第189話 七魔将バートラム
どうも、ヌマサンです!
今回はバートラムと紗希の戦いになります!
強敵バートラムに対して、紗希がどんな戦いを挑むのか、楽しんでもらえればと思います。
それでは、第189話「七魔将バートラム」をお楽しみください!
「フン!」
「あがっ!?」
両刃斧による大振りの薙ぎ払い。それによって、斬撃を見舞おうと宙へ跳んでいた黒髪の少女は地上へと叩き落とされる。
両刃斧の射程範囲を最大限活かした攻撃。それすなわち、剣の間合いに入る前に弾き飛ばす。
これこそが長得物の武器を扱う最大の利点であった。そんなもの、剣士からすればたまったものではない。何せ、近づく前に相手に先制攻撃を浴びせられるのだから。
何とかして間合いを詰めないことには戦いにすらならない。
それを理解した紗希はさらに自らを加速させ、バートラムの間合いへと滑り込む。さらなる加速にバートラムは感心したように唸りながらも、長得物にとっては不利な至近距離での戦闘を展開した。
しかし、バートラムは器用に両刃斧を操り、紗希の剣撃のことごとくを防いで見せた。
そして、圧倒的に力で勝るバートラムは紗希を間合いの外へと弾き出す。それから、怒涛の連撃を見舞っていく。両刃斧の間合いに居る限り、紗希には反撃など許されなかった。
ニヤリと笑みを浮かべながらも、バートラムは冷静かつ迅速に紗希を始末するべく武器を振るう。繰り出される両刃斧の一撃は風圧に触れるだけでも切り傷を負いかねない、静かな凶暴さを秘めていた。
そんな攻撃が一度ではなく、何度、何十度と間髪入れずに叩き込まれる。紗希はそれらを最小限の動きで回避、防御を行なってやり過ごしていた。
「フ、フハハハハハッ!」
バートラムは紗希を振りほどいた。そして、これまでの紗希の動きを見て、楽しそうに笑っていた。紗希はその笑みに警戒の色を強め、不用意に間合いを詰めるような事はしなかった。
「何を笑っているんですか?」
「いや、何。予想以上に楽しめそうだと思い、つい。不快な思いをさせたのであれば、謝罪しよう」
真っ黒な鎧を身に纏うバートラムは紗希に対して一礼。何とも、礼節をわきまえた武人であると紗希は感じ取った。
「改めまして、私はバートラム。王都では人類最強の英雄であるジェラルド公を前に尻尾をまいて逃げ出した者です」
紗希はジェラルド――父の名を聞いて驚いた。同時に、バーナードが『王都で戦った敵はジェラルドが現れたことで撤退してくれたおかげで助かったようなものだ』と何かの時に語っていたのを思い出した。
バーナードとバートラムの話を照合すれば王都で二人が交戦したのは間違いない。紗希はそう悟った。
「ボクは薪苗紗希。その最強の英雄ジェラルドの娘です」
紗希は正直に自分がジェラルドの娘であることを告白した。
「ほう。であれば、引き続き手合わせ願いたい」
バートラムは両刃斧を構え、紗希も水聖剣ガレティアを構える。これはつまり、バートラムの決闘の申し込みを紗希が無言のやり取りで引き受けたということ。
それを互いに理解し、即座に戦闘へと移っていく。紗希は軽やかなステップを踏み、様々な角度からの斬撃をバートラムへ浴びせていく。バートラムはそれを易々と両刃斧一本で迎撃してのける。
そして、力で勝るバートラムは豪快に紗希を薙ぎ払った。宙へと放り出された紗希へ魔法による砲撃が放たれる。
「“闇霊砲”」
王都の戦いでミゲルを跡形もなく消滅させたドス黒い砲撃が紗希に迫る。体勢的にはどうあがいてもかわせるはずは無かった。しかし、紗希は宙で一回転し、木の葉のように砲撃を回避してのけた。
「ハッ!」
からの、大上段からの振り下ろし。水属性の魔力を帯びた聖剣による、渾身の一撃を叩きつける。
……が、苦も無く弾き返されるばかりであった。
地面へと背から落ちた紗希だったが、猫のようにクルリと体を回転させてキチンと両の足で着地を決めて見せた。
そこへ容赦なく、再び“闇霊砲”が撃ち込まれる。ここで一息に紗希を始末しようという腹が透けて見えるような攻撃だった。
「薪苗流剣術第一秘剣――雪天!」
宙を舞う間に水聖剣ガレティアを一度、鞘に収めていた紗希。そんな彼女が鞘から剣を目にも止まらぬ速さで引き抜き、“闇霊砲”と激突した。
普通であれば、紗希の身を案じるところである。だが、心配ないことは誰の眼から見ても明らかなことであった。
わずかに右斜め前へと進み出ていた紗希は剣で“闇霊砲”を一刀両断しながら、疾駆。その刃はバートラムの両刃斧の柄によって、あと一歩のところで阻まれた。
「やはり強い。さすがは最強の英雄ジェラルドの御息女であらせられる」
「それが今さらどうかしたんです……かッ!」
バートラムが薙ぎ払うような素振りを見せたために自ら間合いを離れる紗希。そう、彼女はこの短い戦闘の中で、すでにバートラムの戦闘における手癖を把握しつつあった。
それでも、バートラムの振るう両刃斧には何度も命を脅かされ、ヒヤッとする場面が多かった。それでも紗希は得意の足さばきを活かして、即応してのけていた。
「“闇霊脚”ッ!」
バートラムの右足の振り下ろし。紗希の一撃を捌きながら、華麗に一回転して放たれるその一撃は、大地を粉砕した。その衝撃波だけで紗希の体勢は崩される。
そこへ待ったなしに両刃斧が迫る。それを後ろに飛ぶことで緊急回避。さすがに今の薙ぎ払いをかわせていなければ、首を境に胴と頭が分かたれていたことだろう。
全身を真っ黒な最硬金属の鎧で固めているバートラムにとって、拳打と蹴りだけでも紗希を殺しうる強力な武器であった。紗希はそのことを両刃斧を回避しながら悟った。
それからの紗希はバートラムに対して、遠慮がちな姿勢を取った。警戒するあまり、攻撃のキレが無くなっていく。
バートラムはその行為に対して、激しい怒りを覚えた。それはまるで、決闘を汚されたような気分であった。
――ならば、そのような腰抜けは次の一撃で仕留めてやる。
バートラムは魔法の発動準備を整えながら、紗希へと両刃斧での斬撃の嵐を見舞う。
「“闇霊斬”」
漆黒のオーラを纏う両刃斧。それが紗希の首筋目がけて薙がれる。さすがの紗希も、その斬撃くらいは予測しており、水聖剣ガレティアで受け止めた。しかし、問題はその破壊力だった。
精霊魔法は攻撃の火力において他の魔法の追随を許さない。その魔法を発動した状態での斬撃は圧倒的なまでの破壊力を帯びているのだ。
紗希はそんな斬撃を回避するでもなく、受け止めた。それがどういうことを意味するのか。瞬く間にバートラムの姿が遠のいていく。そして、大気を突き破り、地面へと着弾。それからも数十メートルにわたって、地面をえぐり取り続け、ようやく停止した。
紗希の纏うアダマンタイト製の軽鎧ではその衝撃には耐え切れず、粉々に砕け散っていた。そして、紗希自身、その際に負った打撲傷と擦り傷だけでなく、肉が抉れている箇所が幾つもあった。
それでも、動かなければトドメを刺されて死ぬのがオチだ。紗希は自分を鼓舞し、両足を震わせながら立ち上がった。
しかし、立ち上がった紗希に容赦ない前蹴りが襲った。
オリハルコン製の鎧に包まれた足による蹴り。それはオリハルコン製の武器での攻撃が直撃したことに他ならない。紗希は咄嗟に水聖剣ガレティアを滑り込ませて防御したが、その桁違いの衝撃に視界が震える。
受け止めた紗希の両腕からピシッと嫌な音が響く。だが、バートラムはお構いなしに蹴り飛ばした。
再び吹き飛ばされた紗希は地面の上を跳ねるしかなかった。ついには剣すら握っていることが出来ず、手放してしまった。
ただ地面に横たわる紗希。それでも、力なく手放してしまった剣へと手を伸ばす。その腕は黒鎧の戦士によって踏みつぶされた。少女が抱く希望と共に。
「貴公はここまで。よく頑張りましたよ」
バートラムは今から死を迎えようとする女剣士へと優しく微笑んだ。それは普段であれば、絶対に見せない表情。しかし、今の紗希からすれば恐怖以外の何物でもなかった。
「ボクはまだ……兄さんに謝れてない!」
だから、こんなところで死ぬわけにはいかないのだと少女の瞳は語っていた。
「では、貴公の兄君も後を追わせて差し上げましょう。謝罪は死んでからにしていただきたい」
――バートラムは剣すら握ることを女剣士に許さなかった。
「お逝きなさい」
両刃斧は理不尽に振り下ろされる。少女の命という花を刈り取らんがために。
「“竜螺旋・大蛇”!」
しかし、バートラムの体を八頭の竜が喰らいつくした。そこには地に伏す黒髪の少女を殺させまいとする確固たる意志があった。
「クラレンス……殿下?」
それは夢なのではないかと紗希は目を疑った。同時に、力及ばず倒れている自分を情けなくも思った。
「薪苗紗希。君は私が駆けつけた時は、いつもボロボロになっている気がする」
クラレンスは脳裏に王城で紗希が倒れていた時のことを思い返していた。対して、紗希はそのことは覚えていなかったために想像すら出来ずじまいであった。
「おや、新手ですか。まあ、いいでしょう。死にかけの剣士にもう一人が加わったところで形勢は変わりませんよ」
八頭の竜を斬り殺し、再度地に両の足を付けて立っているバートラム。身に纏う鎧が大破こそしているが、目立った外傷は無かった。
これにはクラレンスも驚くことしか出来なかった。先ほど撃破したルイザとは桁違いの力と技。その底知れぬ実力ぶりには『傑物』としか言いようが無かった。
明らかに他の人造悪魔とは格が違う。
それだけは誰の眼から見ても明らかだった。
「私はバートラム。ユメシュ様より生みだされた最初の人造悪魔ですよ」
バートラムは笑っていた。自らは最古にして最強の人造悪魔である。他の人造悪魔とは格が違うのだと、その態度が、動作が、すべてを物語っていた。
「さあ、最後の戦いを始めましょうか」
紗希とクラレンスへと向けられる両刃斧の刃はキラリと光沢を放っていた。それをクラレンスは竜聖剣イガルベーラを構えて、迎撃態勢を整える。
「……大丈夫なのか?その腕では……」
「大丈夫……です!どうか、お気になさらず!」
紗希はへし折れた腕も使って水聖剣ガレティアを握った。その行為は無謀とも取れるモノだったが、紗希の瞳には確かな希望が宿っていた。
「敏捷強化!」
紗希はここへ来て魔法の行使に踏み切った。それを見たクラレンスは心強いと感じた。紗希の敏捷強化を使った際の素早さは自分自身戦って、骨身に染みるほどに理解しているからだ。
しかし、クラレンスの期待は裏切られる結果となった。
クラレンスをも置き去りにした紗希の敏捷性は前の比ではなかった。バートラムが瞬きをしている間に十数メートルの間を詰めたのだから。
これには間合いを詰められた側は動揺を隠しきれなかった。その動揺ごと紗希は敵を斬った。
バートラムの肉体に一文字の傷が付けられる。ここにバートラムの完全防御は破られた。
そこからも重症者の動きとは思えない速度で立て続けに斬撃を見舞っていく。そして、バートラムの反撃が来れば瞬時に間合いから離れ、また一瞬の内に間合いを詰めるという一撃離脱戦法を繰り返した。
そうしている間にクラレンスは割って入る隙を失った。ゆえに、クラレンスは思考を変え、全魔力を剣へとつぎ込み、残るすべての精神力と集中力をバートラムへと向ける。
目にも止まらぬ速さで動き回る紗希を必死に追撃するバートラム。そんな彼にようやく隙と呼べるモノが少しずつ生まれてきていた。
「薪苗流剣術第二秘剣――光炎」
最高加速から放たれる炎を纏うほどの刺突。自らを弾丸そのものに見立てた突撃。そのあまりの速度にバートラムは応じて見せる。
「“闇霊砲”!」
暗黒の砲撃は瞬く間に紗希を呑み込む。しかし、そこから光り輝く炎を纏う人間が一直線に突き進む。刹那、紗希の背後で“闇霊砲”が大爆発を引き起こす。
そして、激突。
紗希の水聖剣ガレティアはバートラムの左手を貫いた。しかし。
「オオオオオオオオオオオッッ!!」
咆哮。バートラムの放ったそれは猛獣のように猛る声であった。その声と共に彼の左手は紗希を地面へと叩きつけた。その衝撃波がクラレンスの元まで届く。とても人間を叩きつけたとは思えない桁違いの衝撃。
紗希の持つ水聖剣ガレティアにはバートラムの左腕がぐちゃぐちゃになって纏わりついていた。しかし、当の本人は気にする風もなく、腕の再生を始めていた。
「……ぁ」
紗希の喉は音を発さなかった。目の前の男が片腕で両刃斧を振り上げていたから。そして、仕留めるつもりで放った全力の技でも倒せなかった。
この二つが紗希から戦意を失せさせた。
「彼女から離れろ――ッ!」
必死の形相で飛び込んでくる青年が一人。その手にある剣は八つの輝きが宿されていた。
「“八竜斬”ッ!」
ここぞという時のクラレンスの最大の必殺技。“八竜斬”が炸裂する。防具も付けていない傑物でも、竜をも殺す一撃を無防備な状態で受ければ、一たまりも無かった。
クラレンスの全魔力をつぎ込んだ最高出力の斬撃は一撃でバートラムを消し炭にしてしまった。後に残るは彼の使っていた武器とその肉体が消滅した証とも呼べる灰のみであった。
紗希が驚きに双眼を見開く中で、クラレンスは力を使い果たして仰向けに倒れ込んだ。紗希はほふく前進で彼の元へと歩み寄る。
そして、その呼吸音を聞いて無事を確認し、自らもズタボロの肉体を休息へと突入させたのだった。
第189話「七魔将バートラム」はいかがでしたか?
何とかクラレンスの加勢もあって紗希もバートラムに勝つことができた感じでした!
残る七魔将もクロヴィスのみ。
次回はそんなクロヴィスとジェラルドの戦いになります!
――次回「七魔将クロヴィス」
更新は11/1(月)の20時になりますので、お楽しみに!





