第84話 料理屋ディルナンセ
どうも、ヌマサンです!
今回で寛之&茉由VS.レステンクール姉妹の戦いも決着です!
それでは第84話「料理屋ディルナンセ」をお楽しみください~
「“砂霊砲”!」
「ぐおおおおおおおッ!」
寛之は獣のような叫び声を上げながら、障壁で砂の砲撃を受け止めていた。これは右の頬にエレノアさんの回し蹴りを貰ったタイミングで放たれたものだ。
最初は何とか、寛之の障壁の展開は間に合ったものの再び後退を余儀なくされていただけだった。しかし、ここで半透明の壁が砕けるという予想外の出来事が起こったのだ。
唐突に障壁魔法を展開させたものだから、いつもよりも強度が脆かったのだろう。それによって寛之は現在、砂の奔流に呑まれたわけだ。
「寛之さん!?」
砂に呑まれた寛之へパートナーから焦りの声が投げられる。
「よそ見してるとは随分余裕だね!“風矢”!」
寛之の方を振り向いた茉由ちゃんへとレベッカさんから風の矢での攻撃が見舞われる。茉由ちゃんはこれに反応することが出来ずに直撃を受けた。
「ふふん、どうです?精霊魔法の威力は?」
よろよろと立ち上がった寛之の元へ、得意げにエレノアさんが歩いて近づいていく。寛之はエレノアさんからの言葉に無言を返した。
「……反応が無いということは、もう話すことも出来ないほどのダメージということなんですかね?」
エレノアさんに顔を覗き込まれても寛之はピクリとも動かなかった。これにはエレノアさんも勝利を確信したように笑みを浮かべていた。
「じゃあ、決めちゃいますね!“岩霊脚”ッ!」
エレノアさんは岩のつぶてを纏わせた右足での蹴りを寛之の首筋目がけて放った。俺はその時、確信した。
――寛之の勝利を。
エレノアさんの蹴りが首筋に命中する直前、半透明の壁が即座に展開され、その蹴りを遮った。それに驚くエレノアさんの鳩尾に寛之の後ろ蹴りが炸裂した。
鳩尾にキレイに寛之のかかとがめり込んでいる。エレノアさんは激痛に表情を歪めながら、後ろへと飛ばされ、会場の壁へと一直線に突っ込んだ。会場の瓦礫に大の字で叩きつけられたエレノアさんは叩きつけられた際に体を強打したのか、目を閉じて気を失っていた。
「エレノアちゃん!?」
『信じられないものを見た』といったような表情を見せたレベッカさん。直後に茉由ちゃんの斬撃に風の大剣が半ばで上下に分断された。
「終わりです!“氷斬”!」
俺はこの時、「戦闘中に“終わりです”とか、フラグじゃん!これ、終わらないオチ確定じゃん!」と心の中で発狂した。
茉由ちゃんの放った袈裟斬りはレベッカさんの肩の上で受け止められていた。
「……“風鎧”」
レベッカさんが召喚したのは、風の鎧。全身を分厚い風の渦で覆われている。茉由ちゃんはこれに対して一歩だけ下がって距離を取った。寛之は茉由ちゃんの加勢に行こうとしていたが、途中で力尽きて地面にうつ伏せで倒れこんでしまっていた。
「すぅ~~~はぁ~~~」
茉由ちゃんは目をつむって深呼吸を済ませた後で、カチッと音を立てながら剣を鞘に収めた。
「薪苗流剣術第一秘剣――雪天!」
茉由ちゃんは力強く地面を蹴り、鞘から剣を目にも止まらぬ速さで引き抜いた。その斬撃はレベッカさんの纏う風の鎧と真正面からぶつかり合った。
茉由ちゃんの放った雪天はジリジリとレベッカさんの風の鎧に食い込んでいき、突き抜けた。
「くっ!」
レベッカさんは剣に風の鎧を斬られた瞬間、反射的に後ろへ跳ぶことで直接斬撃を貰うことは無かった。
だが、あまりに急いで跳んだこともあってかバランスを崩して膝を付いてしまった。そして、顔を上げたレベッカさんの目前には剣先が突き付けられていた。
「仕方ない、降参するよ」
武器を失ったレベッカさんの一言で試合の勝敗は付いた。結果は言わずもがな、寛之と茉由ちゃんの勝利だ。
この武術大会の本選において、冒険者が騎士を破った例は数少ない。よって、会場は想定外の結果にどよめきを見せていた。
俺たちのいる観客席では周りでは『茉由ちゃん、お疲れさま!』という声が次々にかけられていた。
「直哉、どうして誰も僕には労いの言葉をかけてくれないんだ?」
「やれやれだぜ。洋介、何か言ってやれ」
俺は洋介に話を振ったものの、洋介は何も言わずにため息を返してきただけだった。
可愛そうなことに寛之がエレノアさんの胸を触ったこととか、目線を持っていったりしていたことは茉由ちゃんにすでにバレていたらしく、しばらくの間だが再び茉由ちゃんが寛之の口を利かなくなったのだった。
その後、俺と紗希の試合がある16時まで、一時解散ということになった。俺は紗希と呉宮姉妹とエミリーちゃん、オリビアちゃんの5人を連れて何度目になるか分からない町の散策へと打って出た。
大通りは闘技場から離れるほど、人の姿が少なくなっていった。そんな中、良い匂いがしてきたため、匂いを辿っていくと大通りに面した一件の店を見つけた。
店の外観は石造りの建物に木が組まれている。見た感じは入るのを一瞬ためらってしまうような煌びやかな雰囲気の店だ。看板には店の名前だろうか、"料理屋ディルナンセ”と刻まれていた。
「兄さん、どうする?入る?」
「そうだな……呉宮さんたちはどうする?」
俺が後ろを振り向いて呉宮さんたちに店に入るかを聞こうとした時、二つの小さな影が視界の隅を横切っていったのが見えた。
「わ~!高そう!」
「ちょっと、お姉ちゃん!待ってよ~!」
俺は心の中で『待ってよ~は俺のセリフだ!』と言ったりしたが、そんなことを言ってる場合では無い。俺は紗希と呉宮姉妹の後に続くようにエミリーちゃんとオリビアちゃんの後を追って店の中へと入った。
店内は木の床に白壁で統一されており、入ってすぐの空間には丸テーブルや椅子がいくつも並んでいた。店は掃除がされたばかりなのだろうか、ホコリ一つなかった。
「直哉君!あそこ!」
俺は呉宮さんが指さした方にある奥のカウンター席を見た。そこにエミリーちゃんとオリビアちゃんが腰かけていた。
紗希と茉由ちゃんの二人が見つけるや否や、二人の元へと走っていた。二人に帰るように諭しているところへ、店の奥にあるスイングドアの向こうからちょび髭を生やしたバーテンダーの服装をした中年の男が出てきた。セピア色の髪をオールバックにしており、温和な雰囲気を纏っている。
「おや、店を開ける前に客が来るとは……珍しいこともあるものだ」
そのバーテンダーの服装をした人物は少し驚いた表情をした後、にこやかな表情に切り替わった。
「すみません、この子たちを連れて店から出ますので……!」
茉由ちゃんが男にペコペコと頭を何度も下げていた。俺と呉宮さんも遅れて頭を下げて許しを請うた。
「開店前とはいえ、大切なお客様だ。君たちさえ良ければ、簡単な料理くらいならすぐに作ろうじゃないか」
『料理』という言葉が出た途端にエミリーちゃんのお腹がぐぅと乾いた声を上げた。それを聞いた紗希もつられたのか、お腹が鳴っていた。紗希本人は恥ずかし気に俯いていた。
俺は呉宮姉妹と顔を合わせてどうするか話し合った結果、お言葉に甘えて軽食を頂いていくことにした。
店のメニューはカウンターの奥に掲げられている木の板に書かれていた。
「えっと、メニューの中ならどれが手軽に作れますか?」
「そうだね。ハーデブク名物の豆スープや、塩漬けウナギに塩漬けサーモン辺りなら、すぐに出せるよ」
呉宮さんの質問にマスターはすぐに答えてくれた。俺たちは話し合って、マスターが出してくれた料理から選ぶことに決めた。
「じゃあ、豆スープを6つと塩漬けウナギと塩漬けサーモンを3つずつでお願いします」
「分かった。それじゃあ、今用意するからね」
「あの、俺も手伝っても良いですか?料理とか、少しなら出来るんで」
俺は店の奥に戻ろうとするバーテンダーの服装をした男を呼び止め、罪悪感から手伝いを申し出た。
「ああ、それならお願いしよう。私好みのナイスガイにそう言われてしまってはね」
俺はそう言ってニヤリと笑みを浮かべるバーテンダーの服装をした男の言葉に思考が一瞬、停止してしまった。
もしかして、これはマズい奴なのでは――と。
そんな直感が過ぎったが、聞き間違いだと自分に言い聞かせ、俺は男の後について厨房へと向かった。
「これを付けてから厨房に入ってくれ」
俺は厨房に入ってすぐ、白のサロンエプロンを手渡された。俺は迷わずに着用し、バーテンダーの服装をした男の人が塩漬けのウナギとサーモンの方を受け持ってくれるというので、分担することになった。
俺はマスターから豆スープの入ってる鍋と食器類のある棚を教えてもらい、豆スープをよそう準備に取り掛かった。
また、ウェイトレスの人が使うトレイも2つほど拝借しておいた。
俺は手早くスープを容器に移し、2つのトレイに3つずつ豆スープを載せ、トレイを両手に1つずつ持って運んだ。
みんなの元まで運んでいくと、俺の姿を見るなりみんなが吹き出して笑いだした。その時、俺は自分の姿を顧みて気が付いた。
着ていたエプロンは女性用だったのだ。にしても、フリフリが多すぎるのだ。正直、自分でもどうして気づかなかったのか分からない。
男子高校生が女性用のフリフリの付いたエプロンを着て出てくれば笑ってしまうのも仕方ないか……にしても、みんな笑いすぎだろ。恥ずかしくて穴があっても無くても入りたいくらいだ。
「……ほら、豆スープ持ってきたぞ」
俺は順番にそれぞれの前にスープをこぼさない様に慎重に置いていった。エミリーちゃんはスープが目の前に置かれるとすぐに飲み始めた。熱かったのか、舌の先を出すのが実に可愛らしい。
呉宮さんはそれを見て、熱いスープを飲んでエミリーちゃんと同じように下の先をペロッと出した。うん、可愛い。
茉由ちゃんはオリビアちゃんに冷まして飲むように言い聞かせていた。オリビアちゃんは茉由ちゃんに言われた通りにフーフーと冷ましてから飲んでいた。
紗希はフーフーして冷ましたのを横からエミリーちゃんに飲ませていた。何か、こういう平和な風景を見ていると心も波風立つことなく落ち着く。
「さあ、先にサーモンの塩漬けを持ってきたよ」
そう言ってバーテンダーの服装の男が両手にトレイを抱えて現れた。すれ違う時にウナギの塩漬けを取って来るように言われたので、トレイを持って厨房へと戻った。
その後、ウナギの塩漬けを持って戻るとオリビアちゃんと茉由ちゃんのところにはサーモンの塩漬けが置かれてなかったので、その場所にそっと皿を置いた。そして、残りの一皿は俺の食べる分だ。
俺たちはそれぞれの分の塩漬けを食した。個人的にはサーモンの刺身とかも好きだったけど、塩漬けも思っていたよりもおいしかった。
俺たちはその後、料金を払って店を出ようとしたのだが、バーテンダーの男に呼び止められた。
「君たちは観光客か何かかい?」
「いや、武術大会に出場しに来たんだ。今日もこれから試合があって……」
「そうか、なら本選に出ているということだね?」
「はい、そうですけど……何か?」
唐突に投げかけられる質問の数々に俺は戸惑った。一体、この人は何を聞きたいのかが分からないからだ。
「だったら、最終日にここで打ち上げでもどうだろう?人数さえ教えてくれれば準備はこちらで進めるから」
俺たちは迷ったが、ウィルフレッドさんに聞いてみないことには何とも返事が出来ない。俺たちがそのことを説明すると、「そうか」とだけ言って残念そうな表情を浮かべていた。
「じゃあ、今日の試合の後にギルドマスターに打ち上げの事とか聞いてから戻って来るというのでも良いですか?」
「じゃあ、それで頼むよ。あと、名乗るのが遅れてしまったけれど私はここの店長のマヌエーレだ。気軽に呼び捨てにしてくれて構わないからね」
バーテンダーの服装をした男……改め、マヌエーレさんは俺たちが全員名乗った後で、姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。良い人である。
俺と紗希は闘技場まで戻った後、呉宮さんたちとは別れて待合室へと向かったのだった。
第84話「料理屋ディルナンセ」はいかがでしたでしょうか?
戦いは寛之と茉由の勝利に終わりました。
そして、料理屋ディルナンセの店長マヌエーレが初登場でした。
今後も何かと登場しますので、よろしくお願いします。
次回は直哉と紗希の本選が始まります……!





