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138話 VS No.41

「よお」

「なんだ、会話してくれんのか」


 少し拍子抜けした。てっきり無言で殴りあうのかと思ったら、カゲロウは挨拶をしてきた。

 といっても目がぶっ飛んでるし、指をパキパキ鳴らして臨戦態勢だけど。


「正気かよ、ユキノ。あのNo.41って、ビートル人の切込み隊長じゃないか。私、ほんとに殺される予定だったんだ……」


 入場ゲートをくぐってきたナツメが絶句してそのまま膝から崩れ落ちている。


「一応、命乞いを聞きたくてなァ。今から殺されるんだ、言いたいこと言えよ」

「……」


 このウニみたいな頭の男にここまで敵意を向けられる理由なんて俺に……イタミ殺害か。

 十中八九、このテンションのカゲロウに正直に説明したところで耳を貸してなどもらえないだろう。


 だから俺の言えることはただ1つ。


「パス」

「……は?」

「黙秘する。言ってもどうせ、聞かねえだろうし」

「……チッ」


 カゲロウの眉間にしわがバキバキ入った。

 やがて全身から力が抜けて、ゾッとするような無表情になる。


「……それはイエスということでいいんだな?」

「答えは沈黙」

「ほざけ!!」


 そう叫ぶとカゲロウは、左の指先5本全部に、右手の5本の爪でそれぞれ傷をつける。


「ふんっ!」


 そして左腕を鞭のようにしならせて、血をこっちに飛ばしてきた。

 血の水滴俺に着弾する。といっても、顔面の前の魔力障壁に当たっただけだが……。


「酸!エイリアンかお前は!」


 魔力障壁がシューシュー言って溶け始めた。魔力の壁が溶けるって自分で言ってておかしいと思うが、とにかくそうとしかいいようがない。


「相変わらず!ムカつく減らず口の野郎だ!!」


 いつの間にか右手指の先にも傷がついていて、両手から血が滴っている。

 心底うっとおしそうな顔のカゲロウが袖をまくる。するとその腕にはロープがぐるぐる巻きになっていた。

 カゲロウは腕のロープを緩める。すると手先までが白いロープに覆われて、遠目に見ると腕までカバーするミトンのようだ。

 そのミトンが指先からだんだんと赤く染まっていく。


「吸水ロープか!!意外と節約家なんだな」


 余裕そうに軽口をたたいてみたものの。

強酸のガントレット……一発でも殴られたら終わりだな。


「最後にもう一回聞く。なぜイタミを殺した?」

「殺してねえよ。それよりワルシャのほうが意味わかんねえ」


 次の瞬間、左から右へ薙ぐような衝撃が魔力障壁に走った。

 思わず一歩後退する。

 見ると、ちょうど肩から上の魔力障壁が袈裟切りされて、残った障壁もどろどろ溶けだしている。


「はっは。口ほどにもねえな!」


 生意気な顔のカゲロウがすでに勝ち誇ったようになる。

 振りかぶった手からはロープが垂れ下がっている。

 

 強酸の鞭か!


「おい!話が違うぞ!!拳で戦え!!」

「卑怯もくそもあるかよ!!ここは異世界だぞ!!」


 もう片方の手からも赤く染まったロープを伸ばして、カゲロウは俺の魔力障壁を鞭でぶっ叩き続ける。

 その衝撃で俺はひたすら後ずさるしかない。

 壁を作ったそばから溶かされるけど、作らないと全身が溶かされる。


「俺はこの【グッチギャング】で異世界の敵を溶かしまくった!反抗的なやつを片っ端からな!!」

「……」

「コロシアムの報奨は、なんでも一つ願いをかなえること。そんな希望に吸い寄せられたカクラのやつらを、1000人目の俺が溶かしてまわってた!!あいつらバカだから、みんなビートルバムからの独立を願うんだ!!」

「……」

「白兎教のやつらは兎かなんかを信じて俺たちの言うことに従わねえからな!そこの女を見せしめにすることにした!!あいつが屈辱的に死ねば、教徒の意気も下がるだろ!」


 魔力障壁に当たったロープから血が飛散して、俺の足の甲に当たった。

 途端に足からシューシュー煙が立って、焼けたナイフで抉られるような痛みが走る。


「気が逸れちまったよ。くそが」

「おいおいおいおい!!!反省してる場合かよ!!お前右脚要らねえのか!?」


 今まで静かにしていた肩の上の馬が慌てている。

 だが俺は冷静だった。患部に魔力を流して溶けていくのを食い止める。

 皮膚の下が見えて灼けるような痛みが脚に走っているが、走れる。


「ま、了承したうえでコロッセオに立ったんだから、可哀想だねっていうのも違うか」

「俺は後悔なんてしてねえぜ。現代日本に帰りたいとも思わねえ。圧倒的な力を振るえるのが楽しいからな!」

「……だからって楽しむなよ」


 なるほど。こいつの何にムカついてるかわかった。

 俺は魔力障壁を解除してダッシュする。

 気がつけば、リング淵まで追い詰められていたのを一気に距離を詰める。


 振りかぶった俺の腕を見てカゲロウは防御姿勢を取る。腕を上体の前に立てた、拳法の構えみたいな体勢。


 やっぱりな。


「~~~~~~~~~~!!!!!!」


 俺はカゲロウの股間を思いっきり蹴り上げた。

 数瞬ののち、声にならない絶叫を上げて地面をのたうち回るカゲロウ。唾。涙。冷や汗。何よりロープがあちこちに振り回されているから危ない。

 顔へのパンチを警戒して、というかそうするのが当たり前だ貸しているって感じの構えているこいつにとって盲点だった。


「……卑怯だぞ……!!」

「反則なんか決めてたのかよ。ほんとにサーカスのつもりでやってたんだな」


 恨みのこもった目で睨みつけるカゲロウ。

 異世界に来て日が浅いからか知らないが、生死を賭けるってことに真剣みがないんだ。なのに人の命をもてあそんで奪っていやがる。


「この距離まで敵に近づかれて、寝てんじゃねえよ」

「あ゛あっ!!」


 俺はカゲロウの膝めがけてストンピングした。

 衝撃で溶けた傷口が余計痛かったが、同時にこいつの膝関節が砕ける確かな感触が伝わってきた。

 

「お、折れた!いてえ!!いてえよおっ!!」


 さっきまでの威勢が嘘のように。ツンツンしていた髪もしおれてしまったカゲロウは、片足を引きずって逃げようとする。


「待てよ」

「あがっ……は、離せ。離せよ……この野郎っ……!!」


 逃げるカゲロウの髪をひっつかむ。俺の手を離そうともがくが手は空を切るばかり。せっかくの酸もロープも背後にいる相手には弱い。

 わかるだろ、それくらい。


「離してやるよ」

「い゛っっっ!!!」


 乱暴に握った髪を引きちぎった。

その衝撃でバランスを崩すカゲロウ。

 俺はその隙を見逃さなかった。ぐらついた軸足を両手でしっかりとつかむ。ほんとは両足を脇の下でロックしたかったが、あいつの腕とロープから距離を取りたいのでしかたない。


 俺は自分の足に向かって下向きの魔力を展開。さらにカゲロウの身体には上向きの魔力をかけて、そのままその場で回転した。


「…………!!!」


 カゲロウが悲鳴を上げている気がする。腕は両方とも遠心力のなすがまま。ロープも風に吹かれてはためいている。そろそろ頭に行った血で視界が真っ赤に染まっている頃だろう。顔の穴から強酸の血が出ているかもしれないが、俺のところには飛んでこない。


「ビートル人どもに伝えろ。こんなふざけた街、俺が全部ぶっ潰してやるってな」


 数十秒間か数分か。ジャイアントスイングし続けたカゲロウを俺は解放する。今まで溜まっていた回転エネルギーによって、カゲロウはリングを通り越して観客席のほうまで吹き飛んでいった。客席をなぎ倒しながらスタジアムを削っていって、どこで止まったかはここからじゃ見えなかった。





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