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【第一部完】皇帝の隠し子は精霊の愛し子~発覚した時にはすでに隣国で第二王子の妻となっていました~  作者: 黒木メイ
第一部『ベッティオル皇国編』

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30/53

リタとアル、婚約披露の裏側

 とうとう迎えた婚約披露パーティ。会場は王城内の大広間だ。すでに皆入場を終え、残るは本日の主役であるリタとアルフレードのみ。


「リタ、大丈夫か?」

「もちろん」


 アルフレードの問いに、ニッと笑い返すリタ。その笑みは淑女らしからぬものではあるが、いつもの彼女らしい反応に、アルフレードは内心ホッとする。


 今度はリタがアルフレードをじっと見つめ始めた。


「どうした? どこか変か?」

「ううん。いつもどおり……というか」


 いつも以上、という言葉は喉元で止まった。――アルフレードの顔を見ながら回想するのは数分前の出来事。ドレスに着替え終わり、アルフレードを「まだかな~。遅いな~」と待っていた時のことだ。


 ◇


「リタ。待たせたか?」

「! アル。やっと来……」


 疲れを滲ませた声で話しかけられ、振り向いた瞬間、いや……アルフレードが視界に入った瞬間、リタの思考は停止した。

 アルフレードの美貌に少しは耐性がついたと思っていた。しかし、それはリタの思い込みだったらしい。


 アルフレードの髪色と瞳の色のちょうど中間のような薄水色の生地に、リタの瞳の色を彷彿とさせる光沢のある紫の糸を使った刺繍。シンプルだが、だからこそ本人のよさが際立っている。聞けば、仕立てたのはあのペトリッサの夫だという。夫婦で仕立て屋を営んでいるらしい。

 普段はいじっていない髪は、今日はワックスを使って軽くまとめている。おかげでその美しい(かんばせ)が丸見えだ。王国一の仕立て屋が作った正装は見事なものだが、それよりもその着る本人そのものがなによりも美しいという、稀有なパターン。


「「まさに、美の暴力」」


 リタの声に重ねられたのは、ブルーノの声。二人は目が合った瞬間、頷きあった。

 もし、この場にアルフレードがいなければ、手を握りあい小一時間は語り合っていたことだろう。


 一方、アルフレードはアルフレードで、着飾ったリタに見惚れていた。ブルーノの言動に呆れる暇もないくらいに。


「……ア、アル?」


 アルフレードからの熱い視線に気づき、困惑するリタ。

 珍しくぼーっとしているアルフレード。しかし、そんな表情さえも美しい。長いまつ毛が微かに震え、頬はうっすら紅潮し、儚げさと色気がマリアージュしている。

 無意識に喉を鳴らし、リタは「ハッ!」と我に返った。きょろきょろ周りを見れば、皆アルフレードに見とれて固まっている。


「お、お~い」


 眼前で手を振れば、さすがに正気に戻った様子のアルフレード。

 安堵しながらも、念のため不調がないか彼の首や頬に軽く触れてみた。少しいつもより体温が高めだが、それだけ……熱があるわけではないらしい。


「アル。どこか具合が……」

「綺麗だ」

「へ?」

「元々整っている顔立ちだとは思っていたが……今日のリタはまるで人の心を惹きつけるという精霊のように美しいな」

「は……そ、それを言うならアルの方が」

「いや、今日ばかりはリタが」

「いや、アルが」


 無意味な言い争いをしつつも、見つめ合う二人。そして、そんな彼らを見守る者たち。最初に口を開いたのはアンナ。


「ブルーノ」

「こうなることを見越して、手配済みです」


 ブルーノの視線を辿れば、いつのまにか見慣れない男が一人。男は興奮した様子で、スケッチブックに金尖筆を走らせていた。さすがだ、とアンナは満足気に頷く。


「リタ、提案がある。今日のパーティーは中止にしないか」

「アル……それはできないってわかってるでしょう」

「わかってはいるが……着飾ったリタを他の男たちに見せたくない」

「え?」


 アルフレードの口から出た言葉を脳が処理しきれなくて、一瞬呆けるリタ。――し、嫉妬? いや、まさか、アルに限ってそんなこと……。

 と思いつつも、心臓はドキドキしている。正直な体だ。


「パーティーはやめて、婚約発表だけにしよう。それで十分だろう」

「い、いやいや。せっかく今日のために皆頑張ったんだから」

「だとしても、これは頑張り過ぎだ。これではリタに余計な虫がついてしまう」


 絶句した。目の前にいるのは本当にアルだろうか。

 思わずブルーノに視線を向けてしまう。しかし、ブルーノも目を見開いて主をガン見していた。アンナはなぜか口を押さえて震えているし、ロルフは目頭を押さえて顔を背けている。誰も頼れそうにない。そう判断したリタは、内心動揺しながらもアルフレードに視線を戻した。


「だ、大丈夫だよアル。私に目がいく人なんていないって。皆、アルに夢中になるから」

「……その手があったか」

 アルフレードの閃き顔に嫌な予感がして、待ったをかける。

「だからといって、無闇矢鱈に色目使ったら怒るからね?!」

「嫉妬か?」

「嫉妬っ?! っていうより、ギーゼラ様みたいな人が次々に現れたら困るでしょ!」

「たしかに……それは困る」

「でしょっ」


 必死なリタの言葉が通じたのか、頷いているアルフレード。


「アルはいつもどおりでいいから」

「いつもどおりで?」

「そう! とにかく私の隣にずっといてくれるだけでいいの!」


 それだけでアルフレードの顔面効果は発揮されるだろう。それに、ずっと一緒にいれば、互いに対処しやすい。

 リタとしてはそういう意味で言ったのだが……なぜかアルフレードは目を見開き、次いで嬉しそうに破顔した。

 その破壊力といったら……リタは思わず目をつぶった。


 ブルーノはまばたきすら惜しいとでもいうように、両目を指で無理やりかっぴらいてアルフレードをガン見している。アンナとロルフはまるで予期していたかのように、しれっと視線を逸らし直視しないようにしていた。さすがだ。


『きゃー!!!! アルのその顔さいっこう!もう一回もう一回!』

『うるさいわよ!』


 アンコールを熱望するぷっぴぃを怒鳴りつけるネロ。その声が聞こえているのはリタだけ。リタの表情を見て勘違いをしたのか、アルは真剣な表情でリタの手を握った。


「わかった。私は絶対リタから離れないと約束しよう」

「む、無理はしなくていいからね」


『きゃー!!!!!』


「ああ。その代わり、リタも私から離れないでくれ」

「わ、わかった」


 なんだかこの会話、すごく恥ずかしい。まるで本当の恋人同士のようじゃないか。

 リタは視線をそっと逸らした。


 ――これもアルの顔が良すぎるせいだ。私達の婚約はそんな甘い理由で決まったものじゃないはずなのに……。


 ◇


『リタ……大丈夫?』


 ――! だ、大丈夫よ!


 回想していたせいでぼーっとしすぎた。ぷっぴぃたちの声で我に返る。


『安心しなさい。変なことするようなやつは私がなんとかしてあげるから』

『俺もついてるぜ!』

 ――ネロ。ロッソ! 嬉しいけどほどほどにね。

『リタ。安心して。やり過ぎないように私たちが見張っているから』

『こちらは気にしないでいいよ』

 ――アズーロ。マロン。お願いね!


 扉の向こうで名前が呼ばれた。厳かな装飾された大きな扉を、屈強な騎士が二人がかりで開く。


「行こう」

「うん」


 アルフレードのエスコートで入場する。

 キラキラ輝くシャンデリア。眩しくてくらくらしそうだ。


 ――これが本物のお城で開かれるパーティー。


 準備で大まかな規模は知っていたものの、実際に見ると迫力が違う。アルフレードの腕に添えた手に力が入る。それに気づいたのか、上からアルフレードの手が重ねられた。驚いて顔を上げれば目が合う。


 表情は変わらないが、いつもの優しさを感じる。リタは大丈夫だとほほ笑み返した。


 ――思い出すのよ。リタ。お母さんとのお姫様ごっこを。アンナに教えてもらったことを。それに私が平民ということはすでに噂になっている。多少失敗しても問題ない。アルも平民らしさが残っていた方が都合がいいと言っていた。アルフレードが本気で王太子になるつもりはないと示すためにも。

 リタがこの場で気に掛けるべきなのは二つ。一つはアルとの関係を怪しまれず、他の人が入る隙がないと知らしめること。もう一つは……。


 口角をあげて、アルフレードとともに進んでいく。突き刺さる視線。監視するような、値踏みするような、恨みがこもったような。中には殺気混じりのものも。でも、不思議とリタは怖くはなかった。


 ――別にこれくらいどうってことない。私には最高の味方がいるんだから。


 リタの予想に反して、皆の反応はさほど悪くない。たくさんの視線を感じるが、それ以上にリタの隣に注がれていることがわかる。どこからか、『美の神』『可憐な精霊』という単語が聞こえる。一瞬、『精霊』という単語に反応しそうになった。ぷっぴぃたちの存在、もしくはリタの正体がバレたのかと思ったが……違ったらしい。ただただ皆、リタとアルフレードに見惚れているだけだ。あのギーゼラでさえ、二人が並んだ姿に最初見惚れていた。彼女の場合はすぐに我に返り、悔しげに唇を嚙んでいたが。


 まっすぐに王家がいる方へと歩いて行く。王太子とステファニア、国王夫妻の前で立ち止まり、観衆の方へと向きを変える。その後、国王が口を開いた。


「みな、今日は集まってくれて感謝する。事前に知らせたとおり、ここにアルフレードとリタの婚約を発表する。まだ若い二人を皆も温かい目で見守って欲しい」


 国王の言葉にまばらに拍手が起きた。先程まであんなに見惚れていたくせに、なんやかんや文句がある人が大半らしい。「まあでも、関係ないけどね」と、リタは心の中で呟く。今日は公に『国王が認めた婚約だ』ということを周知させるのが目的なのだから。


 アルフレードとリタの元へと、高位貴族から順に祝いの言葉を述べに来る。


 ダゴファー親子がリタたちの前に出てきたのは、わりとすぐだった。ダゴファー伯爵がまずは祝いの言葉を口にした。ギーゼラもそれに倣う。

「おめでとうございます」と言っておきながら、二人とも目は笑っていない。想定内だ。挨拶はすぐに終わり、次がやってくる。


 一通り終わった後、国王が声を上げた。


「さあ、ここらへんで、今日の主役二人にダンスを踊ってもらおうじゃないか」


 リタの目が輝く。リタはもともと体を動かすのが得意だ。体力もある。そして、ダンスはアンナからもお墨付きをもらった。王族として幼いころから鍛えられているアルフレードにも難なくついていくことができる。


 アルフレードとともに会場の中心へと向かう。そして、お辞儀し、向き合った。目と目が合う。アルフレードはリタのやる気満々の顔を見て、フッと微笑んだ。音楽とともに踊り始める。ドレスが水面に広がる波紋のように、幾重にも重なりながら揺れる。アルフレードは彼女がその波紋に溶けてしまいそうで、思わず強く引き寄せた。


「アル?」

「……これくらい派手にやった方が目立つだろう」

「そうね!」


 笑顔で頷いたリタ。笑みを返すアルフレード。今まで公では見せたことのない素の笑みに皆が息を呑んだ。そして、この婚姻は政略的なものではなく、恋愛感情からくるものだと皆が理解したのだった。


 リタたちが踊り終わると、今度は王太子とステファニアが踊り始める。その様子をリタはじっと見ていた。


「気になるか?」

「ちょっとだけ。でも、話しかけるつもりはないから安心して……今はあっちに集中した方がいいみたいだし」


 視線を向けた先にいるのはギーゼラ。ギーゼラもリタを見ていた。ゾクッとしたものが背中を走り、リタはすぐに視線を逸らした。


 王太子とステファニアのダンスが終わった。周りに倣ってリタも二人に拍手を送る。この後は皆、思い思いに踊り始める。リタやアルフレードに声をかけてくる者たちもいるかもしれない。が、それは全て断る予定だ。


「どうぞ」


 喉が渇いたな、と思ったタイミングで給仕係が声をかけてきた。

 給仕係はリタとアルフレードにグラスを渡すと、王太子とステファニアにも渡し、下がっていった。


 リタはグラスに口をつける前に、くんっと中を嗅いだ。そして、首をかしげる。


「あれ……これ……」

「コフッ」

「ステファニア!」


 いきなり大声をあげた王太子に驚いて顔を向ければ、ステファニアが手で口を抑えているのが見えた。その指の間からこぼれる色は赤。リタは瞬時に動いた。持っていたグラスをアルフレードに押し付ける。


「アル! これ()()()()!」


 ステファニアが倒れこむのを支える。その体から漂う甘く危険な香りに、リタは眉根を寄せた。先ほどリタが感じ取った香りと同じもの。


「兄上。ここはリタに任せて指示を」

「あ、ああ」


 すぐさまアレッサンドロが騎士に命令し、扉を封鎖する。誰も外に出さないように。

 ステファニアを診ていたリタはガバッと顔を上げると、きょろきょろと周囲を見回し、目的の人物に向かって声を上げた。


「アンナ!」

「はい!」


 いつの間に入室していたのか、アンナは手にトランクを抱え、駆け寄ってくる。リタはトランクを受け取ると、すぐに中から必要なモノを取り出した。

 周囲から注目を浴びているが、気にしている余裕はない。


 ごりごり薬草を細かくしていく。火を使うところで騎士が動こうとしたが、それを国王が止めた。

 薬草を煮出し、できた薬。


 その薬を冷まし、リタが口に含んだ。アルが驚いた気配がしたが無視をする。

 うん。大丈夫。


「ステファニア様。これを」


 ステファニアの瞳がリタを映す。そして、うっすら唇を開いた。

 薬を飲んでしばらくすれば、呼吸も落ち着いてきた。一安心だ。ホッと息を吐く。

 リタはアルフレードを見上げ、一つ頷いた。


「陛下、ステファニア皇女殿下はもう大丈夫のようです」

「では、アレッサンドロ」

「はい。ステファニア、触れるぞ」


 国王の指示で、王太子はステファニアを抱きかかえ、会場を出て行く。扉が閉まる。会場はザワついたままだ。国王が口を開こうとした瞬間。


「陛下。犯人を捉えました!」


 ダゴファー伯爵が声を上げた。彼に引っ張られてきたのは見覚えのある給仕係。


「その者が犯人だと?」

「間違いありません。しかし、一介の使用人がこのような大それたことをするとも考えにくい。この者に指示を出した真犯人は別にいるのでしょう。おい、おまえ! 陛下は寛容な方だ。この場で真犯人の名前を告げれば、命だけは許して貰えるかもしれんぞ?」

 ダゴファ―伯爵が脅しをかけるかのように問えば、給仕係は震える指で真犯人を示した。

「あ、あの人です。あの人に頼まれました!」


 給仕係が指さした先にいるのは――。


「へ?私?」


 リタは思わず目を丸くしたのだった。

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