40話
仕事ダル!いや仕事ダルっ!ああああぁぁぁあ!
大学からレインボーブリッジまで続いていた一本道。
道中を警護する自衛隊に加え、安全地帯へ避難中だった大量の人間は、白猿が起こした爆破に直接巻き込まれた。
大勢が炎に呑まれ、大勢が瓦礫の下敷きになった。
しかし亜門が通った頃には、生者も死者もその殆どが姿を消していた。
何故か。それは彼等も例外無く、白猿のcellによって飛ばされたからである。
――千軸はチカチカする目と酷い耳鳴りに顔を顰めながら、状況の把握に努める。
「――っつぅ。何が……っ⁉︎」
しかし顔を上げたそこに広がっていた光景は、自分の想像していたものとは大きく異なっていた。
足元には綺麗に整えられた芝生。
辺りにはベコベコに凹んだ運搬車が大量に転がり、中から避難民が這い出てきている。
加えて衝撃をモロに浴びた人、だったものが散乱し、芝生の至る所を赤く染めている。
芝生の周りを陸上トラックがぐるりと囲み、そしてその先に、奴等はいた。
三百六十度、グラウンドとトラックを囲む観客席で叫び散らす、猿、猿、猿。
数百、否、数千はいるだろう。
数えるのも億劫になる程のモンスターに威圧され、外の光景を目にした殆どの人間が固まったまま動けないでいた。
(……あの紙か)
千軸は思い出す。爆発の中、一瞬だけ見えた赤黒いゴリラの姿を。
そのゴリラが爆風に乗せてばら撒いた、大量の紙のことを。
千軸は自分達を囲む猿を警戒しながら、耳の無線に手を伸ばす。しかし先の爆発のせいか、そこには何も付いていなかった。
(……)
千軸はもう一度周囲を見渡す。
ドーム型の建物。芝生。大きく開いた天井。
(……国立競技場か)
現在進行形で何もない所から突然現れる人間達。時間が経つにつれ、その数は加速度的に増えている。
彼等は総じて何かから逃げるような体勢で現れる。
大学が襲撃に遭っているのが容易に想像できる。
では、何故殺さずにこの場所に集めるのか。
……千軸は辿り着いた答えの悍ましさに、猿の軍団を睨みつけた。
――この場所は生きた人間の収容施設。要するに、食料保管庫だ。
「千軸隊長、ご無事で何よりです」
「渡真利さんも。他の皆は?」
千軸隊の纏め役。女性副官、渡真利 旭は、乗っていた装甲車の歪んだ扉を蹴破り、周りの光景に顔を顰めながら千軸の隣に並んだ。
「招集をかけましたので、この場にいる者はすぐに集まるかと。生存確認の取れた隊員は、我が隊が十五名、傘下の隊が十名です」
「少ないですね。……ん?この場にいる者?」
言葉の違和感に顔を向けると、渡真利は俯き唇を噛んでいた。
「……緊急通信がありました。子供達を輸送、護衛していた部隊は森の中、現在大量の猿と戦闘中。こことは別の場所に飛ばされたと推測します」
「っ……」
「それと、小型の猿はLv 2相当、大型のゴリラ型はLv4〜5相当。隊長に伝えてくれ、との事です。……それだけ言い残し、通信が途絶えました」
「……そう、ですか……」
千軸は一度大きく深呼吸し、波打つ感情を無理矢理抑える。
自分が彼等を助けるために今ここを飛び出したとしても、状況は何一つ好転しない、どころか最悪になりかねない。
彼等の事よりも、まずは自分達の事だ。そう自身に言い聞かせ、思考を目の前に限定する。
「……クッソっ」
「隊長」
「分かってますよ。……あぁ、分かってる」
千軸は頬を叩き隊長としての顔を貼り付け、集まってきた隊員に目を向けた。
その時、
「ホッホッホッ‼︎」
「ホァアっ!」「ウキャキャァ!」「キィイッ」「ウキァ!」――
「「「「⁉︎」」」」
不気味な程おとなしかった猿達が、けたたましく喚き出した。
人間達はパニックになり、出口へ向かって我先にと駆け出す。それを見た猿達が、一斉にフェンスを飛び越えグラウンドに飛び出した。
――眼下に次々と現れる餌を見て、この場を纏める太った将軍ゴリラはニヤリと笑う。
王から与えられた命令は三つ。
『ミハれ』
『ニガスな』
『ツヨいヤツハ、コロせ』
王からの命は絶対。しかしそれとは関係なく、将軍ゴリラは自らこの仕事を喜んで引き受けた。
理由は単純。
「ゴルルァ…」
つまみ食い、可。




