25話 生きてる
定規で測ったみたいに等間隔の網の目。
それを投げる動作だけで作れるんだから、こいつのクラフト能力だって充分チートだ。
ぶわーっとクモの巣状に広がった鉄の網が、クジラを覆いつくす。
クジラが慌てたように口を開いたり、ひれを動かしているが、まとわりついた網が余計絡まるばかりだ。
「大漁だな」
「……相変わらず趣味が悪いです」
調子よさそうに宙を泳いでいたクジラが四苦八苦しているのを見て、ニコが苦虫を噛み潰す。
「なにが?デザインの話?」
「いえ、ラクの能力がです」
「あ。そういや、クジラのチート主はどこにいるんだ?せっかくだから挨拶しときたいんだが」
「お前のチートぶっ壊すからなー」って一言言っとかないと後で失礼になるし。
俺の気遣いを聞いたニコは、一旦俺の目を見て、クジラを指さす。
「あの中ですよ。あの生き物の中」
「生き物?」
「はい。あの兵器、Feel Good Inc.は生きてます」
おい、マジか。視界が180度転換する。
今まで見てきた景色がこれから全く違うものになっちまうじゃねえか。
何でそんな重要情報言わなかったんだよ。
「ちょっと待て、お前らの世界に愛護団体とかいねえよな。やばいやばいやばいやばい、こんなシーン、ヴィーガンにでも見つかったら展開を変えなきゃいけなきゃいけなくなる」
「えっと、まずは落ち着いてください」
あまりにおろおろして自転車から転げ落ちそうになっている俺をみてニコが戸惑っている。
「そ、そうですよね。確かにこのチートは道徳的に問題があります。ですが、そんなことを彼らは何とも思ってないんですよ。私たちも感情を押さえて臨まないと」
「ああ、いや、それは理解してる」
「え」
平気な顔してビルから飛びおりるような男が珍しく感情を表に出したことで勘違いされてしまった。
俺の論点がそんなところにないことを、別に博愛主義者じゃないことを、ニコに理解してもらわねば。
「現代日本のガキども、お前らの言うビートル人な、が生き物のを憐れむ良心をあっちに置きっぱにしてたって何もショックじゃない。だいたい異世界に転移してくるやつって向こうの友達とか家族のこと何にも気にかけねえし」
「ああ。たしかにビートル人に仲間意識のような熱い感情はありませんでした」
「俺が気にしてんのは世論なんだよ。ちょっとまずいなあ。生き物が苦しんでる様は、コンプライアンス的に」
しかも俺、女の子に指示して網で捕まえてるし。
シーシェパードが転移してきてないことを祈るしかねえな。
「何を気にしているのかがイマイチ伝わらないのですが、とりあえず、早くあのクジラを追っ払った方がいいんですよね」
「ああ、そうだ。ていうかそのラクってやつを引っ張り出して、しっかり反省させねえと」
「なんだ、ユキノさんも動物が好きなんじゃないですか」
「え?まあ、嫌いじゃねえよ?」
ああそうかこいつ、花とか大切にしてたな。そうか、だから俺もそうやって怒ってると思ったのか。
「命って、愛おしいですよね。ユキノさんも人の子で安心しました」
「……人の子だぞ?」
「許せないですよね、ラクのチートこそビートル人の身勝手さを象徴しています」
「そ、そうだな」
もしかしてこいつ、シーシェパードか?
「で、でもあれだな。ファクトリーを守るためとはいえ、クジラを苦しませるのは心が痛いな」
「あれは魚ですよ」
網が身体を締め付けて高度を下げつつあるクジラ。その壮大な動きをバックにオレンジ色の髪をした少女がきょとんとした顔でこちらを見る。
よかった。
君はシーシェパードじゃなかったんだね。
「あれは魚ですし、生きとし生けるものはみんな死にます」
「そうだな。話を戻そう」
よかったよかった。こいつは飼い犬を家族にカウントしないタイプの人種だ。ペットって言ったらキレてくるタイプじゃない。
さっきまでの勢いはどこへやら。勢いを失ったクジラは低い位置で停滞している。
前回をふまえれば、何かしらの武器を隠し持っているはずだが、特に何もしかけて来ない。
ひれも尾ひれも下がって、元気がない。
「不気味な沈黙、ですね」
「とりあえず‥‥‥セーレたちに連絡を」
「私は追加のワイヤーを作りましょうか」
俺は地上で待機してるセーレやネッドラッドたちにわかるよう火魔法を使って、指示を伝える。
赤い火だから、警戒。
その間に、ニコは土を掬って新たな鉄塊を生み出していた。
「俺がわざわざ運んでくる意味ってあったのかな」
「ありますよ。この鉄塊は純度が低いです。さっきのワイヤーより弱い」
2回目のパーティクラッカー。
誕生日の人気者みたいに、クジラにワイヤーが降り注ぐ。
「…‥‥動かねえんなら、制圧するか。みんなでロープに重力魔法かけて、墜落させる」
「セーレさんたちのレベルならすでに射程距離内ですし、いい案かもしれません」
‥‥‥順調すぎるな。
このまま、クジラを地上に括りつけて、中で縮み上がってるラクを縛り上げて、それで終わりってのか。
そんなうまくいくわけはないと思うんだが。
地上から歓声が聞こえる。
ファクトリーの工員たちが勝利を確信して喜びの声を上げているのだ。
「あいつら、調子いいな。ビルディングを爆破された時は恐怖で縮み上がってたくせに」
「それが大衆です。ビートルの世界でもここでも」
ファクトリーの住民が俺たちを煽る。いっそこのクジラも、中に入ってるラクも殺してしまえと。
だが、ことはそううまくはいかない。
Feel Good Inc.は生物兵器だ。
さっきまで元気なかったクジラが突如して、ひれを広げた。前ならえの先頭みたいに。
「なんだ?」
「変形させているんです。それがラクのチート。この状況を打破できる生き物へとあのクジラを変えている」
「……痛そうだな」
クジラのひれが黒く変わっていく。まるで黒曜石のナイフだ。
「もしかして」
「いや、あのままじゃ切れない」
たとえ鋭利な刃物を持ったからって、ワイヤーでぐるぐる巻きになったままどうやってひれ動かすんだよ。
そう思っていたら、今度はクジラから木が折れるときみたいな音が響いてきた。
かなり嫌な音で思わず耳を塞いでしまった。
「何だよこの音」
「変形の音です。どうやらワイヤーを切るつもりらしいです。それを可能にするためにクジラの身体を作り変えている」
そのとき、ひれが身体の中に引っ込んだ。
そして嫌な音も止む。
「止まった…」
ジャキンという音がして、クジラの体中から刃が飛び出してきた。それは三角形の歯みたいなかたちをしていて、クジラの身体を横に一周していた。
まるでクジラにたてがみができたみたいだった。
そして見事に。
「ワイヤー切られちまったよ」
完全にやられちまった。
だが。
「……酷いです、ひたすらに酷い」
刃の隙間からクジラが血を流している。ファクトリーに赤い雨が滴って来て、それが青空を映していた。
「いくら脱出できたからってあれじゃあ、あのクジラ死んじまうぞ」
血だるまのクジラが口を大きく開ける。
顎が外れて、中から現れたのは。
「「ミサイル!!」」
俺とニコが同時に声を上げる。中世ヨーロッパ風の街並みには似つかわしくない。
下を見るとファクトリーのやつらはその光景をただ傍観している。
たぶん、ミサイルが何かわかってねえ。
そのミサイルが狙うのは。
寮か。
「逃げろおおおお!」
俺の叫びを聞いたリイが魔眼を発動させる。
寮のほうにいるやつらが波のように避難し始めたとき、クジラの口からミサイルが発射された。
いかかでしたか。
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仕事終わりに書いてるようじゃ中々進まねえんだあ。文筆で飯が食いてえんだあ。




