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Real~Beginning of the unreal〜  作者: 美味いもん食いてぇ
5章 白い獣は神の使い

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68話

 

「「――っ」」「……」


 振り向いた白猿に、硬直したままの猫目と氷室が息を呑む。


 何故今の間に、少しでも逃げようとしなかったのか、否、できなかったのだ。


 猫目の全身には血管が浮き出ており、全力で何かに抵抗しているのが分かる。


 先の呪言、『――()』は、胡桃に向けて唱えられたものではない。猫目の脚力を警戒して、三人に向けて唱えられたものであったのだ。


 白猿は一度目を瞑り、心地良い悲鳴に耳を澄ます。



 四匹のゴリラは、自衛隊の隙を縫い、遊ぶ様に避難民を一人ずつ殺していく。


 戦える者はわざと殺さず、逃げ惑う様を楽しみながら、着々と仕事を遂行していく。


 抵抗出来る者は、もういない。


 自分の望んだ空間になったこの場所に、白猿は自然と笑みを零した。


 あとは各地に散らせた幹部達に連絡を取り、集合をかければ全て終わる。


 ようやくだ。ようやく、自分の、自分だけの国が完成するのだ。


 覇道を進む準備が、完了する。



「……猫目さん、氷室さん、私が不甲斐ないばかりに、ごめんなさい」


 笑顔を向ける白猿を見て、加藤は全てを諦める。


 そんな彼に、二人と二匹は目で訴えた。


「あ、やま、ら、ない、で」


「そ、う、です。あい、て、が、わる、すぎ、た」


「キ、ゥ」「ン、グォ」


「ふふっ、全くです。……ここまで、結構頑張ってきたんですけどね」



 加藤は今までの死闘を、楽しそうに振り返る。


 コボルトに襲われ、猿に襲われ、ワーウルフに襲われ、何度も何度も死にかけた、苦しくも充実した日々を。


 そして最後に、こんな世界になったにも関わらず、水族館に遊びに来た二人を思い出し、笑う。


 今思えば、自分がこうして生きているのは、彼等のおかげなのかも知れない。

 ただ生を楽しむ為に、ただ欲望のままに、そんな風に生きる彼等を見て、生き足掻く事に大した理由なんていらない事を知った。


 大切な者を守る為、害なす者は全て殺す。


 自分の心を定めてくれたのは、間違いなくあの二人だ。


 彼等は、無事でいて欲しいなぁ。


 加藤は自分の心の様に晴れ渡る空を見上げ、クスリと笑う。



「……あぁ、まだ生きたかった」



 ――強者は死を覚悟し、


 ――弱者は死を受け入れられず泣き叫ぶ。


 ――白猿は愉悦に浸り、


 ――ゴリラは嘲笑に踊る。



 ――人類の、二度目の敗北。世界がそれを、肯定した。





 ……ただ、一人を除いて。







「よぉ、久しぶり」







 それは漆黒の彼の声でも、真白な少女の声でもなかった。


 場違いな程に軽く、飄々としていて、されどドス黒い悪意に塗れた声だった。



 いきなり現れた二人に、場の全ての生物が硬直する。


 恐怖に毛を逆立たせるゴリラは、彼が無造作に振り撒く魔力に王を幻視した。

 それ程までに強大で、計り知れない悪の権化。


 あれは、何だ?


「……」


 動けないのは、白猿も一緒であった。

 しかしそれは恐怖ではなく、驚愕と最大レベルの警戒から。


 奴は、この男は、ここ特区内で最も危険視していた敵性生物の内の一人。皇居周辺を支配する、王だ。


 何故ここにいる?幹部は何をやっている?転移を逃れた?どうやって?それよりも、何故接近に気づかなかった?何故――


 白猿の頭が高速で回転する中、その男、藜は笑う。


「なんだよぉ、無視とか酷くね?」


「ボスが殺意撒き散らすからだろ。周り見てみぃ、全員固まっちまってるわ」


 笠羅祇の言葉に、藜は初めて白猿から目を逸らす。まるで、それ以外には興味が無かったと言わんばかりに。


「少ねぇな。大半が飛ばされたとして、何人残ってんだ?」


「百人いねぇんじゃねぇか?」


「……しゃぁね、これからの方針もあるし、救ってやるか」


「それがいい」


 藜が避難民から目を逸らした、


 瞬間、


「…………え?」


 四匹のゴリラが一斉に潰れ、地面の染みとなった。


 トマトが潰れた様な跡に、自衛隊含め、全員何が起きたか分からず放心する。


「おら走れ走れ。……たく、あっち任せるぞ」


「あいあい」


 藜は白猿に向けて、笠羅祇は集団に向かって歩き始める。


「――ッ、……」


「そんな警戒すんなよ」


 後方に大きく退く白猿を見て、藜は笑う。次いで固まる三人を覗き込んだ。


「あ〜、アイツの魔法にやられてんのか。てかアンタ強いな、何モンだ?」


 藜は加藤に向けて尋ねる。


「加藤と申します。此方もお尋ねしたいのですが、貴方こそ何モンですか?」


 加藤は正直、冷静を保つのがやっとであった。

 目の前の男から感じる圧は、常軌を逸している。


 それこそ、白猿や、ノエルさんをも超えているかも知れない。もしかしたら、まささんと同等……。

 そんな人間がいたことに、驚きを隠せなかった。


「あぁ、アンタが加藤さんか!まさから聞いてるぜ。どうりで強いわけだ。俺は藜というモンだ。よろしく頼むよ」


「え、ええ。……まささんをご存知で?」


「ああ、マブダチよ」


 そんな人がいたとは、初めて聞いた。というか藜って、まさかあの藜組の?


「そうか、まさの知り合いとなると、無下には出来ねぇな。今助けてやるから待ってな」


 瞬間、三人と二匹の身体を、何かが破れる感覚が襲った。


「どうだ?アイツの攻撃も結局は魔力が元だからな、どうとでもなる」


「しゃ、喋れるニャ」


「え、ええ」


「にゃってお前、くははっ、面白いな!」


「な、なんニャ!笑うニャ!好きでやってるんじゃないニャ!」


「分かったにゃ。いいから早く行くにゃ。あの爺さんが外まで送ってくれるにゃ」


「ヌニャーー」


 走り出す猫目の背中で、加藤が慌てて忠告する。


「藜さん!奴の詠唱は長くなればなるほど威力が上がります!気を付けてください!」


「おぉ、そりゃ知らなかったな。ありがとう加藤さん!ゆっくり休んでくれ!」


「は、はい!」


「おい笠羅祇‼︎この三人は丁重に扱え‼︎まさとノエルの客だ‼︎」


「ノエル嬢の……、あい分かった!任せろ‼︎」


 絶えず余裕を崩さない彼に、加藤も緊張を解かれてしまう。

 そんな中、猫目がボヤく。


「……あの男、ヤバイ気がするニャ。ずっと笑ってるけど、なんか、とても気持ち悪いニャ」


「獣の勘ってやつ?」


「んニャ」


「……確かに、私も少し怖かったですね。だいち君とうみちゃんなんて、固まったまま一言も喋れなくなっちゃってますし。こんなの初めてです」


 生物の本能が嫌悪する程の、煮詰められた悪性。獣には、それが分かってしまうのだ。


 三人は手を振る藜に見送られ、その場を後にした。




 ――藜は手を振りながら、白猿に尋ねる。


「……なぁクソ猿、何で転移が使えねぇか不思議だろ?」


「……」


 地面に『出口』を書いていた白猿は、心中を当てられ、ピクリと反応する。


 白猿は準備を怠らない。白猿は油断しない。故に、彼はこの様な状況も想定していた。

 その時に備え、数㎞先に第二陣を待機させていたのだ。その中の数匹に自身の血を渡し、万が一の為に逃げられるようにもしていた。


 大群を此方に送り込む転移、此方から自分が逃げる転移、そのどちらもが、何故か反応しないのだ。


 藜は杖で肩を叩きながら、その答えを教えてやる。


「七、八百はいたか?そいつら全部染みになってるぞ」


「……」


「一箇所に纏まってたから楽だったよ。一瞬で、グチャ、だ」


 ケラケラ笑う藜に、白猿は立ち上がる。


 そこに、笠羅祇の声が響いた。


「なぁボス!そろそろ良いかッ?」


「ああっ、構わない!やってくれ!」


「あいよ」


 笠羅祇は刀を引き抜き、地面を横一文字に切りつけた。


「――ッ「させねぇよ?」っ⁉︎」


 駆け出そうとした白猿の全身が、上方からの見えない力に押さえ付けられる。


 瞬間、



「『幽世(かくりよ)』」



 二人を除いて、世界から色が失われた。


 全壊し瓦礫となった校舎も、トレントの林も、立ち並ぶ民家も、目に映る風景は何も変わらない。


 只そこに、色が無いだけ。

 二人以外の全てが、灰色に染まっているだけ。


「んじゃ後で迎えに来るからよ‼︎死ぬなよー!」


 聞こえてくる笠羅祇の声に、藜はへいへいと応える。何故なら此方の声は、もうあちらには届かないのだから。


 無理矢理立ち上がり自分を睨む白猿に、藜は胸躍らせた。




 ――「……え?消え、」


 納刀した笠羅祇は、未だ唖然とする人間達に一言。


「そんじゃ行くか。そこの御三方、俺の隣にいな」


 黒いコートを靡かせ、さっさと歩きだしてしまう彼に、先程目を覚ました亜門が慌てて尋ねる。


「す、少しいいですか?」


「何だ?……ん?お前さん、あん時の総隊長殿か」


「はい。お久しぶりです」


 亜門は一度、藜組の本部に行っているのだ。主に千軸のせいで。


「カハハっ、随分派手にやられたな。どうだ、奴は強かったか?」


 歩きながら会話する二人に、避難民もぞろぞろと着いていく。


「……はい。全力であったにも関わらず、一撃でのされました」


 悔しがる亜門を見て、猫目におぶられる加藤も加わる。


「亜門さんは凄かったですよ。あの時は満身創痍だったじゃないですか」


「いやいや、それを言ったら、今我々が生きているのは加藤さんのおかげですよ。私は気絶していましたが、白猿と同等に戦っていたらしいじゃないですか」


「ほぉ」


 笠羅祇が興味深そうに加藤を見る。


「確かに良い闘気をしているが、……全く威厳が感じられんな」


「身体が動かなくて、いやはやお恥ずかしい」


 加藤はすみませんね、と猫目に苦笑する。


「それに、白猿は全然本気では無かったですよ。寧ろ楽しんでいました」


 底の知れなすぎる化物に、二人が沈黙する。そして過ぎるのは、そこに一人残った組長だ。


「……その、あの時、白猿と藜殿が消えたのは、一体どういう……」


 亜門が疑問を口にする。

 笠羅祇が刀を引いた瞬間、遠方にいた二人が突如として消えたのだ。

 避難民側からは、そのように見えていた。


「空間を隔離したんだよ」


 何でもないように笠羅祇が言う。


「空間を、隔離?」


 質問を繰り返される老人の目が、鋭く細められた。


「……皆まで言わせるなよ?俺がそれを話す義理はねぇ。まさと交流があるなら、それが何なのか予想はつくはずだがな」


「……少し深掘りし過ぎました。申し訳ない」


 謝罪する亜門に、彼は溜息を吐く。


「そう警戒しなさんな。いずれ国の体制が整えば、嫌でも打ち明けなきゃならん時が来るだろ。……ボスの意向で、俺達はそっちに舵を切るしな」


「舵?」


「こっちの話だ、気にすんな。それに、こんな大勢の前で能力の話をするなんて、ちとデリカシーが足りなくねぇか?」


 笠羅祇が笑う。


「重ねて申し訳ない。助けに来てくれた恩人に、悪い事をしてしまった。

 ……改めて礼を。我々を助けてくださり、有難うございます」


 亜門が頭を下げるのに合わせ、全員がそれに倣う。


「助け、ああ、そうだな。助けたな。良いってことよ。人間困った時は助け合いだろ?」


 笠羅祇は刀を肩に担ぎながら、ガハガハと笑うのだった。



藜。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分が人の善性を信じて(何も考えずに)流した動画で脅威を育てて皆を死なせただけでなく、悪と決めつけ非難して嫌悪してた連中に残った人々を救われるとは……この場面を目撃する前に◯んだのはむしろ…
[一言] 追いついた。 更新頑張れp(^-^)q
[良い点] 唯一マサに対して勝機が有る男と言われた藜来たー!見た感じ重力操作系かな?白猿戦楽しみです。 [気になる点] 数㎞先に第二陣を待機させていたのだ。その中の数匹に自身の血を渡し、万が一の為に逃…
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