31話
「……」
「……」
ノエルとベヒモスは互いに見つめ合いながら、相手の出方を窺っていた。
辺りを打つ雨音が、やけに大きくノエルの耳に響く。
「……こ、こんにち」
しかしそこで、彼女の後方から、待ち伏せていた大量のゴリラが一斉に飛び出した。
「ゴアァアッ‼」「ゴルアア‼」「ゴンルアァッ‼」――
ベヒモスの綺麗な白い睫毛が、ピクリ、と動く。
ノエルは動かなかった。
勿論ゴリラには気付いていた。その気になれば殲滅も容易い。
しかしノエルは動かなかった。
一切の攻撃態勢を取らず、その場から一歩も動かなかった。
……そしてその判断は、間違っていなかったのかもしれない。
「ファォォ――ォン」
どこか幻想的で、雄大さを感じさせる弦楽器の様な声。
彼の声が辺りに伝播し、空を、大地を、自然を、包み込んだ。
刹那、
周囲に降り注いでいた雨の全てが縦に引き延ばされ、数万の極細の雨糸が天と地を繋いだ。
「――っ……」
ノエルは自身の周りに広がる不思議な光景に目を奪われる。
まるで天から垂れる、幾千、幾万もの蜘蛛の糸の中に、一人ぽつんと立っている様な感覚。
しかしそれが与えるのは慈悲や救いなどではなく、怖気すら感じる程の、粛然たる死である。
「(そ~)イっ」
興味本位で触ってみると、皮膚が千切れ血が飛んだ。原理は超高圧の水流と同じだろうか。
ノエルは指を銜えながら、後ろを向く。
身体中を串刺しにされ、空中に縫われたまま絶命するゴリラ。
こうして見ると一種の芸術の様にも見える。
そんな芸術達は、ベヒモスの瞬きと共に地べたの泥に落ちる。
再び何事もなかったかのように降り出した雨に、ノエルは只々戦慄した。
彼は自分には興味が無いようだし、早くこの場を去ろうと考える。
しかし、
「…………あ、」
ベヒモスがデパートの上に聳える巨大なトレントに鼻を巻き付けたのを見て、思わず声を上げてしまう。
あれは、まさが大事そうにしていたトレントだ。根元には、確か仲間達の墓標がある。
ベヒモスの動きが止まり、ゆっくりとノエルに顔を向ける。
彼女は意を決して口を開いた。
「あ、あのっ、その樹は、食べちゃダメ!」
「…………ファォォ」
三本の鼻の内の一つが、ノエルの方へ寄ってくる。
「――っ」
ノエルは恐れを振り払い、身体強化を纏って戦闘態勢に入る。たとえ勝ち目が無かろうと、こんな所で死んでたまるか。
そんな彼女の覚悟はしかし、
「……へ?」
ポンポン、と優しく頭を叩く鼻によって霧散してしまった。
「な、なに?」
「ファルルルル」
樹から鼻を離したベヒモスは、ノエルを優しくこねくり回す。
まるで幼子の成長を喜び、慈しむ父母の様に。
「わ、わぷっ、ノエル、今急いでる、からっ、わぷ」
――「ファォン」
ノエルを一通り撫で尽くした後、満足したのか、ベヒモスは鼻を引き去って行く。
「はぁ、はぁ、……なんだったの?」
ノエルは湧き上がる疑問に目を白黒させながら、音を立てず霧の中に消えて行く巨獣を見送った。
§
カクヨムコン中間選考通過、協力してくれた皆有難うな!!
あと当初からの目標であった30000ポイントも達成してた!!
これからもよろしく!!




