63話
「ん。見るに堪えない。人の皮を被った汚物」
「これも人間だよ」
ぶらぶらと散歩している途中、叫び声が微かに聞こえたと思い来てみれば、泣きながら取っ組み合う男女と、それを囲み笑い声を上げる明らかに悪い人間達。
無理矢理やらされているという事など一目で分かる。
「まさ」
「はいはい。見てて気持ち良いもんじゃないし、なっ」
漆黒のデカい球体と洗濯機をトレントの根元に置き、跳躍。
ピエロの真後ろに盛大に着地した。
「……っあ?なんだおま――ッ⁉」
無言でローキックを喰らったピエロの膝は、バキブチッという人体破壊の音と共に立つ意思を文字通りへし折られた。
「いッでぇぇぇッ!、クソがァ、ってぇぇ――」
気付いた時にはもう遅い。
真横から蹴り抜かれた彼の膝は、二本纏めて本来曲がってはいけない方向に折れ曲がっている。
静寂に響く、ピエロの苦痛。
突如現れた第三者に、その場にいる全員の視線が釘付けになった。
「あ、あいつ」
マスクの内の誰かが呟いた。と同時に東条は地を蹴る。
「ひっ――ッ」「やめろ――ッ」「クソが――ッ」「あが――ッ」
逃げる暇など与えようはずがない。
ただ黙々と、膝の靭帯の悉くを破壊していった。
最後の一人を放り投げ、顔が腫れ上がった男子の肩に手を置く。
「もう大丈夫だから」
「あ、ぅ」
彼は驚きと安堵と謝罪が綯い交ぜになった感情で、自分が跨っているものから飛びずさった。
「大丈夫、ではないか……最悪に至らなかっただけ良かった」
「ひぐっ、うぅ、うぅうぅぅっ――」
ジャンパーを脱ぎ、服がボロボロになってしまった彼女に羽織らせる。
耐え続けた恐怖を洗い流す様に泣き続ける彼女を、東条はそっと胸で受け止めた。
「テメェッ、只じゃ済まさねぇッ!」「殺すッ」「ぶっ殺してやるッ‼」
後ろではノエルが、もう一人の女子を狼狽えながら慰めている。
大泣きしている為、こちらよりも大変そうだ。
「なんか言えやクソがッ‼」「おいゴラァッ‼」
そのまま数分が経ち、彼女達の涙も、彼等の罵声も少なくなってきた頃。
「……落ち着いた?」
「……はい。……あの、ありがとうございます」
「いいよ。立てる?」
「はい」
手を貸し彼女を立たせ、次にずっと座り込んでいる男子に目を移す。
「君は?大丈夫?」
「……はい」
大丈夫そうには見えないが、今はそっとしておくのが優しさというものだろう。
東条は、そんな彼を、怒りの籠った眼差しで睨む彼女の顔を正面から見る。
暴れてしまった髪を耳に掛けてあげた。
「いいか?許せないのも、恨んでしまうのも、そりゃしょうがないことだ。ただ、彼に悪を押し付けるのだけはダメだぞ?」
「……はい」
「うし。ほら、君もちゃんと謝っときな」
手を貸し、引っ張り上げる。
「……本当に、ごめん」
「……」
一生埋まらない溝であろうが、今はこれでいい。東条は二人を連れ、ノエルと合流した。
「ちゃんと目覚めたか」
「ん。叩いたら直った」
「壊れたテレビじゃないんだから……」
気絶していた彼も、げっそりしているが大事はないようだ。一応四人とも無事、良かった良かった。
「俺この人達送ってくるから、ノエルあれ見といて」
「り」
使用可能な漆黒の残存量が頭部しか残っていない東条は、疲れ果てた四人を落ちない様に抱え、背負う。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ん?余裕余裕。ただ腕は女性二人に使うから、男衆はしっかりしがみ付いとけよ」
「は、はい」
「そんじゃ、よいッ」
「「「「――っ⁉」」」」
丘を二、三個飛んでいく彼等を見送り、ノエルは腰を下ろす。
その後ろでは、蔦で簀巻きにされ、猿轡まで噛まされたマスク集団と高年達が呻いていた。




