63話
「っ後ろに!「『――』っ『――』っ『――』」早くっ!」
「皆さん彼の後ろに隠れて下さい‼︎慌てずにっ、押さないでっ!」
大盾の後ろに避難民を庇い、加藤は白猿の爆撃を対処する。
当然猿共は、ガラ空きの三方から襲い掛かる。が、
「ガロァッ‼︎」
「させるかっ‼︎」
「怖いわねぇ」
亜門の爪が東を切り裂き、新の収束させた太陽光が南を焼き切り、氷室の氷結が西を氷漬にした。
敵の血を撒き散らす亜門が叫ぶ。
「絶対に通すなよ‼︎」
「「「「ハッ‼︎」」」」
次いで彼は新に駆け寄り肩を並べる。
「新殿、ここを任せても大丈夫か?」
「はい!全員守ってみせます!」
「頼むぞ」
亜門が白猿に向けて飛び出したのに合わせ、新は太陽光を球状に収束する。
二方向から迫る大量の猿共に向けて、手を振り下ろした。
「『天弓・乱‼︎』」
瞬間、球体から幾百ものレーザーが大地に降り注ぎ、猿、ゴリラ、地面を根こそぎ焼き切り追いかけていく。
しかし数十匹の猿が網を通過、新に飛びかかる。
「嶺二!」
「おぅラッ」
「ギィっ⁉︎」
新の前に躍り出た嶺二が、風を纏ったバットをフルスイング。突風を起こし、猿共を再びレーザーの中へ吹き飛ばした。
一難去るも、今度はレーザーの動きに目を慣らしていたゴリラ達が突撃してくる。嶺二がそれを見て焦る。
「おいっ!来るぞ‼︎」
「嶺二は猿を頼む!胡桃は土の壁を造って避難民をガード!」
「おう!」「うん!」
光球が二つに分裂。新は掌を合わせ、槍の様に突き出した。
「『天弓・貫』っ」
「ゴ⁉︎」「カっ⁉︎」
ゴリラの反射神経を持ってしても躱せない超速のレーザーが、二匹の眉間を一瞬で貫く。
しかし同胞の屍を囮に飛び掛かる二匹のゴリラ。
「ちっ」
光球が八つに分裂。新は指を重ね合わせ、地面に叩きつける。
「『天弓・簾』!」
「ンゴ⁉︎」「んガァ!」
彼の手の動きに合わせ交差した光の網が、二匹を地面に叩き落とした。
体毛をジクジクと焦していくも、しかし熱量が八つに分散したせいで殺しきれない。
「オラァっ!クッソ、固ぇ!」「ゴルァ!」
嶺二がバットで殴りまくるも、傷がつくだけで致命傷を与えられない。
その時、
「ォオオアッ‼︎」
「ぐっ、な⁉︎」「新!」「新くんっ!」
網を無理矢理抜け出した一匹が、新の足を掴んで振り上げる。新が後頭部をガードすると同時に、ゴリラは手に持つ邪魔虫を思いっきり振り下ろした。
「ぅぐッ」
背中に走る衝撃に彼が咽せる中、網から抜け出したもう一匹が拳を振り被る。
(マズイっ)
直撃を覚悟し、新がガードを固めた。
瞬間、
「グォボボボ⁉︎」「ゴ、ゴァア!」
足元の水が蠢き、濁流となって二匹を押し流した。
新が反射的に後ろを振り向くと、汗を流す加藤が、前を睨んだまま此方に片手を向けている。
「っ申し訳ございません!(バカか俺はっ、加藤さんの手を煩わせてどうする‼︎)」
謝罪を聞いた加藤は一瞬優しく微笑み、再び白猿の魔法攻撃を受け切っていく。
新は身体強化をかけ直し、深呼吸をする。
「ふぅ。(切り替えろ、コイツらは油断していい相手じゃない。切り替えろ)」
迫り来る猿共を睨みつけ、彼は拳を握り直した。
――「あら?」
「ゴビッ⁉︎」「アガ⁉︎」
隣から水に揉まれながら流れてくる二匹。氷室は片手を振り、激流ごとゴリラを氷漬けにした。
氷室の魔法属性は、『氷』。
東条に稽古をつけてもらっていた時、初めてその能力が開花した。
彼女は今まで試そうともしなかった自分に唇を噛み、その日から、弱い自分を徹底的に叩き直した。
来る日も来る日も猫目と共に、ぶっ倒れるまでモンスターを狩り、己の力を鍛え続けた。
この少ない期間で、彼女の生み出す氷礫は氷塊になり、地面を覆う霜は厚い氷へと変わった。
それでも、氷室 佐世子はまだまだ未熟。長時間戦える魔力量は無いし、ましてやゴリラを完全に止めるなんて不可能。
――ピシピシと罅が入る氷塊。
だから彼女は、信頼できる仲間の名前を呼ぶのだ。
「猫目ちゃん、お願い」
「ガッテン!ニャッ‼︎」
オレンジ色の双眸を縦に割り、鋭い爪を剥き出しにして、チャームな八重歯がギラりと光る。
二匹の間に音もなく着地した猫目は、氷をぶち抜きゴリラの目玉に一本ずつ腕を突き刺した。
「グルッ‼︎」
「ッびゃびゃびゃびゃ⁉︎――」「ッぁぎゃぎゃぎゃぎゃ⁉︎――」
そのまま中身をかき混ぜ引っ掴み、引き摺り出す。眼部から掻き出される、フルモザイク必至の赤いグニグニ。
脳の味噌を直接滅茶苦茶にされたゴリラは、泡を吹いて絶命した。
「臭いニャ」
脳味噌を投げ捨てる猫目を見て、氷室が口をへの字に曲げる。
「猫目ちゃん、もうちょっと上品に殺せない?」
「ん〜、目が一番柔らかいニャ。他の場所は固くて無理ニャ」
「そぅ、……ならしょうがないわね」
猫目の頭の上でピョコピョコと揺れる猫耳に、氷室は溜息を吐いた。
Beaster モデル『ベンガル』
それが彼女の手にした、cellの名前である。
覚醒は突然だった。
モンスターを狩り終え、疲れて東条の胡座の上でゴロゴロしていた最中。いきなり猫耳と尻尾が生えたのだ。
この世界だ、大抵の覚醒者は、「死にたくない」という強い思いをトリガーにするが、一概にもそれが全てとは言えない。
身体に魔力が馴染んだ後、自分の在り方を魂で自覚していれば、どんな場所でも覚醒しうるのだ。
彼女にとって、最も覚醒に適した場所が、東条の膝の上だったというだけの話。
絶対の安らぎを与えてくれる、東条という男に出会ったからこそ、彼女は自分の在り方を知ることが出来たのだ。
「来るニャっ」
「ええっ」
氷室が地面を踏みつけると、前方広範囲がスケートリンクと化す。
足を取られすっ転ぶ猿の大群に向けて、猫目が靴を脱ぎ捨て地を蹴った。
氷に爪を食い込ませ、四足で機敏に跳ね駆ける。
「一っ、二三四五六七八九ッ」
的確に首を裂き、一撃で命を刈り取っていく。猿如きでは、彼女の動きを止めることはできない。
そこに、
「ゴルアァッ!」
大跳躍してきた一匹のゴリラが、着地と同時に、猫目に向かって全力で棍棒を振り下ろした。
「――ッぶ、ニャっ」
猫目の鋭敏になった危機察知能力が、止まれと叫ぶ。
最高速度で走り回っていた彼女は、全身の筋肉を使い急停止。全身のバネを使い、直角に軌道を変えた。
予備動作無しで、初動から最高速度を叩き出す。猫のしなやかな筋肉が可能にする、脅威の運動能力である。
砕け散る氷の破片の中、猫目はジャンプする。
「さよ姉っ!」
「任せなさい!」
「ゴァア!」
瞬間、ゴリラを囲むように、地面から大小様々な氷柱が突き立つ。
猫目がその一本を足場に跳躍したした直後、棍棒が氷柱を破壊。
「ゴァアアアッ‼︎」
氷柱を使い弾丸の様に跳び回る猫目を追い、ゴリラは棍棒を振り回し氷の雨を降らせる。
しかし、破壊された側から、次々と別の場所に突き立つ氷柱。
攻撃の予測が、出来ない!ゴリラは先に氷室を始末するべきと判断し、一瞬猫目から意識を外した。
「ニャらッ」
「ゴ⁉︎」
途端、側頭部に走る衝撃。
回し蹴りが直撃しよろけながらも、棍棒を振り抜く。
しかしゴリラの頭を足場に跳躍した猫目は、既にその場にいない。
そしてその時、氷室から意識が外れた。
「ゴ、ォ⁉︎」
足の裏から突き出る氷柱。ゴリラのバランスが完全に崩れる。
ゆっくりと倒れゆく最中、ゴリラが最後に見たのは、眼前に迫るぷにぷにの肉球であった。
「猫パンチ‼︎」
「ゴびゃびゃびゃびゃ⁉︎――」
ぷにぷにの影を纏った殺意の爪が、見開く目玉をぶち抜き頭蓋を蹂躙する。
可愛いものには棘がある。それが、世の常である。
「ふぅニャ」
猫目は倒れ痙攣するゴリラから下り、腕についた血を切って氷室に駆け寄る。
「いえーい」
「嫌よ?」
「ニャ⁉︎」
ハイタッチを躱され、オレンジの瞳が悲しみに揺れる。
「だって汚いじゃない。また後で、ね?」
「……ニャオォ」
ゴリラの無惨な死体に猿が後ずさる中、猫目の尻尾と猫耳がシュンと萎んだ。
明日休みだわーいわーい




