20話
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天井に空いた大きな穴から差し込む光が、中央に佇むトレントを優しく照らす。
その根元には成長と共に取り込まれた、大破したジェットコースターが打ち捨てられている。
外界と隔絶された東京ドームの中の空気は、静謐さを保ちながらも、禍々しい程の圧を孕んでいた。
「……」
トレントの根元に座るのは、一匹の白猿。
極限まで引き締められた細身の体高は四mを越え、異様に長い手が何かの肉片を掴み口に運ぶ。
白い斑模様の毛皮で覆われた全身には、呪術的な文字や画が刻まれており、落ちくぼんだ瞳の奥には、血の様に赤い光が揺らめいていた。
白猿はざりざりと地面に地図を描く。
皇居近くに一つ石を置き、明海大学に三つ石を置く。
それ等とは別に、山手線内に散りばめられた無数の小石。
大学とは最も離れた位置にある小石の三か所に、大学の石を分散させた。
白猿は空の大学に指を立て、その凶悪な顔面を歪ませる。
「……ハジ、メル」
老人の様な、舌足らずな赤子の様な、歪の声に乗せられて、立てた指に魔力が灯る。
――今この瞬間をもって、
必死に戦い続けた人間も、
永遠に感じる絶望を耐え切った人間も、
ようやく見えた希望に手を伸ばしたその全てが、
再び地獄へと叩き落とされた。
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