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書籍化記念SS『国王はS(書類)S(仕事が)S(すごく多い)』

書籍化することになったので、記念に投稿します。


 この世界において、五年という月日は過去と現在の境界線とも言われている。


 新たな国王となった勇者ヒロトによって、辺境の地へと追放されたカイン。

 ほぼ自給自足の生活を余儀なくされた彼は、十年間の軟禁生活のちょうど真ん中辺りの時期になって、頻繁に悪夢を見るようになっていた。


 そう、自分がまだ国王だった頃、”ヒロトによる、あのクーデター”を迎える前の夢を。



 勇者ヒロトが魔王アカシックを倒した数か月後。

 国王カインは自分の執務室で、いよいよ自分のところまで上がり始めた書類達と死闘を繰り広げていた。


 異世界から転移してきたヒロトが”魔王との戦い”という名目で出した被害は尋常ではなく、各地からは山のように支援要請や再建計画が届いている。


「し、死ぬな、これは……」


 カインは思わず呟いた。


 机の両脇には、まるで塔のように紙の束が積みあがっている。

 この量でも臣下達が厳選した後だというのだから恐ろしい。


 過労死。

 カインの脳裏をその単語が駆け抜けた。

 

 自分が書類を捌く速度よりも、新たな紙の束が追加される方が速い。

 どこの誰だ、王は気楽で良いなどと言った奴は。


 今のカインがその言葉を聞いたなら、間違いなく詐欺師認定していることだろう。


 これは新たな法律を作らねばならない。

 そんな使命感に燃えた直後、ボルドーが部屋に入ってきた。


 その両手には紙の束が抱えられている。

 それが何の書類かなど、もはや考える必要すらない。


「陛下、今日の午前の分です」


「あ、ああ……。置いておいてくれ……」


 机の上にはもう乗らないので、足元に新たな紙の塔が作られた。


「ついでに、陛下の昼食をここに持ってくるように言っておきました」


(食いながら働けってことか……)


 この時、カインにはボルドーが新たな魔王に見えていた。

 先代の魔王アカシックと直接会ったことはないが、今度の魔王はそれよりも手強そうである。


 颯爽と立ち去っていく魔王ボルドー。

 きっと、これから自分だけゆっくりと昼食を取るに違いない。


(あれ? 国王ってもっとこう……。あれ?)


 この世界の一日は二十五時間。

 直近の一週間は、その内の二十時間を執務室での書類仕事に費やしている。


 なるほど、確かに国王業は激務のようだ。

 というか、もしかすると奴隷の一種ではないのか?


 これではカインを殺して新たな王になろうとする者がいないのも納得だ。

 こんな損な役回り、やりたがる方がどうかしている。


 もしもそんな奴が実在するとしたら、とんでもない超人か、あるいはとんでもない無能のどちらかだろう。


「どこかに弟いないかな……」


 他に誰もいない執務室に国王の独り言が響く。


 カインは全ての仕事を押し付けられる弟が欲しいと心底願った。

 もしも本当にそんな奴がいたなら、今すぐに王の地位もこの書類の山も纏めてプレゼントしてやりたい。


 そう、カインはとても弟思いな兄なのである。


(そうだ、弟さえいれば……)


 妄想と空想は現実を駆逐する。

 カインは、この書類の山を華麗に捌いてくれる弟が、実はこの世界のどこかにいるのではないかと考え始めた。

 

 もしかするとそこの扉を勢いよくバンと開けて、助けに来たぜ兄貴的な感じで颯爽と現れてくれるかもしれない。

 そうなれば全てが解決だ。


「……駄目だ、疲れてるな」


 カインは現実逃避の短い旅から帰還すると、持っていたペンとハンコを一度置いた。

 食事をとって少し休めば気分も変わるかもしれない。


「陛下、お食事です」


 丁度いいタイミングで侍女のミアが昼食を運んできたので、カインはそれに飛びついた。


「お、アップルパイもあるな」


 焼き菓子はカインの好物である。

 これでやる気を回復させようという魂胆が見え見えだが、素直に乗ることにした。


 新鮮なミルクと焼き菓子。

 良い組み合わせだ。


「陛下、デザートです」


「ん?」


 王族の実用食とも呼ばれるサンドイッチを口に運び終わったカイン。

 いよいよデザートのアップルパイに手を出した国王に対し、ミアがグラスを差し出した。


 中にはドロドロとした濃厚な緑色の液体が入っている。


「……なんだこれは?」


「ス、スムージーです」


 ミアは顔をカインから背けたまま、視線を合わせようとしない。

 どう見たって何かを隠している。


「嘘を付くな! なんだこの毒々しい液体は?!」


「いやー、なんかボルドー様が”健康に良さそうな食べ物を陛下に”って言うんでー」


「言うんで?」


「とりあえず葉っぱとか根っこを片っ端から魔導ミキサーに」


 ミアは素の口調で答えた。

 先程までの優秀そうな振る舞いとは逆に、強いダメな子オーラが溢れ出ている。


 ちなみにだが、魔導ミキサーは主に薬を作ったりするのに使われる、高級マジックアイテムである。

 彼女は魔法が使えないから、他に手伝った者がいるということか。


「そんなことに大事なマジックアイテムを使うな……。ちなみに何を入れたんだ?」


「え……」


「……」


 執務室に沈黙が訪れた。


 よくよく考えてみると、魔導ミキサーが置いてあるのは厨房ではなく薬材室だったはずだ。

 ということは、もしかするとそこにあった薬用の材料を投入したということはないか?


「だ、大丈夫ですよ! シーアさんが体には良いって言ってましたし! 飲んでも死にませんって!」


 体……、には?


「よし、王命だミア。毒見係として一口飲んでみろ」


「おっとしまったぁ! 洗濯物を干すのを頼まれてたんだったー! 急いで行かないとー!」


「待てっ!」


 カインは棒読みの台詞を吐いて逃げようとしたミアの腕を掴むと、そのまま彼女を引き寄せて羽交い絞めにした。

 一見してみると、国王が侍女を手籠めにしようとしているように見えなくもない。


 無言でグラスを差し出したカイン。

 しかしミアは全力で口をつぐんでいる。


 そこには”自分は絶対に飲まない”という強い意志が感じられた。


「飲め」


「むぐぐ……」


「……よし、自分で飲めないなら俺が飲ませてやろう」


 カインはミアの口をこじ開けて無理矢理に液体を流しこもうとした。


「うわー! やだーっ! カインさまのセクハラー! 強姦魔ー!」


「動くなっ! いいから大人しく飲め!」


 王宮で勃発した仁義なき戦い。

 そう、事件は現場で起きているのだ。


 しかし抵抗むなしく、ミアの口に緑色の液体が投入された。

 

「う……。うご……。苦……、不味い……。ごぼぼぼぼぼ……」


 ミアは液体を飲み込むことなく、白い泡を吹いて意識を失った。


「やっぱり碌なもんじゃなかったか……」


 まあ王宮医のシーアが体に良いと言っていたらしいから、死にはしないだろう。

 ちょうど仕事を放り出す口実が見つかったので、カインが倒れたミアを連れて医務室へと向かうことにした。 


「おっと、これも持って行かないとな」


 カインはミアを背負うと、彼女を気絶させた毒々しい緑色の液体を持った。

 医務室と薬材室は隣同士だし、どちらもシーアが管理する部屋だ。


 カインは臣下思いの国王なのである。

 是非とも彼女にも飲んで貰おうではないか。


 ”体に良い飲み物”を!


 王族特有の赤い瞳が輝いた。

 部屋を出て通路を進むその気分は、もう既に魔王である。


「シーア、いるな?」


「あ、陛下。どうしました?」


「いやなに、ミアが”体に良い飲み物”を飲んで気を失ったんだ」


「え」


 カインの言葉を聞いた瞬間、宮廷医の顔色が変わった。

 まだ若いが優秀な彼女の額に、脂汗が浮かび上がる。

 

「そ、それは大変ですねー。じゃあ早速様子を見てみましょうかー」

 

 棒読みだ。

 清々しいぐらいに棒読みだ。


 シーアは誤魔化すようにしてミアの容態を確認し始めた。

 ベッドに寝かされた侍女は、口から白い泡と緑の液体を垂らしたまま白目を剥いている。


 意識はまだ戻っていない。


「……ちなみに陛下は?」


「俺は大丈夫だ。飲んでないからな」


「ところで、お前もよく働いてくれているみたいだし、疲れているだろう? ……一杯どうだ?」


「え」


 そう言って、カインはシーアに例の健康ドリンクを差し出した。


 まだ若く、宮廷医になってからの日が浅い彼女は、きっと苦労も多いことだろう。

 カインは臣下の体調を気遣う優しい国王なのである。


 見ろ。

 王の粋な計らいに感激し過ぎて、シーアは固まってしまったではないか。


「……」


「……」


「いやいや私はあくまでも医者でありましてむしろ飲む側ではなくて飲ませる側でありましてこれを飲むということはつまり私の医者としての名誉と誇りにかかわる問題なわけでミアに全部飲ませたいというかカインさんに全部飲んでおいて欲しかったっていうかちょっと悪ふざけが過ぎた的な感じで本当にそれマジで不味いヤツだから飲むわけにいかないっていうか美容と健康には滅茶苦茶いいけど精神力がすり減るというか私はまだお肌の曲がり角には少し早――」


「いいから飲め」


「うぎゃああああああ! ぉお……。ごぽぽぽぽぽぽ……」


 カインが控えめで謙遜している宮廷医に直々に液体を飲ませてやると、彼女は嬉しさの余り、白目を剥いて気絶した。

 大の字で床に倒れたその姿は、年頃の乙女にあるまじき醜態だ。


 ……犠牲者はこれで二人。


「とんでもない液体だな……」


 臣下達の労を労ったカインは、執務室に戻ることにした。

 二人を被害者を出した液体を手に持ったままだったのには、特に深い理由はない。


「ん? どうした?」


 執務室の前には財務大臣ゴールの部下であるタリアがいた。

 会計官の一人である彼女は、セクハラに大変厳しい女性である。

 

「あ、陛下。たった今、追加の書類をお部屋に運び終わったところです」


「ああ、そうか。悪いな」


 さっきの二人とは違い、特に変な様子もなく去っていくタリア。

 それを横目で見送ると、カインは何気なく執務室の扉を開いた。


 油断。

 

 人は勝利を手にした時、気の緩みによって敗北を引き寄せる。

 そう、彼女の言葉を聞いた時、即座に気付くべきだったのだ。

 

 ……”運び終わった”という言葉が仄めかす意味を。

 

「……は?」


 全くの無防備な心で執務室に入ろうとしたカイン。

 その視界に飛び込んできたのは、先程の二倍以上に増殖した書類の山だった。


「なん……だと……」


 増える前ですら、既にカインの処理能力では終わりが見えなかったのである。


 ……その光景は正に絶望だった。


(……よし、逃げよう)


 即断即決。

 過労死という避けられぬ未来を前に、カインは後方への全速前進を選択した。


 しかしどこへ逃げよう?

 この書類の山とあの悪魔よりも容赦の無い会計官達から逃げられる場所など、この世に存在するのか?


 現実は時に人の心を完膚なきまでに打ちのめす。

 カインはもう妄想でも空想でもなんでもいいから、とにかくこの書類から逃げ出したかった。


 そんな時が、光明が差し込んだのは。


「……」


 ……手に持ったままのグラスには、まだ”例の液体”が残っている。


 口にした者は速攻で意識を失う健康ドリンク。

 その効果はミアとシーアの二人で実証済みだ。


「……」


 即断即決。

 カインは無表情のまま、それを一気に飲み干した。



「――はっ!」


 カインは粗末な布団の中で目を覚ました。 

 

(夢か……)

 

 時計など無いので正確な時間はわからないが、おそらくはまだ深夜だろう。


 ヒロトによってこの辺境の地に追いやられてから五年。

 最近は少し調子がおかしい。


 自分はこのままここで人生を終えるのではないか。

 そんな不安と恐怖に、正気を蝕まれているかのようだ。


(過去は過去。今は今。そして未来は未来……)


 粗末な小屋の中で自分に言い聞かせながら、カインは天井に向けて手を伸ばした。


 開いた手の平の先にあるのは、灯りも明かりも無い暗闇だ。

 天気が悪いのか、壁の隙間からは月の光すらも差し込んで来ない。


 お前の未来には何の希望も無いと言われている気分だ。。


「……」


 カインは腕を上げたまま瞳を閉じた。


 大丈夫、まだ何も忘れてはいない。

 あの時死んだ者達の顔と名前を、一切の淀みなく思い出せる。


 ヒロトに追放されて、ちょうど五年目の夜。

 この世界において、それは過去と現在の境界線とも言われている。


 しかしあれはまだ過去ではない。

 そうだ、まだ何も過去にはなっていないのだ。


 過去と現在、そして未来は別だと平然と言い放つ薄情者達に対する敵意はまだ、心の奥底で燻っている。

 未来志向の薄情な平和主義者達に対する敵意はまだ……。


 光無き世界。

 そこに生きる者に、掴めるものは一つしかない。


 カインはゆっくりと目を開くと、その手で闇を握りしめた。


 そうだ。

 希望無き者に破滅以外の未来が無いというのなら、それを止める権利を持つ者など、どこにも存在しないはずだ。


 ……存在出来ないはずだ。


 カインは腕を布団の中に戻した。


 好機はいつ訪れるかわからない。

 その時のために、少しでも力を温存しなければ。


 目を閉じ、瞼の裏に甦った臣下達の姿を見て、荒れ始めた心を落ち着ける。


 それにしても――。


(あれ、本当に不味かったなぁ……)


 カインの正気を蝕もうとする狂気。

 しかし口の中に甦ったあの『健康ドリンク』の味は、それを容易く打ち消した。


書籍版はTOブックスさんから2019/07/10に発売予定です。

おじいちゃんの出番が増えたので、是非ご覧頂きたく。


SSSって結局なんなんや……_(  ´・-・)_?

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