37話
――「バカっ、どんだけ心配したと思ってんの!」
「……すまない」
上半身裸で汗だくの男二人が、女性二人の前で正座している。
夢中になりすぎた東条と葵獅は、連絡を入れるのも忘れ陽が落ちるまで鍛錬に耽っていた。
残留組は気が気ではなく、人員を絞り、彼等の救出作戦が持ち上がったほどである。
その中に「良い汗を流した」、と笑顔で帰って来たものだから、凜のこの剣幕も納得できるというもの。
「……あんたもよ?桐将はん」
「はい。ごめんなさい」
葵獅の影に隠れていた彼も、少女の怒気によって炙り出される。
「……帰りを待ってる人がおること、忘れんといて」
「……それは、どういう」
「……蕾はん達がお礼言いたいって心配してはったって意味や」
「あぁ、……」
――解放された二人は、何はともあれ道中沢山の人に礼を言われた。
東条自身驚く人の集まり様だったが、彼はそれだけの事を行ったのである。
加えて昨夜の微笑ましい光景も、彼の取っつき難さを緩和していたりするのだが、心汚い東条がそのことに気付くことはない。
「本当に有難うございます」
「いえいえ、必要な物があったら言ってください。無理しない程度に取ってくるんで」
中くらいのバックを抱えた蕾が、頭を下げて礼を言う。
「お兄ちゃん、ありがとうございます」
「良いってことよ。沢山食って沢山寝ろよ?バイバイ」
「バイバーイ」
手を振り、その場を後にした。
「……ズボン、おめでとさん」
「おう、これでようやく人らしい生活が出来るってもんだ」
「ふふっ、てるてる坊主と大差なかったもんなぁ?」
「違ぇねぇ」
二人して東条が人になった喜びを讃える。
軽口を言い合う彼等の間には、探る様な、付かず離れずの空気が流れていく。
「……黄戸菊さ、さっき俺のこと名前で呼んだよな?」
「……うちのことも紗命って呼んどぉくれやす。……皆そう呼んではるさかい」
「……分かった」
「……」
「なんか恥ずいな」
「あんただけや」
「そりゃ悲しい」
笑い合い、消えゆく白い吐息は、寒さなど気にならないほどに温かかった。
§
八階、レストラン街にある肉料理専門店。
奥のソファーに、どっかりと腰掛ける者がいた。
体長は三mはあろうか、丸太の様に太い腕と脚に、脂肪で丸々とした腹。しかしよく見ると分かる。脂肪の下には、装甲の如く筋肉がこれでもかと張り巡らされている。
体色はどす黒い緑。醜悪な顔に、半身を出した装い。
そして、壁に立てかけられた大戦斧。
肉塊を骨ごと噛み砕きながら、跪く二匹を睥睨する。
この二匹も普通のゴブリンとは違った。
一匹は体長二m弱、筋肉は盛り上がり、より人型に近い形をしている。
もう一匹はそれほど大きくないが、体色が赤みがかっている。
ゴブリンなのであろう巨漢が、つまらなそうに食べかけの肉を投げ、二匹が恭しくそれを拾いその場を去った。
そこら中に蠢くゴブリンは、自分達で狩ってきた魔物を食ったり、食べ粕や骨を取り合っている。
並び立つ部屋にある食料に手を出すのは、たとえ上位種の二匹であろうと許されない。全てが王の食料なのだ。
それでもゴブリンとは、元来自分のことしか考えない生き物である。食料に手を出す者も当然いる。
そういった者に待つのは、死、のみ。ゴブリンの社会は、完璧なまでの恐怖政治。上位者に従えぬ者は、容赦なく殺される。
二匹ともこの程度の食料で足りるはずもなく、普段は下層階で狩りをしていた。
上層に見張りを出してはいるが、もれなく殺されている。先日登って行った獣のこともある。安全を考慮して、上層に自ら手を出すのは控えていた。
しかし、と筋肉ゴブリンは思う。
ここまでくる間も、この階層を巣にすると決め根絶やしにした時も、蔓延っていた種は異常に弱かった。
加えて、ここに来てから、沢山殺し、沢山強くなった。
王を殺し、自分が王になることはまだできないが、
……そろそろ上層に手を出してもいい頃だろう、と。
§
男と女。
ヤバいやつら。
面白いと感じたら、評価とブックマークをお願いします!!




