2話
場所は封鎖できたレインボーブリッジ中腹。
AMSCUの面々は現在、作戦開始の合図を受ける為、入口付近でマスコミの相手をしている岩国を待っていた。
千軸は椅子に座り、今まで何度も入ってきた緑化地帯を見やる。
そこへ、
「何してるんだい楓君?そんなに浮かない顔して」
パッと見、中学生と間違えてしまう様な背丈童顔を持った少年が歩いてくる。
姿形こそ子供のそれだが、しかし彼は隊服を纏い、腕には腕章を巻いている。
列記とした隊長の一人だ。
「……彦根さん。いや、今日ね、見たいアニメの放送日だったんですよ。わざわざそのために休みも取ったんですよ」
「楓君の近くは温かいな~」
彦根は持ってきた椅子を千軸の隣に置いて座り、暖をとる様に手を翳した。
「……聞いてます?」
「勿論さ。それは災難だったね。その服の子、ルルちゃんだっけ?」
「はい。マジカルナインのメンバー、撲殺天使ルルです。世の中の悪を、魔法のステッキで滅多打ちにするんです」
「魔法は使わないんだね」
「俺は、彼女に憧れて自衛隊に入ったんです」
「なかなか特殊な動機だね」
「彼女の動く姿を拝めない今日は、せめて傍にいて欲しくて。だからこの服を選んだんです」
胸に手を当てる千軸の背中を、彦根はポンポンと叩く。
「うんうん。大切な人に見守っていてほしい気持ちは、僕にも分かるからね。……そうだ、今度そのアニメのDVD貸してくれよ」
落ち込んでいた千軸の瞳が、布教の色に輝く。
「っ勿論です!今は一話しか持ってないんで、残りは帰ったら渡します!」
千軸は足元に脱ぎ捨てていた防弾ベストのポケットから、マジカルナインのDVDを取り出し彦根に渡す。
「……何でそこに入っているのかは置いといて、それは後で貰うよ。入れる場所がないからね、普通は」
「……そうですか」
苦笑する彦根に断られ、彼は不承不承とDVDをポケットに戻そうとする。
しかしその時、横から手が伸びてきて、DVDが取られてしまった。
「え、ゲっ……」
横を見た千軸の口から、蛙の潰れた様な声が出る。
そこには、
「……ゲっ、とは何だ千軸隊長」
ジト目で彼を睨みつける亜門が立っていた。
「……総隊長、……マスコミの相手してたんじゃ?」
「今帰ってきた所だ。それで?何故アーマーにアニメのDVDが入っている?」
「っいいえ総隊長、それは医療器具です。主に心の」
開き直った千軸に彦根が噴き出す。
「……そこに入っていた弾薬はどうした」
「部下にあげました」
「っ……」「あははっ」
亜門は頭を押さえ、彦根は腹を抱える。
当の千軸はムカつくほどに堂々としている。
(今に始まったことではないがっ、覚醒者、厄介すぎるぞまったくっ!)
亜門は心の中で、積もりに積もった愚痴を吐く。
Cellに覚醒した者は、良くも悪くも、一人残らず我が強い。能力に由来する欲求にとことん忠実で、人の価値観というものが当てにならない。
軍内部でも最初は、力に驕っているのでは?という見解も出たが、今では一応その謎も解けている。
協力者曰く、cellというのは、心の在り方を具現化したモノらしい。
そして覚醒者とは、自らの欲求を知覚、自覚、そして同化した存在。
潜在意識的何かが、増大、もしくは欠落している人間なのだと。
これだけでも厄介なのに、過剰に使いすぎると暴走するときた。実際に暴走した人間がどうなるかを見せられたのだから、何も言えない。
(優秀な奴等なんだがな、……心配だ)
隊長二人を見て、亜門は眉間を絞る。
「とりあえずこれは預かる」
「そんなっ⁉」
「間もなく作戦開始だ。お前達も準備しろ」
「はっ」
「……はぃい」
すすり泣く声を背中に、亜門は去って行くのだった。
朝起きて眠いのは眠いんじゃなくて目が乾いてるだけだから目薬させば良くなるんだって。ここ数年で1番為になる学びだったわ。




