20話
――「ふぅッふぅッふぅッ、無事か佐藤っ‼」
攻撃の勢いが弱まったのを認め、敵から眼を逸らさずに叫ぶ。
しかし葵獅の声音の中に心配の色はない。
今の今まで後ろから敵が来ないのは、信頼する仲間が背中を守ってくれているからだ。
そんなことは分かっている。分かっているが、仲間の無事は返事で持って確認したい。
「――っ‼はいッっつぅ」
後ろから聞こえた力強い声に身体が反応する。
直後頭の中を走る激痛に顔を歪め隙ができるも、なぜか敵も襲ってはこなかった。
「紗命はっ‼」
「お陰様でぇ」
いつもと変わらぬ口調に思わず笑ってしまう。
「あと何匹いるっ‼」
「……三十弱ってとこやろかぁ、」
「……多いな、……持つか?」
「どうやろ、うちん前に佐藤はんが倒れそうやけどなぁ、」
「……怪我したのか?」
「いんや、恐らく魔力の使い過ぎちゃうやろか。くたばってる敵はんの数で言えば、葵はんの倍近くはあるわぁ」
「……ほぉ」
一瞬の驚きの後、葵獅の口角が獰猛に持ち上がる。
これは競争ではない。命がけの防衛戦だ。
しかし、元より戦いの職についていた自分が、まさか倍の差をつけられてるとは思わなかった。
称賛と同時に、闘争心に薪がくべられる。
「佐藤ッ‼返答はいらん‼敵はあと半分だ‼絶対に倒れるなッ‼終わったら飲むぞ‼」
葵獅とて頭痛に侵されていないわけではない。常人なら頭を抱えて蹲る程度にはきている。
声を上げれば当然痛む。無理やり筋肉で押さえつけているに過ぎない。
しかし、既に限界を超えて戦っている仲間へエールを送らずにはいられなかった。
そこに発破が加わったのも、彼らしいと言えば彼らしい。
――佐藤の脳は極限の痛みと集中力に、不必要な情報をカットしていた。
今は目の前の敵のことだけで精いっぱいだった。
気を抜くとすぐにでも倒れてしまう。確信できる。
今までこれほど頑張ったことがあるだろうか、ないだろう。これからですらない気がする、いや、もしかしたらあるのかもしれない、こんな世界だ。
あぁ、
(……つらい)
もういいじゃないか、そんな弱音が持ち上がって来た時、
仲間からの声が届いた。
不思議とその声は彼の極限を邪魔することなく、暗い気持ちを優しく燃やしていった。
――少し経つとまた声が届いた。その声は先ほどとは違う。猛り、燃え盛る業火だ。
この気持ちに気付けないほど、馬鹿じゃない。
この気持ちを無下にできるほど、男が廃れてはいない。
何より、飲みに誘われてしまった。
眼鏡を正し、自然と笑みが浮かぶ。
気合一喝。
「――ッはいっ‼」
消えかけのマッチにガソリンをぶっかけた。
――背中に打ち付ける眼鏡の一喝に苦笑する。
返答はいらんと言ったのに聞いちゃいない。後ろから、くすくすと可愛らしい笑い声も聞こえた。
気持ちの換気は十分だ。もはや負ける気がしない。
誰もがそう思う中、
暗闇が動いた。
――「……?」
最初に違和感に気付いたのは紗命だった。
操る水に抵抗を感じる。
その力は徐々に、徐々に強まっている。
誤差の範囲だった抵抗が、ほんの数秒で確かなものとなった。
((……風?))
「――ッ‼」
佐藤と葵獅、二人の後ろ髪を撫でた強風が霧散するのと、
前方の暗闇がぶれるの、
紗命が水の形態を変え、眼前に壁の様に展開するの、
全てがほぼ同時に起こった。
ヒュゴォッ――
水の壁に強風が叩きつけられる。
水面は大きく揺れているが、攻撃性は低いらしく耐えられる範疇。しかし、
――風が止まない。
予め母の攻撃の予兆を感じ退避していた黒鳥が、がら空きとなった後方から猛然と襲い掛かった。
「「――ッ‼」」
突如出現した水壁に気を取られるも、迫る危機が二人を現実へ引き戻す。
少なくなったとは言え、天蓋がなくなったことで無差別に襲いだした黒鳥を、二人が必死に食い止める。
その光景を見て、紗命は心の中で盛大に舌打ちをした。
強風は今も尚続いている。
一般人を守ろうと天蓋に戻せば数秒も耐えられない。
今の紗命の力では、手持ちの水全てを使った壁でようやくタイだ。
それに加え魔力がガンガン削られている。
あとどれくらい持つかも分からない。
紗命は暗闇から現れた巨鳥を睨みつけた。
ボス狼は風塊、巨鳥は突風。魔法の使い方も千差万別。
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