第94話 いざ、ダグザシル山脈へ
どうも、ヌマサンです!
今回でようやく直哉たちがダグザシル山脈へ出発します!
旅の途中の会話なども楽しんでもらえればと思います~
それでは第94話「いざ、ダグザシル山脈へ」をお楽しみください!
「兄さん、そろそろ起きてよ……!」
「それは断る……!」
我が家では俺を起こそうとする紗希と何としても布団から出ようとしない俺との間でもみ合いになっていた。
5分くらい抵抗したのち、俺はベッドから引きずり降ろされたのだった。俺よりも紗希の方が力が強い。あの細い天使のような腕にはどれほどの力が込められているというのか……。
「直哉君、おはよう」
「直哉さん、おはようッス!」
「直哉さん、おはよう!」
紗希に連れられて眠い目をこすりながら1階に降りると呉宮さん、ディーンにエレナちゃんの3人が食卓を囲んで朝食を食べていた。
今日は俺たちがダグザシル山脈へと旅立つ日だ。あのマリエルさんとの一件から二日。あれから洗濯以外の用事では一歩も外に出ていない。理由と言えば、何となく気恥ずかしいからというだけだ。
だが、今日はダグザシル山脈へ出発だ。外へ出ないという選択肢はない。
俺と紗希と呉宮さんの3人は朝食を食べた後で、ディーンとエレナちゃんに見送られながら運送ギルドに向かった。
運送ギルドの前にはダグザシル山脈へ向かうメンバー以外にも運送ギルドのマスターであるジョシュアさんに何でも屋のセーラさんと娘のエミリーちゃん、オリビアちゃんの4人がいた。4人ともわざわざ見送りに来てくれたらしい。
それぞれに出発の挨拶をしたりしているところへ、ミレーヌさんとラウラさん、ロベルトさんにシャロンさんの4人が息をきらせながら走って来た。
「洋介。お前さんのナギナタの修復が終わったんじゃが、持っていくかの?」
「おう!ありがとな、ロベルトさん。ありがたく持っていかせてもらうぜ」
ロベルトさんは洋介に布にくるまれた薙刀を渡し終えた後で、もう一つの布にくるまれた細長い棒状のモノを武淵先輩に渡していた。
「ロベルトさん、これって……!」
「ああ。武術大会には間に合わなかったんじゃが、注文通りの鋼製で伸縮式の槍を作っておいたからの」
どうやら、ロベルトさんは洋介と武淵先輩に武器を渡しに来たようだ。伸縮式の槍を受け取った武淵先輩は嬉しそうに顔をほころばせていた。
二人はロベルトさんにお礼を言って馬車に得物を二つ、積み込んでいた。
「ほれ、直哉。受け取りな」
「シャロンさん、これは?」
俺はシャロンさんから中に透明な液体の入った小瓶を7つほど渡された。一体、何か分からずに俺が聞き返すと、ラウラさんが横からスッと視界に入り込んできた。
「それは私の治癒魔法をシャロン叔母さんが付与したものよ」
つまり、この液体はラウラさんの治癒魔法と同等の効力があるということか。その後に話の続きを聞いてみれば、出発が急だったこともあり、さすがに量産までは出来なかったとのことだった。それでもありがたいものだからと、二人に心の底からの感謝を伝えた。
「寛之、茉由。二人とも、これ持っていってくれるかしら」
俺たちの隣では寛之と茉由ちゃんがミレーヌさんから何かを手渡しされていた。話の内容を盗み聞くに旅の安全を祈願したアミュレットらしい。二人は礼を言って服の胸ポケットに閉まっていた。
「聖美、これを持っていくといいわ」
ラウラさんが呉宮さんの手の上に矢筒を手渡した。矢筒の中には矢が10本ほど収められていた。
どうやら鏃の部分に魔法が付与されているそうだ。矢の胴体に赤い印が打ってあるのが爆裂魔法で、矢の胴体に青い印が打ってあるのが酸魔法とのことだった。それぞれバーナードさんとデレクさんの魔法を付与したとのことだった。
それぞれの別れも済み、いよいよ出発という時にウィルフレッドさんの背中を押しながらこちらへバーナードさんたちがやって来た。
「ふう、何とか間に合ったな」
バーナードさんはそう言って深く息を吐き出していた。他の7人も大急ぎでくれたのだろう、ゼェハァと息を切らしている。
どうも、バーナードさんたちが遅れたのは寝坊したウィルフレッドさんを起こしていたからなのだそうだ。
ウィルフレッドさんにも挨拶をすると、何やら手紙を2通も渡された。中を見てみると、最後の部分にローカラト辺境伯シルヴァンのサインがされていた。もう一通は何かあった時に開くように言われた。
ウィルフレッドさんに説明を求めたところ、ダグザシル山脈周辺を治める領主が自分より強い権力者の命令しか聞かない権力大好き人間とのことで、何か厄介ごとに巻き込まれた時の対策としての手紙なのだそうだ。
俺が手紙を受け取ったのをマリエルさんが確認した後で、ゆっくりとダグザシル山脈へ馬車は動き出した。
今回は東門からの出発で、大陸の東に位置する港町アムルノスへと通じる街道沿いに3日ほど進み、途中にある村から進路を変えて北進するルートなのだそうだ。
そこからは10日以上、山道を延々と進んで行くとダグザシル山脈の中でも『大空の宝玉』のある山に一番近いテクシスという町があり、そこにウィルフレッドさんの言っていた領主の館もあるとマリエルさんから話を聞いた。
「武淵先輩、伸縮式の槍ってどんな感じなんですか?」
「えっとね、魔力を流すと伸びるらしくて……」
武淵先輩と紗希は馬車の後ろ、障害物がない外に槍を向けて話をしていた。武淵先輩が試しに魔力を流したところ、60cmくらいの鋼の棒が武淵先輩の身長くらいの長さにまでスッと伸びた。確かに、これは携帯用の武器としては良さげな感じがする。あの感じなら、狭いところでも扱いやすそうだ。
ちなみに今、幌馬車の中にいるのは俺と紗希、寛之に茉由ちゃん、洋介と武淵先輩の6人だ。そして、御者の席にはマリエルさんと呉宮さんが座っている。明日は俺、明後日は紗希と言った具合に一日ごとに御者席に座るメンバーは交代することになっている。
途中の村までの3日間は皆が皆思い思いに時間を過ごした。進路を東から北に変える起点となる街道沿いの村に着いたのは夜だった。
その日は村の宿屋に4つの部屋を借りて眠りについた。マリエルさんは紗希と一緒が良いとのことだったので、紗希にマリエルさんのことは任せた。
翌朝、俺が目を覚ますと呉宮さんが目の前で着替えていたのに驚いてしまい、慌てて目を閉じた。だが、俺がそのまま二度寝してしまったことで、出発が1時間ほど遅れた。このことを紗希に馬車の中で酷く叱られてしまった。
ともあれ、その後の馬車は北進していった。街道をそれて行くごとに景色は殺風景になり、山道に入った。
山と言っても草木が生い茂っているわけではない。土がむき出しの山で、道も狭いうえにすぐ左には谷底が見え、右側には切り立った岩壁がある。
「あの、皆さん!馬車を揺らしたりはしないでくださいね……!この辺りの道は狭いうえに左に落ちれば、まず即死するので!」
マリエルさんは運転しながらも、俺たちに注意するように言ってくれた。馬車の後ろから見える景色を見れば、確かに下には真っ暗な谷底が口を開けている。角度的に深さまでは確認できないが浅くないことだけは分かる。
「寛之、揺らすんじゃねぇぞ」
「寛之さん、揺らしたら本当に怒りますからね!」
「ちょ、何で僕が揺らすと決まってるように言うんだよ!」
馬車の真ん中あたりでは洋介と茉由ちゃんに馬車を揺らさないようにしつこく言われた寛之が文句を言っていたが、確かに寛之は吊り橋とか面白がって揺らしそうな感じがするからなぁ……。洋介と茉由ちゃんが釘を差したくなる理由は分からなくもない。
馬車の後方では紗希が青ざめた顔で崖の方を見ている。このことからも崖が深いことはよく分かる。俺と呉宮さんは馬車の御者側にいるのだが、寛之たちを横目に穏やかに話を続けた。
御者の席からマリエルさんと武淵先輩の話声が少ないが、聞こえてくる。恐らく、マリエルさんが馬車を動かすのに集中出来るように配慮しての口数だと思われる。
そんなこんなで俺たち一行は、今にも落ちそうな崖際の一本道を抜けた先にあった開けた場所で休憩を挟んでいくことにした。
馬車から降りるなり、紗希は胸の辺りを押さえてその場にうずくまってしまっていた。
「紗希、どうかしたのか?」
「うん、崖の底を見ながらだったから心臓がドクドクいってて……」
俺は紗希にその場で待っているように言って呉宮さんから水を分けてもらって紗希に渡していた。紗希に渡した水は、呉宮姉妹が朝に村の井戸で汲んできた水だ。だから、鮮度は高い。
俺たちは紗希の気分が落ち着くまで、その場でそれぞれが思い思いに休憩をとった。1時間くらい経った頃に再び馬車は出発した。今度は俺と紗希の場所を入れ替え、馬車の中でも御者に近い方へと乗せた。紗希はだいぶ回復したようだったが、念のためだ。
それから馬車に揺られること一週間。実に平和で穏やかな時間が過ぎていた。あの場所を出てからは切り立った崖の間にある道を進むことがほとんどだったが、特にトラブルに見舞われるようなことは一度もなかった。
だが、その翌日は大雨によって進むのを諦め、途中にあった山小屋で一泊することになった。その山小屋は意外にも広く、8人が寝転んでも余るほどのものだった。ゆえに、誰も異議を唱えることは無かった。また、馬小屋も付いていたので馬車を曳く馬も繋いでおける。
これは崖すれすれの道であることや雨でぬかるんでいることなどを考慮したマリエルさんからの提案だった。およそ、テクシスの町までは馬車で2日の距離であるために無理をして進むこともないと休むことになった。急いだあまり崖から落下して全滅――なんてことになれば全く笑えないからだ。
雨は結局、一日中降り続き、止んだのは夜も更けた頃だった。しかし、朝になっても依然として道がぬかるんでいるために馬車を出すことも出来ず、もう一泊することになってしまった。
「ねえ、兄さん。裏手の山から人の声がしない?」
俺が床で寝転がっていると、不意に紗希からそう言われた。正直、半信半疑だったが、耳を澄ましてみれば確かに人の声がする。しかも、一人ではなく大勢。
裏手の山は切り立った崖などではなく比較的緩やかな道だ。そちらを進まなかったのは坂道は緩やかだが、ぬかるんでいるのでは馬車が上がれないからである。
「……紗希、様子を見に行くか」
「うん」
俺が紗希を連れて裏手の山へと向かおうとすると、呉宮さんも一緒に行きたいというので3人で向かった。万が一に備えて、俺と紗希はサーベルを携帯し、呉宮さんも弓と矢を持ってきていた。
裏山は草木が生い茂り、陽の光を遮っていた。そのため、視界が悪いし足元もぬかるんでいる。戦闘なんてことになれば、戦いづらいことこの上ない。
「兄さん、あそこ!」
紗希はヒソヒソ声でそう言った後、指である方向を指し示した。その方向を見ると、50人規模の人が集まっていた。
一体、集まって何を話しているんだろうか?気にはなるが、集まっている人たちは皆が皆武装している。そのことからも、穏やかな雰囲気ではないことだけは伝わってきた。
――パキッ
そんな乾いた音を立てて枝の折れる音が周囲に響いた。音がしたのは呉宮さんの右足の下からだ。
「フッ!」
紗希が突然、サーベルで空を斬ったかと思えば、真ん中から真っ二つに斬れた矢が地面に転がった。どこから撃たれたのかが全く分からない。気配を全く感じられないため、どこから狙われているかが読めない中で反応した紗希はさすがだった。おかげさまで命拾いした。
「そこに誰かいるのかね?」
集まりの中心にいたシルバーグレーの髪を逆立てたリーダー格の大男がこちらを向いている。背には大剣を担いでいる。彼の周りにいる男女は武器を構えて戦闘準備に入っている。
「ギンワン君。確か、麓の小屋に誰か居たはずよ。ムラクモが馬車が止められているのを見たそうだから」
槍を手に持ったスカイブルーの髪をポニーテールで纏めた女性が報告を行なっていた。
「よし、君はその小屋へ向かってくれるかね。アカネ、ビャクヤ。君たちもだがね」
槍を持った女性が走り出した後ろに武装した男女20名ほどが続いていった。少し間が空いて、サーモンピンク髪の少女と白髪の男が駆けだした。小屋には寛之たちがいるが、非戦闘員のマリエルさんを庇いながら相手に出来る人数じゃない。
俺たちが小屋に向かう人たちを止めようと足を向けた刹那、嫌な予感がして左手に付けていた丸盾を掲げると金属音が響いた。見てみれば、丸盾の中央に矢が突き立っている。丸盾を掲げなかったら、今ごろは喉元に矢が突き刺さっていたことだろう。
俺が矢を撃ち込んだ人影を捉えようと辺りを見回すと、突如として辺り一帯に霧が立ち込め始めた。これでは狙撃手の位置が捉えられないことはもちろん、敵の姿が見えにくくなってしまった。
「直哉君、紗希ちゃん。ホントにゴメンね……ッ」
今にも呉宮さんは泣き出しそうな表情を浮かべている。どうやら、木の枝を踏んで折ってしまったことを気にしているらしかった。
「呉宮さんは別に悪くないよ。それより、今は目の前のことに集中しよう」
「うん、分かったっ!」
呉宮さんは涙を押し込めながら、矢をつがえて敵の姿を捉えようと探し始めた。その間に紗希が俺たちの隣に戻ってきた。
「ねえ、兄さん。なんか、霧が出てきたタイミングが良すぎると思うんだけど」
「ああ、俺もそれは同感だな」
そう、俺たちが移動しようとした途端に霧が出てくるのはどう考えてもタイミングが良すぎる。もしかして、これも魔法だったりするのだろうか?
「紗希、正義は勝つ!」
「もう、兄さん。馬鹿なこと言ってないで真面目にやってよ!」
――場の空気を和ませようとネタを挟んだのだが、紗希にマジトーンで怒られてしまった俺だった。舌に穴を開けられて、便器を舐めさせられたりするのは御免である。
第94話「いざ、ダグザシル山脈へ」はどうでしたか?
まさかの終わりがジョジョのパロディという(笑)
山奥で霧といったら……ねぇ?(つい、出したくなってしまった人)
次回は戦闘回です!
――次回「多勢に無勢」
更新は1/12(火)になりますので、お楽しみに!





