82話 静寂と騒音
ルナは昔ヴィーガンになろうとしたものの数日で挫折したことがあります。成長期だったのでこの挫折はプラスでした。といっても成長したのは身長だけでした。
「全く理不尽な力だな、お前のチート」
どうせ失敗することはもう予測できるが、それでもめげずに突進する。
メリケンサックを握りこんで走る俺を見ても、ルナは眉一つ動かさず休息している。
今度こそはと思っても結果は同じ。
何故か途中からスピードが下がり始め、足の回転が遅くなる。
そしてルナに一定の距離まで近づくとついに一歩も前に進めなくなった。
「【近づくな】って言ったでしょ」
「こちとらイエスって言ってねえんだよ。ただ聞こえただけだっつーの!」
見えない壁をパントマイムみたいに確かめて、らちが明かないので殴りつける。
すると一瞬だけ右手だけ壁の向こうに貫通することができた。
だが。
通り抜けた途端、手首が不自然に折れ曲がって、再び壁のこちら側に戻ってきた。
「痛って!……よし、治った。このまま棒立ちでお前の回復を眺めるなんて人生の無駄だ」
「……ヒーリングファクターは確かなようね……私以上のダメージが無かったことになってる……」
意識高い偉そうなやつみたいに脚を組んだルナはすでに、さっき跳ね返ったダメージを回復させたようだ。今までの高飛車な顔が戻ってきた。
「うらやましいんだってな。お前ら寿命が短いんだろ?それを打破するチートの持ち主が俺ってわけ」
「……そう……知ってるのね……」
バツの悪そうな顔でルナは明後日の方向を睨み付ける。
異世界転移者は異世界の環境に適応するため細胞が活性化している。だから寿命をどんどん消費しているのだ。
「自分で気づいたとは思えないのだけれど、ラクかしら?」
「違うとだけ言っておこうかな」
「不愉快」
その瞬間、【近づくな】の効力が消えて俺はたたらを踏んだ。
その隙をつかれて、こめかみに回し蹴りを喰らった。
顎が粉砕される感触があったが、気にしない。
そのまま足首を掴んで顔面を引き寄せて頭突きを食らわせた。
延髄が粉砕するくらいの勢いでおでこをぶつけられたルナは鼻から噴水みたいに血を噴き出して、後ろに吹っ飛んだ。
「まさか差別とか言ってツイッターで騒ぐなよ」
「……あんなやつらと一緒にしないでくれる?」
歪んだ鼻を指で無理やり直して、ルナは気丈に振る舞う。
「あいつらは平等の名のもとにルールを自分たちに都合がいいものに変えたいだけ。私の崇高な理想とは違う」
「俺にはお前も同類に見えるんだが」
「そうかしら?私は少なくとも他者の意見に耳を貸しているわ」
……雨が降ってきたのか。
室内だから関係ないけど、雨足がとても強いな。
雨……、耳を貸す……、言葉……。
なるほど、そういうことか。
「……いいのか、お前。俺が今から羽ペンを2本拾おうとしてるってのにそんな悠長に構えてて。2本だぞ2本」
「何を言いたいのか理解できないのだけど」
「ちょっと考えればわかることだ。あの時、お前がリイにヒールを突き刺した時、どうしてヒータンだけが動けたのか。言い換えると、お前のチートのかかりがあいつだけ弱かったのはなぜか」
「……」
「俺たちとずっといたから、その音の連なりが何を意味しているのかは分かったんだ。でも、それは言葉を理解しているのとは違う」
ヒータンは【動くな】を言葉として理解していない。人間の言葉なんてあいつにとっては「u-go-ku-na」という音の連なりでしかない。だけど、その音が人間の口から出た時は大人しくしないといけないってことは知っている。
だからチートにはかかっても効果は弱かった。
ルナのチートは相手が意味を理解して初めて効果を発揮する。
「お前は動物を操作できないし、外国人も操作できない。【全言語理解】のおかげで気づかなかったがお前、異世界語得意だったんだな」
「正しい分析よ……でも、【全言語理解】だと?……待ちなさい!チートは1人1つのはずよ!?」
「知らねえよそんなルール」
ルナはもっと何か言いたかったようだがもう遅い。
俺はすでに羽ペンを同時に耳突き刺して鼓膜を破った。
雨の音もルナの叫びも何も聞こえない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ダメです。理解不能です。いえ、この小さな端末同士で情報のやりとりが可能なことはわかります。ですが、そのためには中継地をこの世界中に置く必要が絶対です。そんなものビートル人は作っていません。なのにどうして……」
イタミが持っていたスマホをニコは分析して、そう結論付けた。
このスマホ自体、現代日本の産物ではなくヤマナミのチートであるため不合理や無理の集合体だ。そのため仕組みを解明することなど不可能なのだが、それでもニコは現代日本の通信システムの一端を掴むことには成功した。
「ん?ニコ、何持ってるの?文鎮?」
「ビートル人の通信デバイスです。あの人たちの技術を盗もうと思いましたが、皆目見当が尽きません」
「それが何の役に立つの?」
「どれだけ離れてても会話することができます」
「すっご!!タイムラグは!?」
「ありません」
「すっご!!!めっちゃ卑怯じゃんあいつら!!!!!」
スマホの強みを理解したアキナが絶叫する。
その声の向こうからロウセエネも覗き込む。
「いつの間にそんなものを……あいつらの連絡手段といえば自動馬車か、もしくはAWLとかいうやつのワープじゃないのか?」
「私もそうだと思ってました。ですがおっしゃる通り、いつの間にかこんなものを発明していたようです。私の理解はおろか、この世界ではオーバーテクノロジー」
「道理でこちらの動きがビートル人たちに筒抜けなわけだ。世界の裏側のことをタイムラグなしで知れるなんて……」
ビートル人たちのチートな技術に絶望するロウセエネと自分の理解が追い付かず悔しそうなニコ。
そんな重たい空気なのでアキナはとりあえず神妙な顔をした。
何秒かしたしもういいかと思ったので、思ったことを言う。
「パクろう!!ニコならできるよ、パクろう!!!」
「すでにそのつもりですが、いったいどこから手をつければいいのか……」
「よし、物理的にパクろう!落ち着いたらゆっくりパクる!宿題宿題」
精密機械とは知らないがためにアキナはスマホを雑に扱いニコに若干キレられる、そんな光景をロウセエネが目を細めて見つめる。
だがその空気に馴染まないのがセーレだった。
ソコルルが言ってしばらくしてから、いぶかしげな顔をして空を眺めている。
ロウセエネもそれに気付いて表情を引き締める。
「アキナ様が同じような年の子と打ち解けているのが嬉しくてつい……」
「ふふっ。あれで結構ニコちゃん楽しんでるからね」
「何を警戒されているのですか?」
「ソコルルは信頼できるし、ミリゥは聞き分けのいい子。だけど」
「ええ」
「雨が、強くなってる」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なっさけないやられ方したね」
「反論の余地もない。だが、便利なチートだな」
すでに覚醒していたが機を窺うために気絶ふりをしていたイタミのそばに、突如人影が現れた。
入り口から入ってきたのではない。
氷の壁もコロアネデパートの壁もすり抜けてイタミが転がされている場所までやってきたのは、アキヅキ。
デパートの屋上の縁に佇むアキヅキの顔を、イタミは見ることができなかった。
あまりに強い雨で一寸先もよく見えないのと、セーレの鎖で縛られているから雨粒で濡れたまぶたを拭くことができないからだ。
ただ、その表情がとても爽やかに笑っていることだけはよくわかった。
いかがでしたか。
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私たまたま読みに来ただけですねんという方は、気が向いたらまた来てください。今より面白くなっていると思います。




