34話
蒸気を上げる身体を冷ます為、冷たく心地いい空気を肺に流し込む。
「ごめんやすぅ……東条はん!?」
丁度夕飯を一緒に食べようと訪れた紗命が、瀕死のスライムの如くグデグデになった彼に驚き、駆け寄る。
「どないしたん?凄い汗やで?具合悪いの?」
「黄戸菊?あぁ……悪い、気付かなかった。特訓してただけだから心配すんな。……ご飯持ってきてくれたのか?」
「う、うん」
「ははっ、ありがとな。これじゃぁ完全に引き籠りだな」
怠い身体を叱咤し、「よっこらせっ」と立ち上がる。
「ぃつつ。悪い、先シャワー浴びてくるから少し待っててくれ」
「え、あ、うん。分かった」
痛む頭を抑えヨタヨタ歩く彼を、ほけー、と見つめる。
「あ、ちょい――っ……」
彼の姿に気付き言及しようとするが、そこで背中に刻まれた大きな裂傷が目に入った。
肩口には無数の歯形もあり、正に修羅場を潜り抜けてきた身体だ。
紗命はかける言葉も忘れ、熱っぽい視線を只向けるだけだった。
――東条はお湯を頭から被り、壁に手をついて項垂れる。
「……やっちまった」
ようやく冴えてきた頭で思い返すも、羞恥に顔が熱くなる。
初日の過ちをまた繰り返してしまった。これで自分のあだ名は、露出狂か変態パンツの二択になったことだろう。
身体を拭く物もなく、水の滴るままたった一つの服を着て、出口からそっと顔を出す。
「ふふっ、なに泣きそうな顔してはるんですか。これ、持ってきたで?」
出口に立っていた紗命が、彼にタオル用のシャツと掛布団を渡した。
「……どうやって、」
シャツは枝の上に干していたのだ。まさか登ったのか?
「魔法を使えばお茶の子さいさいやでぇ」
彼女は東条の身体に付いている水滴を、指の一振りで空中に集めた。
「あぁああ、貴女は神だ。この恩はいつか返すぞっ」
「ふふっ、期待してるわぁ」
服を着る為引っ込んだ彼を確認する。
……紗命は集めた水を手の上に置いた。瞬間、魔法の解かれた水玉は、彼女の手を介してビチャビチャと地面に落ちる。
彼の水で濡れる自分の手を見て、ニッタリと微笑んだ。
「うし、お待たせ」
「えぇ。紹介したい友人がおるの、夕飯はその子と一緒に食べましょ?」
「いいぜ。黄戸菊の命令は絶対だからな」
「ふふっ、命令なんてしてへんわぁ」
歩く彼女の手は、すっかり乾いていた。
――二人が座る前には、幼女と赤子を抱く母親がいる。
「……おい、こんな格好の奴、幼女の前に連れてきちゃダメだろっ(ボソッ)」
「くれぐれもバレへんようにね?(ボソ)」
優しく微笑む彼女に恐怖し、布団の繋ぎ目を強く握りしめる。
これ以上失態を晒すわけにはいかない。未来ある幼女にトラウマを植え付けるわけにはいかない。
「初めまして。先ずは数々の御見苦しい姿を見せた事、深く謝罪します」
とりあえず母親に頭を下げておく。和気藹々はそれからだ。
「いえいえ、お気遣いなく。紗命ちゃんが連れてきたのだから、いい人なのは分かりますよ」
「有難うございます」
「……ねぇねぇ、なんでおふとんにくるまってるんですか?」
東条の奇怪な見た目に、当然かな幼女が興味を示してしまう。
「ん?俺寒がりなんだよ。こうしてないと動けないんだ。お名前なんていうの?」
「はるの 花です。八歳です」
「綺麗な名前だね、俺は東条 桐将。二十二歳です。よろしく」
「よろしくおねがいします」
器用に繋ぎ目から手を出し握手をする。
「私は春野 蕾。この子は娘の蕣です。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
――「……あったかそう。花も入れて?」
他愛もない会話をしていると、突然花氏がとんでもないことを言い出した。
「え、いや、すまない。これは一人用なんだ。無理なんだ」
「えーいじわるー。お兄ちゃんだけずるいー」
花が掛布団に手をかけようとし、東条は必死にそれを躱す。
「ダメだっ。この下には無限の宇宙が広がっている、君にはまだ早いっ」
「あははっ、まてー」
風圧で翻らないようにぎこちなく走る彼を、面白可笑しく幼女が追いかける。
「……最初見た時はびっくりしたけど、良い人だね」
「はい。半裸ですけど、根はええ人なんです」
「ふふっ」「ふふっ」
冷えた夜に笑いを届ける二人を、女性二人だけでなく、屋上の皆が温かく見守っていた。
垣間見える彼女の『黒』。
ゾクゾクするね。
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