21話
今まで暗闇に身を潜め狩りを見ていた黒い巨鳥の一撃は、辛くも少女によって防がれた。
巨鳥は本能で、最優先で消すべき相手を理解し、揺さぶりをかける作戦に変更する。
「っ?……ッ‼」
水壁にかかる圧が霧散した。かと思えば右方向から嫌な気配を感じ、急いで水壁を右へ展開する。
佐藤と黒鳥を分断し、間一髪のところで豪風を遮った。
逃げそびれた黒鳥が風と水の板挟みに遭い、ゴボゴボと藻掻き苦しむ。
「グゥエェエッ」
それを見た巨鳥が攻撃を止め一鳴きすると、人間達に群がっていた黒鳥が戦闘を止め駆け足で巨鳥の後ろへと戻っていく。
全黒鳥が自分の元へ集まったのを確認し、
――(左――ッ‼)
攻撃の気配に紗命は即座に反応した。
周囲から感じる嫌な気配、基魔力の変化に、紗命は全集中力を研ぎ澄ませていた。
この戦いで大量の魔力を扱った三人は、微かだが魔力の知覚をものにしていたのだ。
そのおかげで彼らは今均衡を保てている。
しかし、
(右ッ……上ッ……後ろッ……左ッ……左ッ‼――)
三秒間隔で来る怒涛の攻撃についていくので精一杯。
加えて、紗命は今までずっと魔法を行使している。
相手はこれが初戦、先に燃料が切れるのがどちらかなど、誰が見ても分かる。
紗命の綺麗な肌を、大量の冷たい汗が流れていく。
(寒気がする……)
(頭痛い……)
(目ぇもチカチカしてきた……)
(……こら、不味いかもなぁ……)
「クソッ‼」
顔がみるみる青白くなっていく紗命を横に、葵獅が声を荒げる。
自分は紗命ほど上手く魔力を扱えないし、壁を作っても吹き飛ばされる上に前が見えなくなる。
何もできない事に歯噛みしていると、
「葵獅さんッ‼次正面が開けた瞬間一緒に魔法を打ち込んでくださいっ‼あいつが操れる風は一方向だけですっ‼」
「ッ分かった‼」
観察を続けていた佐藤が動いた。
「紗命さん、次の一撃は補助できないかもしれません」
その言葉に、紗命は頷きだけで返す。
佐藤は観察と同時に自身の風魔法を相手の風にぶつけ、微弱ながらも威力を弱めていた。
チャンスはすぐにきた。
「「――ッ‼」」
腕の炎を一つに集約した特大の火炎放射と、風でできた大鎌が巨鳥目掛けて牙を剥く。
突然の反撃に意表を突かれ、巨鳥の判断が遅れた。
驚き、攻撃を中断し、魔力を練り、顕現させるまで、実に四秒。……遅すぎる。
「ッ!?ギッグゲァァアッ‼」
風刃が巨鳥の胸を大きく切り裂き、そこへ炎の暴力が殴りかかる。
剥き出しになった肉を焼き、一瞬で全身を炎上させた。
「ぐぅッ!」「ふぅっふぅっふッ」
苦しみにのた打ち回る巨鳥へ、二人は頭を蝕む激痛を押して追撃をかけようとする。
しかし、巨鳥の方が一手早かった。
翼を広げ、練った魔力を全力で自分にぶつける。
「ッしゃがめッ‼」
風を受け炎上したまま突っ込んできた巨鳥は、人間達の頭上ギリギリを通り後ろの池へ墜落した。
――ジュゥジュゥと煙を上げながら立ち上がる身体は、焼け焦げ、羽も半分以上燃え落ちている。
自力で飛ぶのはもう不可能だろう。
その目には、湧き上がる殺意と一人の男が写っていた。
「――っ」
巨鳥が翼を広げるのと、葵獅が集団から離れるように走ったのはほぼ同時。
「俺から離れろっ‼」
「葵ッ‼」「っ!?」
直後、風を受けた肉弾が葵獅目掛けて飛び出した。
「――ッ」
前方に大きくジャンプしてそれを躱す。
巨鳥はけたたましい音を立てながらテナントの一つに突っ込み破壊した。
「っ……皆っ‼こっちよ‼全力で走りなさいッ‼」
凛は他人の血に濡れた手で葵獅の逆を指さし、紗命を抱っこして走り出す。
有無を言わせぬ彼女の言葉に、怪我人を担いで一斉に走り出す人間達。
幸い巨鳥は見向きすらしない。
葵獅はその光景を横目に見ながら薄く笑った。
「……俺は良い女を持ったな」
屋根を吹き飛ばし出てきた敵が、再度突進の構えをとる。
動かず、目を離さず、魔力を感じ取り、筋肉の準備を済ます。
――風が吹いた瞬間、全力で横に走りジャンプした。
「ッゲギッ‼」
巨鳥は葵獅を通り過ぎ、段差に嘴をぶつけへし折られ、再び池へ落ちていった。
打ち出された後に、自分でスピードを制御することはできないらしい。
すぐに立ち上がり羽を広げたその時、水が盛り上がり巨鳥の全身に絡みついた。
見れば、紗命が凜に抱かれながら右手を掲げ、佐藤が大鎌を作り巨鳥へ駆けていく。
葵獅もすぐに理解し、射程に入れるため近づき、火炎放射を打ち出した。
「グギャェェエッ‼」
風刃が首を切り裂き、炎が追撃をかける。
しかし致命傷には至っていない、炎も水と合わさり威力が減退している。
滅茶苦茶に暴れ、火を消した巨鳥が、不意にギョロリと集団を見た。
誰もが嫌な予感を感じた。
勘のいい者はその場から走り出す。が、
「違うっ‼その場に掴まって下さっイッ‼」
佐藤の指示は頭痛に中断され、
ゴウッ
――十数人が宙へ投げ出された。
チャンス、そしてピンチ。
手負いの獣が1番危ない。
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