第85話 氷の拳と植物の魔法
どうも、ヌマサンです!
今回は洋介と夏海の本選での初試合です!
それでは第85話「氷の拳と植物の魔法」をお楽しみください~
会場へと続く石造りの通路を抜けた途端に西日が差し込んできて目に刺さる。
「そういえば、昼間の試合で茉由ちゃんが薪苗流剣術第一秘剣とか何とかやってたけど、そんなのあったんだな」
俺は隣を歩く妹様に尋ねてみる。秘剣なんて茉由ちゃんが使ってるのに、俺まだ教わってない……
「兄さんには、絶対教えないからね」
「えっ、何で……」
俺が紗希に食い下がろうとした途端に少し先を歩いていた紗希がこちらにクルリと向きを変えて向き合った。
「だって、兄さんに秘剣とか教えたら剣術の修行なんて二度とやらないでしょ」
「うっ……」
……図星だ。兄を良く知る者、妹以上のものは居ない。確かに、俺は裏ワザとか見つけちゃうと正規ルートでのプレイはしないのだ。それを知っているからこそ、俺には秘剣とかを教えなかったのだ。
「……まあ、兄さんの剣がもっと上達したら、教えてあげるけどね」
紗希はそう言って、可愛らしくウィンクをした。紗希がわざと、あざといことをしたのは容易に理解できた。恐らく、俺の修行に対するモチベーションアップのためだろう。目の前に裏ワザというニンジンをぶら下げられた俺という馬を走らせるための。俺はいつものことながら、心の底から妹へ尊敬の眼差しを向けた。
そうして、試合会場に降り立つと目の前には甲冑で身を固めた、いかにも騎士らしい恰好の二人の男が居た。武器は……一人がサーベルで、もう一人が片手剣だ。
俺が紗希の目をみやると、紗希は静かに頷いた。これは『ここはボクに任せて』というモノだ。なので、俺は紗希に試合を委ねて一歩下がった。
試合の始まりを告げる鐘の音が高らかに鳴り響くのと同時に、騎士二人は剣を構え、ジリジリと紗希との間合いを詰めていく。
一方の紗希はサーベルを鞘に収めたまま、静かに呼吸一つ乱すことなく待っていた。
サーベルを持っている方の騎士が一足一刀の間合いに入ったところで、踏み込みを入れて大上段から斬撃を見舞うものの、紗希に一歩下がられてかわされてしまっていた。
そして、騎士がかわされたことに焦ったところへ紗希の鞘からの斬撃によって剣を遠くへと弾き飛ばされてしまっていた。
もう一人の騎士は紗希がサーベルを抜き払った直後を狙って袈裟切りを放ったものの、紗希にあっさりと受け止められてしまっていた。
しばらく、剣と剣とが交差してガチガチと音を立ててぶつかっていたが、ガクリと紗希のサーベルが下がったかと思うと、騎士の方は力んでいたためにバランスを崩してしまった。
そこへ紗希から回し蹴りが放たれて騎士の男は表情を歪めながら1mほど横へ飛ばされた。そして、起き上がったところにサーベルを突き付けられ、勝負が付いたようだった。
今回は実況役に徹した俺だったが、心の中では「フッ、どうやら俺が出るほどの相手ではなかったらしい」とか言って調子に乗ってみたりした。
まあ、何はともあれ、これで俺と紗希は本選の準決勝へと駒を進めたということになる。
次の試合は20時からで、組み合わせは『洋介&武淵先輩VS.マルケル・ガリエナ&イリナ・シュトルフ』といった感じだ。この試合で勝った方が俺と紗希の次の対戦相手だ。
個人的には洋介と一度戦ったみたい。それに紗希も武淵先輩にリベンジしたいと前々から言っていたから、さぞかし戦いたがっていることだろう。
ひとまず、試合のことは置いておいて料理屋ディルナンセまで戻ってマヌエーレさんに打ち上げの事を話さないといけないな。打ち上げの件は試合の後にウィルフレッドさんに許可は貰っている。
「呉宮さん、料理屋ディルナンセまで一緒に行かない?」
「うん、そうしようか!」
紗希は試合で疲れてるだろうから、休むように言って呉宮さんと料理屋ディルナンセまで歩いて向かった。闘技場から、徒歩で約15分といったところだ。
店に入ると、まだ開店していなかったので見当たる範囲には誰も居ない。
「すみませ~ん!マヌエーレさんはいらっしゃいますか~?」
俺は少し声を張って出すも、特に反応ナシ。もしかして、出かけてしまっているのだろうか?
だとすれば、戸締りをしていないのは不用心すぎるのでは……?
「はい!どちら様でしょうか?」
そんなことを思っていると、一人の女性が厨房からひょこりと顔を覗かせた。
その女性は身長は150cm前後の小柄な感じで、ライムイエローの髪をギブソンタックにしていた。ギブソンタックという髪型は呉宮さんから教えてもらったのだが、髪を低い位置で結んだ髪型だ。
その女性は厨房から白のブラウスに黒のロングスカートに白のサロンエプロンを着用した姿していた。服装からしてウェイトレスさんなのだろうか?女性はキョトンとした表情を浮かべながらも、テテテと軽やかに走って来た。
「えっと、店長のマヌエーレさんはいらっしゃいますか?」
「あ、店長なら今は店にはいませんよ?闘技場に行くとか何とか言ってましたけど……」
……まさかの入れ違い!?
これは『いやー さがしましたよ。』とDQ2で王子を探して見つけた時にセリフを投げられるような展開になるような予感がした。
「あの、伝言なら預かりますが……」
その女性店員は走ってカウンターの後ろから羊皮紙を取ってきたり、羽ペンを取ってきたりと落ち着きなく動き回っていた。
俺は手渡された羊皮紙に羽ペンで手早く名前と武術大会最終日の夜の打ち上げの許可が出たこと、打ち上げに来る人数を記しておいた。
「これをマヌエーレさんに渡してもらって大丈夫ですか?えっと……」
「あ、私はアニエスって言います!」
「それじゃあ、よろしくお願いします。アニエスさん」
女性店員さんはアニエスというそうだ。俺は「帰ろうか」と呉宮さんに言うと、小刻みに首を縦に振っていた。
店を出ると、呉宮さんが突然何も言わずに腕を組んできた。俺は腕から伝わってくる弾力があるのかないのか分からない感触に頬を緩ませながら傍らの呉宮さんを見た。どことなく怯えているような表情をしていた。
「えっと、どうかしたの?呉宮さん」
「うん、あのアニエスって人が怖くて……」
アニエスさんが怖い……?どういうことだ?怖いどころか優しい感じの人だったと思うんだが……。
「具体的にどう怖いの?目つきが怖かった、とか」
「えっとね……何か私の体を舐め回すような、じっとりした視線をアニエスさんから感じたの」
俺は何かの冗談かと思ったが、呉宮さんが嘘を付いているとはとても思えなかった。今度、あの店に行った時は自分で確かめてみようと思う。
――――――――――
俺と呉宮さんが闘技場に戻った後、何グループかに分かれて夕食を摂り、再び闘技場に集合した。
「直哉、行ってくるぜ。この試合は勝って準決勝でお前と戦いたいからな」
「おう、勝って来いよ」
俺と洋介はお互いに拳をガシッと突き合わせた。もちろん、互いに笑顔でだ。隣では、紗希と武淵先輩も何か楽し気に話していた。その後、洋介と武淵先輩の二人は仲良さげに話しながら待合室へと向かっていった。
「茉由ちゃん!試合ではごめん!」
「今度という今度は絶対許しませんから!」
向こうの方では謝る寛之に、茉由ちゃんが怒っている。明日はあの二人も試合なのに大丈夫なんだろうか?
「お兄ちゃん、行こ!」
「……行こう?」
一方の俺は洋介と武淵先輩を見送った後、両手をエミリーちゃんとオリビアちゃんに奪われていた。隣では呉宮さんが不満げに頬をぷくっと膨らませていた。俺は内心、謝りながら両手に花ならぬ、両手に幼女で観客席へと向かった。
観客席についてしばらくして、洋介たちが姿を現した。今回は洋介は薙刀ではなく、サーベルを装備していた。武淵先輩はいつも通りの長槍を提げていた。槍先は月明りを受けてキラリと光を放っていた。
反対側の入口からは前腕部には籠手を装備し、鎧も付けずに紫色の闘衣を着ただけの身軽そうな男がマルケル・ガリエナだろう。マルケルさんはコバルトブルーの髪をツーブロックにしている。
そして、もう一人は緋色の髪をセミショートにした女性だ。装備は腰あたりに短剣が2本。動きやすいように装備はブレストプレートだけにしている。こっちがイリナ・シュトルフだろう。
この二人はゲームとかなら男武闘家と女盗賊って感じの雰囲気だな。そして、二人の実力は冒険者でいえば銀ランクに近い魔鉄ランク。俺たち鋼ランクの1つや2つは上の実力者とやりあうことになる。
それを踏まえれば、寛之と茉由ちゃんがエレノアさんとレベッカさんに勝利したのは奇跡と呼べるかもしれない。エレノアさんとレベッカさんは負けた後、同じ親衛隊の大男――ライオネルさんに叱責されていたそうだが、クラレンス殿下に止められていたそうだ。これは俺がウィルフレッドさんから聞いた。
そんな時、高らかな鐘の音によって意識を強制的に試合へと戻された。
鐘の音が鳴ると同時に、マルケルさんがニヤリと笑みを浮かべながら一直線に突撃していった。その先は洋介だ。洋介はサーベルの柄に手をかけ、腰を低く落とし、鞘から一閃を放った。放った直後の洋介は唇を噛んでいた。
「へっ、そんなんじゃオレには攻撃は当たらない……ぜッ!」
「ぐぁっ!」
マルケルは洋介の背後から逆さになりながら、蹴りを背部に命中させていた。恐らく、洋介の抜刀を上に跳んで回避したんだろう。そのまま、洋介を飛び越えて後ろに回ったのが分かった。
洋介を飛び越えると言っても、洋介の身長は180cmを超えている。腰を低く落としていたとはいえ、150cm前後はあるだろう。それを軽々と飛び越えたということは相当な身体能力だ。
「洋介!」
「ねぇ、よそ見してる場合?」
洋介が攻撃を受けたことを心配する武淵先輩。そこに近づいていたイリナさんが短剣での斬撃を2つほど見舞った。
武淵先輩はとっさに槍を縦にして攻撃を防いだものの、左右の二の腕にそれぞれ浅い切り傷を負った。
「ふっ!」
「アハッ!そんな攻撃、見え見えだよ!」
お返しとばかりに放った武淵先輩の槍での突きはイリナさんにあっさりとかわされてしまっていた。突きをかわした時のイリナさんは子供のような笑顔だった。純粋に戦いを楽しんでいるといった感じだ。
その後も、次々とイリナさんは武淵先輩の槍技をかわしていった。洋介の方も、マルケルさんに斬撃はすべてかわされてしまっている。親衛隊の二人は洋介と武淵先輩が疲れ果てるまで、ああやって攻撃をかわし続けることに重きをおくつもりなのではないだろうか。そして、疲れ切ったところで攻勢に出るみたいな。
「“雷霊斬”ッ!」
「だから、そんなノロい攻撃当たらないって!」
マルケルさんは洋介の鳩尾に拳を叩き込んだ。ただ、その拳は冷気を纏っていた。
「あれは……?」
「あれは氷の魔法拳だ。拳に冷気を纏わせるだけのシンプルなモノだが、格闘術を心得ている者にとってはありがたい魔法だな。触れれば凍り付いてしまうからな。あと、魔法剣と読み方が同じだからややこしいがな」
俺はウィルフレッドさんの言葉を聞いてハッとした。洋介の方を見てみれば、確かに攻撃を受けた部分だけ洋介の鎧が凍り付いている。焦る洋介に突っ込むマルケルさんは剣を構えた洋介の腕を下から上へ蹴り飛ばした。
このことで洋介の手からサーベルが弾き飛ばされる。その瞬間、マルケルさんは「これで恐れるものは無くなった」とでも言わんばかりの笑みを浮かべながら、続けざまに連続攻撃を見舞った。
それによって、洋介の鎧は凍った部分から順に破壊され、9割がたは粉々に打ち砕かれてしまっていた。
「そろそろ、止めと行きますか!」
マルケルさんは洋介の方へと駆けた。
その頃、イリナさんと武淵先輩の戦いはといえば、終始イリナさんが有利にことを進めていた。
「“重力波”!」
「……ッ!」
しかし、武淵先輩はここへ来てようやく重力魔法を使った。これによって、イリナさんの素早い動きを止めることが出来た……はずだったのだが。
武淵先輩の足元から突如として、植物のツタが生えてきて武淵先輩の右の脇腹を鞭打った。武淵先輩の纏っていたドレスアーマーはツタで鞭打たれた部分が大破してしまった。
武淵先輩は左方向へと4,5mほど吹き飛ばされてしまったが、脇腹を抑えながらもゆっくりと立ち上がり、再びイリナさんへと長槍を構えた。対するイリナさんは相変わらずの笑顔を浮かべていた。
「ウィルフレッドさん、今のイリナさんの魔法って何ですか?」
「まったく、お前は勉強不足だな……」
俺は質問するなり、ため息と共に「勉強不足」と言われてしまった。学校の勉強なら言われても悔しくないのだが、この事に関してはなぜかショックだった。
「いやぁ、褒められても困るんですが……」
「褒めてないから安心しろ」
俺がボケてみたところ、きちんとツッコミが入ったことには安心した。
「話を戻すが、今の魔法は植物魔法だ。地面から植物を生やすもので、主に防御の方に重点を置いた魔法だ」
俺はその意味を次の武淵先輩の戦いを見て知ることになった。武淵先輩は正面から向かってくる植物のツタを左右へとかわしながら、イリナさんとの距離を詰めていっていた。そして、槍が届く間合いまで近づいたところで渾身の突きを見舞った。
「“プラントウォール”!」
だが、槍の穂先とイリナさんとの間に割って入るように植物の壁が構築された。その植物の壁に槍が突き刺さった。しかし、問題はその次だった。
「そんな、槍が……抜けない!」
槍が植物の壁に突き刺さったまま固定されてしまっている。そう、ウィルフレッドさんが言いたかったことは武器での攻撃は植物にめり込んで抜けなくなるのだという。
そして、槍が抜けないことに戸惑っている間に武淵先輩は足にツタが巻き付き、会場の壁へと叩きつけられたのだった。
――洋介と武淵先輩はマルケルさんとイリナさん相手に勝利を収められるのか。
第85話「氷の拳と植物の魔法」はいかがでしたでしょうか?
洋介と夏海の戦いは次回で決着しますので、お楽しみに!
――次回「勝ち残った者がすべきこと」
更新は12/16(水)になりますので、お楽しみに!
それでは明日からの一週間、頑張って行きましょう!





