49話
千軸が灼魃殲徠を放つ直前、危険を感じた将軍は、近くにいたゴリラを強引に纏い、全力の身体強化で防御態勢を取っていた。
命の壁と将軍の執念は、人間の希望の炎さへをも防いで退けたのだ。
「……嘘、だろ」
誰かが呟く。
人間の気持ちは、その一言に全て込められていた。
千軸とて同じ気持ちである。
「カヒュ、……あれ、でも、……届かないのか……」
彼は残った左目を見開き、乾いた笑いを漏らした。
そこには、今度こそ避けようの無い諦念が混じっていた。
猿達は将軍の帰還に雄叫びを上げ、続々と統率を取り戻していく。最早挽回の余地はなく、死んだ目を浮かべる人間達。
そんな中、渡真利は千軸を地面に寝かせ、一人立ち上がった。
「何、を」
「……大丈夫です。今度は、私が守りますから」
千軸はぼやけ遠のく背中に声を絞り出す。
その背中に、覚悟と慈愛が見えて。
「だ、めだ」
「――ブフゥッ」
将軍が渡真利に向かって地を蹴った。
「……千軸隊長」
「そば、にっ」
「カッコよかったですよ」
――振り返った渡真利は、涙を流し満面の笑みを浮かべた。
「ゴルァアッ」
「――ッ」
涙を飛ばし、地を蹴る彼女と将軍の距離が一気に縮む。
拳がぶつかれば自分がどうなるか、彼女は理解している。
それでも、命を懸けて民を守った彼の前で、なん度も立ち上がった彼の前で、諦めるなんて絶対にしちゃいけない。
「アアァァァアアアッッ‼︎」
「ブルォォォオオオッッ‼︎」
人とモンスター、互いの意地と命を懸けた拳が今、――ぶつかった。
「え?」「ゴ?」
……一枚のガラス板に。
「……やぁ、遅くなったね」
その声に誰もが見上げる、屋根の縁。
逆光を浴びる赤黒い少年が、十本の光る糸を引き連れ飛び降りた。




