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【第一部完】皇帝の隠し子は精霊の愛し子~発覚した時にはすでに隣国で第二王子の妻となっていました~  作者: 黒木メイ
第一部『ベッティオル皇国編』

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リタはアルフレードの秘めたる気持ちを知る

 ベッティオル皇国の北、ボナパルト王国との国境近くにある森。その奥には湖がある。自然に囲まれ、澄んだ空気が満ちており、動物たちが思い思いに過ごしている。はたから見れば神秘的な空間に見えるかもしれない。そんな中、大きな岩の上にリタとリタの母であるピアは並んで腰かけ、釣りを楽しんでいた。


「ねえ、リタ」

「なあに、お母さん」

「以前、私が言った『教え』、例のあれ。覚えてる?」

「それは……どれのこと?」

 ピアから教えてもらった『教え』は一つや二つじゃない。どれのことを言っているのかがわからない。

「あれよあれ。『近づいてくるイケメンには気をつけろ』ってやつ」

「あーあれ! もちろんだよ」

 そういいつつ、リタの目は泳いでいる。覚えてはいるが、実行できているかは……正直怪しい。

「ふーん。そう」


 ピアの視線にどぎまぎする。


「まあ、いいわ。本題はそれじゃないし」

「え?」

「今回の『教え』はそれに付随する内容なのよ」

「へえ」

「こら! しっかり聞きなさい。いいわね。まず、あちらから近づいてくるイケメンには今後も注意が必要。これは前提として変わらないわ」

「う、うん」

「でも! そうでないイケメン。特に、そのイケメンがリタのことを本気で思って、大事にしてくれるイケメンだった場合、なにがなんでも、離さないようにしなさい! それがリタの幸せにつながるから」

「へ?」

 戸惑うリタを置いて、ピアの力の入った説明は続く。

「リタの人生はまだまだ先が長いでしょう? その長い人生の中で、リタのことを大事に思ってくれる人はこの先絶対現れると思う。それも、何人もね! なんていったって私に似てリタは将来有望な美少女なんだから。まあ、普通の男相手でも十分幸せにはなれると思う。で・も、それがイケメンだったらリタの毎日はもっと素晴らしいものになるはずよ! だって……リタは私の娘だからね。だから、もし、そんな超・希少な優良物件(イケメン)を見つけたのなら、絶対に逃しちゃダメよ。他の女に取られないようにさっさと自分のものにしちゃいなさい。わかったわね!」

「う、うん!」


 目をかっぴらき、力説する母親の圧に負け、リタは頷き返した。

 その時、誰かから名前を呼ばれた気がして、意識が浮上する。ぼやけた視界の中、天井の模様が現実のものだと認識し、今見ていたものが夢なのだと理解する。

 ――久しぶりにお母さんの夢を見た。……あんな会話したことあったけ?

 いかにもピアの言いそうなことではあるが、記憶はあいまいだ。


 ぼーっと天井を見上げていると、思わぬ人の声が聞こえてきた。

「リタ、起きたのか?」

 声がした方を見れば、リタを見つめる麗しい顔が目に入る。

「……アル? ……ってアル?!」

 慌てて上半身を起こそうとした。が、途端に視界が揺れ、くらくらとめまいを起こす。

「あ、おい!」

 慌てたアルフレードがリタの背中を支える。普段なら気にならないその手を、あの変な夢を見たせいか意識してしまうリタ。

 リタはなんとかいつも通りに徹しようと口を開いた。


「ア、アル。えっと、ここはどこかな? 私……」

「ここは王城にある、私の部屋に隣接した小居室だ。以前も泊ったことはあるだろう?」

「あ、ああ。あの部屋……」

「リタ。意識を失う前のことは覚えているか?」

「……う、うん。なんとなく、だけど」


 リタは記憶をたどる。そして、アルフレードとアレッサンドロとステファニアとリタの四人で話している途中で、気絶したことを思い出した。その直前の会話もついでに思い出してしまい、頬に熱が集まる。その顔を見て、アルフレードが心配げに顔を覗き込む。


「本当に大丈夫か? 顔色は悪くないように見えるが、昨日は血をかなり出していたからな。今の今まで寝ていたのを考えると疲れもかなり溜まっていたようだし……」

「え、ちょっと待って、私何時間くらい寝てたの?」

「ほぼ丸一日だな」

「丸一日?! つまり、私、食事三回も抜いてるってこと?!」

「気になるところはそこか。いや、まあ元気になったようでよかった。ほら」


 そう言ってアルフレードが差し出してきたのは水が入ったカップ。リタはそれを受け取り、ぐいっと飲んだ。乾いた体に水が染み渡って行くのを感じる。


「はあ~おいしっ」

「だろうな。もう一杯いるか?」

「うん」


 今度はゆっくりと、飲む。


「ん、そういえば、アンナは?」

 部屋の中をきょろきょろ見回すが、アルフレード以外は誰もいない。

「アンナは私と交代で休憩に入った。昨晩は寝ずにアンナはリタについていたからな」

「そうなの?! わ……後で謝らないと。ステファニア様たちにも。アルもごめんね。迷惑かけて」

「別に、これくらい迷惑じゃない。逆の立場なら、リタも同じことしただろう?」

「それはそうだけど……」


 しょんぼりしているリタに、アルフレードは「それなら」と提案する。


「アンナが起きたら元気な顔を見せてやるといい。ステファニア皇女も、リタの顔を見れば安心するだろう」

「うん! そうする!」


 リタの笑みを見て、アルフレードはホッとしたように口を閉ざす。途端に、二人の間に流れる沈黙。

 耐えきれず先に口を開いたのはリタ。


「あ、あのさ」

「ああ」

 なんだか、気持ちが落ち着かない。そわそわする。アルフレードの目をまっすぐに見れない。それでも、聞きたいことがリタにはある。それは――。

「き、聞きたいんだけど! その、昨日言ってた話。二人きりの時にゆっくり話したいって……言ってたよね?」

 ドキドキしながらもアルフレードを見やる。

「っあ、ああ」

「っ」

 緊張した面持ちのアルフレードを見て、リタも緊張してきた。


「話したいというか、それについて、リタに言っておきたいことがあるんだ」

「う、うん」


 ――言っておきたいこと? な、なんだろう。


 心臓がずっとうるさい。大人しくしてほしくて、それとなく服の上から心臓を押さえる。


「その、昨日の話なんだが……」

「わ、わかった! 周りから子供を早く作れって言われてるんでしょ?! だって、私たち、式はまだだけどもう籍を入れてるもんね。それなのに、一向に共寝する気配がないから怪しまれてるんでしょっ!」

 まくしたてるように言うリタ。アルフレードはきょとんとした後、顔を赤くして慌てて首を横に振った。

「いや、それについては大丈夫だ。リタは気にしなくていい」

「い、いやいや。そういうわけにはいかないでしょ。私にも関係あることなんだからっ」

「いや、本当に気にしないでいいんだ。そもそも、私は結婚すら考えていなかった男だ。それに、兄上がいる。私が王太子であったのならば跡継ぎ問題もきちんと考えないといけないが、第二王子である私にはそれも必要ない。最初に言ったとおり、ある程度自由が許されている身なんだ。一部の人間はそれを無視して勝手なことを言ってくるが、それを無視しても何の問題もないんだ。……もし、リタにそういうことを言ってくるやつらが言うなら私か、アンナ、ブルーノあたりに言ってくれ。こちらで処理するから」

「わ、わかった。あ、いや、今のところそんなこと言ってくる人いないから大丈夫だよ」

「ならいい。あーと、それで話の続きなんだが。私が言いたい、というか伝えたかったのは……私はリタと本物の夫婦になりたいと思っている、ということだ」

「……本物の、夫婦?」


 リタは戸惑いの表情を浮かべる。


「すでに籍は入ってる、はずだよね。もしかして、アルがいう本物の夫婦っていうのはつまり……子供を作る夫婦ってこと?」

「いや、それもあってはいるんだが、その過程が違うというか……説明が難しいな。あーと、つまり、端的にいうと、私はリタへ好意を抱いている。できることなら、リタと気持ちを通わせ、リタに触れて、愛し合いたい。子供はその結果、できたらできたで……という感じで、義務で作るつもりはない。私はただ、リタと心身を通わせる夫婦になりたいんだ」

「し、心身を通わせる?! っていうか、アルが私にこういを抱いている?!」

 ――こうい、行為、高位? 好意?!

「ああ」

 はっきり言い切ったアルフレードの顔は赤く染まっている。

 心なしか瞳も潤んでいるような気がして、なんだかいけないものを見ているような気になってリタはさっと視線を逸らした。


 そのしぐさにアルフレードはマイナスの印象を受け取ったのか、言葉を重ねる。

「リタにそんなつもりがないのは重々承知だ。もともと、この結婚はリタを守るためのもので、安全が確証できたら森へ帰ってもいいという話だったしな。その約束をたがえるつもりはない。ただ、私の気持ちは伝えさせてほしい。私としては……このままリタと本物の夫婦になれたら、と思っている。ずっと、は難しいかもしれないが、里帰りも好きにしてもらってかまわない。ただ、もしリタが許してくれるなら、私を受け入れてくれるのならば、先ほども言ったように心身を通わせる夫婦となりたい。……その、返事は急ぐつもりはないし、いつまでも待つつもりだ。……リタが生理的にどうしても私を受け付けることができないというなら仕方ないが、そうでないなら私は待ち続けたいと思っている」


 アルフレードの表情、言葉、態度、その全てから真摯な気持ちが伝わってくる。


「なんで、どうしてそこまで私のことを?」


 聞くのは無粋かもしれないが、聞きたい。アルフレードの口から。

「わからない。私のどこがいいの?」

 と、気になって仕方ない。

 そう思うこの感情はなんなのだろう。


 その時、アルフレードの視線が揺れて、言葉を探すように口ごもりながら言う。


「そ、それが私にもよくわからないんだ」

「え」

 思わず冷たい声色の「え」が出た。慌てたようにアルフレードが続きを離す。

「ただ! リタに対してだけなんだ。誰かを見て奇麗だと思ったのも。目が離せないのも。側にいない間も考えてしまうのも。私の側で笑っていてほしいと思うのも。一緒にいて幸せな気持ちになるのも。……ふとした時に触れたい、と思うのも」

 最後の一言は熱のこもった目でリタを見ながら言った。


 その視線をまっすぐに受け取ったリタは、顔だけでなく体が熱くなってきて戸惑う。アルフレードの普段との違い。そして、自分自身の変化。どちらにもついていけずリタは必死に言葉を紡いだ。


「そ、そんなに私のこと好きなんだ?」

 ――って、なに言ってんだ自分!

 思わず口に出た言葉に心の中でツッコム、が次の「あ、ああ。……たぶん」というアルフレードの言葉を聞いて眉間に皺を寄せた。

「多分?! ここにきて、多分ってなに?! ただ抱きたいだけってこと?!」

 アルフレードの顔が別の意味で真っ赤に染まる。

「んなわけないだろ! 言っただろ! こんな気持ちになるのは初めてだって。そもそも、恋愛とは無縁の人生を歩んできたからわからないんだよ! というか、リタに会ってから初めてのことだらけでこっちは困惑の連続なんだよっ。でも、それでも、これだけははっきり言える。私にとってリタは特別で、かけがえのない、唯一生涯を共にしたい人だってことだけはな!」


 息を切らし、言い切ったアルフレードに、リタは口を閉ざす。

 ここまで言われて、こじれた捉え方をするほどリタは愚かではない。

 ただ、アルフレードの気持ちを受け取ったと同時に込み上げてきた思いがあった。

 甘く苦い、罪悪感。アルフレードの気持ちは嬉しい。

 リタもアルフレードが好きだし、特別に思っている。ただ、その気持ちがアルフレードと同じかと聞かれると「はい」とは答えられない。リタの『特別』は、家族や精霊たち、アンナや屋敷にいる人たち、とたくさんいるから。


 アルフレードの真剣さが伝わってきたからこそ、心苦しい。

 次の瞬間には「ごめん」という言葉が口から飛び出していた。


「わ、私は今までアルをそういう目で見たことはなかったからその……」

「そんなの知っている」

「え」


 呆れたような視線を受けて、固まる。


「リタはイケメンに弱い。特に私の顔に弱い。が、ただそれだけだ。私とどうにかなりたいといった邪な想いを抱いたことはないだろう? ……残念ながら、私はそういう視線に敏感なんだよ」


 遠い目をしながら疲れたように告げるアルフレードに、リタはなにもかけてやれる言葉がなかった。

 コホンとアルフレードが咳ばらいをする。


「あー、だからこそ、私は待つ前提で話をしたんだ。今までスタートラインにすら立っていなかったんだからな。まずはリタに異性として意識してもらう必要があるだろう?」

「異性として?」

 ――いくらアルが奇麗だといっても、男性ってことはわかっているけど。

「ああ」


 おもむろにアルフレードの手が伸びて、リタの頬に添えられる。

 リタはいきなりのことに驚き、アルフレードの顔が近くにあることにも驚き、頬が微かに赤く染まる。


「え」


 アルフレードの親指がリタの唇に軽く触れた。リタの思考が止まる。ふにふにと感触を確かめるように親指が動く。アルフレードの視線はリタの唇へと向かっていて、いつもの儚さは消え、妖艶さがにじみ出ている。――だれ、これ。

 初めてアルフレードから男を感じた瞬間、その手は離れていった。リタが体を引くよりも早く。


「……いい顔になってるな。今までのリタだったら、私がこんなことをしても顔に見惚れるだけで、私自身を気にはかけなかっただろう? 正直、それも気に食わないと思っていたんだ。やっと、だな」


 嬉しそうに頬を染め、笑うアルフレード。その笑みを見て、リタの呼吸は止まった。


「リタ?! おい、リタ!」


 またもや気絶したリタをアルフレードが支える。騒ぎを聞きつけやってきたアンナはリタの鼻から流れる血を確認するや否や状況を把握し、元凶であるアルフレードを部屋からたたきだしたのだった。


 ――天国のお母さんへ。私のことを好きで大事にしてくれるイケメンを見つけたかもしれません。お母さんはそんなイケメンを見つけたら直ちに捕獲するよう教えてくれましたが……私には彼は難易度が高すぎる気がします。血が、全身の血がなくなります。ただのイケメンではなく、とんでもないイケメンが相手の場合はどうしたらよいのでしょうか。教えてください。



 リタがベッドの住人に再び戻っていた頃、一部始終を見ていたリタの友達はというと――。


 アズーロから口を塞がれていたぷっぴぃは、ようやく解放され、鼻息荒く、歓喜の声をあげていた。


「ようやく、ようやくこの時がきたのねー!!!!!!!!!!!!!!! さすが、リタ! アルフレードほどの男を落とすなんてさすが。ああん、もう、見ているだけで胸がドキドキして、興奮しちゃった! これからの展開が楽しみすぎるわっ」


 意外にも暴れるかと思われていたロッソは、

「よく今まで我慢したよ。あいつは男だ」

 とウンウン頷きながらネロを取り押さえていた。


 そして、ロッソとマロンの二人がかりで取り押さえられていたネロはというと、解放されるや否や奇声をあげていた。


「許せない許せない許せない! リタに汚い手で触りやがって!」

「アルのどこが汚れてるっていうのよ! むしろ、どこもかしこもピカピカでしょうが」

「そうそう。あれだけの顔しておいて、今まで童貞(経験ない)ってのがすごいじゃん。俺だったら遊び放題だぜ? 尊敬するわ~。しかも、ちゃんとリタの気持ちを待つっていうのが……かぁっ~あいつは真の男だ! 本来なら好きな時に手、出しても問題ねえだろ。夫婦なんだからよ~」

「問題あるでしょう! 夫婦だろうが、無理やりするのは犯罪よ!」

「アルは無理やりしないって言ってるでしょ!」

「無理やりはしなくても、あの男自分の顔を使ってリタを籠絡するに決まってるわ。時間の問題よっ! 私の、私のリタがっ」


 想像してしまったのかネロは「いや~!」と叫びながらどこかへと飛び出して行ってしまった。

 その姿を見ながらぷっぴぃが鼻で笑う。残された精霊たちはため息を吐くのだった。


 二度目の気絶後、リタはその日のうちに目を覚ました。

 見舞いに来てくれたステファニアとアレッサンドロは、リタとアルフレードの間に流れるなんともいえない空気にすぐに気づいた。決してアルフレードと目を合わせようとしないけれど、意識しているのがバレバレなリタと。リタの態度を気にした様子もなく、むしろ機嫌のよさそうなアルフレード。二人の間になにかがあったのかは明白だ。

 ステファニアは知らないフリをして、リタに優しく声をかける。

 アレッサンドロはニヤニヤ顔でアルフレードの肩をポンポンとたたいたのだった。

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