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【第一部完】皇帝の隠し子は精霊の愛し子~発覚した時にはすでに隣国で第二王子の妻となっていました~  作者: 黒木メイ
第一部『ベッティオル皇国編』

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リタは旅道中を楽しむ

 初めての旅。初めて行く場所。リタにとってはなにもかもが新鮮だ。国境を越えてからは、アルフレードから許可も下り、遠慮なく外の風景を楽しんでいた。


「そんなに面白いか?」


 アルフレードにとっては代わり映えしない景色。それなのにリタはずっと小窓に張り付き、目を輝かせている。

 いったいなにに惹かれているのか。考えてみたが、わからない。馬車が通る道故、道路整備はされているが周りは木々が生い茂っていて、リタが住んでいた付近の森と大差ないように思える。が、リタにとっては違うらしい。


「うん。私、あんなに幹が太い木を見るのは初めて! それに、地面がデコボコしていない道も!」

「ああ。なるほど……」


 アルフレードにとっては普通のことなので気づかなかった。ボナパルト王国はその土地の特性故か、他国よりも植物がよく育つ。人の手が入っていない場所でも、こうして木々が立派に育つくらいに。まあ、リタのあの畑での光景に比べたら大したことではないが。


「舗装された道も初めてか。……大丈夫か?」

「え?」

「デコボコ道ではないとはいえ、この馬車ではそれなりに振動がある。酔ってもおかしくはない。もし今、気持ち悪さを感じているんだったら正直に言え。休憩はできるだけ多く入れるようにするが……」

「酔いは大丈夫だけど……」

「だけど? 遠慮はしなくていい。無理をしたら後がつらくなるぞ」

「お尻が痛い」


 真顔で言い放ったリタに、アルフレードは固まる。次いで、顔を背けた。微かに肩が震えているところを見るに、笑っているのだろう。リタはムッと眉間に皺を寄せた。


「アルが正直に言え、っていったくせに」

「正直すぎだ。もっと他にも言い方があっただろう。というか、だから先程からもぞもぞしていたのか?」

「う”。仕方ないでしょ。痛いもんは痛いんだから」

「それもそうか。王宮の馬車が使えたら少しはマシだったんだがな……」

「使わせてもらえなかったの?」

 王子様なのにという視線を向ければ、アルフレードはゆるく首を横に振った。

「いや。というより、お忍びで出てきたから使えなかったんだ。いかにも、な馬車に乗っていたら前回のように襲われるかもしれないからな」

「ああ、そういう……」


 なら仕方ないか。という顔のリタ。


「尻が痛いならこれを使え」


 おもむろにアルフレードが差し出したのは、己が羽織っていた外套を丸めたもの。素直に受け取ったものの、思案顔のリタ。


「気にせず、敷くといい」

「……」


 悩んだ末、リタは己の尻を優先することにした。遠慮なく尻に敷く。そんなリタを見て、再び顔を背け肩を震わせるアルフレード。


「笑いすぎじゃない?」

「仕方ないだろう。いちいち反応が面白いリタが悪い」

「なにそれ」


 ムッとした表情を浮かべながらも、アルフレードの笑顔に目を奪われる。

 ――アルの顔がよすぎるせいで、本気で怒れない。


 チョロすぎる自分自身に呆れながら、リタは外の景色に目をやった。

「あれ?」

 だんだん馬車のスピードが落ちていっているのに気づく。


「そろそろ休憩のようだな」

「あ、うん」


 アルフレードの言ったとおり、しばらくして馬車は完全に停まった。降りた方がいいのか迷いつつ(そもそも、どうやって降りればいいのかもわからない)、アルフレードに倣って座って待っていると、扉が外から開いた。


「どうぞ」


 ブルーノの声に促され、アルフレードが先に降りる。リタも腰を上げた。


「……アル」

「ああ」


 アルの手を借りて、馬車から降りる。


「ふうっ」


 両手を上げ、背伸びをした。なんという開放感。乗っている最中は景色に夢中で気にならなかったが、体はそれなりに疲れを感じていたらしい。

「ん?」

 ふと視線を感じて、振り返った。


 ――な、なに?


 馬に水を飲ませながら、なぜかこちらをじっと見ているブルーノ。帽子のせいで目元が見えない。が、強い視線は感じる。居心地の悪さに耐え切れず、「なにか?」と尋ねようとした。しかし、その前に邪魔が入った。アルフレードが二人の間に立ちふさがったのだ。


「リタ」

「な、なに?」

「おなか減っていないか?」


 アルフレードの右手には、小さなバスケット。途端にリタの表情が明るくなった。


「食べる!」

「なら、こっちへ」

「うん」


 二人で座るには十分な大きさの岩に腰掛ける。その際、さりげなく奇麗なスカーフを敷かれ、戸惑った。が、これがアルフレードの普通なのだと気持ちを切り替え、その上に腰を下ろす。先程とは違う反応だったからか、アルフレードは期待外れだ、とでもいうような表情を一瞬だけ浮かべた。


 バスケットの中に入っていたのは、パンとチーズ、そして水が入った瓶が一本。


「え。これ私も食べていいの?」


 用意したのはブルーノだろう。おそらくアルフレードのために。リタまで食べていいのか不安になる。が、アルフレードは当たり前だろう、と頷いた。

 他人が作ったパンを食べるのは久しぶりだ。チーズを食べるのも。リタの胸が高鳴った。


「どうだ?」

「最高!」


 心からの言葉だった。しかし、アルフレードはそうではなかったようで「そうか」と、いまいちな反応。――王子様のアルは普段もっといいもの食べているんでしょうね。

 つい、心の中で皮肉ってしまう。


「……アル食べないの?」


 パンとチーズを少し食べただけで手が止まったアル。リタの家にいた時はびっくりするくらい食べていたのに。――はっ! もしかしてこの食事って一食分じゃないの?! 食べ過ぎた?!


 内心焦り青ざめていると、アルフレードがリタの心境を見越したかのように「残りも食べていいぞ」と言った。


「で、でも、そしたら夜食べるものが」

「安心しろ。次の目的地では一泊する予定だ。夕飯もそこで済ませる。それは全部リタが食べていい。万が一に備えての携帯食もあるから気にするな」

「わ、わかった」


 ホッとして、残りのパンに手を伸ばす。あっという間に食べ終わったリタに、アルフレードが瓶を差し出した。


「ありがとう」


 瓶に口をつける。


「ふぅっ」


 ちょうど喉が渇いたタイミングでの水分補給は最高だ。満足げにおなかを撫でていると、急にゾクッと背中が粟立った。バッと振り返る。そこにいたのはブルーノ。

 ――ま、またあの人。


 思わずアルフレードに身を寄せる。リタの行動でアルフレードも気づいたようだ。


「ブルーノ。いい加減にしろ」

「はっ。すみません。たいへん珍しい光景だったもので、つい……」

「珍しい?」


 リタは首をかしげる。しかし、アルの前だからか、ブルーノがそれ以上口を開くことはなかった。


 馬を休ませた後、次の目的地に向かって出発する。

「……」

 ――皆、なにしてる?

 手持ち無沙汰になったリタは、心の中でぷっぴぃたちに話しかける。すぐにアズーロから返答があった。


『皆、久しぶりのボナパルトの景色を楽しんでいるわ』

 次いで、ロッソの声が響く。

『周りへの警戒は怠っていないから安心しろ』

 ――うん。頼りにしてる。

『ああ。任せておけって』

『リタ!』

 ――ネロ? どうしたの?!


 硬い声色のネロに驚く。なにかあったのだろうか。

『馬車を停めて』

 ――え?

『はやく!』


「馬車を停めて!」

「え?」

「いいから、はやく!」

「ブルーノ! 停めろ!」


 アルフレードの声がけに、馬車は停まった。次いで、「どうされました?」という質問がくる。が、返事をする前に、ブルーノが緊迫した声を上げた。

「賊です! お二人は馬車の中から出ないようにっ」

 と、その言葉を聞いた瞬間、アルフレードが外へと飛び出した。


「ちょっ、アル様なんで出てきたんですか! あなた顔がいいだけで腕っぷしは全くなんですから」

「うるさい! おまえが一人で相手にするよりかはマシだろう!」


 リタはそっと扉から顔を出した。賊は五人。火のついた松明(たいまつ)を掲げた男が一人と、ナイフを持った男が二人。(やり)を持った男が一人。そして、大きな剣を持ったいかにもリーダーっぽい大男が一人。その大男と目があった。ニヤリと笑う大男。

「おお。これはラッキーだ。護衛がついていない馬車なんか襲ったところで、ろくな収穫はないと思っていたが……。顔のいい男と、女が一人ずつ。どちらも売れそうだ。その前に味見をしてもいいな」

「あ。オレ男の方がいいっす。兄貴は男には興味がなかったでしたよね?」

「ああ。だが……これだけ顔がいいなら男もありだな」

「えー。じゃあ、兄貴の後でいいんでオレにもさせてくださいよ」

「俺も!」

「俺は女で!」

「ははは。俺が気が済むまで楽しんだ後ならいいぞ」


 アルフレードの顔を見て下卑た表情を浮かべる男たち。対峙しているブルーノを気に留めるものは一人もいない。簡単に仕留められると思っているのだろう。


「心外ですね。私は対象外だとでも?!」


 と言っていきなり帽子を脱いだブルーノ。一つ括りにされた銀色がかったグレーの髪がばさりと落ちる。驚くべきはその整った顔立ち。まつ毛が長く、目がぱっちりしている。アルフレードとは違う意味で中性的だ。アルフレードがキレイ系なら、ブルーノはかわいい系。


 ただ……


「今、そんなことを言っている場合じゃないだろう」

 呆れたようなアルフレードの言葉に、リタも頷き返す。


 が、ブルーノにとっては大切なことらしく、真剣な表情で賊たちの反応を待っている。


「おー! オレはありっす!」

「まあ、あの二人を見た後だと……だが、十分いけるな」

「でも男だぞ?」

「そうだが……ほら顔だけ見れば」

「いや、それならあっちの方が」


 議論まで始まってしまった。


「貴様ら」


 あ、アルの堪忍袋の緒が切れた。そう思った時には怒声が響いていた。


「なにふざけたことを言っている! そもそもおまえらが選べる立場だとでも思っているのか?! ブルーノおまえもおまえだ!」


 美人の怒った顔は怖い。リタはそのことを今実感した。絶対零度の視線に射抜かれた男たちは硬直している。

 今のうちだと、リタは馬車に乗せてあった鉄製のフライパンを手に取った。おそらく野営用のものだろう。本来の使い方とは違うが、今は緊急事態だ。許してほしい。

 フライパンを持っている手に力を入れ、槍を持っている男に奇襲をかけた。男の頭を横から殴る。不意を突かれた男はあっけなく地面に伏した。


「なっ」


 次に狙うのはナイフを持っている男の手。フライパンで力いっぱい打ち付けると、手からナイフが落ちる。今度は、下から上へとフライパンを振り上げた。男の股の間を狙って。男は股間を押さえ、倒れる。もう一人のナイフを持った男はブルーノとアルフレードの二人がかりで倒していた。

 残ったのは松明を持った男と、大剣を持った大男。


「ち、近づくな! 近づくとこの火を馬に投げつけるぞ」

「っ」


 そんなことをすれば馬はパニックになるだろう。それだけじゃすまない可能性だってある。リタの動きが止まると、男たちは余裕を取り戻した。大男がニヤけ顔でリタに近づく。その瞬間、「あ」と火を持った男が呟いた。全員の視線が男に向く。男の手に持っている松明からは、火が消えていた。


「おまえ」

「あ、兄貴違うんです。風もないのに勝手に火が」


 大男と松明を持った男が口論を始めた。その隙を逃すリタではない。


「えーい!」


 リタは力いっぱいフライパンを振りかぶった。大男は余裕綽々とリタの攻撃を避け――次の瞬間、意識を失い倒れた。


「え、今の当たったの? ……まあ、どっちでもいいか。ねえ、そこのあなた」

「ひっ」

「フライパンと、この剣どっちがいい?」


 フライパンを右手に、気絶した大男から奪った大剣を左手に持ち、男にほほ笑みかける。男は片手で大剣を持ったリタを見て青褪めた。


「ど、どちらも勘弁です~!!!!!!」


 半泣きで走り去って行く男。――泣いて逃げるくらいなら最初から襲いかかってくるなっていうのよ!


 リタは手にした大剣を捨てると、「ふぅ」と息を吐き出した。


 ――皆、手伝ってくれたんでしょ? ありがとう。

『これくらいどうってことないわ。リタ、ケガはない?』

 ネロの声色がいつもより優しい。心配してくれているのがわかる。

 ――ないよ。あ、手伝ってほしいことがあるんだけど。

『なにをすればいいの?』

 ――私たちがここを離れた後、こいつらをここから動けないようにすることってできる?

『ああ。それなら僕が埋めとくよ』

 マロンの声。リタは「それでお願い」と返した。


「よし。そうと決まれば……アルとブルーノ、さんこいつらを締め上げるの手伝ってくれます?」


 おあつらえ向きなロープなら彼らが持っている。それを示して言えば、二人とも嬉しそうに目を輝かせた。

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