第194話 最強の英雄

「ハッ！」

　直哉からの横薙ぎの一閃。それを真正面から受け止めるユメシュ。次の瞬間には剣は杖によって薙ぎ払われ、体勢が崩れる。

「"黒雷《ダークライトニング》”！」

「アバババババババババッ！？」

　ユメシュは杖先から放つと見せかけて、杖を持たない方の腕から魔法を行使する。圧倒的な速度で展開される高出力の魔法。

　その黒い雷は直哉の体を焦がす。完全な力が戻る前のユメシュの雷であれば、直哉も堪え切れたが、今回の魔法は威力の桁が違い過ぎた。

　黒い雷は大爆発し、直哉が黒煙から吐き出される。そのまま床を跳ね、壁際まで転がっていく直哉。

　そんな直哉の近くへ聖美が駆け寄る。

「直哉君、大丈夫！？」

「あ、ああ……大丈夫……と言いたいけど、さすがに無理そう……」

　雷を受けて痺れが残る手を見やりながら、直哉は聖美に苦し気に笑って見せる。聖美はそれで不安に襲われた。現在、直哉を含めて薪苗親子は全員動けない。そして、茉由も、洋介も、夏海も。全員が手負いである。

　そんな中で前回で動けるのは聖美と寛之の二人のみ。しかし、聖美と寛之が共闘したとしても勝てるとは到底思えない。

「でも、やらなきゃ……！」

　そう自分の内に潜む恐怖へと語り掛けるように前へ進み出る。しかし、そんな彼女の後ろから地面を踏みしめる音が聞こえた。

「直哉君……」

「呉宮さんを、みんなを守るのは俺の役目だから。寛之、お前もみんなをこの場で守ってくれ」

　聖美に続こうと前へと足を踏み出していた寛之にも制止の言葉をかける直哉。その瞳は真っ直ぐにユメシュの双眸を捉えていた。

　直哉は再起し、立ち上がる。自分の父を傷つけ、それ以外の数多の人間を傷つけてきた男に対して、怒りの焔をたぎらせていた。

「フッ、終わりだ！来訪者共！」

　ユメシュの杖先から、再び暗黒の球体が放たれる。しかも、それは今までの数十倍の大きさであった。

　このまま直進してくれば、間違いなく全滅。全員が跡形もなく消される。

　そして、死が迫りくる。地面を大気を食い散らかしながら、必殺の気迫と共に迫る。

　寛之が幾つも障壁を展開するも、瞬く間に障壁が食い破られていく。もはや、障壁ですら用をなさなかった。

　ただ、そんな死の球体へ聖美は矢を番える。星魔弓サティアハから山吹色の光が放たれる。弓であれば、消滅するのは矢だけで済む。そう考えた聖美は懸命に魔力を込める。

　そんな彼女を後ろから抱き込み、手を重ねる直哉。少し目線を後ろにやった聖美は恋人の温もりと共に魔力を注ぐ。そして、二人の魔力が呼吸や心拍数と同様に統一されていく。

「呉宮さん！」

「うん！」

　星魔弓サティアハに番えられる矢へ、聖美の魔力と直哉の魔力が流し込まれる。そして、放つ技は二人の中で決まっていた。

「“聖砂爆炎弓《せいさばくえんきゅう》”！」

　直哉の“聖砂爆炎斬”と聖美の持つ星魔弓サティアハの技である“星撃ち《ミティオライトショット》”。

　この二つを一つの矢に魔力融合させた技。それが、“聖砂爆炎弓”。

　弓を離れた矢が一直線に突き進む。そして、一際大きな暗黒の球体と衝突。爆ぜる。

　衝突地点から吹き荒れる衝撃波が直哉たちの体を強烈に撫でていく。

　その爆炎が大気中に霧散し、ようやく反対側に居るユメシュの姿が見える。そのローブには光り輝く炎が盛っていた。それに気づいたユメシュがサッとローブについた火を黒い水で鎮火させる。

「まさか、ここまで攻撃が届くとは……」

　ユメシュは驚きに満ちた瞳で直哉たちを祭壇の上から睥睨する。

「“氷魔刃”ッ！」

「“雷霊砲”ッ！！」

「“星突き《ミティオライトストライク》・改”ッ！」

　悪魔殺しの氷の刃と雷の砲撃。そして、星魔槍テミトリアの戦端から放たれる山吹色の閃光。三種の攻撃がユメシュの元へと殺到する。

「くだらないな」

　ユメシュの前で茉由、洋介、夏海の3人による同時攻撃は様々な色の爆発を引き起こした。それは夜闇に撃ちあがる花火のように鮮烈であった。

　しかし、その煌めきを遮るのは壁上の黒い風。

「そうか、直哉以外の者に見せるのは初めてだったか。これが、“黒風壁《ダークウィンドウォール》”。私の扱う最強の障壁魔法だ」

　王城の戦いの際にレイモンドとシルヴェスターの同時攻撃を受け止めたものだ。しかも、レイモンドは筋力強化魔法で膂力を強化されていたにもかかわらず、真正面から切り裂くことは不可能だった。

　そんな闇属性と風属性を魔力融合させた“黒風壁《ダークウィンドウォール》”はユメシュが普段から多用する“暗黒障壁”などとは比べものにならないほどの強度を誇る。

「“星撃ち《ミティオライトショット》”！」

　山吹色の光を放つ魔力で形成された矢が“黒風壁《ダークウィンドウォール》”を貫通せんと光の如き速度をもって突貫する。

「無駄な足掻きを！」

　ユメシュが嘲笑った刹那、“星撃ち《ミティオライトショット》”は山吹色の煌めきと共に爆ぜた。そして、黒い風の障壁は健在であった。

　予想通りの結果にユメシュは口端を吊り上げる。が、次の瞬間には眼球が飛び出すのではないかというほどに驚くこととなった。

　爆ぜる山吹色の煌めきの中から姿を現したのは紛れもない直哉だった。今のは、聖美の攻撃へとユメシュの注意を向けさせるための囮《デコイ》だったのだ。

　ユメシュは直哉と聖美、二人の黄金の連携に舌を巻いた。

　が、次の瞬間にはそんな悠長に構えていられるほどの余裕は消え失せることとなる。

「薪苗直哉！貴様のいかなる斬撃でもこの障壁は破れまい！」

「それは分かってる！だから、破るのは俺じゃない！」

「何ッ！？」

　直哉はサッカーボールでも蹴るように左足を前へと繰り出し、“黒風壁《ダークウィンドウォール》”に叩きつける。

　直哉の蹴りと風の障壁が重なった瞬間、黒い風の障壁は窓ガラスが割れるように砕け、風の吹くままに舞い上げられる。

　ユメシュは目の前の光景にただただ驚くしかなかった。最強を自負する障壁が跡形もなく、破壊されたのだから。

　だが、その正体はユメシュの脳内ですぐに導き出すことが出来ていた。最強の障壁には最強の英雄の魔法をぶつけられたのだ。直哉の足に付加《エンチャント》された魔法破壊魔法によって、“黒風壁《ダークウィンドウォール》”が破壊されたのだと。

　だが、続く一撃にはさらなる驚愕が刻まれる。

「“星砕き《ミティオライトブレイク》”ッ！」

「馬鹿な！？それはジェラルドの……！？」

　直哉が発動させた斬撃。それは大破して使い物にならなくなった星魔剣アルデバランを介することでジェラルドが使っていた最強剣。

　それがなぜ、直哉の持つ滅神剣イシュトイアから放たれるのか。そんなこと、即座に理解できるものではなかった。

　ただただ、大上段から振り下ろされる山吹色の光を放つ斬撃にその身を叩き斬らせるばかりであった。

　鼓膜が破れそうになるほどの爆発音の後に、後方へと吹き飛ばされるユメシュ。胸部から赤と青の混じった血をまき散らしながら、積み上げられた大聖堂を形成していた瓦礫の山へ決河の勢いで突っ込んだ。

「ぐはっ……！？」

　強制的に息を吐き出さされ、新たに空気を取り込み始めるユメシュ。だが、ゆっくり休憩するなど、直哉が許さなかった。

「“雷魔斬”ッ！」

　右下からの流れるように美しい斬り上げ。それはユメシュの胸部に一文字の傷が刻まれる。

「それは……ッ！」

「そうだ、お前が焼き殺したギケイの技だ！」

　ギケイの技が直哉の中で生き延び、ユメシュへと牙を剥いた。そのことにユメシュは烈火の如き怒りの焔を帯びていた。

　刹那、ユメシュの姿が目の前から消える。

「なっ！？」

　――ナオヤ、後ろや！

　直哉が振り向くと同時にユメシュの拳が頬にめり込む。凄まじい衝撃が直哉を突き抜け、ユメシュが叩き込まれた瓦礫へ叩きつけられる。

　その際の衝撃波で瓦礫は粉々に砕け散る。それほどの凄まじい一撃に直哉は成す術が無かった。

　頭がクラクラする感覚と共に立ち上がるも、蹴りが、拳が、流れるように叩き込まれていく。

　直哉はもはや防御するしか術が無かった。それでも、一撃一撃の威力は竜の鱗を貫通してくるため、直哉は一瞬の内にズタボロにされた。

「くあああぁぁあッ！」

　ユメシュは一際力強く、地面を踏み込み、直哉を大聖堂の入口――があった場所へ投擲する。文字通り砲弾のように突っ込んでくる直哉を寛之は障壁を展開して受け止めた。

　危うく障壁が破られるというところで威力を殺すことができたため、誰一人ケガをせずに済んだ。ただ、一人。直哉を除いては。

「おい、直哉。大丈夫か？」

「ああ、大丈夫……なわけないだろっ！？めちゃくちゃ頭痛いわ！」

「頭がイタいのは元からだろ！」

「うるせぇ！というか、それを言うならお前もだろ！」

　突っ込んできた直哉を抱きとめるでもなく、無慈悲にも硬い障壁で真正面から受け止めたのだ。直哉も起こらない方が無理であった。現に直哉はそれによって、頭から出血している。

　とはいえ、敵であるユメシュの前で殴り合いのケンカをするのは論外であった。

　そんな二人がわずかな距離を取った一瞬に伸びる刀身が割って入る。その刀身は魔剣ユスティラトであり、それを振るうのは茉由である。

「二人とも、落ち着いてください！」

　茉由の叫びに殴る手を止める直哉と寛之。二人はユメシュとの戦闘中だったことを思い出し、全員に謝罪した。そこからは真面目に戦闘モードに移行していた。

　直哉と寛之が殴り合っている間、攻撃して来なかったユメシュが何をしていたのか。それは、魔術の展開であった。

　――数多の二属性魔法による攻撃を瞬きの間にいくつも仕掛けてくる男が、数秒間も動かずに魔力を練り上げ続けている。

　それだけで直哉たちの背筋に冷や汗が流れた。

　直哉がそんなユメシュを魔術の発動前に殺す決断を下した刹那、ユメシュの杖先が輝いた。

　放たれるのは先ほどの暗黒の球体と“闇輝閃《ダークシャイニングレイ》”が混ざり合ったような暗黒の光線。

　――まさか。

　直哉の中で嫌な結論が頭を過ぎった。触れた物質を呑み込む暗黒の球体が光線状に放たれる。そんな悪夢、起こっていいはずがない。

　逃れる方法はただ一つ。全員一緒に瞬間移動。

　だが、そんな技が使えるのなら、もうすでに使っている。

　――万事休す。

　そう思われた時、一つの影が前に飛び出した。

「親父！？」

　迫りくる暗黒の光線がジェラルドに衝突する。

「ぐっ……おおおおおおおおっ！？」

　崩壊した大聖堂跡地にジェラルドの絶叫が響き渡る。暗黒の光線と接触するジェラルドの腕はみるみるうちに消滅していく。

　それでも、ジェラルドの内から溢れる生命エネルギーが暗黒の光線を防ぎとめていた。これ以上続ければ、ジェラルドが死ぬ。直哉はそんな無謀な行動を止めるべく、声をかけようとする。

　が、その背中に宿る覚悟に言葉をかけることなど出来ようはずがなかった。

「直哉ッ！吸血鬼の血を飲めッ、今のうちに早く！」

　そんな時にジェラルドから乱雑に投げつけられる言葉。それを聞き、直哉はすぐに聖美の元へと急行した。

　それでいい、と独り言ちるジェラルドは最後の力を振り絞る。

「舐めるなァッ！セルゲェイッ！」

　ありったけの魔力と生命力をその身から解き放ち、暗黒の光線を受け止めてはいるものの、押し返せるほどの力はもう残されていなかった。

　しかし、ジェラルドは直哉たちならこの身を盾にして作ったチャンスを活かせると、心の底から信じていた。

　――我が子。そして、その友たちよ。

「最強の英雄と謳われたこの俺、ジェラルドの最期！その目に焼き付けておけよ！クソガキ共ォォォッ！！」

　ジェラルドから溢れ出す生命エネルギーと魔力が極限まで高まり、肉体の内側から暗黒の光線諸共、すべてを吹き飛ばした。

　体内で極限状態まで高めた魔力や生命エネルギーによる自爆攻撃。これは理論上は古代に完成している、古代人の遺産とも呼べる代物である。

　ただし、こんな自爆技をわざわざ使う者など居なかった。そのため、本当に成功するのかどうか、長年にわたって怪しまれてきた。

　しかし、今回のジェラルドの生命エネルギーと魔力の双方を暴発させるという自己犠牲極まりない技により、机上の空論ではなくなった。

　――ただし、その実証のために払った犠牲は大きすぎた。