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【第一部完】皇帝の隠し子は精霊の愛し子~発覚した時にはすでに隣国で第二王子の妻となっていました~  作者: 黒木メイ
第一部『ベッティオル皇国編』

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22/53

リタは商店街のとある店で意外な物を見つける

「え?! じゃあアルでもベッティオル皇国についてはよく知らないの?」

「ああ。精霊についても、な。ボナパルト(うち)がもともと精霊の力に興味がない、というのもあるかもしれないが……おそらく他の国も変わらないはずだ」

「そうなんだ……」

「それより、着くぞ」


 アルフレードとリタを乗せた馬車は、商店街の入り口前で停車した。


「ふああ」


 口も目もぽっかり開いて放心状態のリタ。そんなリタの肩に手を置く者がいた。その手の持ち主は絶世の美青年……ではなくありふれた茶髪に黒ぶち眼鏡をかけた男。ただし、立ち振る舞いからいいところのお坊ちゃんなのが透けて見えている。男の正体はアルフレード。ブルーノの用意した変装グッズで見事に化けていた。

 かくいうリタもアンナが施してくれた変装メイクのおかげで、どこにでもいそうな町娘に見事化けている。メイクが落ちるようなことがなければ、注目を集めることはないだろう。


「アルどうしたの?」

「きょろきょろするな。目立つ」

「あ……ごめん」


 変装しているから大丈夫だと思っていたが、アルフレードの言うとおりリタの反応は目を引くらしい。屋台を開いている店主たちがちらちらとリタたちに視線を向けている。


「気をつけるね」

「ああ……まあ、それさえ気をつければ大丈夫だからあまり気にするな。さあ、どこに行きたい?」

「どこに行きたいと聞かれても……」


 リタは困った表情を浮かべ、目の前の商店街を見やった。入口付近に立ち並ぶ屋台。その先には大きな噴水があり、さらに向こうには店が並んでいる。いったいどこまで続いているのかもわからない。人もたくさんいて、見ているだけでクラクラしてきた。リタの表情を見たアルフレードは、しばし思案顔を浮かべた後口を開いた。


「なら私が勝手に決めてかまわないか?」

「うん。その方が助かる」

 リタがコクコク頷けば、アルフレードはふっとほほ笑んだ。

「じゃあ、行くか」

「うん! あ」

「どうした?」

「手?」

「て?」


 小首をかしげるアルフレードの手をリタがさっと握った。アルフレードの目が見開く。


「はぐれないように、ね」

 ――アルがさらわれたら大変だし。

「あ、ああ。そうだな。人も多いし……」

「さ、行こう」

「ああ」


 歩き出した二人。その後ろを一般人に紛れてついていく男たち。護衛を任されている彼らは終始、周りを警戒している。ただし、その中でブルーノだけはリタとアルフレードの様子をじっと見つめていた。口角の上がった口元を手で覆い隠し、なにかを呟きながら。


 屋台は帰りにゆっくり見る事にし、噴水の向こう側にある店を目指す。

 アルフレードが足を止めたのは商店街の中でも一際(ひときわ)大きな店。どうやら女性をターゲットにした店のようで、門口から女性が数人出てきた。アルフレードとリタの隣をキャッキャッ話しながら通り過ぎていく。


「雑貨屋……いろんな品物が売っている店のようだ。ここに入ってみるか?」

「へえ。うん、入ってみたい」


 雑貨屋がどういうものかはよくわからないが、とにかくいろんな物が売ってあるらしい。

 ――行商人が売っていたようなものが置いてあるのかな。

 リタにとっては初めてのお店。ドキドキしながら、アルフレードに続いて店内へと足を踏み入れた。

 が、すぐにアルフレードの足が止まり、リタは彼の背中にぶつかった。


「ちょ、どうしたの? ア」


「アル」と呼ぼうとした瞬間、アルフレードが勢いよく振り向き、リタの口を塞いだ。

 わけがわからない。なにより、息ができない。アルフレードの手が大きいせいか、リタの顔が小さいせいか。『わかったから。お願いだからこの手を離してほしい』とアルフレードの手をたたけば、離してくれた。


 ――し、死ぬかと思った。


 呼吸が落ち着いた後、リタは店内を見回した。そして、アルフレードが焦っていた理由を見つける。ソレは目立つところにあった。


「わあ」


 広い店内の中央に置かれたテーブル。そのど真ん中には『第二王子アルフレード』の大きな姿絵がイーゼルに飾られ、そのテーブル上にはアルフレードを模した人形、持ち運びができる小さいサイズの姿絵。他にもアルフレードをイメージした『グッズ』と呼ばれるものが並べられていた。


 女性客の大半はそのグッズが目当てのようで他の商品には目もくれず、グッズが置かれたテーブルを囲んでいる。リタもその集団の中に混じろうとしたが、アルフレードから腕を引かれ、止められた。


「なに?」

「まさか買う気か?」

「もちろん」


 即答したリタにアルフレードは口を閉じる。なんとも言えない表情を浮かべた後、再び口を開く。


「別に、いらないだろう」

「え、でも……」


 ちらっと姿絵を見てから、背伸びしてアルフレードの耳元でささやく。


「あの姿絵、ぷっぴぃが喜びそうでしょ」

「……う゛」


 リタは知っている。アルフレードがぷっぴぃに甘いことを。

 ――あんなに下心満載のぷっぴぃ相手に、文句も言わず毎回求められるまま抱っこしたり、撫でてあげているもんね。ブルーノ相手には冷たいのに。

 アルフレードは苦悶の表情を浮かべた後、諦めたような顔で頷いた。


「わかった。なら、これで買え。買う時にこのカードを店員に見せれば買えるから。後、他にも気になったものがあったら好きに買っていい。俺は外で待っているから」

「え、うん。わかった。ありがとう」


 アルフレードから差し出されたカードを受け取り、頷き返す。リタに恩返しをすると張り切っていたアルフレードだが、この空間にいるのは耐え切れなかったらしい。

 完全に一人になり、リタは改めてアルフレードグッズが置かれているテーブルに目をやった。


 ――ぷっぴぃ。どれが欲しい?

『アルの姿絵は絶対!』

 ――了解。人形は?

『そっちはいらなーい』

 ――他に欲しいものある?

『うーん。アタシは姿絵があればいいかな。あ、その代わり全種類買って』

 ――全種類ね。

『リタ』

 ――わ、ネロ。どうしたの? リタもなにかいる?

『いらないわ。そうじゃなくて、せっかくなんだからリタも好きなの選びなさいよ』

 ――え、私も? え……じゃ、じゃあやっぱりアルの姿絵かな……。


 でも、アルフレードは嫌がりそうな気がする。……まあ、バレなければいいか。と思いつつ手を伸ばそうとしたら、ネロの『違うわよ!』という声が響いた。


『あの男のグッズじゃなくて、他の物よ。別の棚に置いてあるものも、見てみなさいって言ってるの』

 ――あ、ああ。そうだよね。


 すっかり忘れていた。この店は他にもいろんなものが売ってあるのだ。壁側に商品棚が並んでいる。レターセット、化粧品、香水、アクセサリー等女性受けしそうな商品がほとんどだ。


 ――わあ……めっちゃ迷う。


 見ているだけでワクワクする。楽しい。

『あら、そこにある髪留めなんていいんじゃない?』

 ――髪留め?

『リタの左隣の棚に置いてあるやつよ』

 ネロに言われて、リタは視線を向けた。


「あ」


 花をモチーフにしたデザインの髪留め。かわいいデザインだが、全体が銀色なので上品にも見える。まばらについている小さな青色のガラスが目を引く。


『どう? リタの好みじゃないなら無理にとは言わないけど……』

「ううん。そんなことない。すてき」

『うんうん! リタにぴったり』

『そうね。リタは髪の毛をひとつにまとめていることが多いから、そういうのをつけるともっと可愛くなると思うわ』


 意気投合するネロ、ぷっぴぃ、アズーロ。三人の声に押され、リタは決めた。


「これも買おう」


 他の客にならって店員に声をかける。


「絵姿二枚と、髪飾りが一つですね。お支払いは?」

「あ、これで」


 アルフレードから預かったカードを差し出す。そのカードを見て、スタッフは固まった。


「あの……?」

「しょ、少々お待ちくださいませ」

「え、あの?!」


 止める間もなくスタッフは走って行った。おそらくこの店の中で一番偉い人物の元へと。こそこそと話した後、その一番偉そうな店員がこちらへと早足で歩いてくる。


「お客様」

「は、はい」

「つかぬことをお伺いいたしますが、こちらのカードはどういった経由で手に入れられた物ですか?」

「はい? これはア、いや、この持ち主から借りたんですけど……」

「借りた? このカードをあなたがですか?」

 訝しげな視線を向けられ、リタは眉根を寄せる。その反応を見て、さらに店員の目が鋭いものとなった。

「そうですけど。それがなにか?」

「うそはすぐにバレますよ。本当に、借りたのですか?」

「……わかりました。でしたら、本人を連れてきます!」

 それなら文句ないでしょう。と踵を返す。

「え?! お、お待ちください! ご本人様がいらっしゃっているのですか?」

「はい! だからちょっと呼んで「まだですか?」あ、ブルーノ」


 突然現れたブルーノが、店員とリタの間に立った。店員はブルーノの顔を見てぎょっとした表情を浮かべ、勢いよく頭を下げる。


「ブ、ブルーノ副会長! お、お疲れさまです」

「ええ。で、彼女の会計はまだですか?」

「あ、そ、それは」

「外で待たせている方がいるんですが?」


 店員の顔が一気に青ざめた。


「も、申し訳ございません。お客様も申し訳ございませんでした!」

「あ、いえ「早く」」

「はい!」


 必死な形相で会計処理に向かう店員。なんだか見ているこちらが申し訳なくなってきた。


「た、たいへんお待たせいたしました」

 恭しい動作で差し出された小箱を受け取る。

「ありがとう。……また来ますね」


 小さな声で店員に告げると、店員はさらに深く頭を下げた。リタはブルーノを連れて足早に店を出る。これ以上迷惑はかけられない。


「ブルーノきてくれてありがとうね」

「いえ。それよりも、そちらの荷物は私がお預かりするので、リタ様はアルフレード様の元へ……待っていらっしゃいますから」

「あ、うん。ありがとう」


 言われたとおりブルーノに荷物を預け、急いでアルフレードの元へ駆け寄る。


「アル、遅くなってごめん」

「いや。それよりも、買えたのか?」

「うん。これカード。ありがとう。それと、姿絵とは別に髪飾りも一つ買ったんだけど……」

「そうか。いいのが見つかったのなら良かった。次はカフェにでも行ってみるか?」

「カフェ?」

「あー……甘いものが食べられる店だ」

「行ってみたい!」


 アルの家でも甘いものはたくさん食べさせてもらったけど、お店で食べるのは初めて……楽しみだ。

 目を輝かせたリタを見てアルフレードの表情が緩む。


「じゃあ、行こう」

「うん」


 どちらともなくつなぎ直した手と手。カフェに向かって歩き出す。その様子をブルーノは満足げな様子で後ろから見守っていた。


 カフェで頼んだのはミニケーキ三種盛、を二皿。迷いに迷った結果、アルが店の人となにやら話し合ってメニューには載っていないものを頼んでくれた。どうしてそんなことができるのか、と不思議に思って聞いてみた結果、驚きの事実が発覚した。


「え?! アルが商会の会長?! この店もさっきの店もアルの店? え? ど、どういうこと?!」

「うるさい。少し声の大きさを落とせ」

「ご、ごめん」


 少し前までは初めて食べたお店のケーキの味に感動していたのに、今の話を聞いて途端に味がわからなくなった。


「会長といっても私はほぼお飾りだ。実質、動いているのはブルーノだから」

「ブルーノが? ……え、ブルーノ働きすぎじゃない?」

「そんな目で見るな。私だってブルーノではなく、他の者に任せるつもりだったんだ。だが、ブルーノが自分に任せてほしいといってきかなくてな……例のグッズを他の者に任せたくないからと。姿絵の取り扱いを許可しているのはうちの商会だけだからな」

「ああ、そういう……。でも、意外。アルああいうの嫌そうなのに、よく許可したね?」

「嫌だから許可したんだ」

「どういうこと?」


 アルフレードは嫌々ながらも説明してくれた。

 もともと、アルフレードの姿絵は無許可でいろんな店が勝手に売っていたらしい。そのことを最初アルフレードは知らなかった。知った時にはとんでもない人気商品になっていたという。販売中止にしたい。けれど、全てを中止にすると購入者たちが暴動を起こすかもしれない。

 悩んだ結果、アルフレードは自分で商会を立ち上げ、自分の商会でのみ販売をすることにした。

 その際、自分にも一枚噛ませてほしいと手を挙げたのがブルーノだった。結果、あの『グッズ』たちが生まれた。ことの経緯を聞いてリタは納得した。――どおりで多忙なブルーノが率先してやりたがるわけだ。


「まさかあんな感じで売られているとは思ってもみなかったがな……」

 項垂れ、呟くアルフレード。

「でも、一応全部アルフレードが許可を出したものなんでしょう?」

「……ああ」

「なら諦めよう。お客さん皆喜んでいたし、あれだけ売れているんだし、ね」

「…………ああ」

「さ、そんなことより、アルもどうぞ」

「?」


 一口サイズのケーキを乗せたフォークをアルフレードに向ける。


「食べて? 美味しいよ」

「……ああ。美味しいな」

「でしょう」


 素直に差し出されたケーキを口にして、頷くアルフレード。そんなアルフレードを見て、満足げに頷くリタ。


「ねえねえ。帰りにここのケーキを買って帰ることってできるの?」

「できるが……まだ食べるのか?」

「だ、だって他のも食べたいし……というか、私じゃなくて()に食べてもらいたいの!」

「ああ、ならミニサイズのケーキを全種類買って帰るか」

「いいの?!」

「もちろん。会長権限を使ってな」

「さすがアル様~」

「ああ、存分に感謝しなさい」

「ありがとうございます~」


 ふざけて偉ぶるアルフレードに感謝を告げるリタ。目を合わせた二人はどちらともなく笑い声をあげた。そんなアルフレードを見た護衛騎士達は、まるで白昼夢を見たような表情を浮かべていた。ただ一人ブルーノだけは、腕を組みしたり顔で頷いていたが。

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