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日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~  作者: ヌマサン
第5章 武術大会編
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第90話 竜殺しの斬撃

どうも、ヌマサンです!

2020年も終わりに近づいてきましたね!

第5章は今回を含めて残り2話になります。

それでは、第90話「竜殺しの斬撃」をお楽しみください!

 ――紗希の敗北。


 突き付けられた現実を直哉が理解するのには数十秒の時を要した。紗希はピクリとも動く様子は無い。


 直哉の脳裏で蘇るのは、紗希が吹き飛ばされる直前に聞こえた「炎竜斬」という言葉。言葉から推測するに、炎の属性の斬撃なのだろう。


 恐るべきはその威力。受け止めた鋼のサーベルを打ち砕き、鋼製の鎖鎧を斬り裂いて皮膚にまで届くほどの一撃。直哉の装備は紗希同じモノである。あの技を受ければ紗希と同じような状態になることは容易に想像できる。


 紗希が撃破されてからの直哉の思考は実に澄んでいた。今までの戦闘では“紗希がいるから”というだけで何とも言えない安心感があった。しかし、紗希が倒されたこの状況において直哉は真の意味で絶体絶命、後が無くなった。


(紗希を吹き飛ばしたのが、クラレンス殿下の古代魔法・八竜剣だな。この時点で、もうすでにラモーナ姫からのクエストの達成条件は満たしている。俺がもう頑張る理由はない――)


 直哉はライオネルからの攻撃をかわしながら、思考にも集中力を裂いていた。直哉は紗希が戦闘不能になった時点で、すでに心の支えは打ち砕かれている。


 ――もう報酬の大金貨1枚が貰えるんだからいいじゃないか。降参してしまえよ。


 そう、心の中に巣くうもう一人の直哉が語り掛ける。しかし、直哉の返答はNoだった。折角ここまで勝ち抜いてきたのに、大金貨10枚を目前で諦めるわけにはいかなかった。


(大体、降参なんてしてみろ!それこそ、笑い者だ!彼女の前でくらい、カッコつけろよ!薪苗直哉!手なら奥の手がまだ残ってるだろ!)


 直哉は自らに巣くっていた弱気な自分を叱咤し、力を解放する決断をした。もはや手段を選んでいる余裕はないのだと己を奮い立たせた。


 刹那、振り下ろされた大戦斧を真剣白刃取りの要領で受け止めた。これにはライオネルも驚愕したといった表情だった。直哉の鱗は着ている長袖の服によって隠されている。


「しゃらくせえ!」


 直哉はどこかの問題児のような一言を放ってから、大戦斧を純粋な力で押し返した。


「コイツ、どこからこんな力が……!」


「ライオネル!いい加減に魔法を使うんだ!」


 直哉の圧倒的な力を前に、ライオネルは戸惑った。そんな側近の様子にクラレンスから新たに指示が出た。ライオネルは有無を言わず、忠実に指示に従い魔法を行使した。


 ライオネルの肉体は人から獣へと変化した。手足には鋭い爪、獰猛な目つきに口から垣間見える歯。見た目は完全に獰猛な獣に他ならない。


「獣化魔法か」


 観客席ではウィルフレッドが声をこぼした。ロベルトはそれだけで理解したように静かに頷いていた。


「獣化魔法は見た目を獣に変化させる。効果そのものは身体強化魔法に近く、身体能力を大幅に強化する。それこそ、パワーやスピードはもちろんのことだが、肉体の耐久性も引き上げる。それが、この魔法の最も厄介なところではあるが」


 他のメンバーに分かるようにウィルフレッドは矢継ぎ早に説明の言葉を紡いだ。これを聞いた者はみな、固唾を呑んで試合へと視線を返した。


 しかし、直哉の戦いぶりは常人の予測の域を超えていた。


 ライオネルは両方の手から生えた鋭い爪での斬撃を左右一発ずつ直哉へと見舞うも、直哉に命中した途端に爪は半ばからへし折れた。


 ウィルフレッドは「獣化魔法によってライオネルは身体能力を強化されている」と言っていたが、直哉とてそれは同じこと。何なら、強化された今の状態であれば直哉の方がライオネルより数段上だった。


 ライオネルの回し蹴りに対しては片腕でガードするのではなく、叩きつけて威力を相殺し防ぎ切っていた。ライオネルの拳での一撃は自らの拳での一撃ではじき返していた。


「いてつくはどう!」


 直哉がそう叫んだ瞬間、ライオネルの獣化魔法が解除された。ライオネルの表情からして、自らの意思で魔法を解いたわけではないことは想像に難くない。


「魔法破壊魔法……ジェラルドさんの魔法を付加(エンチャント)したか……!やってくれるじゃないか、直哉!」


 ウィルフレッドは魔法を強制的に解除させる方法を知っていた。それは直哉の父であるジェラルドの魔法だ。それをライオネルに付加(エンチャント)することで獣化魔法を破壊したのだ


 もはや魔法が解けて、今まで通りの力に戻ったライオネルの頬に直哉の鉄拳が弧を描いてめり込んだ。ライオネルは鼻から血を流しながら、後方へと吹き飛ばされ壁を打ち砕く豪快な音を立てたのだった。


「まず、一人……!」


 直哉が息を吐き出しながら、拳を握った。直哉が竜の力を使えるのは最長で5分。この時点で直哉が竜の力を発動させて1分半が経過していた。残された3分半でクラレンスを倒せなかった場合、直哉に勝利の女神が微笑むことはあり得ない。


 クラレンスはライオネルを倒した直哉に対して拍手を送っていた。その余裕そうな態度と表情からして直哉が苛立ちを覚えるのは至極当然のものだった。


「ようやく一人倒して一息ついているところを悪いのだが、今から君には私と剣舞を待って貰わなければならない」


「いやぁ、俺には殿下と剣舞を踊るなんて出来ないですよ。俺、剣術とか苦手なので」


 クラレンスも直哉も顔に笑顔を浮かべているが、纏っている空気は穏やかといえるものではない。


「薪苗直哉。私はこの大会の中で君を一番に警戒していたんだ。その理由が何か分かるかい?」


 クラレンスの言葉に首を傾げて見せる直哉にクラレンスはフッと笑みをこぼした。


「君の戦況への対応力だよ。その相手に応じて戦い方を変化させているところを私は警戒しているんだよ」


「いやいや、俺の勝ちはホントに偶然ですよ。実力なら圧倒的に妹の方が上ですから」


 クラレンスの言葉を直哉は気にも留めずに受け流す。しかし、クラレンスはその後も直哉をほめたたえた。


「君は自らの実力を過小評価しすぎている。君が扱う魔法には最大限警戒しなければならなかった。君の妹の剣捌きは見事だった。移動速度も速くて目で追いかけるのも一苦労だったよ」


 クラレンスは淡々と言葉を紡いでいく。観客席の方は戦いがいつになったら始まるのかと緊張した面持ちで見守っていた。


「あと、君が獣化魔法を使ったライオネルを倒せたのは服の隙間から見えた鱗みたいなものが関係しているのかな?」


 直哉は驚いて自分の服装を顧みた。だが、特に竜の鱗が見えているわけではない。


「殿下、男の細かいところまで見ているということは()()()の属性を持っておられるのでしょうか?」


 直哉はクラレンスが♂の属性持ちではないかということをニヤニヤとナメ腐った笑みを浮かべながら返していた。


「いや、戦闘中に敵の観察を怠らないのは騎士としては当然のことだよ」


 時間はこうしている間にも着々と過ぎていく。直哉の中でも焦りという感情が生まれていた。しかし、焦ってクラレンスの間合いに飛び込めば自滅であることも分かっているために動けずにいるのだ。


 直哉は何としてでもクラレンスの方から攻撃させようとしているのだが、そんな気配は無い。直哉は覚悟を決めた。そう、自分から仕掛けるという覚悟を。


 直哉は足に力を籠めて、地面を蹴った。竜の力を解放している時の直哉の身体能力は通常の2倍近いものにまで膨れ上がっている。しかし、それでも紗希の敏捷強化魔法ほどの速度ではない。


 紗希との戦闘で目が慣れているクラレンスは直哉の動きに即応し、剣に炎を纏わせた。直哉がクラレンスの大腿部目がけて、サーベルを横へと薙いだ瞬間を狙って直哉の右肩に“炎竜斬”を叩きつけた。舞い散る鮮血は炎によって蒸発してしまっていた。


 直哉の剣がクラレンスに届くことは無かった。鮮やかに一撃を決めたクラレンスは勝負が付いたことに対して、静かに微笑んだ。その後はクルリと向きを変えて入場口目がけて歩いて行った。


 観客も席を立って帰ろうとし始めていた。冒険者ギルドのメンバーは「よくやった」と直哉と紗希の健闘を称えた。


 しかし、試合会場の中心で一人の男がゆっくりと立ち上がった。


「クラレンス殿下、もう剣舞はお終いですか?俺、舞うほど剣振ってないんですけど」


 背後から聞こえる声にクラレンスは驚きに表情を歪めながら、ゆっくりと振り返った。


「……これは驚いた。まだ動けるとは思わなかったよ」


「一体いつから――“炎竜斬”が一撃必殺だと錯覚していた?」


 直哉はクラレンスの技を直撃を受けたために、右の肩口からの出血が激しい。血も地面に垂れ流しているような状態である。


「殿下のお母上は魔王にやられたそうじゃないですか。それも、みんなを守るために命を懸けた?それってただ息子である殿下を捨てたって事でしょう?少なからず母親としては、そんなに尊敬されるべき生き様なんですかねぇ……?」


 直哉は最後の挑発をしかけた。クラレンスを侮辱するのではなく、母であるアンナ・スカートリアの死にざまを侮辱した。……心の中では会ったこともないアンナへ何度も謝罪しながら。


 クラレンスは直哉の予想通り、激高した。尊敬する生き様をした母親を侮辱されて怒らない方が無理だった。そして、その怒りの矛先を衝動的に直哉へと向けた。


「“雷竜斬(らいりゅうざん)”ッ!」


 雷を纏わせた左への横薙ぎが直哉の脇腹をえぐる。舞い散る血は帯電して黄色い線香を放っていた。


「“海竜斬(かいりゅうざん)”ッ!」


 続いて放たれた斬撃は水を纏う斬撃。この斬撃は“炎竜斬”を受けたのとは反対側の左肩に叩き込まれた。


「“氷竜斬(ひょうりゅうざん)”ッ!」


 冷気を纏った右切り上げは直哉の左わき腹から右肩を斬り裂いた。鮮血のしぶきは表面が凍てつき、あられのように地面に降り注いだ。


「“天竜斬(てんりゅうざん)”ッ!」


 風を纏わせた斬撃は返す刀で“氷竜斬”とは反対の右わき腹から左肩までを斬り裂いた。纏った風は斬り裂いた直哉の血を纏い紅の風となった。


「“聖竜斬(せいりゅうざん)”ッ!」


 光を纏う斬撃は直哉の両足に横一文字の傷を刻んだ。その傷はレーザーで焼かれたような焦げ茶色に変色していた。


「“地竜斬(じりゅうざん)”ッ!」


 土を纏った斬撃は直哉の背部へと浴びせられた。飛び散る血液には砂粒が混じっていた。


「“闇竜斬(あんりゅうざん)”ッ!」


 闇を纏う斬撃は下から上へと斬り上げられた。それを最後に直哉への攻撃は収まった。紗希を一撃で戦闘不能に追いやった斬撃を追加で7発も直撃した直哉は静かに地に伏して動かなかった。直哉の倒れている場所の半径5mは血の湖と化している。


 だが、直哉はそれでも赤い湖の中心でサーベルを杖のように使って起き上がって来た。


「この程度の火力しかないなら、殿下にお母上の仇である魔王を討つことは出来ないんじゃないですか?こんな平凡な冒険者一人も満足に倒せないようじゃね」


 直哉は体はズタボロだが、傷ついていない口でクラレンスを煽った。直哉の瞳からは戦意は失われていない。クラレンスにとって、これだけ技を叩き込んで起き上がって来た存在を知らない。


 そんな恐怖と尊敬する母親を侮辱された底知れぬ怒りとが混ざり合い、『古代魔法・八竜剣』の奥義の使用を即座に決定した。


「黙れえええええええっ!!」


 乱れに乱れた感情を制御することも出来ず、クラレンスは8つの輝きを放つ斬撃を直哉へと投下した。直哉は斬撃に自らの剣を重ね合わせるも鼓膜が裂けんばかりの大爆発に見舞われた。


 クラレンスはここへ来てようやく落ち着きを取り戻し、己が犯したことのすべてを理解した。


「私は母を侮辱されただけでここまでに怒りに支配されてしまったのか……私は弱すぎる……この罪は自らの手で償わなければならない――」


 クラレンスは目下の()()の残骸に目を向けた。皮膚はただれ、体の中の血液はすべて地上に撒いたのではないかと思うほどの出血量。装備は跡形もなく消し飛び、手にはサーベルを力強く握りしめている。


 ――サーベルを力強く握りしめている!?


 クラレンスはその事に気づいて二度どころか、三度も見た。しかし、三度見るころにはゆっくりとサーベルを支えにして起き上がって来ていた。


「さあ、お仕置きの時間だよ殿下(プリンス)


 クラレンスの頭の中では情報の処理が追い付かなかった。確かに8つの属性全てを纏わせた“八竜斬”を受けたはずの男が平然と立っている。8つの魔力が融合しているのだから威力は今まで直哉に浴びせた斬撃の64倍はある。


 それを喰らって立っていることはもとより、生きていること自体があり得ないのだ。ゆえにクラレンスは『罪なき人を殺した』という罪を償わなければならないと思っていたのにだ。


 クラレンスの剣は先ほどの一撃を直哉に叩きつけた時に粉々に砕けてしまっている。なのになぜ、直哉のサーベルは無事なのか。


 クラレンスの頭の中には疑問という押し殺せない情報が大挙して押し寄せていた。そんな中、直哉のサーベルは8つの輝きを放っていた。


「まさか――!」


「“八竜斬”ッ!」


 直哉は軋む体に鞭を打ち、剣をクラレンスへと叩きつけたのだった。無論、クラレンスには防ぐ手立てはなく直撃であった。


 ――勝者:薪苗直哉

第90話「竜殺しの斬撃」はいかがでしたでしょうか?

この第5章「武術大会編」も残り1話で完結します!

来年からは第6章がスタートするので、よろしくお願いします。

――次回「万能者」

更新は大晦日、12月31日の20時になります!

それでは良い年末をお過ごしください!

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