22話
「――ッ⁉猿、猿です‼全方位から来ます‼囲まれてます‼」
「チッ」
彦根の舌打ちと同時に、東条とノエルが走り出す。
「加藤さん!三人を頼みます‼」
「――っまささん?……畏まりました」
驚く加藤を振り返りもせず、焦り気味に周囲を見渡す。
「ノエルは左から回れっ、俺は右から見てくっ。一本道で合流!」
「り」
目的の人物を探す為、今にも雪崩れ込んで来ようとしている猿を横目に二手に分かれる。
「どこいんだあのバカっ、出る時連絡寄こせって言ったのにッ」
携帯を取り出し、履歴からかける。案の定相手はすぐに出た。
『カオナシかっ』
「毒島‼今どこにいんだよ⁉離れんなつったろ!」
『お前が離れてったんだろ⁉一本道の入口らへんだっ、爆発に巻き込まれて、五感が狂ってるっ』
「分かった待ってろ」
途中助けを求めてくる人間達を全員無視し、一本道へ向かって疾駆する。
壁際に近寄れば近寄る程、横転した装甲車や人間だった物の残骸が転がっていた。
(――いたっ)
瓦礫に混じり、特徴的な紫髪が仲間を助け出しているのが見える。
「毒じ――ックソっ」
名前を呼ぶ暇もない。彼等に襲い掛かる数匹を、間一髪、装甲車を蹴り飛ばして潰した。
「――っ⁉か、カオナシか。助かったぜ」
「ああ……」
その際バサバサと舞う、ルーズリーフやノートの紙束。
よく見れば突っ込んでくる猿の中に、小脇に変な文字の描かれた紙束を抱えている者がいる。
「……嫌な予感しかしねぇ」
全身を漆黒で武装し、毒島を庇って立つ。
「動ける、かっ」
「ああ」
――宙を舞い落ちてゆく紙の一枚が、
「舎弟は?っ、鬱陶しいっ」
「大丈夫だ。全員無事だ」
――さらり、と東条の肩を撫でた。
ダメージはない。
感触もほぼ無い。
紙に触れる、というごく一般的な動作。
しかしそこに込められた呪いは、
『入口』。
「俺の漆黒で包むから、おま…………ぇ?」
東条は目の前から消えた毒島達を不思議に思い、顔を上げる。
そして周りに広がる景色に、目を剥いた。
そこは嘗てノエルと来た場所。
特区のほぼ最北。
上の動物園の檻の中だった。
§
「……カオナシ?っおいっ!、カオナシ⁉」
突如目の前から消えた東条に、毒島一派は動転する。
焦り首を振り探すも、影も形も見当たらない。
絶対の安全が無くなった彼等が感じるのは、どうしようもない恐怖と喪失感。
しかし飛び掛かってくる現実が、そんな彼等を感情の沼から引き摺り出す。
「――ックッソっ‼お前らッ、校舎まで走れ‼」
毒島は猿を殴りつけ、叫ぶ。
各々全力で走り出そうとした所で、一匹の赤黒いゴリラが高く跳躍し、紙束をばら撒いた。
逃げ惑う人間達に、雨の様に降り注ぐ白い絶望。
校舎へと必死に走る毒島達の姿は、もうそこには無かった。
§




