第185話 七魔将ラルフ
どうも、ヌマサンです!
今回は聖美とラルフの戦いになります!
二人の戦いがどうなるのか、見守ってもらえればと思います……!
それでは、第185話「七魔将ラルフ」をお楽しみください!
――茉由、頑張って!
聖美はそんな願いを込めて放った矢。それはラルフの攻撃の間に生まれた僅かな隙。
そこで攻撃を叩き込めばラルフにダメージを与えることができ、そこからの戦いを優位に進めることも出来ただろう。
しかし、聖美は自らの勝利ではなく、自らの妹を助けるためにその隙を使った。その行為を見ていたラルフは鼻で笑った。
「ハッ!戦闘中に他人の心配とは随分と余裕あんじゃん!」
「うぐっ!?」
ラルフの鉄拳が聖美の鳩尾に吸い寄せられるかのように命中。聖美は口から血を吐きながら、後方へ吹き飛ばされた。
弓を片手に聖美の体は何度も地面を跳ね、勢いが消えてきたころにはゴロゴロと転がるのみであった。聖美の衣服には大量の土が付き、服の至るところが茶色になっていた。
「うっ……!」
聖美は腹部に手をやる。吸血鬼の力で聖美の傷は少しずつ癒えていっていた。しかし、今は昼時である。そんな中で、なぜ聖美が夜にしか使えない吸血鬼の力が使えているのか。
――その秘密は聖都フレイスを覆う真っ黒な結界にあった。
結界は日光を遮断している。そのことにより、夜に近い闇が生み出されている。しかし、夜とは違って明るいのだ。一体、それはなぜなのか。
それは月と同じ光が結界内部を照らしているからだ。月の魔力は古来より闇の力を増幅させる。それは闇の魔法などはもちろん、悪魔の力もである。
すなわち、この結界内部でしか魔王軍が戦おうとしないのは、外で戦えば力が弱体化するため。つまり、ホムンクルスやゴーレムが王国軍を圧倒している要因の一つには、この結界が関与していることになる。
また、それをジェラルドに破壊されないために魔法を構成する魔法式で構築するのではなく、魔術を構築する魔術式で行なっているから質が悪い。魔王軍なりにジェラルドへの対策は万全ということだった。
そんな要因が色々と絡んでいるため、副作用的な意味で、聖美の吸血鬼の力も解放できるうえに能力まで向上しているわけである。
それをラルフも戦っているうちに悟った。だからといって、結界が解除されれば自分たちまで弱体化してしまう。ゆえに、聖美が強くなってしまっていることに関して、複雑な心境であった。
だが、ラルフの心の中には確かな答えがあった。それは聖美を自分が倒せば万事解決ということである。闇の結界の恩恵を受けているのは、魔王軍以外は聖美だけなのだから。
そんな確信から、ラルフは傷が再生中の聖美に対しても、容赦なく拳と蹴りを織り交ぜた怒涛の連撃を見せる。聖美も最初はかわすことが出来ていたが、途中からはラルフが攻撃の速度を上げたことで回避することすら許されなかった。
聖美の手にある弓は無事であった。だが、彼女の背にある矢筒にはヒビが入っていた。それもそのはず。ラルフの鉄拳を受けて、地面をバウンドした時、矢筒が背中に当たっていたのだ。つまり、聖美の背中と地面に挟まれたことで、ヒビが入ったのだ。
そうはいっても、粉々に砕け散るようなことが無かった事に関しては、幸運であった。矢筒が砕ければ、矢を持つことが出来なくなるのだから。
聖美は腰に差した短剣に手をかけるが、生半可な攻撃ではラルフの再生能力で傷が癒えるのは目に見えている。ならば、渾身の一撃で急所である心臓に叩き込むしかない。
とはいえ、弓を使っての近接戦など出来るはずも無い。聖美の頭の中はどう戦うかで迷いに迷っていた。
「戦闘中にぼさっとしてるとはいい度胸じゃねぇか!」
瞬きの間に肉薄してきたラルフ。そんな彼の正拳突きが聖美の胸部へと放たれる。聖美はとっさに弓を宙に放り出し、胸の前で左右の腕を交差させることで辛うじて防御した。
聖美は何度目か分からない強制的な後退を余儀なくされた。
聖美は地面を跳ねる間に体のあちこちを擦りむいていたが、瞬く間に再生が始まり傷は何も無かったかのように消えていく。
聖美はその力でここまでのラルフとの戦いを生き延びているようなモノだった。だが、このまま防戦一方でもやられてしまう。
――何とかして、反撃しないと!
そんな思いが聖美の心に焦りを生みだしていく。しかし、焦りという感情が生まれたところで戦況は変わらない。
どうすればいいのか分からない。聖美は心の中で直哉に助けを求める。直哉ならどうするか。
そんなことを考えていると、直哉に守られてばかりだということを改めて思い知らされる聖美。
聖美は直哉に傷ついて欲しくないという思いでいっぱいだった。しかし、なぜ直哉がボロボロになってまで戦うのか。それは弱い私を守るため。
聖美は自らの中で結論に達した。直哉が傷つき続けるのなら、弱い自分を守るためなのだとすれば。守られているだけのお姫様ではダメなのだ。
――そして、自分は直哉の力になれる運命共同体でありたい。
「私は直哉君の隣に立てるようになりたい。守られてるだけはもう……嫌だから」
聖美はそう独り言ち、再び立ち上がった。それはラルフを倒し、新たに一歩を踏み出すため。直哉の隣で対等に戦えるように、背中を預けられるようなパートナーでありたい。
心は決まっていた。聖美はなりふり構わず、短剣を引き抜き、ラルフへと向かっていく。
聖美の手には星魔弓サティアハはない。数メートル離れた地面の上に転がっている。聖美はそれを取りに行っている時間は無い。が、それ以前にラルフがそれを許さないと分かっていた。だから、今ある短剣で戦うしかないと腹をくくった。
聖美は手に持つ短剣を煌めかせながらラルフへ挑む。
「“闇影拳”!」
ラルフから撃ちだされる影を纏う拳。聖美は突撃を中止し、一時後退。直後、聖美の居た地面は打ち砕かれ、クレーター状に凹んでしまっていた。
大地を砕くほどの破壊力に、聖美は純粋な恐怖を覚えた。そこだけを見ても、王城で戦った時よりも強くなっていることは明白だった。
聖美の足が恐怖で動かなかった。いくら、吸血鬼の力で傷が再生するとはいっても、痛みは伴うのだ。怖くならない方が逆にどうかしている。
勇気を振り絞る。直哉と共に戦えるパートナーでありたければ、こんなところで立ち止まっているわけにはいかなかった。
聖美は決然とした表情になり、今度こそという念を込めながら短剣と共に突貫する。
「ラァッ!」
豪快な右腕での薙ぎ払い。それは聖美の頭部を狙ってのこと。だが、聖美は反射的に屈んだことで回避。そのまま短剣での斬り上げを放った。
刃物が肉を斬り裂くような鈍い音が響く中、血飛沫が舞う。
下方から奇襲してきた短剣に胸部を切り裂かれ、鮮血を飛ばすラルフ。天然パーマがかったオーキッド色の髪を揺らしながら、体が後方へと倒れていく。
一方の聖美は短剣での攻撃と共に立ち上がり、再びラルフの方へと向き直る。そこから窺い知れる突撃の気配にラルフはやられてなるものかと化け物じみた身体能力で、体勢を立て直した。
が、吸血鬼の力の解放によって敏捷性が増している聖美の動きは迅速であった。ラルフが体勢を整えて間もないタイミングで、足を払った。
これにより、バランスを崩したラルフは転倒。……するかに見えたが、両手を地面につけ、バネのように縮めていた足を聖美へ伸ばす。
予想だにしていない一撃を受け、後方に無様に尻もちをつく聖美。攻撃は腕を顔の前で交差させたから助かったが、そこからはマズかった。
尻もちを受けた状態であろうと、ラルフは怒涛の連撃を打ち込んでくる。聖美はその事如くを掠める程度で済むギリギリのタイミングで回避を重ねていた。しかし、回避の際にラルフの攻撃を受け流そうとして短剣は真ん中からへし折れた。
そこからもラルフの一方的な戦闘が続き、聖美は持久戦に持ち込もうとしているかに見えた。しかし、ラルフは気づいていない。聖美は狙い通りの場所に移動しているということに。
――そんな時。
「“氷牙”ッ!」
右隣で決着がついた。ラルフはその光景に驚きを隠せないようであった。対して、聖美は安心したように表情を崩した。
茉由の突き出した魔剣ユスティラトがダフネの心臓を確かに貫いていたからだ。それにより、ダフネは灰となって消え、黒い影のようなモノが大聖堂の方へと進んでいく。
「ダフネ……!」
ラルフは死亡した仲間の名を呟き、両の拳をグググっと悔しさを物語るかのように力強く握りしめていた。
聖美はそれを見て、何とも言えない気分になった。
今の戦闘で死んでいたのが、もし茉由の方だったら。そう思うだけでゾッとする。聖美は二の腕を押さえながら、俯いた。
「……ぶっ殺してやる」
ラルフは殺意を帯びた眼差しと共に茉由を睨んでいた。だが、睨まれている茉由は気を失い、うつ伏せで倒れこんでいた。そんな茉由へラルフは影を纏わせた拳を振り上げながら疾駆していく。
視野狭窄状態のラルフへ、聖美は容赦なく側面から回し蹴りを叩き込んだ。とっさの判断だった。ラルフの立場であれば、ダフネという仲間が殺されたことに怒りを覚えるのは当然だ。
だからといって、自分の妹が殺されるのを見過ごせる理由にはならない。聖美は茉由には指一本触れさせない、とラルフの前に立ちはだかる。
「退けぇッ!」
「退かない!絶対に!」
ラルフの“闇影拳”を腕を交差させて受け止める聖美。聖美の細身の体は殴り飛ばされる。しかし、空中で体勢を立て直し、見事に両手両足を使った四つん這いの体勢で勢いを殺した。
聖美の側には茉由。そして、進んでくるラルフ。もはや、どうするべきかなど決まっていた。聖美は武器など何も持たず、ラルフへと疾走。
そこからは激しい肉弾戦が繰り広げられた。ラルフの剛腕は一撃一撃が強力で、真正面から受け止めた聖美の腕から悲鳴が上がるほど。
だが、聖美は吸血鬼の力を信用しているため、ダメージを負うことを恐れなどしなかった。ラルフの攻撃を受け止め、地面を削り取りながら後退する聖美。
しかし、ラルフが拳を振り上げたタイミングで、聖美は左足を軸に勢いよく回転し、右回し蹴りをラルフの頭部に叩き込んだ。
吸血鬼の力で上昇したのは身体能力全体。元々敏捷性に関しては聖美は紗希に次いで早かった。それがさらに加速している。そして、力は元々は来訪者組で一番弱かったが、吸血鬼を解放すれば洋介に次ぐ怪力へと変貌する。
そんな聖美の蹴りを浴びたラルフは地面へ叩き伏せられる。だが、それでも闘志は消えない。聖美も傷が癒えるのと同じで、ラルフも傷なら癒えてしまう。
互いにダメージを与えては回復し、ダメージを与えては回復する……そんなことを延々と続けていた。
「これならどうだっ!“闇影拳”!」
聖美はラルフの鉄拳に殴り飛ばされる。が、地面を削りながら後退し、倒れなかった。
殴り飛ばしたラルフも息を切らし、殴り飛ばされた聖美も勢いを止めるべく踏ん張ったために息を吸って吐くペースが上昇していた。
「ダフネは5年前、ユメシュさんによって俺と同時期に生みだされた。そこからはずっと一緒だった……」
生まれた日も過ごした日々も同じ。そんな兄妹同然の中だった少女が目の前で絶命した。それを何も思わずに見ていられるほどラルフは薄情ではなかった。そして、ラルフは激昂した。
聖美はその事情を聞き、胸を締め付けられるような感覚に陥った。自分が目の前で茉由を殺されれば、ラルフと同様怒りに支配されていたかもしれない。いや、怒りを通り越した激情と化している可能性だってある。
そんなことを自分の心の内で反芻しながら、目の前のラルフを見つめる。
ラルフはこうしている間にも傷は癒えていく。正直、ラルフに同情して殺さずに済む方法がないかを考えていた。
だが、そんな都合の良い話は見つからなかった。そして、ラルフは自分を殺した後、ダフネの仇である茉由を殺す。絶対に。
ゆえに、聖美はこの場でラルフを何としても殺す必要があった。
「……次で決めさせてもらうね」
聖美は目に溜まった涙を拭い、後ろに転がるモノを手に取った。
それは、星魔弓サティアハ。聖美は矢を引き絞り、放つ。
矢は一直線にラルフの心臓目がけて飛んでいく。しかし、その矢は手前でラルフの拳によって地面へ叩きつけられていた。
ラルフは聖美が二射目を放つ前にケリを付けようと腕を振りかぶり、突撃した。
しかし、聖美はすでに二射目を構えていた。
「“星撃ち”!」
ジェラルドの星魔剣アルデバランから放たれる“星砕き”と同系統の技。山吹色の光を放つ魔力で形成された矢が弓を離れる。
「こんなもの……ッ!」
ラルフの拳は矢を先ほどの要領で撃墜しようとした。だが、先ほどとは桁違いの速度と破壊力で矢はラルフの心臓を貫通した。先ほどの矢はラルフに楽勝で払い落とせると思わせるための布石だったのだ。
矢はラルフの心臓を抜けた後、地面に着弾し、鼓膜が破れそうになるほどの爆発音を響かせた。
ラルフは心臓を貫かれると同時に、灰となって崩れ落ち、影だけは大聖堂の方へと消えたのであった。
「勝っ……た……」
そして、勝利を掴んだ聖美は底知れぬ疲労感に襲われ、地面にうつ伏せで倒れこんだ。
第185話「七魔将ラルフ」はいかがでしたか?
聖美も茉由に続いて勝利することが出来たわけですが、まだ七魔将も五人残っているので、ここからの戦いも見守ってもらえればと思います。
次回は夏海とカミラ、槍使い同士の戦いになります!
――次回「七魔将カミラ」
更新は10/20(水)の20時になりますので、お楽しみに!





