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122話 ワンインチパンチ

「……なぜだ……なぜ攻撃が当たらん……!」


 もう何度目になるか。

 チュラが俺に向かって攻撃してくる。

 その大きな拳を迎え撃とうとはせず、むしろ受け入れるようにして。

投げ飛ばす!


「……この俺があんなひ弱な男に、投げられるだと!?」


 チュラ自身の力に俺の力を上乗せしての投げ飛ばし。

 何の柔道技でもないそれを食らって、体より心へのダメージが大きかったようだ。


 煽りの一つでも言ってやろうかと思ったが、そんなことより気になることがある。


「魔力の流れが、見える……」


 いくらセーレに魔力流し(合気道)を教えてもらったからといって、しくじればひとたまりもない。

 チュラの攻撃を食らわないよう必死こいて目を使っていたら、いつの間にか、見える。


「見える、だと?」

「かたちじゃないけどな」


 そう。見えるとはいっても、それは投げられたボールの軌道がわかるような感覚だ。

 あるいは地図を見て目的地までのルートが描けるような。

 そうやって自分やチュラの魔力の流れが感覚で把握できるようになった。


「そうか……これなら……」


 俺はチュラにゆっくりと近づいていく。

 散歩みたいな足取りだったがゆえに、チュラも虚を突かれて何もしてこなかった。

 そしてゆっくりとチュラの胸に拳を当てる。


「ふんっ。愚かな。男らしく正々堂々殴り合いで挑むことにしたのは褒めてやるが、お前に勝ち目などない」

「……正直言うと、少し尊敬してるんだ」

「なに?」

「かたちはどうあれ、このご時世に男らしさを目指すのも辛いよな」


 筋肉はさして重要じゃない。それよりも、足のつま先から拳の先まで、全身をめぐる魔力を連結させて、その力全てを拳に載せること。

 それさえできれば、腕を振りかぶって殴る必要なんかない。


 ワンインチあれば充分だ。


「!!!!!!」


 あいつ自身も何か叫んだ気がするが、そんな音が些細になるほど、チュラは派手に吹き飛んでいった。

 湯殿の壁を吹き飛ばして、その先にあった建物さえ突き抜けて、そして塀に激突してようやく止まった。


「いや、止めたといったほうが正しいな、これは」


 追いかけた俺が見たのは、チュラの激突した方角の壁すべてが崩壊した光景だった。

 多分、壁に激突した瞬間、チュラが受け身か何かでその衝撃を全部受け流したのだろう。


「なんて重さだ……だが、ウロコは無事……ガハァッ!」


 がれきの向こうでチュラは四つん這いになって苦しんでいる。

 ウロコが傷ついてないってことは、魔力を込めて殴ったダメージはむしろ身体の内部に浸透するようだ。

 もう一発叩き込めば、俺の勝ち。


「だが、まだ終わっちゃいねえさ……!!!」


 チュラにとどめを刺すべくほいほい塀を飛び越えたら、足に波が当たった。

 足元を見ると、立っているところが浸水している。


「ここは、御殿の外だ!ゆえに、イカダが薄くなっている!」


 そう叫んだチュラがイカダを勢いよく踏みつける。

 するとあたり一帯のイカダがバキバキに破壊され、俺たち二人は海に投げ出された。


「水中でワンインチパンチは撃てまい!!」


 顔を上げる時間さえなく、俺はチュラに海中へと引きずり込まれる。


 やばい。息が足りねえ。これじゃあ、水圧に耐えるどころか先に窒息しちまう。


「【ヒーリングファクター】持ちのお前に同じ攻撃は2度通用しない。だから、窒息死させてやる」


 そっちもその気か。

 何とかしなきゃと思うそのわずかな時間で、あっという間に懐かしの海底に到着。

 さっきと同じ圧力がかかるが、前よりは平気だ。


 だがこのままじゃ、息がもたない。


「【新宝島】。来い、シーサーペント!餌の時間だ!!」


 溺死した俺を食わせるためのモンスターを呼ぶチュラ。

 だが、そのシーサーペントが来る気配がない。

 それどころか、あたりにモンスターの影が見えない。


「おい!!どうなってやがる!!俺の【シーサーペント】は確かに発動してるぞ!!」


 なんか騒いでいるので俺は目を開けて、チュラの周囲を確認する。

 なるほど。大体わかった。

 それをチュラにも教えてやるために俺は上を指さした。


 チュラなんて名前してるんだからお前も見ろよ。

 とても素敵なトンネル水槽だぞ。


「なんだと……俺の人魚どもが……」


 御殿から逃げ出す人魚の群れが俺たちの頭上、海面近くを覆っていた。

 彼女たちのウロコが月の光を反射して、色とりどりの光となって海を照らしている。


「バカな!宝物庫のカギはまだ俺が持っている!!それにあれは人魚でなければ扱えない代物!いったい誰がどうやって!?」


 そんなルール違反ができるのはソコルルだ。あいつが砂で合鍵を作って、トライデントをパリキールのとこまで運んだんだろう。

 人魚たちを誘導したのはセーレとリイか。


 有能な女性たちだな全く。


 そして思わぬ幸運。

 チュラが上を向いてくれたおかげで、首筋にあるエラが丸見えになった。


 残り少ない空気だ。くれてやるよ。


「ゴハァッ!!!!!!」


 どういう類の苦しみかは知らないが、苦悶の表情を浮かべるチュラ。

 その隙に太い腕から脱出。


 あとは、ありったけの魔力障壁を足に込めて放出。

 常人なら減圧症どころか目と内臓が飛び出るぐらいの急浮上。


 空気空気空気空気空気空気空気。


「ぷはぁっっっっっっ!!」


 美味っ。空気美味っ。

 【ヒーリングファクター】が効いている。減圧症の症状も出てないし、内臓の位置も正常だ。


「「「「きゃーーー!!!」」」」


 あ。

 人魚のいる方が上だと目印にしたせいで、彼女たちの列のど真ん中に顔を出してしまった。

 いきなり現れたビートル人の男を見て悲鳴を上げている。

 ってか、美人ばっか。


「誰!!……ってユキノじゃない」


 鎖をぶっ刺す直前で気づいてもらってうれしいよ、セーレ。

 その鎖を握って、俺はイカダの上に引き上げてもらった。


「残念ながら、チュラはまだ倒せてない」

「え。じゃあチュラもこっち来るじゃん。何やってんの」

「いや、ほんと、ごめん。酸素がなくて頭が回らなかった」


 リイとセーレから非難のまなざしを受けてしまった。


「げはぁあ!!!」


 噂をすれば。

 ちょうど、俺たちがいる近くにチュラも上がってきた。


 ぜぇぜぇと肩で呼吸をして苦しそうだ。

 結構効いたな、俺のエラ空気攻撃。


「あぁ!?てめえら、ユキノの女かあ!トライデントをどこへやった!?」

「ユキノおおおおおお!!!」


 チュラの叫びよりも大きな声が夜空の上から降ってきた。

 アキナだ。


「なにあれ!?聞いてないんだけど」

「っていうか、ヒータン。さすが力持ちだねえ」


「ふざけるな……いったい何をするつもりだ?」


 チュラもトライデントそっちのけでアキナが抱えているものに絶句している。

 ヒータンに乗ったアキナが両手で頭上に抱えているもの。


 それは巨大な鉄球。

 この新宝島を物理的に潰すための巨大鉄球だ。


 ソコルルとの電話打ち合わせの内容どおりだ。






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