って。それに……他の人には聞かせられない内容だから」

「……私と陛下はそのような内密な話をする仲ではなかったと思いますが?」

「今はまだね」となにを考えているのかわからない笑みを浮かべ、リタの向かいのソファーに腰を下ろす。促され、リタは渋々もう一度座った。


「随分警戒しているね?」

「それは……あんな登場の仕方をすれば誰だって……」

「それもそうか。でも、安心して。私は君に危害を加えたりしないから」

 信用できないという目で見れば、アドルフォはわざとらしく両手を上げ、立った。何をする気かと臨戦態勢になっていると、彼はなぜかテーブル上に用意されていた茶器に手を伸ばす。

 存外手際が良い。二人分の紅茶を入れ、彼は満足げだ。


「さあ、どうぞ。ああ、安心して。毒は入っていないよ。もともとこの部屋にあったものを使っただけだからね」

 と言い、証明するように、アドルフォは先にカップに口を付けた。

 彼が一口飲み終わるのを見届け、リタはカップを手に取る。

 ――本当に入ってないのかな。こんなことなら先に万能解毒剤飲んでおけばよかった。

『リタ、安心して。なにか入っててもアタシが解毒してあげるから』

 ぷっぴぃの声が響く。

 ――ありがとう!

 リタは安心してカップに口をつける。


「……そろそろ、本題をどうぞ」

「リタはせっかちだね。まあ、いい。単刀直入に言おう。君には私の妃になってもらいたいんだ」

「…………は? え、えーと? あの……冗談、ですよね」

「私が冗談を言っているように見えるかな?」

「いえ……その、ですが、私はすでに結婚していて……」

「ああ。そのことなら大丈夫。手は打ってあるから」


 アドルフォの言葉に、眉間に皺を寄せる。

『まさか、アルになにかしようってんじゃないわよね』

 ぷっぴぃの言葉にリタは勢いよく立ち上がった。が、次の瞬間視界が揺れる。前後左右の間隔がなくなり、体が傾いていく。

 ――やっぱり入ってたんだっ……ぷっぴぃ!

『任せて』

 目を閉じている間に、体の中から不快なものが徐々に消えていくのを感じる。


 リタはゆっくりと瞼を開いた。あの変な感覚は消えている。

 安堵のため息を吐こうとして、気づく。自分がアドルフォの腕の中に閉じ込められていることに。

 慌てて体をねじる。意外にもすんなり、腕は離れた。その代わり、体がソファーの上へ落ちる。

「っ!」

 リタが起き上がる前にアドルフォが覆いかぶさってきた。

「ひっ」

『こいつ! 燃やしてやる!』

 ――あ、ロ、ロッソ! ちょっと待って!

 そうしてほしい気持ちはあるが、今は作戦を決行している最中だ。

 もう少し待ってほしいとお願いするとロッソは渋々従ってくれた。


 リタは今すぐ目の前の男を殴りたいのを抑え、怯えたようにアドルフォを見上げる。

「な、なにをする気ですか?」

「既成事実を作っておこうと思ってね」

「や、止めた方がいいですよ」

「どうして? 君はともかく、私に止める理由なんてないのだけれど」

「ぜ、絶対に後悔しますから」

「しないよ。……たとえ、リタが腹違いの妹だとしてもね」


 顔を近づけられ、間近でそうささやかれた。リタの思考が停止する。

『は? きもすぎるんですけどこの男。それを知っててなおリタに手を出そうとしてるの?!』

 ネロの声で我に返る。

『彼が知っているということは、やはりあの自白剤はステファニアさんに使ったんだろうね』

 マロンの言葉にリタは自分がやるべきことを思い出した。

 ――やっぱり、こいつがお姉様を!

 睨みつけると、アドルフォは驚いたように瞬きをし、そして笑った。

 アドルフォの手がリタの目元を撫でる。

「いい目だ」

 鳥肌が立つ。

「へ、変態」

「ふふ、そうだね。否定はできない。でも、君はこれからその変態のものになるんだよ」

 顔が近づいてくる。慌てて避けようとした。耳に熱い息がかかる。気持ち悪くてたまらない。


「リタが自分から私のものになるっていうなら、これ以上テファニアはなにもしないであげるよ」


 その言葉にリタは動けなくなった。

 ギラギラした瞳が、異様に濡れた唇が近づいてくる。

 リタのピンチに耐えきれなくなった精霊たちがいっせいにアドルフォに攻撃をしかけようとした。その時、後方から静かに忍び寄ったマルコが、薬を染み込ませた布を彼の鼻に押し当てる。アドルフォは暴れようとしたが、そのせいで逆に一気に吸い込んでしまい、リタが避けたところに顔を突っ伏した。気を失ったアドルフォの体越しに、マルコの隣に立つアルフレードの姿が見えた。


「ア、アル~」


 アドルフォへ殺意を向けていたアルフレードがリタの声に反応し、慌ててアドルフォをどける。解放されたリタは真っ先にアルフレードに抱き着いた。


「気持ち悪かった。激キモだったよ~」

「ああ。もっと早く助けに来れなくて悪かった。……よく耐えた」


「うんうん」とリタはアルフレードに抱きつき、彼の体に頬を擦り付ける。嫌な記憶を払しょくするように。その間にマルコはせっせとアドルフォを椅子に縛り付けていた。


「ねえ……」

「義姉上なら無事だ。リタが作った解毒剤を飲ませた」

「よかった」

 心の底からの言葉が吐息とともに漏れる。アルフレードはリタを労わるように抱きしめたまま、空いた手で頭を撫でた。


 ◇


 アドルフォが目を開けた時、彼は一人椅子に縛り付けられた状態だった。

 目の前にはリタ。そして、その隣にはアルフレード。


 アドルフォの目がかっぴらいた。

「貴様! どうして生きている!」

 その言葉はアルフレードに向けられたもの。

「まさか、マルコが裏切ったのか?!」

「いいや。彼はおまえの命令通り動いたよ。ただ、こちらが上手だっただけの話だ」

 そう言ってアルフレードは万能解毒剤の瓶を振って見せた。

 アドルフォが忌々し気に唸る。

「使えない男だ。あんな男が私の兄だとは嘆かわしい。唯一の取柄である薬学の才能さえも、リタには遠く及ばないとは」


 アドルフォの視界から外れているにもかかわらず、マルコはびくりと体を震えさせた。

 見かねてリタが口を開く。


「その言い方はどうかと。薬師として言わせてもらいますが、薬を作るのも毒を作るのも、さらにそれを改良するのも、どれだけ大変なことか!」

「でも、リタはたやすくこなせるじゃないか。それとも……それさえも精霊の力だと?」

「それは……」

 精霊が関与している部分もあるので違うとはいいずらい。アドルフォはニヤリと笑った。

「なるほど。なら、これからはその力をベッティオル皇国、いや私のために使うといい」

「嫌です!」

「なぜだ? それが愛し子であるリタのあるべき姿だろう?」

「違います! というか、『使う』という表現も間違ってます。彼らは物ではありません。私の大切な友達なんです。友達として協力してくれているんです。そんな言い方はしないでください!」

「は? リタもマルコ同様自分の能力の使い方をわかっていない類の人間か。なぜ、おまえらのような未熟者ばかりに稀有な力が集まるのか。いや、違うな。おまえらも道具に過ぎないんだ。真の力を扱える私にとっての道具に。すべては私の支配下にある。これが世界の真理だ」

「……え。本気でなに言ってるのかわかんないんだけど」

 唖然としてアルフレードを見上げると、彼も同意見だと首を振る。


 二人のやり取りを見ていたアドルフォが激高する。

「私を無視していちゃつくな! というかリタを返せ、顔だけの間男が!」

『「な! 唯一無二の顔になんてことをいうのよ!」』

 リタとぷっぴぃの声が重なった。

 リタがぎろっとアドルフォを睨みつける。その迫力にアドルフォが圧される。

「そ! れ! に! アルは顔だけじゃないんだから!」

「……たとえば?」と横からアルフレードがしれっと続きを促す。

 リタは気づかず、指を折りながら続ける。

「体も彫刻並みに奇麗でしょう。それと、見た目だけじゃなく、頭もいい。人嫌いなくせに、意外と面倒見いいし。カリスマ性もある。素は口が悪いんだけど、それも一種のギャップというか。特に、私だけに見せる甘い顔というか、雰囲気が優しくなるところというか、そういう私にしか見せない一面があるっていうのが結構たまらないというか……。あ、あと、実は小動物好きで」

「リタ、もういい、もういいから」

「あ……」

 アルフレードが片手で己で顔を隠しているが、その顔は真っ赤だ。リタも釣られて顔を赤くする。


「死ねっ! アルフレード!」

『「はあ?」』


 アドルフォの発言に、またもやリタとぷっぴぃの声が重なる。アルフレードが「落ち着け」とリタの頭を撫で、しれっと額に口づけを落とす。その衝撃で、リタは固まった。それを見ていたぷっぴぃも奇声をあげ、固まった。


 アルフレードがコホンと咳ばらいをし、冷ややかな視線をアドルフォへ向ける。

「さて、アドルフォ皇帝陛下。そろそろご自身が置かれた状況を理解されては?」

「ふっ。お前の方こそ、状況を理解していないようだな。私はベッティオル皇国の皇帝だ。ボナパルト王国の第二王子ごとき、始末することなど造作もない」

「それは殺人予告ですか?」

「いいや? 私は直接手を下したりなどしない。する必要がない。ただ、貴様に罰が下るのを待つだけだ」

「ああ。あなたはそうやって自分に都合の悪い人たちを処分してきたんでしたね。あらゆる手を使って」

「ああそうだ! いまさら後悔しても遅いぞ。貴様は必ず命を落とす。そして、リタは私のものになる! お前のその美しいだけの顔があったところで、私には勝てないのだ。あの世で悔しがるがいい!」


「ハハハ!」と狂気に飲まれたように笑うアドルフォ。実際、リタ特製の自白剤を飲んだせいでストッパーが外れてしまっているのだろう。

 そんな彼に、異様なものを見るような、冷ややかな視線が集中していた。そう、ここにはリタとアルフレードたち以外にも、マルコ、ステファニア、アレッサンドロ。そして、遅れてやってきたルミナス辺境伯夫妻と、彼らが集めた貴族たちもいたのだ。


 普段のアドルフォは民が望む理想的な皇子であり、皇太子であり、皇帝であった。しかし、その素顔は真逆。その衝撃に、もともと彼に対して批判的であったはずの貴族たちも青ざめている。

 アルフレードはもう十分だと動く。これ以上彼にしゃべらせて、リタの秘密まで暴露されてはたまらない。


「残念だが、その夢はもう叶うことはない」


 そう言い、アドルフォの視線を周りにいる観衆へ向けさせた。


「な! なぜおまえらがいる?! いつからいた?! まさか、ずっと黙って見ていたのか?! どうして私を助けない?! 早く助けろ!」

 喚くアドルフォをルミナス辺境伯が冷めた目で見据える。

「私たちはあなたには従いません。あなたにはその地位を退いていただきます」

 アドルフォの目に宿る怒りの色が濃くなる。

「なんだと?! おいマルコ! 今すぐこの者たちを全員処分しろ!」

「アドルフォ兄様、もうおやめください!」

 震えるマルコの前に、やつれたステファニアが庇うように立つ。そして、その前にはアレッサンドロが。


「ステファニアおまえもか! くそっ。……いるんだろう! 私を助けろ!」

 その掛け声とともに、全身黒装束たちが現れる。扉から、天井から、窓から。

「うわっ!」

「全員とらえろ!」

 アドルフォの命令に従い、黒装束たちが動き出す。それと同時に、こちらも控えていた騎士たちが動く。が、この場にいる全員を守るには人数が足りない。貴族たちが先に捕まっていく。ルミナス辺境伯がそれを素手で防ごうとしている。エレナはリタに向かって叫んだ。


「リタは逃げなさい!」

「でも! 皆の力を借りればっ」

「ダメよ! 私たちは大丈夫だから。とにかく今は逃げて体制を立て直すの!」


 アルフレードがリタの手を引いてその場を抜け出す。リタは慌てて振り向いたが、人が入り乱れていて、どこにエレナがいるのか、ステファニアたちがいるのかわからなかった。


「ア、アル。なんでっ」

「あそこは人が多すぎる。リタは……女帝になるつもりは、ないん、だろう」


 息を乱しながらもアルフレードが言う。リタは黙るしかなかった。


「まてリタ!」


 驚いて後ろを見る。黒装束が馬を操り、その後ろにアドルフォは乗っている。


「ひっ」

「とまれ! 止まらないと射るぞ!」


 リタたちを追っているのはアドルフォだけではない。皆二人乗りで、後ろに乗っている者たちの手には弓があった。


「ア、アル」

「しゃべるな、足を止めるな」

「で、でもっ」


「射ろ!」


 アドルフォの号令により、矢が放たれる。リタを庇うようにアルフレードが体をずらした。

 矢がアルフレードの背中に吸い込まれるように飛んでくる。その光景はスローモーションのように見えた。

「っだ、だめっ!」

『リタ! 私の名前を呼びなさい! そして、本契約を願うの!』

「ぐっ」

 アルフレードが呻く。リタは夢中で叫んだ。

「ネロッ! ネロッ! お願い。私と本契約をして! 私を、アルを、助けて!」

『リタの願い、聞き入れたわ! 私があなたを助けてあげる!』


 ネロの返答と同時に、リタの影が膨れ上がり、あっという間にリタとアルフレードを飲み込んだ。

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