131話 今度の異世界人は
ベヒモス・カトラ。年齢ヒミツ。好きな飲み物は果実酒。
「ああ、そうかい。自己紹介がまだだったね」
カトラが能力を解除して俺以外を解放した後も、みんな一様に居住まいを正したままだ。
「陸の神、ベヒモス・カトラねえ。こいつ、偉いの?」
「えらいっていうか……大地を支える神で、その怒りを買えば国が亡ぶと言われてるわ」
地べたに正座したままのセーレが教えてくれる。平然を装っているが、その顔には怯えが隠せていない。
「安心しな。人間が勝手に言い出したドグマだよ。私は地上の生き物を見守るだけさね」
どっからか取り出したワインをボトルごとラッパ飲みしているカトラ。人の背中の上で一杯やりだしたぞこいつ。
「それでミリゥ。この小僧のためにタオユエンの陸を削ったのかい?」
「ひっ……あっ、そうですわ……」
ミリゥは伏せをしながら上目遣いでカトラをうかがう。なんだか退屈なときの犬みたいだ。
てか俺、陸地を削れなんてミリゥに頼んだ覚えねえぞ。
「あれはユキノさんのためですわ。別にビートル人のメスに攻撃されて頭に血が上ったわけではありませんの。ええ決してそんなことはありませんの」
「フーン……まあいいけど」
「その他にも、海流がめちゃくちゃになったせいで各地に津波が」
「あ~……」
俺たちは一斉にため息をつく。
まあ最近めちゃくちゃしてたからな。周辺に影響が出るのも当然だ。
「ヒーッヒッヒッヒッヒ。小娘とはいえ神獣。あいつを自分の味方につけるなんてどんな異世界人かと思ったら、へぇこんな」
カトラの値踏みするような視線を後頭部に感じる。
神様の年齢なんて知らないが、どうやらミリゥって子どもなんだな。
「で、そんな神様の大御所が俺に何の用だ?」
「くそ生意気な小僧だねぇ……ツガミとは大違いさ」
なんでツガミがここで出てくるんだよ。
「ばあさん、ツガミに会ったことあんのか?」
「今でもちょくちょく会うさ。この前あんたの話をしてたよ」
「ああ。あの小学生死神から聞いたのか」
ルナに殺されかけて三途の川みたいな地下鉄駅に行ったときに会った小学生の滑降した死神。
あいつとツガミってやっぱつながってたのか。
「ヒーッヒッヒッヒッヒ。あいつもミリゥより年上さね」
「ってことは、ツガミの野郎も世界の見守り手してんのか」
「帰る当てもなかったからねえ」
言ってる時のカトラの顔は見えないが、少しだけ悲しげな雰囲気を感じた。
帰るあてって……。
「送還装置の話か?」
「あんたは、帰りたいのかい?」
「……ビートル人どもを送り返す」
俺のズレた答えにカトラがどんな顔したのかはわからない。
ただ、カトラがふうっと息を吐いたのは聞こえた。
「ツガミは早すぎた。それが唯一の不幸さね……」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カトラの椅子から解放されて、俺たちはルビンへ行く準備を始めた。
行くのは俺とカクラ姉妹とセーレとニコ。
「アレキサンドリナ工場長という方に渡してくればいいのだな」
ソコルルは一人別行動をしてもらう。ニコが作った携帯をファクトリーに届けてもらうのだ。
「なんだか使い走りみたいで悪いな」
「お安い御用さ」
ラクの空飛ぶクジラ以降ほったらかしにしていたロンドのファクトリー。
アレキサンドリナを工場長にボスさんとかネッドラッドで新体制が始まったけど、今どうなっているのかずっと気にかかっていた。
「俺たちの名前と紋章があれば話通じると思う。それに通話すれば一発だろうし」
「了解した。みんなも健闘を祈る」
ソコルルはそう言って羽を広げる。
スマホがあれば初めての場所でも安心。
「……じゃ、じゃあお礼は船に、します」
「お礼?」
ソコルルを見送っていたところに、アピアが俺をのぞき込んできた。
人魚王国を解放したことへのお礼ってことか。
「別にお礼なんていいけど」
「え……あ、そう、ですか……」
遠慮して断ったらやけに落ち込まれてしまった。
なんで?
「何断ってんだよ」
リイに脇腹を小突かれる。
「ほっほっほっほ。アピアよ、おぬしの好意が拒否されたのではない。我々の船には国章が入っている。そんな船でビートル人の本拠地に乗り込めば、我々も目の敵にされるだろう」
パリキール王が俺の深い意図を読み取ってくれる。
アピアやリイたちも感心した顔つきをしているが、俺にそこまでの考えはない。
だが確かにその通りだ。
それにアピアの心からほっとしたような頬を赤く染めた顔を見たら船をもらわないわけにはいかなくなった。
「安心せい、ユキノ殿。国章は消してある。人魚の作った船だ。どんな荒波だって乗り越えるぞ」
俺たちは船が泊めてある島まで移動して実際に見せてもらった。
人魚なのになんで船がいるのか聞いたら、他国の帰属を迎えに行ったりするようだそうだ。
そこにあったのは帆船だった。マストが2本、中世ヨーロッパ風の船を描いてくださいと言われたら大体こんな形になるだろうというキャラベル船だ。
ただ目立つのは、随所に人魚王国の紋章があしらわれていること。
外見は素朴だがそれはきっと無駄を省いた結果で、用いられた技術は高いのだろう。
なぜ俺にそんなことがわかるのかというと。
「これはすごいです。これはすごいですよお」
いままで平坦な顔で俺たちの後ろをついてくるだけだったニコが飛び出し、船のあちこちを観察しているからだ。
表情に変化がないから知らない人が見れば楽しくなさそうだが、あれは結構テンション上がっている。
「いいのか?ほんとに」
「もちろん、です。ユキノさん、ですからっ!」
こぶしを握り、鼻息を荒くするアピア。
気の弱い女の子が勇ましいことするのなんか妙に愛おしいな。
そう思った俺はついお礼を言いながら頭をなでてしまった。
「ありがとな……あ、やべ。髪触った。ごめん」
女って髪型が崩れるから触られんの嫌いなんだよな。
そう思って謝罪したのだが、アピアは鼻と口を手で覆いながら、もう片方の手をぶんぶん振る。
顔をそらされたので表情が何もわからなかったが、嫌がっていないらしい。
「ユキノ!!行くよ!」
リイの大声にふりかえると俺以外はもうすでに船に乗り込んでいた。
いつの間にか船尾には魔力エンジンが取り付けられている。ニコも仕事が早い。
「じゃあな。アピア」
「あ……はい……また、来てくれますよね?」
さっきまで手をアワアワさせていたアピアが今度は沈痛な面持ちに早変わり。
全身から別れたくないというオーラが出ている。
「ちゃんと渡してくださいよ。携帯」
「あ、そっか。はい、これ携帯」
捨て犬みたいな表情したアピア、そしてパリキール王に携帯を渡す。ほんとはソコルルと同じタイミングで渡すつもりなんだけど忘れてた。
「あ、携帯……」
「そ。仲間のしるし。なんかあったらいつでも連絡してくれ」
途端にアピアの顔が晴れやかになる。
「じゃ、出航!!」
俺たちは手を振るアピアたちが見えなくなるまで手を振っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「応援したくなりますわねえ。アピア様の初恋」
「異世界人の男ってのはどうしてどいつもこいつも鈍感なんだろうねえ、まったく」
お見送りを遠巻きに見つめていたミリゥとカトラ。
ミリゥの頭の上にカトラがあぐらをかき、赤ワインのボトルを空にしている。
「だけど、なかなか肝の座ったガキじゃないか。気に入ったよ」
「カトラ様。流れはユキノに味方しておりますの?」
「答えはイエス。だけどアシハラの小僧、やばいもんを召喚しやがったよ」
「やばいもの?」
「ああ、流れそのものを変えちまうかもしれんさね」
「アシハラさんに世界を変える意図はなくってよ?」
「そうさね。だけどあいつにはあるさ。あれは凶暴なウイルスだよ。進化を促すどころか宿主さえ破壊しかねない。覚えときな、アキヅキ。今回で一番要注意だよ」
水平線上の点になったユキノの船に手を振るカトラとミリゥ。陸の神獣と海の神獣は世界の行く末を見守るのが仕事だ。
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