41話 Human Error
――うん、うん。動けるな。流石ノエル。
全速力で駆けながら、東条は左手に氷刀を精製。右下に切先を構え、襲いくる触腕めがけ思いっきり振り上げた。
空気が軋み、直線上にある万物が凍りつく。
巻き込まれた触腕がその場で硬まるがしかし、赤熱した体表が氷を溶かし、壊死した肉を引き剥がして体をくねらせる。
加えて、凍った個体など微々たるもの。触腕は別個体の隙間から、四方から、無限に湧いて東条に襲いかかる。
元より触腕の一本一本が、双刀の連撃でようやく止められる代物なのだ。利き腕を失い、速度も出せず、【壊装】にすら適応されてしまった今、東条の攻撃は足止め程度にしかならない。
だが、それで良いのだ。
東条の前方をビームが一閃。
彼に食らいつこうとしていた触腕十数本が、白い閃光に呑まれ纏めて爆散した。
「キリっち、あんま前出ないでって! 怪我させたら怒られるの俺っちなんだよ⁉︎」
「……チッ、分ぁってるよ」
東条が雑に刀を振り、自身に直撃する寸前で爆風を凍らせる。
その隣に、羽をしまったガブリエーレが、ビチビチと動く触腕の肉を食べながら着地した。
「で、どうだ?」
「うん、噛みごたえあって美味しいよ」
「ボケが。この触手封殺できそうか? って」
「ん〜――」
転移して攻撃を躱した東条とガブリエーレは、「それやめなさいよ‼︎」と怒り心頭のペルルを眺める。
「たぶん完全には無理だね。それに俺っちがcell使えば使うほど成長させちゃうし、封で言うなら、キリっちのその力の方が適任だと思う」
「じゃあ殺は任せる。あと俺の護衛も任せる」
「任された〜!」
敬礼するガブリエーレの浮かべた笑顔が、若干引き攣る。
「……でさ、キリッち。周りにあった生体反応がごっそり消えた気がするんだけど、これ俺っちの気のせい?」
「気のせいなことあるか。お前が連れてきたんだろあの化物。何ださっきの鎖? 何だあれお前? 見ろ俺の足、生まれたての子鹿みたいになってやがる」
「だ、だだだだっせ〜!」
「――ッふざけてんじゃないわよ‼︎」
両足をプルつかせてふざけていた二人に、一斉に触腕が襲いかかる。
しかし纏めて突撃させてしまったせいで一瞬で凍らされ、抜け出す前に木っ端微塵に破壊されてしまった。
こんな凡ミス、今までのペルルは犯さなかった。ならばなぜ? そんなこと、彼女の酷く動揺した顔を見れば明らかだった。
「ハハッ、どうしたペルル! 焦ってんのかぁ⁉︎」
「っ、焦ってるわけないでしょ⁉︎ たかが意思のない雑兵を三百万匹程度殺したからって、殺したからって……ッ何よ一気に三百万って⁉︎ 頭おかしいんじゃないの⁉︎」
「間違いねぇ‼︎」
圧倒的に勝っていた数を、一瞬で三分の一以下にまで減らされたのだ。そりゃ動揺もする。
メチャクチャに突っ込んでくる触腕を軽く躱しながら、ガブリエーレは食べていた肉を飲み込む。
「うんうん、面白いね君の体! 俺っちとよく似てるけど、俺っちよりも細胞の作りが柔軟だ! もっと食べさせてほしいなぁ!」
「っキッショ⁉︎ 変態の友達は変態ね‼︎ 死ねッ‼︎」
「おい一緒にすんな! キショいのはあいつの十八番だ!」
「キリッちウェ〜イ」
「肩組むんじゃねぇ!」
東条にブン投げられ、ガブリエーレは空中で回転しながら考える。
……見た感じ、さっきよりも機敏な触腕の数が減っている。三〇本くらいかな? 強がってはいるけど、彼女、相当ダメージ負ってるな。
うんうん。まぁね、あんな技くらって生きている方がおかしいし。アメノムラクモだっけ? いやぁゾクゾクしたなぁ〜! 俺っちでも危ないんじゃないかなあれ。
ガブリエーレは縦横無尽に飛び回りながら、レーザーを放ち東条を助けつつ触腕を観察する。
直後触腕の表皮が鏡面のように光り、レーザーを反射した。
……七六発。時間にして約二分ってところかな。
「ギャハハッ、とんでもないなぁ!」
受けた攻撃の種類やダメージを触腕間で共有しているのは勿論、その対策案を複数実行し、より効果的な案を全体で採用する。進化の過程を早送りで見ているみたいだ!
結論、時間をかければかけるほどこっちが不利になる。キリっちも元気そうに見えるけど、体は限界の筈。それに、あと三分で終わらせないとノエっちに怒られちゃう。
……となれば、なりふり構ってられないでしょ!
「――ッ⁉︎(転移してビーム吐いて、今度は何⁉︎)」
「うわキモっ」
空中で丸くなったガブリエーレが、グニグニと不自然に動き始める。
触腕も不可視の何かに遮られ、彼に触れることすらできない。
体が溶け、骨が溶け、内臓が溶け、生物としての形も崩れ、受精卵のような姿になったガブリエーレの中で、今まで獲得した特性やcellが繋がっていく。
――人間性+獣龍の心臓+獣龍の眼球+獣龍の肋骨+獣龍の背骨+獣龍の大腿骨+獣龍の咽喉+炎龍の動脈+海龍の中枢核+土龍の腱束+炎龍の肺胞+獣龍の歯根+炎龍の牙根+獣龍の歯列+土龍の歯髄+獣龍の下顎骨+獣龍の角芯+獣龍の角膜+嵐龍の角鞘+土龍の角骨+雷龍の角血管+獣龍の翼膜+嵐龍の翼骨+嵐龍の翼筋+嵐龍の翼脈+雷龍の翼端+獣龍の尾骨+海龍の尾筋+嵐龍の尾膜+土龍の尾鱗+雷龍の背棘+炎龍の心房+海龍の腎葉+嵐龍の頚椎+土龍の胸椎+獣龍の視神経+炎龍の胃壁+海龍の肝葉+獣龍の頬骨+獣龍の尾椎+土龍の肩甲骨+獣龍の舌筋+獣龍の臼歯+獣龍の顎関節+蟲龍の複眼+獣龍の舌尖+土龍の角皮膜+土龍の角真皮+獣龍の角縁+獣龍の角腺+獣龍の角芯核+嵐龍の翼基部+嵐龍の翼板+嵐龍の翼指+氷龍の外殻+氷龍の重皮膜+嵐龍の翼羽+獣龍の翼突起+獣龍の尾節+獣龍の尾腱+獣龍の尾膜鱗+獣龍の尾棘+獣龍の尾脈管+雷龍の耳介+海龍の鼻腔+獣龍の腹膜+雷龍の脊髄+光龍の頸動脈+獣龍の胸骨+獣龍の耳骨+炎龍の腸壁+炎龍の腹壁+獣龍の上顎骨+獣龍の咬筋+獣龍の歯冠+獣龍の歯根膜+獣龍の下顎尖+光龍の角膜層+光龍の角内層+闇龍の骨髄+獣龍の真核+嵐龍の翼爪+闇龍の翼膜筋+光龍の翼血管+獣龍の尾皮層+獣龍の脾臓+海龍の肺葉+闇龍の脳幹+闇龍の肝臓+闇龍の心膜+炎龍の口蓋+獣龍の舌根+獣龍の顎骨+Dragon breath+【捕食本能】+【心眼】+【血流操作】+【天喰い】+【魂嚙】+【火腸】+【竜呑】+【胃牢】+【咽喉牙】+【獣鱗】+【石皮】+【鉄甲】+【重殻】+【白殻】+【膜盾】+【火耐】+【凍耐】+【鎧骨】+【重脊髄】+【百漣咬牙】+【赫灼】+【白炎】+【紅蓮爪】+【天翔脚】+【血刃】+【炎骨槌】+【炎顎】+【溶岩高炉】+【虚閃波濤】+【肉脈】+【龍骸】+【龍尾】+【硬筋】+【巨顎】+【裂傷牙】+【角衝】+【龍の延髄】+【鉄鋼筋】+【天咆】+【六感強化】+【闇視】+【震脚】+【千変万化】+【血沸】+【魂吠】+【凍血】+【灼血】+【影穿】+【black hole】+【ゴルゴンの目】+【獣王の威光】+【魂滅轟衝】+【虚空咆哮】+【龍鎧顎撃】+【魔脈解放】+【闇葬穿牙】+【神威断層】+【轢砕】+【霊骸縛鎖】+【冥獄門】+【血晶体】+【影の環】+【狂律】+【骨籠の覇鎧】+【円天】+【天獄の鐘】+【泡沫の彼方】+【熟れた林檎】+【深紅の刻印】+【星葬の竜碑】+【瘢痕の巨像】+【明星】+【幽玄の邪視】+【裂魂の各楼】+【灰の審判】+【爆渦】+【群青】+【天哭地哭】+【鬼人羅刹】+【Void Reaver】+【Ferrum Ultio】+【虫の知らせ】+【Krýon Astrapí】+【Lame du Jugement】+【Seelenbrecher】+【Чёрный Шторм】+【Garra de la Noche】+【Corona di Sangue】+【مطرقة الجحيم】+【חרב האפלה】+【Agni Vajra】+【龍滅咆天】+【파멸의 창】+【Kuolonmurskaaja】+【Blodstorm】+【Pán Stínů】+【Mkono wa Pepo】+【ʻAla Kai Ahi】+【Te Whiu o te Rangi】+【肉団子】+【夕映え】+【星今宵】+【回帰】+【終末論】+――×五〇〇
受精卵が二つ、四つ、八つと細胞分裂を繰り返して桑実胚となり、胚盤胞となり、三胚葉が形成されて皮膚や筋肉や内臓の原型が生まれ、背中に脳と脊髄の元となる神経管が生じ、やがて心臓が鼓動を始める。
手足の芽や顔の輪郭が現れ、胎児の形を整えながら内臓が働き出し、一気に大人の姿へと成長する。
神秘的だが、どこか禍々しい光景。
すりガラスのような膜に包まれたソレを目に、ペルルは、否、東条でさえも動けないでいた。
理由は一つ。
敵味方など関係なく、二人の本能が警鐘を鳴らしたのだ。
……今すぐ殺せ、と。
「――ッッ」
「っさせねぇよ」
卵に向かって突っ込んできた燃え盛る触腕数十本が、氷刀の乱振りで強制的に止められる。
「ぬぉおおおお‼︎」と刀を振り回す東条はしかし、内心――ッやっべぇ怖ぇえ‼︎ これに背中向けたくねぇええ‼︎
と心臓バクバクで、後ろを向きたい衝動に駆られていた。
とその時、
――ぼとり。
何かが落ちた。
ゾッ、と東条の全身が総毛立ち、反射的に背後に刀を振り抜いてしまう。
何と気色の悪い魔力か。
何と美しい造形か。
絶対零度の剣線を喰ったソレは、大きな口を開いてケラケラと笑った。
「ギャハハッ、冷たぁ!」「酷いじゃんキリっち!」「あれ、何か視界おかしくない?」「うわっ、何この視点」「あれ、俺っち目なくない?」「ギャハハッ、何この体⁉︎ おもしろっ!」「てか耳と鼻もないじゃん! 何で色々分かるんだ?」「あ、cellのおかげか!」「何だよ〜せっかく一から全身作ったのに」「混ぜすぎておかしくなっちゃったのかな?」「ギャハハッ、羽ないのに飛べる〜!」「見て見てキリっち!」「体軽っ」「ちゃんと人型になってるし」「人格も残ってるし」「配分は完璧だね!」「流石俺っち!」「全能感パナ〜!」「うえっ、感覚器官多すぎて酔いそう」「よっしゃー! 勝つぞー!」「え? これ俺っちが喋ってるの⁉︎」「ギャハハッ、うるさっ!」
滑らかな純白の体毛に覆われた全身。
太く長い尻尾。
本来目のある部分からは、複雑に折り重なり虹色に輝く二本の角が生えている。
鼻はなくなり、耳もなくなり、顔にある口は顔面の半分を占めている。
手足の指はドラゴンのように変化し、微かに見える地肌にはビッシリと白い鱗が生えていた。
尾を除いた体長は、約三m。
一言で表すなら、人型の獣。獣人、という表現が一番合っているかもしれない。
しかし何よりも、勝手にガブリエーレの心の声を吐露している、彼の全身にある二〇以上の口、口、口。
まさに口だけ人間。いや、口だらけ獣人。
獰猛な牙を開いてギャハギャハと笑っているその姿が、彼を獣人よりもクリーチャー寄りの生命体に見せていた。
「これカッコ良いし保存しよ!」「プロセス記憶しとかないと」「キリっちみたいに、技言って変身! ってやりたいな!」「じゃあ名前決めないと」「何が良いかな?」「ん〜」「う〜ん」「ん〜……」「決めた!」
ガブリエーレの全身の口が、ガギンッ‼︎ と閉じる。
瞬間、全方位から迫っていた触腕の頭部が消失した。
齧られた部分から石化が始まり、慌てて切り離すペルル。
驚愕する東条。
ガブリエーレは口に含んだ触腕を噛み潰し、美味しそうに嚥下した。
「【万魔殿・至高の一皿】」
白い獣人の瞳の中に映るペルルは、既に皿の上に乗っていた。




