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128話 ベヒモス・カトラ

第6章はじまりです。

 人魚王国、小島。

 ビートル人たちが不法占拠して建てていた街を吹き飛ばしてみれば、島本来のトロピカルな景色が現れてきた。

 白い砂浜、透明な海、南国の独特な木々が茂っている。


 そんなバカンスにうってつけのビーチで俺は四つん這いにならされていた。

 クソババアの椅子として使われているのである。


「まったく異世界人は口の利き方が、なってないね!」

「いっでぇ!」

 

 そのババアのでかい肉球で思いっきりぶっ叩かれる。

 彼女はベヒモス・カトラ。

 ブラックパンサーの頭をもった陸の神獣人である。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 時間は少しさかのぼる。

 チュラたちが作り上げた欲望のネオン街、新宝島を吹き飛ばして人魚たちを解放してから一夜明けて。


「全員行方不明」

「さよう。ユキノ殿らが倒してくれたビートル人たちは海の彼方に消えてしもうた」


 海上を漂うがれきの山。

 砕け散ったネオンが沖合にぷかぷかと浮かんでいるのを俺はパリキール王と一緒に眺めていた。


「チュラ、ヒキガネ、エノンタケ、フセ、ムシマル。誰一人の姿も確認できなかった」

「死んでいるのか死んでいないのか」

「がれきが一か所に集まるようミリゥ様が海流を操作しておった。それで死体が見つからんのだから逃げたの考えたのが自然じゃろう」

「だとしても、まあ、二度と刃向かってはこないだろ」


 この快適な島がなくなったあいつらに行く当てがあるのかは不明だが。

 もっとも、次襲われても人魚王国は大丈夫だ。


「そうでしたの、アピアさん。あなたがトライデントの真の力を覚醒させられるなんて」

「は、はい。光栄なお言葉……」

「なかなかあの高揚感はクセになりましてよ」

「あ……なら、ちょくちょく、します?」

「フフフ、お気遣いなく。それに、トライデントの真の使い手は海を統べる者。これからはお互い対等な立場ですわ」

「対……等……」

「よろしくお願いしますわ。アピア様」


 俺たちから少し離れた足首くらいまでの浅瀬。

 トライデントを胸に抱きしめたアピアは、ミリゥの言葉に押しつぶされそうになっている。

 海語が理解できていないと人魚姫が大海獣に絡まれている図にしか見えないので、セーレたちが近づいていってアピアに寄り添っている。


「大丈夫だぞ。アピアがミリゥと同格って話してるだけ」

「内容わかったら分かったで心配なんだけど」

「ふーん。ま、なんとかなるでしょ」


 はて、王位はアピアに移るのだろうか。

 チュラとの闘いを経て、自信なさげな困り顔も少し上向きにはなった。


「それはまだ先の話じゃのう……国の復興が第一じゃし大臣たちに話を通す必要もあるからの」


 アピアが人魚女王になるのはまだ先の話のようだ。


「ねえ!!ユキノ!!カクラ行くの!?」


 パリキール王との話が落ち着いたのを見計らってアキナがそう呼び掛けてきたので、俺とパリキールはみんなのいる方に向かう。


「そうだな。行くよ」

「やっほー!!カチコミじゃあ!!」


 チュラが最後に残した言葉。

 「現代日本への転送装置がカクラの首都のどこかに隠されている」。

 俺たちとビートル人の両方を混乱させたいだけの出まかせかもしれないけど。

 あんなこと言われちゃ確認しないわけにはいかない。


 それに、リイとアキナの故郷を取り返さないといけないから。


「ルビンはロンドと並ぶ世界都市だから、ビートル人も最強の布陣を組んでるよ。私もアキナもだから攻めあぐねてた」

「フマがねえ!ほんとに強いんだよ!!」


 フマってやつがいるのか。いったい何番なのか知らないけれど。


「よろしければわたくしがまた送って差し上げますわ。ルビンなら少し川を上りますけど」

「いいのか。ありがと」


 またしてもミリゥに送ってもらうことになった。

 じゃあまた船作んないとな。


「海のことはお任せくださいまし。わたくしとアピア様のコンビに敵うものなどおりませんくてよ」


 隣にいるアピアを抱き寄せてキメ顔を作るミリゥ。

 今日のミリゥは元気溌剌で、昨日のトライデントがまだ残ってるのかなんて考えた矢先。


 突然ミリゥの顔からさぁっと血の気が引き、踵を返して沖合のほうに向かい始めた。

 その足取りは妙に必死で、とにかく急いでいる。


「おい、ミリゥ!どうした?」

「……少し旅に出ますわ」

「旅って、俺たちをルビンまで送ってくれるんじゃなかったのか?」

「急用ですの。とにかく深い海に潜りたい気分でして」


 俺が追いかけるのも意に介さず、ミリゥは切羽詰まった声を出しながら深いほう深いほうへと突き進んでいく。

 やばい。このままだと足がつかなくなる。


「一体どうしたっていうの?」

「僕にもわからない。ミリゥ様が急に慌てだして」

「どうされた!ミリゥ殿!」

「おい!ミリゥ、なんでだよ!!」


「お待ち。小娘」


 誰の声だ。

 しわがれた低いトーンのその声が聞こえた瞬間、ミリゥの足取りがピタリと止まる。


 それと同時に、ミリゥがどんどん浮上しはじめた。

 すでに頭と背中しか海上に出ていなかったのに、足やしっぽまで見えてくる。

 ミリゥが浮上しているのではなかった。


「地面が……盛り上がってる……」

「うっそおおおお!?!?もしかしてニコ!?」

「私でも無理ですよ」

 ミリゥの下の地面が隆起して海上まで持ち上げたのだ。

 ミリゥはしばらく手足をばたつかせていたが、観念したように止めた。

 地面はミリゥを乗せたまま動いてこちらに近づいてくる。


「逃げるんじゃないよ、ミリゥ」

「……わ、わたくし逃げてなどいませんわ。ただちょっと深海に用事を思い出しましたの」

「ヒッヒッヒッヒ。昔は泣いて逃げるばかりだったのに、少しは口がうまくなったじゃないか」


 近づいてくるミリゥと会話しているやつはいつの間にか俺たちの背後にいた。

 ソコルルよりも頭一つ大きい、スレンダーな老婆だった。

 ただし頭は人間ではなくブラックパンサー。

 首から下は背筋の伸びたスタイルのいい人間で、元宝塚の男役の私服みたいな格好をしている。


「誰だお前!?」


 戦闘態勢をとった俺たち5人とパリキール王に囲まれているというのに、そのブラックパンサー人間は何も動じることなく立っている。

 エメラルド色の瞳でこちらを見据えている。


「猫獣人?」

「猫獣人ではないな……だとすると、まさかな……」


 ソコルルは何か思い当たる節があるようだ。


「ずいぶん物騒じゃないか、感心しないねえ」


 ネコババアがそう呟いた瞬間、俺たちは一斉に地面に足を取られて体勢を崩された。

 特に俺は地面についた手までロックされて四つん這いの姿勢に固められる。

 そして背中に感じる重たい質量。


「さてと。まずは説教から始めようじゃないか」

「てめえっ!離せこのネコババア!」


 俺はネコババアの椅子にされてしまった。


「ヒーヒッヒッヒッヒ。今度の異世界人はずいぶんと口が悪いじゃないか。ツガミってガキのほうが幾分かマシだったねえ」

「……なんだと?今なんて言った」

「その話は後回しさ。ミリゥ!!」

「ひぃっ!は、はいですわ……」


 ミリゥはネコババアの前で犬のように伏せをしている。

 体格でいえば比べ物にならないほど差があるのにミリゥはいつもの自信を消失し、叱られる前の子供のように委縮している。


「ミリゥ様!そのお方はもしかして、ベヒモスなのか?」

「そうですわ……この方はベヒモス・カトラ。陸を統べる神ですわ」


「「「「「「えええええええええええええ!?!?!?!?」」」」」」


 俺以外のやつらが目の玉飛び出るほど驚愕している。

 そんなに有名人なのかよ、このばあさん。





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