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27:『天呪』リリアナ

 王都での戦いを遠くから観察する視線が二つあった。

 その内の一人は今、教会の司教ニトロと名乗っている男だ。


「『天呪』リリアナ。ようやくお目覚めか」


「なんだ、あれが本来の状態なのか? 随分と呑気なこった」


 もう一つの視線の主、エイリークは呆れたように口を開いた。


「さっさと始末しときゃ良かっただろうに。見ろ、双子が生きてる。あいつらまだやる気だぜ?」


「ふん。相変わらず身内を見る目が甘いな」


「あぁん? 俺は事実を言ったまでだろうが。お嬢ちゃんは胸からタリスマンが表に出ちまってる。あれを狙われたら、いくら馬力で押したって意味がねぇ」


「狙われたら、な」


「何が言いたい?」


「確かにカインもアベルも、白のタリスマンを壊す手段は持っている。……手段はな。だが射程が致命的に足りん。アベルは射程そのものが、カインはタリスマンを壊すだけの威力を出せる射程圏が」


「……ちっ!」


 エイリークの舌打ちはいったいどういう意味だったのか。

 自分の考えを否定されたことに対する苛立ちか、あるいは――。


「ここまでの戦いを見る限り、アベルは最低でも背中に乗る必要があるだろう。カインに至っては、ほぼ剣の長さと同じぐらいまで近づかなければならないはずだ。そこまで運べる足があるとすれば、あのオムツを履いたふざけた魔獣ぐらいだっただろうが……。それもたった今、壊滅したばかり」


「そもそもあのデカイ犬っころが大人しく乗せてくれるかって話だろ? そこまで言わなくてもわかるってんだよ」


「リリアナを足止めし、さらに至近距離から頭部のタリスマンにほぼ全力の一撃を叩き込む。さて、この状況からそれを実行するとして……、成功率はどれぐらいかな?」


 ニトロとエイリーク。

 その周囲に数体の亡者と吸血鬼が控えている絶望的な現実について触れるのは、もう少し後になってからでいいだろう。



「ウォォォォォォォォォォォォォォォォオオオンッ!」


 それは絶望だった。

 天を呪わんばかりの咆哮を上げた巨獣が、自分自身が未だ健在であることを周囲に見せつけていた。


 融合したリリアナとルシア。

 その主導権は一見して後者にありそうだが、それはあくまでも外見の印象に過ぎない。


 『聖女』と『聖獣』両者の意識は混ざり合い、ルシアでもリリアナでもないナニカへとその人格を昇華させていた。

 しかしその土台となったのはどちらなのかと敢えていうならば……。


 それはやはり、『聖女』リリアナだろう。


 ドンッ!


 先程まで魔王軍の集中砲火を浴びていた鬱憤を晴らすかのように、巨獣が大地を踏み鳴らした。


 『天呪』リリアナ。

 その本来の力を発言した凶獣が、欲望のままにこの世界を破壊しようと力を振るう。


 リリアナは暴風を起こしながら駆けると、魔王軍の一団をその足で踏み潰した。

 さらに全身から生えた触手を振り回して周囲を蹂躙する。


「うあああああ!」


「逃げッ――、ギャッ!」


 一瞬で潰された者は恐怖を感じる暇が無かっただけ、まだマシな方だったのかもしれない。

 肉の触手で貫かれ、薙ぎ払われ、魔族達は自分が五体不満足となったことに絶望しながら死んでいった。


「あわわわわ!」


 辛うじて暴風圏に巻き込まれなかったティナは震える足で四つん這いになりかけながら逃げた。


 敵に背を向ける行為が不名誉だなどと言っている場合ではない。

 それはあくまでも人間や亜人達の文化だ。


「どうすんだよアレ!」


「俺に聞くな!」


 合流したカルクとルッカもまた、対抗策を見つけ出せないままに『天呪』リリアナから離れる方向に移動していた。

 いよいよもって戦いどころではない。


 争いとは同程度の者達の間で起こるもの。

 絶望的な力の前で起こるそれは蹂躙と呼ぶべきだ。


 そんな魔王軍の惨状を見て、唯一歓喜した者達がいた。

 もはや組織的な活動を完全に停止した聖女軍である。


「やった……。助かった……」


「ああ……」


 文字通りの意味で本当に辛うじて生き残った聖女軍の者達は、今度こそ勝利を確信した。


 あの巨獣は自分達の味方。

 つまりあの四足獣の勝利は自分達の勝利なのだと。


「よーし……! 俺は魔王カインの首を取るぞ!」


 一人が叫ぶと、彼らは気がついたように我に返った。


 教皇はもちろん、教会で高位にある者達はとっくに死んでいるのだ。

 つまりこの場でリリアナに次ぐ地位にいるのは生き残っている自分達。


 手柄を奪う者も、争う者ももういないということになる。


 一発逆転。

 今こそ自分が英雄になる時だと、彼らは本気でそう思った。


 人は自分こそが世界の主人公なのだと、心の何処かで信じている。

 故にその判断を疑おうとはしなかった。


 自分こそが英雄と成るべき人間。

 そしてついにその時が来たのだと。


「抜け駆けするんじゃねぇ! カインの首を取るのは俺だ!」


「なんだと!」


 言い合いになった者達。

 それを尻目に数人が走り出した。


 方向はもちろん『天呪』リリアナのいる側、つまり戦場に向かってだ。


「待て! 行かせるか」


「手柄を独り占めするんじゃねぇ!」


 いったい何が彼らにそうさせるのか。

 もう命のやり取りなど二度と御免だと思ったばかりだというのに、自分が助かりそうだと知った途端、彼らは次々と戦場へと舞い戻っていった。


 リリアナの周囲へと近づき、手柄を分けて貰おうと欲を出す。

 そして――。


「ウォォォンッ!」


「え?」


 ドシュッ!


 巨獣は自分達の味方。

 そう思っていた彼らを、他でもない『天呪』リリアナの触手が貫いた。


「な、なんで……?」


「聖獣様! 俺達は味方です!」


 その声に対する返答は、容赦ない死だった。

 内臓めいた輝きを放つ触手が、戸惑いの叫びを上げる愚者達を手加減無く貫いていく。


「ギャァァァァアアアアアア!」


 人間か亜人か、あるいは敵か味方か。

 狂獣の持つ価値観の中にはもはやそんな概念は存在せず、彼女は他の二人と同様にただこの世界の破壊と破滅だけを望んでいた。

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