精霊たちとティータイムを楽しむリタとアル
リタが抱えている箱の中には多種多様なケーキが入っている。
ケーキの王道、イチゴのショートケーキ。チョコ好きにはたまらない、チョコトルテ。季節のフルーツをたっぷり乗せたフルーツタルト。さっぱり後味、ブルーベリーのムースケーキ。ほろ苦いコーヒーの味が癖になる、大人向けティラミス。シンプルながらも濃厚なチーズの味を味わえる、チーズケーキ。他にもいろいろ。どれもミニサイズだが、味は抜群に美味しい。リタのお墨付きだ。
「まあ、こんなにたくさん……これは迷いますわね」
箱の中をのぞき、手を頬に当て思案顔のアンナ。
「アンナは特別に二つまで選んでいいよ」
「いえ、それは」
「いいのいいの。アンナにはいつもお世話になっているんだから。さ、遠慮しないで選んで」
「はやく!」とリタが急かせばアンナは視線をもう一度ケーキへと落とした。その目は真剣だ。
「ではこちらと、こちらを」
「フルーツタルトと、ティラミスね」
――へえ……意外なチョイス。
ケーキは嫌いじゃないようだが、甘すぎるのは苦手なのかもしれない。
そんなことを考えながら、ケーキを小皿に取り分ける。アンナは自分ですると言ったが、このケーキはリタが買ってきたお土産(正確には買ったのはアルフレードだが)。リタは自分がやると言って、譲らなかった。
「はいどうぞ。私は残りを皆に配ってくるから、アンナは休憩してて」
「いえ。私もお手伝いを」
「アンナ。リタには私がついている。後で声をかけるからそれまで休んでいろ」
アルフレードの言葉にリタも「うんうん」と頷く。
「アルもこう言っていることだし、ね?」
アンナは瞬きをし、アルフレードとリタの顔を交互に見て、頷き返した。
「では、お言葉に甘えて……リタ様、このケーキさっそくいただきますね」
「うん! 後で感想聞かせてね」
アンナはリタにほほ笑みかけながら、リタの後ろに立っているアルフレードをチラっと見た。食器を入れた籠を持ち、リタの従者のようにたたずんでいるアルフレード。普段の彼からは想像できない姿だ。
そんなアルフレードの視線の先にいるのはリタ。その視線にあたたかさを感じるのは気のせいではないだろう。
――これはデート成功だったということかしら?! 後でブルーノに聞かなくちゃ。
アンナは緩みそうになる口角に力を入れなおし、一礼してその場を去った。
リタはアンナと分かれた後、アルフレードと共に屋敷で働く皆にケーキを配って歩く。すぐには食べられない人の分は調理場で保管してもらい、誰のかわかるようにカードを添えて。
「よし、これで全員ね。アルも手伝ってくれてありがとう」
「いや」
「残りは部屋で食べようと思うんだけど……アルも食べる?」
小食のアルフレードはきっともういらないというだろう。とは思ったが一応聞いてみた。
「私も参加していいのなら、行く」
意外な返答にリタはクスッと笑う。
「いいに決まってるでしょ。このケーキを買ってくれたのはアルなんだから」
「私は紅茶だけでいいんだが、それでも?」
「もちろん。じゃあ、今度はアルがこのケーキを持ってくれる? 私はポットとカップを持つから」
「いや。それなら、ティートローリーを借りればいい」
「ああ!」
言われて思い出した。そういえばそんな便利なものがあったと。
リタの声を聞いて、空気と化していた料理人たちが、はっとわれに返る。一番若手の料理人がさっと動いた。
「リタ様。こちらをお使いください」
「ありがとう。それと、紅茶の用意も」
「いえ! とんでもありません。こ、こちらこそ、お土産ありがとうございました」
「そうそう。あのケーキどうだった? その……美味しかった?」
「は、はい! 美味しかったです」
「よかった! プロの皆にケーキってどうかなって不安だったの」
リタがホッとしたようにほほ笑めば、若手料理人の頬がうっすらと赤く染まった。が、次の瞬間青ざめる。リタの後ろに立っているアルフレードの絶対零度の視線に気づいて。
「アル、行こっか」
「ああ」
調理場を出て行った二人。料理人たちは安堵の息を漏らした。
自室に戻り、アルフレードと二人きりになると、リタは精霊たちに呼びかけた。
「みんな~出てきていいよ~」
次々となにもない空間からぷっぴぃたちが姿を現す。
「さあ、みんな好きなものを選んでね~」
『アタシこれがいい』
最初に声を上げたのはぷっぴぃ。次にロッソ、アズーロ、ネロがケーキを選び、最後はマロン。
「マロン、もしかしてどっちも好みじゃない?」
選ぼうという素振りすらみせないマロンに尋ねれば、マロンは首を横に振った。
『僕はどちらでもいいんだ。リタはどちらが食べたい?』
「私もどっちでもいいんだよね。今日はいっぱい食べたから。マロンが選んでくれる?」
『そう? なら、こちらにしようかな』
アルフレードを除いた皆にケーキがいきわたり、リタの「どうぞ召し上がれ」の声とともに、皆思い思いに食べ始めた。
基本皆動物の姿なので床に直置きだ。ただし、その中でぷっぴぃだけがリタたちと同じように椅子に座っていた。ちなみにアルフレードの隣を陣取っている。どう考えてもその小さな体では、食事をするのは難しそうなのだが……案の定テーブルの上のケーキに顔すら届かない。見かねたアルフレードが声をかけた。
「ぷっぴぃ、私の上にくるか?」
「ぷぴ!」
膝上をたたくアルフレード。ぷっぴぃは、待ってましたとばかりに、アルフレードの膝上に飛び移った。リタは苦笑しながらぷっぴぃの皿をアルフレードの元へと移動させる。
二本脚をテーブルにちょこんと乗せ、がつがつケーキに食いついているぷっぴぃ。鼻と口の周り……いや顔全体がクリームだらけだ。
リタは笑い声を漏らさないように必死に耐えていた。しかし、リタの様子に気づいたアルフレードがぷっぴぃの顔をのぞき込み、噴き出す。
「ぷぴぃ?」
「ぷ、ぷっぴぃ。こ、ここについているぞ」
笑いを耐えながらも、紙ナプキンで優しく拭うアルフレード。
「よし、奇麗になった」
満足そうにアルフレードがほほ笑んだその時、ぷっぴぃがぱたっと倒れた。
「ぷっぴぃ?! どうした毒か?!」
「アルおちついて。静かに」
ここで騒いだら誰かが部屋の中に入ってくるかもしれない。リタがそう言えば、アルフレードは慌てて口を閉じた。
リタは冷静にぷっぴぃの様子を観察する。
「この反応は毒じゃないと思う」
薬程ではないが、多少は毒についても知っている。第一、精霊に対人間用の毒が効くとも思えない。特に、ぷっぴぃには。――ぷっぴぃの口から直接聞いたわけじゃないけど、おそらくぷっぴぃの能力は治癒系。となると、ぷっぴぃが倒れた原因はおそらく……。
「ぷっぴぃ。起きて」
「……」
「あ、アルがぷっぴぃを心配して泣いているわ!」
「ぷぴっ?!」
ガバッと立ち上がったぷっぴぃ。きょろきょろと顔を動かし、アルフレードを捜している。その鼻息はなぜか荒い。驚いているアルフレードと興奮状態のぷっぴぃの目と目があった。
「ぷ、ぷぴぃ?」
小首をかしげるぷっぴぃ。数秒後、リタにジトッとした目を向けた。言葉を交わさなくてもわかる。
『泣いてないじゃない!』と言いたいのだろう。
「ごめんごめん。でも、アルがぷっぴぃの心配をしていたのは本当だから。ねえ?」
「あ、ああ」
リタに会話を振られ、アルフレードは慌てて頷く。ぷっぴぃは本当かとアルフレードを見上げた。再び見つめ合う二人。
「ぷっぴぃ、大丈夫か?」
「ぷぴぃ」
こくんと素直に頷き返すぷっぴぃ。
「そうか。それならよかった」
微かに笑みを浮かべたアルフレード。ぷっぴぃはその笑みに見とれている。
リタはなんだか無性に口を挟みたくなった。というか、挟んだ。
「あ! そうだ。ぷっぴぃには別にお土産があるんだった。はい、どうぞ」
リタがぷっぴぃに差し出したのは持ち運びできるサイズのアルフレードの姿絵。ぷっぴぃの顔が勢いよく姿絵へと向く。
「ぷひぷひ」
「な、なにも私の前で見なくても……」
「いや、一応アルのお金で買ったものだし……」
ぷっぴぃは一枚一枚をじっくりと吟味するように見ている。
「それにしても、この絵すごいね。どれもそっくり」
というか、アルフレードのよさがよく描かれている。さすがブルーノ監修だ。
紅茶片手に絵姿を鑑賞するリタ。アルフレードはその視界を手で遮った。
「ど、どうしたの?」
「ぷっぴぃには許したが、リタには許してない」
「え? 私はダメ?」
「ダメだ。……別にあんなの見なくていいだろう。本物が目の前にいるんだから」
真剣な声色で言い切ったアルフレード。リタは呆気にとられた。
「どうした?」
「あ、いや、その……まさかアルがそんなこと言うとは思わなくて」
「……変か?」
「う、ううん。別に変じゃないけど……」
なんだか心臓が落ち着かない。リタは顔を背けた。と、同時にアルフレードの手も離れる。ふと視界に入ったのは、不機嫌そうな顔でリタを見上げているネロ。
「ネ、ネロ。どうしたの? かまってほしいの?」
手を伸ばし、ネロを抱き上げる。己の膝上に座らせ、ネロの体を優しく撫でた。ネロのしっぽがゆらゆら揺れ始める。よかった。機嫌がなおった……わけではないようだ。しっぽがリタの足をぴしぴしたたいている。
ロッソもテーブルの上にのぼろうとしていたが、アズーロから邪魔をされて不貞腐れていた。そんなロッソを慰めるマロン。
「リタが買ったという髪留めはそれか?」
「え、あ、うん。そう」
テーブルの上にある未開封の箱。その小さな箱の中には髪留めが入っている。リタはネロから手を離し、箱のふたを開けた。
「これは……」
アルフレードが息を吞んだ。リタはそれに気づかず、銀色の髪飾りを手に取りかかげる。
「すてきでしょ。ネロが選んでくれたんだよ」
「ネロが? だが、この色は……」
「いい色でしょう。この青なんてまるでお母さんの目の色そっくり」
「お母さん? リタの母君か?」
「そう。ってあれ? 私、アルにはそういう話してなかったっけ?」
「おそらく……」
「そっか、なら知らなくても当然か……アルはお母さんに会ったことないんだし……なんだかもっと昔からの知り合いの気がしてた」
お母さんが生きている間にアルと出会っていたらどうなっていたのかな。……お母さんアルを気に入りそう。いや、アルの顔見て警戒するかな? でも、なんだかんだ言いながら世話焼きそう。
容易に想像できる。
「そうか……母君の……」
「うん。あ、でも光の加減によってはアルの瞳の色とも似ているかも。この銀色もアルの髪の色みたいだし……」
アルと髪留めを並べて見て、気づいた。
「リタ……。意味をわかって言っているのか?」
「え?」
「いや、やっぱり答えなくていい。今の反応で分かった。……知るわけないか」
最後は声が小さくて聞き取れなかった。いったいなんて言ったんだろう……。
リタの無言の問いを無視して、アルフレードはわざとらしく咳ばらいをする。
「あー、そういえばリタにもう一つ報告があるんだった」
「なに?」
「庭に調剤用の小さな小屋を作った。今日買った薬草はそっちに運んである。これが鍵だ。後で案内するが、その小屋と庭の一部はリタの好きなように使っていい」
「え?! ほ、本当に?!」
「ああ。毎回調剤のために調理場を借りるのは面倒だろう。その代わり、リタには定期的に薬を作ってもらいたいんだが……」
「作る作る! ありがとうアル!」
勢いよく立ち上がったリタは、嬉しさのあまりアルフレードに抱き着いた。そして、すぐに離れる。一瞬のことで、アルフレードは反応できなかった。
――さすがアル! 定期的に傷薬とかの常備薬を作っていたけど、毎回調理場を借りるのは本当は申し訳なかったんだよね……。しかも、見られながら作るのってやりにくかったし。
「ねえねえ、アル」
「あ、ああ。なんだ?」
「私が作った薬って街でも売れると思う?」
「? 商売でも始めるつもりなのか?」
「うーん。商売っていう程でもないんだけど……小遣い稼ぎをしたくて。私が自由に使えるお金がほしいというか……」
「それなら私が」
「いやいや、それは違う! アルはもう十分してくれてるでしょ。そうじゃなくて、今日みたいに出かけた時に気兼ねなく自分で使えるお金が欲しいの」
「なるほど……?」
なるほど、といいながら首をかしげているアルフレード。さすが王子様。と、リタは皮肉りそうになる口を一度閉じた。もともとリタはお金とは無縁の自給自足の生活を送っていたのだ。最初はイケメンのお金持ちって最高~とか言っていたが、世の中の常識というものを知るにつれて自分がどれだけアルフレードに負担をかけているのかを自覚した。さすがに罪悪感というものが生まれる。
「それならリタが作った薬を私が買おう」
「いや、それも違うっていうか……アルからお金はもらえないというか……」
「リタ。リタの薬はそれだけの価値があるんだ。相応の報酬はきちんと受け取れ」
「わ、わかった。でも別口でお金は稼ぎたい」
「そうか……わかった。なら、私が売り先を探しておこう。できるだけ高額で買ってくれるところを、な」
「おねがいします!」
リタが頭を下げれば、アルフレードが片方の口角だけを上げて笑う。なんて黒い笑みだ。とは口には出さなかった。
「任せておけ。こういうのは私の得意分野だ」
「う、うん。アルに全面的にお願いするよ」
「ああ。その間にリタは傷薬と……そうだな、二日酔いの薬を作ってくれ。量は後で知らせる」
「わかった! 他に欲しい薬はない?」
「あー……いや、とりあえずはいい。都度、頼むことにする」
「わかった。じゃあとりあえず、さっき言っていた二つ作っておくね。……ねえ、アル」
「ん?」
「いろいろありがとうね」
「別に、これくらい感謝するほどのことでもないだろう。というか、いちいち言わなくてもいい。そう何度も言われたら、感謝の言葉が安く聞こえる」
「でも本当の気持ちなんだもん」
「……そうか」
「うん」
照れくさいのか視線を逸らすアルフレードと、そんなアルフレードを見てクスクス笑うリタ。どこからともかく甘い空気が流れる。が、その空気を壊すようにネロが大きな声で「ふあああああああ」と欠伸をした。ぷっぴぃがぎろっとネロを睨む。ネロも睨み返す。突然始まった二匹?の戦い。まあ、いつもの光景である。アルフレードとリタはそんな二匹を見て笑うのだった。
次回はシリアス回?の予定です。(リタは蚊帳の外)




