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117話 オクトパス・ガーデン

エノンタケが木刀と一緒に転移したのは、修学旅行中だったからではなく、いつも彼が木刀を肌身離さず持ち歩いていたからです。彼はそんな自分をかっこいいと心底思っていましたし、今でもその信念は曲げていません。

「あ」

「お。やっぱり君だったか」


 吹き飛ばしたヒキガネを追ってきたリイだったが、そこにはすでにソコルルが先んじていた。

 リイが手渡されたのはヒキガネが持っていたカギの一部。


「セーレたちを探していたら、すごい勢いで壁をぶち抜いて何かが横切っていたから何事かと追いかけたんだ」

「当たらなくてよかったね」

「それで、セーレより先に宝物庫が見つかったぞ」

 

 ソコルルが指さす先は、庭の隅。

 その一角に重たい扉のついた蔵があった。

 だが豪勢で派手な御殿に比べれば、どこか陰のある雰囲気があった。


「ほんとに宝物庫?なんかお化け封印してそう」

「だがほら、カギが合うんだ」


 並べてみると、フセから奪ったカギの一部と鍵穴は確かに形状が一致する。


「見張りの一人も配置していないのがビートル人らしい」

「蹴り壊せ……微妙だなあ。みんながカギ持ってくるのを待つしかないか」

「そうだな…………」


「「………………………」」


 仲良く扉の前に腰を下ろすリイとソコルル。

 2人の眼前に広がる夜空が、悠久の時を奏でている…………。


「……って、ちょっと待て。手段と目的が逆転しているじゃないか。僕らがすべきは扉を開けることだろう。ならばカギが本物である必要はない」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 新宝島。御殿。渡り廊下。

 剣呑な雰囲気を漂わせているセーレとエノンタケ。

 さっきからやけにエノンタケがとげとげしいのは、セーレに物理的に見下ろされているのが気に食わないからだ。


「大方、ユキノに付け込まれて洗脳されているのだろう。僕の聖なる炎で払ってあげるとしよう。感謝するんだな、迷える子羊よ」

「あんたって、人の話聞かないタイプのね」


 セーレを無視してエノンタケは聖剣フツノミタマが振り上げる。

 浮かぶセーレに向かって刃を切り上げるかたちだ。

 けん制でしかない攻撃だったので、セーレも鎖アームで迎撃する。

 だが。


「……」

「はっはっはっ!!僕の聖なる火を忘れたかアホめ!胸じゃなくて頭に栄養を回すんだな!!」


 聖剣フツノミタマ。見た目は修学旅行先で売ってる木刀だが、中身はしっかりチートである。

 刀身には青い炎をまとっていて、それがあたりを明るく照らし、セーレの鎖を溶かしていた。


「さっきは実力の半分も出していなかったからな!これでもまだ僕の聖剣を松明だとバカにできるかい?」

「……ちゃちな炎」


 セーレはムカついていた。


「ユイコ本人にぶつけるのが筋なんだけど、ビートル人に炎で挑発されるとどうしてもムカついてくる……」


 エノンタケが見たのは暗い夜空に浮かぶセーレ。

 月の光に照らされて白い肌が輝いていて、その瞳には怒りが宿っていた。


「ユイコ?……あのネクロマンサーがどうかしたのか?」

「知らないならいいわ」


 セーレは今日2回ユキノに助けられている。さっきのチュラとの闘いもそうだったし、何よりユイコに操られたフェフェルを前にして何もできなかった。

 それが不甲斐ない。セーレは誰よりも自分にキレている。


「けれど……鬱憤は晴らさせてもらう」

「お前、僕に八つ当たりしようとしているな!」


 エノンタケの木刀に炎が宿る。

 刀身を燃やすかのようなそれはまるで青い花束。


「その2本の鎖で防げるか!?」


 刀を振るうと、小さな火の玉が花びらのように舞って、それらがセーレに襲い掛かった。


「こんなふわふわした花びら、吹き飛ばして終わりよ!」


 セーレは2本の鎖をプロペラの要領で高速回転させて風を起こし、花びらを散らせる。


「そう来ると思ったぞ栄養不足!これは花火だ!!」


 セーレの風で隊列が乱れた火の玉は互いにぶつかった瞬間、炸裂。

 派手な破裂音を立ててあたりに火花をまき散らす。

 それらがまた別の火の玉を炸裂させて、火花が連鎖的に大きくなり、最終的にはセーレの周囲で間断なく爆発が起こり続けた。


バババババババババババババババン!!!!!


「青い花火だ!!なんて美しい!」


 花火大会のフィナーレのような大量の火と音の爆発。

 煙が晴れて現れたセーレは、地面に足を付けていた。

 服が焦げついて、陶磁器みたいに白い肌はそこら中が火傷を起こしている。

 流れるような金糸雀色の髪も先が燃えている。


「……妙な真似だな?魔力障壁さえ展開してないじゃないか」


 光と音と火。

 それらの多重攻撃をセーレは何の防御もなしに受け止めた。

 こういう全方位攻撃はいつも鎖を防護服みたいに巻き付けて防いできたのだが、今回はしなかった。

 それじゃあ、チュラの時と同じだから。


 だが、魔力障壁さえ展開しないのはツッパリすぎだ。

 花火の音がいまだに耳の奥で響いているし、服から出た部分の肌が日焼けしたみたいに熱い。  頭を揺らすと焦げ臭いにおいが漂ってくる。


「もしかして、僕の炎に見とれてしまったのかい?美しすぎていっそこの炎で死にたいと?やれやれ耽美な願いだ。美に恵まれた人間はこれだからつらい」

「……ちゃちな炎だったわ。あくびが出る」


 キューティクルだけは潤沢にある黒髪を撫でて悦に浸っていたエノンタケの手が止まる。

 その顔は露骨に嫌な顔をしていて、ばかばかしいからうんざりしているという感情がにじみ出ていた。


「おいおいおいおい。変なプライドもいい加減にしろくそアマ。死にかけてんのはてめえの方だぞ」

「そのくそアマ1人いつまでたっても殺せないあんたはそれ以下よ」


 さっきの花火のせいでいまだに視界がチカチカする。

 歩くのもつらいが、そんなことを悟られたくないので努めて平気な顔をする。

 逃げないから鎖の足は不要だ。


「その生意気な口をつぶしてやる!!」


 エノンタケの怒りを表すように聖剣の炎が巻き上がる。

 それなりに距離のあるセーレの顔にもヒリヒリと熱が伝わってくる。


 だがセーレはそんなことは意に介さず、一歩一歩淡々と距離を詰め始める。


「焼けてなくなれ!」


 エノンタケが弧を描くように斬り上げると、炎の輪がセーレに向かっていく。

 ドジュゥっという鉄が溶ける音がして、セーレの鎖が焼け落ちた。


 衝突の衝撃でセーレ自身も半歩引き下がってしまったが、再び歩を進める。

 その顔には怯えの1つも浮かんでいない。

 ただエノンタケをきつくにらみつけていた。


「んだよ!」


 今度は横一閃。

 これも同じく鎖で防御。

 正面で受け止めたせいで大きく引き下がってしまったセーレだが、またしても歩き続ける。

 すでに周りの建物には火の手が上がっており、渡り廊下はところどころ崩れ始めている。


「は!?は!?お前頭トんでんのか!?」


 一方的に攻撃しているはずなのに、エノンタケのほうが追い詰められていた。

 自分の炎は確かに効いているはずだ。たとえ鎖で防いだとしても熱や衝撃は響く。


 なのに眉一つ動かさないなんて有り得ない!!


 気づけばエノンタケは扉を背にしていた。

 もう後ろにはさがれない。


「くそ……奥義!!!」


 そう叫ぶと聖剣フツノミタマを炎が何層にも重なっていく。

 それはまるで大きな青いバラ。


「薔薇の冠だ!!」


 振り下ろした剣の太刀筋に沿ってバラの炎が飛んでいく。

 青い炎の渦は視界いっぱいに広がり、鎖では防ぎようがないし逃げることもできない。

 どちらにしろ、セーレはよけることなく真正面から直撃した。


 渡り廊下が青く燃え上がり、音を立てて焼け崩れ始める。


「はーはっはっはっ!!所詮ただの呪いのビスクドールだったな!!ロンドの怨念はこの聖剣使いエノンタケが燃やし尽くしたぞ!!」


 エノンタケの恍惚な表情を青い炎がゆらゆらと照らす。


「ぅおらあっ!!!」


 その炎の中から人影が飛び出す。

 腕に鎖を巻き付け、その先端を伸ばしてレイピアのようにしたセーレだった。

 その切っ先に燃えるのは紅い炎。


「なぁっ!?」


 崩れ落ちる足場を踏み台にして、魔力を解放した全速力の突き。

 エノンタケが反応できるはずもなく。


「ちゃちな炎……青いバラをこの私に向けたのが運の尽き」


 セーレの鎖は喉仏の下、急所に正確にヒット。

 エノンタケは四肢の力をなくして、そのまま崩れ落ちた。


「これがロンドの火よ。ビートル人に燃やされたりなんてするもんですか」


 最後まで気丈にふるまったセーレだが、やはりダメージは蓄積していた。

 それは火傷でも耳鳴りでもなく、胸を押さえてうずくまる。

 大きな胸を揺らして、素早い速さで突きを放った代償だった。


「痛たたたたたた…………だから突きは嫌いなのよ」





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