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3話 エルガンドの王様

 気がつくと、地面がはっきり見えていた。

 そこは、もうすでにお城の中庭。

 グレーの濃淡のついた石畳が、モザイク模様を描いている。まるで、上空から見ることを想定して作られたような、美しい模様。

 建物の近くには、数人の人影が見えた。遠目にも分かる、煌びやかな装いの人々。王様と、あと……きっと偉い貴族の人たちだろう。


 エレウスはさっきまでの乱高下が嘘のようにゆったりと、中庭の中央へと降りていった。

 かなりゆっくり着地した、と思ったのだけど、その足が地面につくなりビシッ!ギシギシッという音が響く。

 音の理由は、エレウスの背中から滑り落ちるように石畳に降り立つとすぐに分かった。

 綺麗な模様を描いていた石畳が何枚も割れている。


「あ、」

 父さんが小さく言ってから目を逸らし、何食わぬ顔で待ち受ける人たちの方へ歩き出す。

 知らないフリをしておけ、ってことね……いや、あんな音までしてたのに気がつかないワケないと思うけど。

 私も興味深々で周りを見回すフリをしながら、父さんの後に続いた。


 実際、お城の中庭なんて見るのは初めてだったから、ワクワクするのは当たり前。

 ただの広々した石畳の広場に見えるけど、ところどころに配置された植栽やモニュメントが、殺風景になりがちな無機質な空間に彩りを添えている。お城自体が高台に立っているから、植栽の向こうからは市街地も一望できそう。


 私たちを出迎えたのは、正装に身を包み顔をこわばらせた男性数人とドレスの女性が2人。そして、その人たちを取り囲む、お付きの人々。

 王様はすぐに分かった。金糸で刺繍の施された鮮やかなブルーのマント、その頭の王冠。

 でも、それがなくてもきっとこの人が王様だとすぐに分かったと思う。緊張の面持ちを隠せない人々の中、1人穏やかな笑顔を浮かべている。


 ただ、王様は私が想像していた姿とはだいぶ違った。

 恰幅のいい、かなり年配の男性を勝手に思い描いてたのだけど、目の前の王様は父さんと同じくらいのお年で、身長も同じくらい。

 細身だけど、その毅然とした立ち姿は他の人とは圧倒的に違うオーラを醸し出していて、自然とこちらの腰が低くなる。なるほど、これが王様―


 父さんがサッと片膝をついたのにマリクおじさんとジェリィおばさんも続き、私とサーラも急いで真似をした。「正式なお辞儀」というのを昨日さんざん練習させられている。飛び跳ねていたバージもワタワタと膝をついた。


「セリオンの隊長ジェイド、お招きに応じ参上しました。こちらは副隊長のマリクとその妻のジェリィ。後ろの黒髪の方が私の娘、ノノ。その隣はマリクの娘サーラと」

「バージでぇす!」

 興奮したバージが飛び上がってしまう。

 おばさんが首根っこを押さえてまた座らせたけど、王様は相貌を崩し、明るい笑い声をあげた。


「はっはっはっ。元気でよいな。本当によく来てくれた!ああ!そんなに畏まらず。今世唯一のドラゴンマスターとそのお仲間を迎えられて、光栄だ」

 笑うと、なんとも少年のような無邪気な顔になられる。

 おばさんがなにか声を出しかけて、必死に飲み込んだのが分かった。

 私の手を掴むサーラの力が強くなる。

「い、痛いって」

 小さく言ったけど、よく聞こえてないみたい。


 王様の隣のスラリとした女性が言わずもがな王妃様だろう。

 金色の髪、ブルーグレーの瞳、シミひとつない白い肌。文句のつけようのない美女のお顔は、私たちではなくその後ろに向けられている。

 こちらもまた、はしゃいだ子供のような笑顔で、

「素晴らしいわ。わたくし、ドラゴンをこんなに近くで目にする日が来るとは思わなくて。興奮いたしますわ」

 なんとも意外な感想を口にされた。


 周りの人たちはエレウスの姿に緊張を隠そうともせず、直立不動なんだけど……顔面蒼白だし。でも、ドラゴンを間近で見た人の反応としては、これが一般的よね……


 王様ご夫妻と並んで、同じくうっとりとエレウスを見ている人がもう1人。

 パステルグリーンのドレスを着た若い女性。王妃様によく似た顔立ちをしている。

 私やサーラより2、3歳上の王女様がいると父さんが言っていた方だろう。

 王妃様よりふんわりとした雰囲気で、御伽話に出てくる妖精みたい。


「こちらの我儘を聞き入れてくれてありがたい。ぜひドラゴンの姿を王都の人々にも見て欲しかったのだ。しかし、なんと優雅な生き物だろう!」

 王様の言葉には心からの感嘆の響きがあるけど……王都の人にドラゴンを見せたかった?

 多分、手紙にそのことも書かれていたのだろうけど、父さんは私にはそんな話もしてくれなかった。


 王様たちの熱視線を受けるエレウスは、その言葉を聞いているのかどうか、目を細め、ねめつけるように中庭を見回している。

 父さんによれば、エレウスはドラゴン全体から見れば小柄な方だと言う。

 それでも3階の窓を楽々覗き込めるほどの体格。そんな巨大な生き物を、うっとりと眺める王様たちは、さすがというか、なんというか……


 首を下げたエレウスがグルグルと喉を鳴らした。

 ギロンと、王様を見た金色の目。大きな鼻の穴から、小さな炎と煙が吹き出す。

 護衛が慌てて動こうとしたのを王様が制した。

 うん、エレウスは王様に何かしようなんてしてない。むしろ上機嫌だ。


「人間の王か。なかなかいい目をしている」

 地響きのようなどら声に、護衛はまた緊張を走らせる。エレウスは気にも止めず、翼を大きく広げた。

 銀色の翼は日の光を覆い、私たちの上に大きな影を作くる。

「面白いものを見た。お前たちには楽しそうな場所ではないか」

 父さんを見下ろしたエレウスも、いつになく楽しそう。

「もう行くのか?」

 ゆったりと翼を動かすエレウスに父さんが聞くと、また重低音が響いた。

「久しぶりに人間の街も眺めたしな。こんな狭苦しい場所に長居はできん」


 エレウスの翼の動きに風が巻き起こる。

「結界を開けろ。こじ開けるのも容易いが、後で修復が面倒だぞ」

 エレウスのどら声を、王様はすぐに理解してくれた。

 王様が右手を上げるとすぐに建物から魔法使いらしき人たちが出てくる。四方へ散らばり、両腕を宙に構えると、一斉に詠唱が始まった。頭上の光が歪む。結界が緩んだしるし。


「フン!」

 エレウスは父さんと私を一瞥してから空へ舞い上がった。

 ゴウッと突風に目を細める間にエレウスの姿ははるか上空へ小さくなっていく。




 エレウスが去った空から、私は中庭へ目を移した。

 多分、パーティを開いたり、イベントを行ったりするための場所なんだろう。この広々とした空間さえドラゴンには窮屈だなんて。全く、ドラゴンっていろいろ規格外の生き物だ。


 再び魔法使いたちの詠唱が始まり、結界は閉じていった。

 詠唱が終わると、魔法使いたちははすぐに引き上げていく。でも、その足取りは出てきた時よりずっと遅い。というか、疲れ切った様子が全員から伝わってきた。

 かかった時間は大したことないんだけど、これだけ大きく強力な結界。操作するのはずいぶん魔力を消耗するみたい。


「この場を囲って保護せよ」

 ふと見ると、王様がエレウスが破壊した石畳を指差してそう命じていた。

 私と父さんは顔を見合わせた。どうしよう、修理代請求されたりしたら……


「我が城にドラゴンが最初に舞い降りた足跡として保存するのだ!」

「はいい?」

 王様の言葉に、私と父さんは同時に声を出していた。

 周りの衛兵や側近らしい人たちは、王様の言葉に当然のごとく頷いている。


 ドラゴンも規格外だけど、人間の王様も規格外の考え方をするものだ……


「改めて紹介しよう。妻のメレジーナと、娘のラグネリアだ」

 王様の言葉に、王妃様と王女様は優美に微笑まれた。

 私はふと、自分の足元の汚れた靴が目に入って恥ずかしくなった。

 もう少し身なりを整えて参上するべきだったんじゃないだろうか……きっと猛スピードの空の旅で、髪だってグチャグチャだ。

 それはまあ、私たち全員に言えることだけど。(ジェリィおばさんも急いで髪を撫で付けてるし)


「ジェイド様の武勇伝は伺っていますわ」

 王妃様の柔らかな声に、父さんは

「え?」

 と、小さく声を上げ、私をチラ見した。

 なんか、私に知られたくないエピソードがあるらしい。

 私が首を傾げていると、王様はまた楽しげな笑い声をあげた。


「ははは、お父上はご健勝かな?今は大陸北部を廻られていると聞いているが?」

「はい。おかげさまで。いまだ定住する気もなく、飛び回っています」

 父さん、いつになく神妙な表情。王様、おじいちゃんのことも知っているんだ。

「仰せのままに王都―しかも城内までドラゴンを入れてしましましたが、街にパニックは起きないでしょうか?それだけが気がかりですが……」

 父さんの言葉に、マリクおじさんたちも

不安気に顔を伏せる。


 王様は真顔でゆっくりと首を振った。

「エルガンドでは昔からドラゴンを神聖視している。むしろドラゴンが姿を現したことは吉兆と捉えられるはずだ。知っておろうが、北の国境の不穏な雲行きに、人々は不安になっている。長く争いのない時が続き、それゆえに今回の事態には、皆戸惑っているのだ。不安を煽るよう、先導している輩もいる。だが、城にドラゴンが舞い降りたのを町中の人間が見た。皆、心強く思うことだろう」

 そうして、頭を下げられたので私は驚いた。

「セリオンの良識に反することであったろうに、願いを聞き入れてくれたこと、感謝する」

 私とサーラが戸惑い顔を見交わす間に、父さんはさらに深く頭を下げていた。


「とんでもない。命を救われた御恩をこの程度でお返しできるのなら」

 ええ?命?そんな重要な関わりがあるの?でも、その話はそれ以上続かず、王様は父さんを立ち上がらせた。

「まずはあちらへ。見てもらいたいものがあるのだ」




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