28話
――「はぁ、はぁ、はぁ」
紫苑はビルに指を食い込ませ、垂直の壁に張り付いていた。その顔に、大量の冷や汗を浮かべながら。
(死ぬ、ところやった……)
彼が刀を抜いた直後だった。目と鼻の先に、黒い何かが現れたのは。
その瞬間、途轍もない恐怖を感じ全力で十数回ジャンプしたのだ。
もう少し退避が遅ければ、自分は黒焦げになっていた。
彼女は少し焦げた袖を見て、汗を拭う。
「すぅぅ……ふぅ、っ」
そして深呼吸をした後、手を離した。
――Birther 『stray girl』――
それが、彼女が手にしたcellの名である。
能力は至ってシンプル。半径十m以内への短距離転移。有名且つ、万能な能力であった。
――給水塔を蹴り、再びジャンプする。
全国を見れば、転移系の覚醒者は結構いるっぽい。
守秘義務があるからと詳しくは教えてくれへんかったけど、彼等は能力をつこて物資の運搬などをしとるらしい。
自分のように戦闘職に就いとる者は稀なのだそうや。
――逃げ延びた蜂を通りすがりに切り裂き、ジャンプ。
しかしそれも頷ける。
転移系のcellは、距離が遠くなればなる程座標の設定にタイムラグが生じる。中距離や遠距離転移で戦うなら、並外れた集中力と近接戦闘能力が必要になってしまうのや。
「……」
マンションの上に立つ紫苑は、一回遠くを見つめ、そして二人を見た。
その際彼女は、チラ、と此方を睨むノエルと目が合う。
「(やっぱ気付かれてるんや)……凄いな」
紫苑は軽い笑みを浮かべ、マンションを飛び降りた。




