28話
親と高級寿司。
うめぇ〜(* ´ω `*)
「……チク……ショウ。……立て、ねぇ」
赤く染まる視界には、近づいてくる二匹のゴリラとワーウルフ。
「アォォォォォン」「ホッホッホッ」「ゴルアァアッ」
三匹は勝利の雄叫びを上げ、強敵の打倒を祝福した。
この場所を占拠しろというのが王の命令だ。
どれだけ殺されようと、任務を達成してしまえばそれは勝利を意味する。
ワーウルフがとどめを刺そうと紅を見下ろし、腕を振り上げる。
紅がワーウルフを睨みつける。
互いの瞳が交差した時、ワーウルフは血に濡れた爪を振り下ろした。
ダァァンッ‼
「「「「⁉」」」」
一発の弾丸によって、ワーウルフの手が弾かれる。
紅を含め、その場にいた誰もが予期せぬ銃声に首を向ける。
未だ聳える雷壁の外側。
そこには、ガクガクと震えながらもライフルを構える康と、彼女を救うため集結した部下が立っていた。
「姉御っ、これ解いてください‼助けに行きます‼」
「そうだ姉御!早くしねぇと死んじまう‼」
「姉御‼」
紅は健気な部下達の声に、乾いた笑いを浮かべる。
「……バカどもが」
三匹は瀕死の紅を捨て置き、迷うことなく一斉に雷壁に飛び掛かった。
「ヒっ」
「ゴルォアッ‼」「ガルルルルッ」
三匹はバヂヂヂヂヂヂ、と激しい音を立てながら無理矢理壁を突っ切ろうとする。
肌が焦げようとお構いなしのその狂気に、彼等も、ヤクザと言えど流石に恐怖を感じてしまった。
「ゲホっ、……」
紅は鉄塔に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。
「……そんなへっぴり腰で、……どうやって私を助けるんだい(ボソ)」
ポケットから煙草を取り出し、バチっ、と火をつけた。
「すぅ……ふぅぅぅ」
立ち昇る煙の行く先には、憎たらしい程青い蒼天が自分を見降ろしている。
お前はちっぽけな存在だと言わんばかりに、傲慢に自分を見降ろしている。
この世はクソだ。クソの掃溜めだ。
悪い奴が得をして、良い奴が損をする。
なんてしょうもなくて、救えない世界だろうか。
……だが、私はそんな世界が堪らなく好きだ。
そんな世界に生きる仲間が堪らなく好きだ。
そんな世界に存在するちっぽけな私自身が、……堪らなく好きだ。
「……死ぬ気なんざ、毛頭ねぇよ!」
絞り出せ。
掬い上げろ。
足りないのなら奪い取れ。
己から、空気から、自然から、
奴等を殺すだけの魔力を、奪い取れ!
極限まで高められた集中力が、体内と体外の魔力の循環を成功させる。
限界を超えた肉体に無理矢理魔力が供給され、頭はガンガンと割れる様に痛み、身体の至る所から血を吹き出す紅はしかし、
爆発的な魔力の膨張と溢れ出る電撃を全身に纏い、その万能感と快楽に恋する乙女の如く頬を歪める。
「アハハハハッ、これがまさの言っていた極地か!成程!とてもいいな‼こんなに気分が高揚するのはいつ以来だ‼……それにしても暑いっ」
羽織っていたコートの留め具を外し、放り投げる。
幹部の証であるポケットチーフだけ取り出し、ジャケットも脱ぎ捨てた。
どくどくと溢れる血で真っ赤に染まるワイシャツの背中部分、大きく裂かれたその下には、大翼を広げ羽ばたく、巍然たる朱雀の和彫りが刻まれていた。
「あ、姉御?」
「ゴルォ」「ゴアッ」「ガフゥゥウ」
自身の血で更に赤く染まった髪の毛をかきあげ、笑う彼女を、部下でさえ訝しみ、そして三匹は警戒する。
彼女の全身から漏れ出るのは、純粋な狂気、純粋な悪だ。
紅は煙草を銜え挑発的な笑みを浮かべたまま、三匹を睨みつけた。
「おら来いよ」
「――ッガロァアアアッ」
「ハハぁッ‼」
「ガア⁉」
大地を踏み抜き急接近するワーウルフの爪撃を、手刀で腕ごと切り落とす。
驚愕する顔面を掴み、
「オラァッ」
「ギャば――」
渾身の力で鉄塔に叩きつけた。
轟音が鳴り、ぶっとい支柱がひん曲がりボルトが吹き飛ぶ。
「オルァッ、オルァッ、オルァッ、オルァッ‼」
「――」
一撃ごとに地響きが鳴り、耐えられなくなった鉄柱がぶっ倒れた。
「アっはっはっ、悪いなボス!壊しちまったわァ‼」
頭部が無くなったワーウルフをゴミの様に放り投げる。
血溜まりの中で大笑いする女に、二匹は目配せし同時に魔法を放った。
しかし電撃は彼女の纏う力場によって消滅し、土棘は腕の一振りで粉々に消し飛ぶ。
圧倒的な状況だがしかし、紅に向かって康が悲痛な叫びを上げた。
「姉御ォ‼それ以上の流血はほんとにっ、ほんとにヤバいです‼」
紅は自身の足元に広がる血の池に目を向ける。
この全てが自身から漏れ出たものだとは、なんとまぁ驚きだ。
それなのに全身は熱くなるばかり。
頭痛など最早感じない。本格的に身体がヤバい証拠だろう。
紅は煙草を血溜まりに吐き捨てた。
「……そうだな。終わりにしよう」
そう呟いた彼女を中心に途轍もない電磁力場が発生し、あまりの高圧電流に血が蒸発して大地が融解を始める。
「升天(天高く昇れ)――」
鉄が溶け、電線が弾け飛び、近くの建物から火災が発生する。
蒸発した血液を纏った雷光は紅い輝きを帯び、赤雷となって彼女を照らした。
紅は獰猛に笑う。
――この狂った世界に。
――死にゆく畜生共に。
――そして、自分の強さに。
「――『赤龍』」
赤色の轟雷が大地を走り、二匹に襲い掛かる。
土ゴリラは壁で、雷ゴリラは電磁バリアで迎え撃つが、拮抗などしない。
一瞬で呑み込まれ、雷音を轟かせる赤き龍と共に蒼穹へと消し飛んだ。
「……」
訪れる静寂。
二匹の立っていた場所には、ガラス状に溶けた地面以外何も残っていなかった。
「――っ姉御!」
紅がぶっ倒れると同時に雷霆監獄が解ける。
部下達はボロボロと涙を零しながら、急いで彼女の応急処置を始めた。
「ったく、泣いてんじゃないよ」
「だっでぇ」
「私はもう動けん。運べ」
「勿論っすよぉ」
「あとお前等はここの消火と復旧作業に当たれ。技師は生きてる配線繋げとけ」
「「「うっす」」」
女性組員に処置をされながら、紅は空を眺める。
「……煙草」
「どうぞ」
「…………すぅぅ……ふぅぅぅ……(だいぶぶっ壊しちまったなぁ……。あぁボスに何て言われるか。考えただけでもウゼェ)」
あんなカッコつけてたのに~。とバカにしてくるボスの顔が浮かぶ。
この時の紅はまだ知らないが、この戦いで特区の三分の二の電力供給がストップした。
今現在大規模な停電が発生しているわけだが、あれだけの戦いを繰り広げておき、それだけの損害に止めたのは、偏に彼女の魔法操作技術がずば抜けているからである。
「……はぁ……疲れた」
相変わらずムカつく青空だが、今だけはこの気持ち良さも悪くはないと思えた。
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