43話
――猿の大軍と激突してから、果たしてどれ程の時間が経過したのか。
無限にも思える敵の増援は、人間が当初の半分程になったところで止まった。
AMSCU内では新たに死者を二人出し、傘下の部隊は全滅。残存戦力はたったの九人。
だがこれも、自分達の命を優先した結果だ。
他者を守る為に戦っていたら、間違いなく全滅していただろう。
その一点に限って、隊長の作戦は成功したと言える。
猿は全て客席に戻り、ゴリラのおこぼれを食いながら騒いでいる。
人は皆、同種が化物に食われている光景を見て、競技場の端で恐怖と絶望に震えている。
「……隊長。ゲホっ」
「副隊長、動かないで下さい。あなたが一番重傷なんです」
限界ギリギリまで民間人を守る為に戦った渡真利は、現在部下の応急処置を受けていた。
「私は大丈夫だ。それよりも……」
「……今我々にできる事はありません。あそこに行っても、文字通り邪魔になるだけです」
「っ分かってる、そんなことっ」
顔を顰める彼女の視線の先。綺麗だった芝生のグラウンドは根刮ぎ抉れ、死体と血と剥き出しの土が混ざり合う。
その中心で、戦い続ける者がいた。
たった一人で、九匹の化物と殺し合う者がいた。
汗を飛ばし、一匹一匹を確実に屠っていく彼を、渡真利は心配と不甲斐なさを混ぜた瞳で見つめるしかなかった。
――「ふぅぅ……。四十、五」
千軸は窒息死させたゴリラを溟界から放り出し、深呼吸する。
九回目の襲撃までは何とか無傷で乗り切ったが、そろそろ魔力に限界が見え始める頃だ。
加えて、
「ゴァァアアッ‼︎」
「チっ」
休む暇がない。
1ゴリラが土魔法で槍を作成。投擲。それに合わせ、2ゴリラが風魔法で槍を超加速させた。
空気を切り裂き、一瞬で溟界に到達する穂先。
千軸は首を曲げ、明確にその攻撃を避けた。直後、領域を貫通し地面に突き刺さる土槍。
溟界は所詮水の塊だ。威力を多少殺す事は出来ても、完全に無力化できるわけではない。
「ホッホッホッ」
対抗策を見つけた土ゴリラが、他九匹のゴリラに長さ五mを超える土槍を投げ渡す。
最も厄介なのは、やはりこの学習能力。これで奴らの攻撃は、自分に届き得る。
「ゴォアッ‼︎」「ルォッ‼︎」
千軸は右腕を腰横に引き、左腕を眼前に迫る穂先に構える。
――「――ふぅッ」
「グルァッ‼︎」
「ゴルッ」「ホルァ‼︎」「ルァアッ‼︎」
「ボルァッ‼︎」「ガッシュッ‼︎」
3ゴリラの槍を半身で躱し、手刀で叩き折る。
4ゴリラの槍を左手で払い、右の掌底で叩き折る。
足先で円を描き反転。胸に迫る5ゴリラの槍を右拳で殴り折る。
そのまま右手で裏拳を放ち6ゴリラの槍を殴り折る。
左脇腹に迫る7ゴリラの穂先を左手で下に払い、右の掌底で叩き折る。
顔面を狙い突き出された8ゴリラの槍を上体を逸らして躱し、バク転で蹴り折る。
着地と同時に足を刈る9ゴリラの横薙ぎを小さく跳んで躱し、踏み折る。
脳天に振り下ろされる10ゴリラの槍を寸前で掴み、圧し折る。
一秒の間の中で四方八方から繰り出される、高速の重連撃。
しかし千軸は領域内限定の並外れた感知力と、鍛え抜いた体術を駆使し、その全てを打ち払った。
……そして生じる、一瞬の気の緩み。
「――ッ⁉︎」
「――っ隊長‼︎」
超速で飛来した風を纏った土槍が、強引に身体を逸らす千軸の脇腹を抉り飛ばした。




