第89話 戦闘不能
どうも、ヌマサンです!
今回は直哉と聖美が――どうなるのかは本編をお確かめください!
それでは第89話「戦闘不能」をお楽しみください~
直哉がふと目を開けてみると、すでに陽も落ちていた。焦って懐中時計で時刻を確認すると、針は19時きっかりを差していた。
試合は2時間後の21時からだ。待合室にはその10分前には入らなければいけないのだが、直哉は朝起きて二度寝をするかのように横たわった。
――コンコン
そんな時、部屋のドアを叩く音が直哉の鼓膜へと響いた。それを聞いた直哉は一度、腹の底から深く息を吐き出した後でドアを開けに向かった。
「おはよ~なおなお♪私だよ!」
その声と声の主を視認するなり、直哉は勢いよくドアを閉めた。しかし、ドアが閉まる寸前で割って入って来たラターシャによってギリギリのところで阻止された。
「……一体、何の用ですか?」
不愉快だと顔に書いてあるかのような表情に不愉快さを上乗せした声をラターシャへと放った。
「大事な用があって、こちらに来たのです。詳しいことは部屋の中に入ってからでもよろしいですか?」
ラターシャの落ち着いた声音を聞いた直哉は閉めようとしていたドアを閉めるのとは反対方向へ動かした。
直哉はラモーナとラターシャを部屋に招き入れた後、小さめのテーブルの脇にある二つの薄茶色をした木製の椅子へ座るように促した。
「それで、話って言うのは……?」
ベッドに腰を落ち着かせた直哉から放たれたのはその一言だった。
「えっとね、話っていうのは次の試合のことなんだけどね――」
続きに、ラモーナの口から次の試合に際してクエストを依頼したいという言葉が紡がれた。
「クエストの内容によっては受けても良いですけど……報酬は?」
直哉はクエストの内容と報酬がどのくらいなのかをぶしつけにラモーナに尋ねたが、二つの質問はラターシャへと丸投げされた。丸投げされたラターシャは大して動じる素振りは見せなかった。恐らく、直哉が報酬の事を尋ねてくることは予測されていたのだろう。
そして、ラターシャの口から内容と報酬の話がされた。内容は試合中にクラレンス・スカートリアに古代魔法を使わせること。報酬は大金貨1枚で、そのうちの半分である小金貨5枚は前払いということですぐに手渡された。
「私たちがここ、商業都市ハーデブクまで来たのにはね、“竜殺しの魔法”をこの目で確認する必要があったからなんだよ」
「……竜殺しの魔法?それはどんな魔法ですか?」
直哉は丁寧な言葉遣いを持ってラモーナに接した。でなければ、前にいるラターシャに殺されかねないからだ。
直哉はラモーナからクラレンス・スカートリアの使う古代魔法・八竜剣についての説明を受けた。
八竜剣は竜殺しの力を秘めた8つの属性を操る魔法剣で、通常の魔法剣と違うのは刃を飛ばしたりして攻撃が出来ないという点。要するに直接斬撃をくらわせるしかないとのことだ。言うなれば、近接戦闘に特化した魔法剣。
ただし、威力は絶大で竜の皮膚を斬り裂くほどだという。ちなみに竜の皮膚は世界で2番目に硬い金属であるアダマンタイト並みの強度を持つのだ。生身の人間が直撃を受ければ、まず一撃で戦闘不能に陥る。
そして、八竜剣の8つの属性というのは火、水、風、土、雷、氷、光、闇の8つ。どれも強力な斬撃を繰り出すことができるためにクラレンス自身、よほど苦戦しない限り使用しないということだった。
「それを発動させるのがクエストの達成条件……ということですか。分かりました、引き受けますよ」
「やっぱり、なおなおは優しいよね!そうまでして私のために動いてくれるんだもんね♪」
「いえ、大金貨1枚が貰えるというので引き受けただけですよ。それにクラレンス殿下を倒せれば優勝賞金である大金貨10枚も手に入りますからね。こんな一獲千金な話を逃す手は無いのですよ!」
金はありとあらゆる感情を動かすことができる。直哉とて例外ではなかった。次の試合に勝てば大金貨11枚が手に入るのだ。日本円にすれば1100万円。まさに一獲千金である。
「よし、やる気がみなぎって来たところで俺は早速会場に向かいます!」
先ほどまでの不機嫌さなどはどこへやら、機嫌よく鼻歌を歌いながら出ていった。鼻歌からして心がぴょんぴょん飛び跳ねているのが分かる。
一方、部屋に残されたラモーナとラターシャは今までに見たことがないほどの直哉の上機嫌っぷりに驚いて何も言えなかったのだった。
「紗希!割と大事な話があるんだが、入ってもいいか?」
「あら、直哉じゃない。紗希ちゃんならぐっすり眠っているわよ」
直哉がドアをノックしながら声を上げると、部屋から出てきたのはラウラだった。部屋の中を覗き込んでみると、確かにそこにはベッドの上でスヤスヤと眠っている紗希の姿があった。
「それじゃあ、紗希が起きたら俺は先に試合会場に向かったって伝えておいてもらえますか?」
「ええ、分かったわ。直哉、次の試合も頑張りなさい」
「はい!」
ラウラは終始、穏やかな表情をしていた。直哉の中では優しい先輩に励まされたという感じの雰囲気に包まれていた。そんなものを胸に抱えながら直哉は足取り軽く会場である闘技場へと向かったのだった。
闘技場に着くと、すでに観客が徐々に闘技場内へと入場していっていた。空を見上げてみれば、月からの白い光が頭上に輝いていた。
直哉が観客席に行くと、ギルドのみんなから「頑張れ」と励ましの言葉をかけられた。その時に、ウィルフレッドから料理屋ディルナンセは直哉と紗希が優勝する前提で準備に取り掛かっているという話を知らされた。
無事に復活した寛之と茉由も輪に加わり、観客席での話は花が咲き乱れていた。そんな話以外にも色々な話をして盛り上がった後、直哉がいよいよ待合室に向かおうとしたタイミングで、後ろから聖美が直哉を呼び止めた。
「呉宮さん?どうかし――」
直哉が振り返ると、聖美は自らの唇をもって直哉の唇を塞いだ。柔らかくて暖かい感触が直哉の体の内側を這い上がっていく。直哉が目の前の聖美を見やると、必死に目を閉じて唇を重ねてきていた。
直哉と聖美のキスを目の前で見た冒険者ギルドの女性陣は大はしゃぎをしていた。反対に男性陣は気まずいからか目線を逸らす者の方が多かった。
聖美が十秒近いキスを終えて、唇を離すと直哉の表情は顔を真っ赤に染めていた。だが、聖美はそれ以上に顔を赤くしていた。
「直哉君、今のが私の初めてだから。続きがしたかったら絶対に無茶はしないでね……」
聖美の言葉に直哉は我に返り、「無茶もしないし、優勝して帰って来る」と言い残して待合室へと駆けていった。
聖美の方はと言えば、直哉が去った後にギルドの女性陣に取り囲まれて質問攻めにされたのだった。
待合室に着いた直哉は椅子に腰かけながら、両手で顔を覆っていた。そんな様子の兄に静かに何があったのかと語りかける妹の姿があった。
直哉は静かに聖美にキスされたことを思いついた言葉から順々に話していった。が、あまりの紗希の話の食いつきっぷりに直哉も普段の調子に戻っていったのだった。
「それで、兄さん。ボクに話って何?」
「ああ、それはだな――」
直哉は紗希にラモーナ姫から依頼されたクエストの内容を話した。そして、紗希の選択次第ではクエストは断ってもいいことも合わせて伝えた。
だが、紗希も断る理由がないと直哉に伝えた。『お金も入るし、何よりラモーナさんとラターシャさんの頼みだから』とも付け足していた。
こうして、直哉と紗希は武術大会の決勝戦会場へと足を進めたのだった。
会場は直哉と紗希の登場時には大して歓声は巻き起こらなかったが、クラレンスとライオネルが入場してきた際には空気を介して肌に振動が伝わってくるほどに会場が湧いた。
「兄さん、クラレンス殿下ってやっぱり人気なんだね……!」
「……だな。しかも、あの黄色い歓声を気にかけてもないような澄ました態度が余計に腹が立ってくるヤツだ」
直哉と紗希は互いに会場の歓声とは正反対にクラレンスへ冷ややかな視線を送っていた。クラレンスはそんな二人に優し気に琥珀の瞳を向けていた。ライオネルは好戦的なアツい視線を向けていた。
「紗希はクラレンス殿下の相手を頼んでも良いか?」
「うん、分かった。兄さんじゃ数秒もかからずに斬り伏せられそうだもんね」
直哉は本選の1回戦で見たバーナードとシルビアの二人を軽々と剣1本で撃破したのを鮮明に覚えていた。ゆえに、剣士には剣士を戦わせようというのが直哉が脳内で描いたことである。そして、その間に自分はライオネルを足止めする。作戦はこれだけ。実にシンプルなモノだ。
会場全員の目にはクラレンスとライオネルが勝利し、例年通り騎士側の優勝だと映っていた。しかし、冒険者ギルドのメンバーたちはその逆、直哉と紗希の勝利を信じていた。
最後の試合の始まりを告げる鐘の音が響く。それと同時に紗希は敏捷強化を用いてクラレンスの眼前へ飛び出した。クラレンスはこれには驚いた様子だったが、何とか紗希の鞘から放たれた一撃を防ぎ切った。
「殿下!俺も加勢に――」
「私は大丈夫だ!今のうちにもう一人を倒してくれ!」
「了解したぜ!」
クラレンスは紗希からの次々に見舞われる斬撃に舌を巻きながらもすべて捌ききっていた。そんな中で的確に加勢は必要ないことを判断し、ライオネルに指示を出していた。
ライオネルはクラレンスからの指示通り、直哉へと突進していき大上段から大戦斧を振り下ろした。直哉は危うげもなく後ろに跳んで回避した。
直哉は後ろに跳んだ際にサーベルを抜き払い、着地する頃にはサーベルを構えて戦闘態勢に入っていた。だが、着地しても休む機会など与えずに第二、第三の攻撃が繰り出される。
開始10秒と経たず、直哉は防戦一方な状態に追い込まれていた。紗希は必死に斬りこんでいくもクラレンスは楽しげに紗希と斬り結んでいた。だが、一撃の威力はクラレンスの方が上で紗希の斬撃は弾かれる格好になってしまっている。
開始1分で観客はクラレンスたちの勝利を確信し、野次を飛ばし始める者まで居た。
「直哉君!紗希ちゃん!負けないで!」
そんな数多くの野次を斬り裂いて、彼女の声は二人に届いた。その声を聞いて二人の口角が吊り上がる。負けないでに込められた二つの意味も理解した。それは、1つはそれぞれが対峙している相手に、もう1つは会場を埋め尽くす野次に対してだ。
「オラア!これで終わりだ!」
直哉はライオネルの一撃を回避しきれずにつまづいた所に大戦斧での重い一撃が放たれた。地面に衝突した大戦斧を中心に砂ぼこりが舞い、地面に亀裂が走る。
「何だとッ!?斧が抜けねぇ!」
地面に突き立った大戦斧の刃は地面ごと凍り付いていた。いや、突き立った上から氷が付加されていた。
「まだまだだね」
ライオネルの後ろに回っていた直哉から放たれたテニスの王子様的な一言にライオネルは頭に血が上るような感覚を覚えていた。その言葉を言った張本人はテニスラケットを肩にトンと載せているかのようにサーベルの背を肩に載せていた。
「この野郎!」
「ワン!」
ライオネルはカッと血が上った勢いで大戦斧を引き抜き、直哉目がけて横薙ぎにした。しかし、直哉は犬の伏せのような格好で回避した。もちろん、この小ばかにしたような避け方も挑発のためにそうしているのだ。
これには会場で見ていた聖美や茉由、寛之、そして洋介に夏海も腹を抱えて笑っていた。
「カモオ~ン、ライオネルさあ~ん」
その一言を止めに激高したライオネルはそこからは怒りを載せた大戦斧が地面をえぐり、空を裂いた。直哉も器用に一撃一撃をかわしていく。
直哉は見かけによらず、ライオネルの動きが素早いことに驚きながらも回避に徹していた。
「“炎竜斬”!」
そんな時、クラレンスの声が直哉の元へ届くと同時に耳のすぐ横をかすめていった人影に直哉の背筋が凍てついた。その動揺した一瞬を付いたライオネルの蹴りが直哉の鳩尾にめり込んだ。直哉は蹴り上げられた腹を抑えながら、壁に叩きつけられた人物を見た。それは紗希だ。直哉は横を通り過ぎた瞬間の黒髪と匂いだけで理解した。
紗希の着ていた鎖鎧は見る形もなく斬り裂かれ、服も焼け焦げている。そのため、紗希は月明りを受けて火照る白い肌を大衆の元にさらしてしまっていた。どうやらサーベルで受け止めたらしいが、紗希が手に持っているのは柄だけだった。
――紗希、戦闘不能。
この未曽有の事態に際して直哉の脳はその事実を受け入れることを拒否していたのだった。
第89話「戦闘不能」はいかがでしたでしょうか?
まさかの紗希が撃破されるという事態に。
それに対して、直哉はどう対処するのか――
――次回「竜殺しの斬撃」
更新は12/28(月)になります!
それでは良い週末を!





