162話 消極的勝利
「次は、俺の得意技を食らわせてやるよ!」
ぜえぜえと苦しそうにしながら、ユタアキラが立ち上がる。目じりには涙が浮かんでいて、指先から血が滴っていた。
眼光は鋭い。絶対に勝つという気持ちをビシビシニコに伝えていた。
それが演技なのか本気なのかはニコにはわからなかった。
だから、堂々と近づいてくるユタアキラを黙ってみていた。拳だけは握っていつでも反撃できるようにはしていた。
ユタアキラはリーチの範囲内に近づくや否や、ニコの脳天めがけて自分の腕を鞭のように振り下ろした。
さっき負傷したほうの腕だ。それを躊躇なく、ミスリルよりも硬いニコの脳天にたたきつけた。
「いってええ!!ちったあ効いたか、強虫!!」
ニコの髪の毛の隙間から血が一筋顔の方に垂れてきた。
ニコの血ではない。ユタアキラの血だ。
だらんと折れた前腕を目の前に掲げながらユタアキラは不敵に笑っていた。
「……闘うのを、やめてください」
そういうのが精いっぱいだった。たとえ目の前のやつが悪人だったとしても、ニコはただ自分のせいで傷つく人がいるという状況に耐えられなくなっていた。
「せめて回復魔法を使ってください。異世界転移者の魔力なら骨折くらいすぐ治せるは……」
あくまで冷静に対処しようとするニコに向かってユタアキラはもう一回同じ腕を振り下ろす。
頭蓋骨越しに、ユタアキラの腕が粉砕骨折する感覚がニコに伝わった。
少しだけニコの顔が歪む。
「力がないからって、俺は勝利をあきらめない。弱いなら弱いなりの攻撃ってあるからな」
腕から伝わる激痛で吐きそうになりながら、ユタアキラは勝気に笑った。
「……どうしてそこまでするんですか」
「……お前ら現地人の気分を害するのが、楽しいからだ。お前は昔から、人の悪意が苦手だったよな」
ユタアキラの腕は骨折でジグザグになっていた。それが目に入らないよう、ニコの視線はうつむき加減になっていた。
「身体は人一倍丈夫だし、その気になればルビンを丸ごと吹き飛ばす兵器くらいは作れるのに、自分の手で人が死ぬのが怖くて」
見透かしたようにユタアキラが笑う。
一方のニコは普段よりいっそう顔から表情が消える。それは平静だからではない。むしろ内心はかなり動揺していた。落ち着いているように見えて、息が吸えていない。
「はっきり言ってお前だけは、どれだけチートをガン積みしても怖くない。あのメンバーの中で唯一、闘う覚悟がなかったからな」
「……侮辱に暴力で応じるのをためらうほど、私は軟弱じゃありません……!」
へらへらするユタアキラを突き飛ばすニコ。そのままジャンプして、転げたユタアキラの顔面目掛けてストンピング。
だが。
「惜しいねえ。あと数センチずれてたら、俺の顔面は砕け散っていた」
ユタアキラの顔のすぐそばで、ニコの小さな足が地面に突き刺さっていた。
「論理的で冷静なニコさんは、『相手が襲ってきたからやり返した』っていう理屈がどうしても欲しいんだねえ」
「………………」
ニコはずぼっと足を引っこぬくとキラに背を向ける。そして、数歩歩いたところでくるっと向き直り、ドカッと座ってユタアキラの方をじっと睨んだ。
「このままあなたを放置して、出血多量による消極的な勝利を待ちます……」
「なるほどね」
ホンロン城の中央広場、数万の兵が整列できるくらい広い空間の真ん中で、満身創痍の青年と無傷の少女が相対して座った。
あぐらをかいた両者の間には、静かだが激しい気迫が満ちていた。
「俺の体力とお前の罪悪感の我慢比べというわけか。お前の得意なリングにうまく持ち込めたじゃないか」
ユタアキラはバキバキに折れた腕を水平にニコの目線の高さまで上げる。
ぽた、ぽた、ぽた、と爪の先から血がしたたり落ちる。それがまるでカウントダウンかのようだった。
「仮に覚悟の重さに耐え切れなくなって俺にとどめを指したら、お前の負けだ」
「……そうなりますね」
「そうそう。この場から逃げ出してもお前の負けだから」
「……そうなりますね」
少しの間の後、絞り出すような声で言ったニコを見て、ユタアキラは心の中でにやりと笑った。
(この勝負は俺の勝ちだ。こいつは俺を殺すこともその場から逃げることもできなくなった。あとはこのまま、偽物の血を混ぜながら時間稼ぎをしていればいい。セラセラの【Get Lucky】には時間制限があるんだから)
「そうだ。時間を決めよう。まさか日が暮れるまでこうしてお見合いしているわけにもいかないだろ。そうだな。あと10分でどうだ」
ユタアキラがポケットからスマホ取り出してタイマーをセットした。これはもちろん、ちょうど【Get Lucky】が解除される時間に合わせてある。
相変わらずべきべきの腕を掲げたまま、もう片方の腕でタイマーをセットして、自然に見えるタイミングでわざとらしくスマホを手から落とした。
「っと、失礼」
まるで手に力が入ってないのを悟られないようにしたかのような自然な演技だった。
ニコの表情は変わらない。
数分が経った。ただただ2人がカウントダウンされていくスマホのタイマーを眺める時間が続いている。
ユタアキラは力なく横たわっていた。腕はだらんと地面に投げ出されて、血が水たまりになっている。
もちろん、半分以上は演技だ。ニコに罪悪感を背負わして何らかの行動を起こさせるための。
だが、少なくない割合でマジだった。
(痛みが引かない。そりゃ当たり前か。だけど正直言って、かなり追い詰められてるんだよね)
一向に病むことのない激痛は、ユタアキラから余裕を確実に奪っていた。そのそばで、ニコが仁王立ちしていた。拳をぎゅっと握って、死んでいくユタアキラをじっと見ていた。
(そんなつらそうな顔で見られてもね。ま、あと1分もすれば【マジカルミステリーツアー】が返ってくるからいいけど)
30秒、29秒、28秒……。
ニコの顔は、ユタアキラからは逆光で見えない。ユタアキラは痛みを散らすためにひたすらカウントダウンを繰り返していた。
(3、2、1……)
「ゼロ!【切断マジッ……」
アラームが鳴ると同時に勢いよくニコに飛びかかった。首を跳ね飛ばすために、そして自分の腕の痛みを一刻も早く消したいがために。
だが、どういうわけか、チートは元に戻っていなかった。
ユタアキラは手品もできないのに勢いよく起き上がって、ニコのおでこに思い切り激突した。
ミスリルより硬いと言われるニコの頭突きを自分から食らいに行ったことになるユタアキラは、そのまま意識を消失した。
「……イカサマを学びました。あなたの指から流れる血は成分が違いました」
白目を剥いて大の字になるユタアキラに向かってニコがつぶやく。
「だから私もイカサマをすることにしました。正直、心臓がきゅっとなるくらい緊張しましたが、でも気づかれずにできました」
ニコがポケットからスマホを取り出す。イタミが持っていたものだ。
「このスマホから侵入して、あなたのスマホの時間を狂わせました。心の中で自分でもカウントダウンくらいしていたはずなのに気づかないなんて、実はよほど追い詰められていたんですね」
能力が元に戻る感覚があった。【Get Lucky】が解除された。
「その度胸とルールを無視する狡さは見習う必要があります。自分の課題も見つかりました。とても勉強になりました」
そう言ってニコはぺこりとお辞儀した。
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