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21:”おむつ”の神、オムツは神

 王都における魔王軍と聖女軍の戦いは、後者の前進によって開始された。

 先代教皇グレゴリーが仕掛けた戦いで散った者達が眠る大地の上を、理想主義の俗物達が走っていく。


「行け行け!」


「走れ走れ!」


「魔族狩りだ!」

 

 かつて聖地において無能と見られていた”市民”達。

 主流派になる日など永遠に訪れないだろうと思われていた彼らは今、教会と聖地の看板を背負っていた。


 歴史の表舞台に立ったという高揚感。

 それは彼らが最も欲していたものだ。


 そう、”世の中は金じゃない”と言い張る彼らが最も欲していたのは、他ならぬ自分達が肯定される世界だ。

 自分達の傲慢と二重規範が、善であり正義と化す世界だ。


 彼らはそれを魔王を筆頭とする魔族を生贄にすることによって実現しようとしていた。


 綺麗な建前、腐った本音。

 美辞麗句の使い手など、所詮はそんなものでしかない。


 正しければ勝てる。

 そして自分達は正しい。


 ……勝利の方程式の完成だ。


「よし! 突っ込め!」


「俺が一番殺してやるぜ!」


 一万五千程度の部隊に別れ、三方向から王都に籠もった魔王軍に向けて突っ込んでいく。


 彼らの頭の中に敗北の文字は存在しない。

 敗北というのは意志の弱い者が途中で止まるから発生するのであって、意志が強くて止まらない自分達は無関係だと、彼らは本気で思っていた。


 味方の規模は魔王軍の三倍強。

 しかも背後には『聖女』リリアナと教皇を護衛する五千人に加えて、『聖獣』ルシアまでいるのだ。


 ……負けるわけがない。


「見ろ! 魔王が防御で手一杯だぞ!」


「進め! 神の名の下に!」


 『聖獣』から放たれる空気弾で足止めされている魔王を見て、彼らはいよいよこの戦いの行方を確信した。


 魔王軍の最高戦力と目される魔王が、まだ全力を出していない『聖獣』の攻撃を防ぐので精一杯なのだ。

 質でも量でも、負ける理由が見当たらないではないか。


 人はわかりやすい勝ち馬に乗りたがる。

 聖女軍は歴史に残る一戦に自分の名を残そうと、魔王目掛けて走った。


 そんな彼らを見下ろしながら、魔王軍副官のカルクは冷静に指示を飛ばしていた。


「あのでかいのはアベルが止めてるんだ! 向こうの好きにさせるんじゃないぞ! 全員、撃ち方初めろ! 撃てば当たる!」


「よっしゃ! やっと出番だぜ!」


 大砲を任されていた魔族達は、新しい玩具を手に入れた子供のように火を着けた。

 同時に矢と魔法も放たれていく。


 矢が放物線を描くたび、 まだ出番のない”おむつ”達の視線がそれに合わせて上下した。

 壁の内側に待機している彼らも、突撃の号令を今か今かと待っているようだ。


「まだだってば! 大人しくしてなさい!」


 そんな”おむつ”部隊の指揮を任せられたティナは、自分が乗っている”おむつ”の兜を叩いた。

 怒られてしょんぼりする”おむつ”達。


 魔王軍に飼われている”おむつ”達が命令を聞く優先順位は、一番目が”ボスおむつ”、二番目がカイン、三番目がティナだ。

 ”ボスおむつ”が動かず、カインも別行動している現状では、彼女は”おむつ”達にとって絶対の存在である。


 というわけで彼女に”おむつ”隊長のお鉢が回ってくるのは、不思議なことではなかった。

 ちなみにだが、女神シュメールは一番下だ。

 

 彼女の言うことを素直に聞く”おむつ”など、魔王軍どころかこの世界のどこにも存在しない。

 オムツはポンコツよりも尊いのである。


 そう、つまり彼らにとっての神なのだ、オムツは。

 オムツ教とも呼ぶべきその思想に乗っ取るのならば、これは正に聖戦である。


 敵が純白のオムツという神聖なる恵み、即ち聖物を否定するというのならば。 

 とにかく”おむつ”達は自分の出番がいつ来るのかと、そわそわしながら待っていた。



「教皇陛下! 味方が外壁に取り付きました!」


「うむ。よろしい」


 教皇ドクトリンは次々と吹き飛ばされながらも王都外壁へと到達した自軍を見て、満足そうに頷いた。


 彼にとっても、これは教皇となって初めての戦い。

 ここで勝利して、歴史に自分の功績を残したいのは他の者達と同じだ。


 価値さえすれば、味方の損害などどうでもいい。

 表向きは平静を装いつつ、ドクトリンは戦いの行方に一喜一憂していた。


 ……先程まではそうだった。


「……何をやっているのだ! 聖女様の御前であるぞ!」


 味方が外壁まで辿り着いたのはいいが、そこで足踏みしてそれ以上押し込める気配がない。

 それを見ていたドクトリンは早々に痺れを切らしてしまった。


 未だ味方の優勢ではあるというのに。


「残りの者達も投入するのだ!」


「しかし聖下、それではここの守りが……」


「愚か者!」


 ドクトリンは意見を述べた側近を怒鳴りつけた。

 

「聖女様は偉大なる聖獣がお守りしている! そしてこの聖戦に挑む我らが自分の命を惜しむなど、言語道断! 立場をわきまえよ!」


「も、申し訳ありません……」


 流石は高位の神官といったところか。

 彼はまるで息を吸って吐くかのようにそれらしい口実をでっちあげて見せた。


「前進! 前進だ!」


 教皇の命令を受け、聖女の護衛をしていた隊も前進を開始した。

 その場に残ったのは教皇と聖女、そして伝令や世話役の数十人だけだ。


 『聖獣』ルシアが反応したのは、その直後だった。

 

「ルシア? どうしました?」


 『聖女』リリアナが最初に異変に気がついた。

 『聖獣』はそれまで規則正しいタイミングで空気弾を打ち出していたというのに、突如その動きを止めてしまったのだ。


 ルシアは直後に尻尾を振り回すと、まるでマントでも着せるかようにそれをリリアナの周囲に巻き付けた。


「ルシア?」


 リリアナは疑問符を浮かべた。

 いったいどうしたというのか。


 ルシアの攻撃で魔王を足止めしているのだから、これでは敵に反撃の機会を与えてしまうだけだ。

 ドクトリンや他の者達も、どうしたのかと聖獣の巨体を見上げた。


 その時だ。

 その理由がわかったのは。

 

 シュゥゥゥ……、ゥン! ザクッ!


「――?!」


 小さな風切り音。

 ”何か”が天から降り注ぎ、ドクトリンの体を真っ二つにした。


「聖下!」


「……?」


 正中線から赤い血飛沫を発しながら、教皇の体が左右に別れて崩れ落ちる。

 いったい何があったのか、それを理解するよりも先に、ドクトリンの意識は吹き飛んだ。


 周囲の者達も、リリアナを除いて全員が息を呑んでいる。

 まるで”見えない刃で斬られた”かのような現象だ。


 そんな彼らが状況を把握する前に、ルシアが鼻を鳴らし始めた。

 聖獣は背後へと向き直り、”敵”の姿を見つけ出した。


「グルルルルル……」


 後方から襲撃してきた敵を睨みつける聖獣。

 周囲の者達も、その視線の先に人の姿があるのを見つけた。


距離はまだ少し遠い。


「あれは……、まさか!」


 どこかで見たことがある。

 いや、確かに見たことがある人物だ。


「ウォォォォォォォン!」


 聖獣が雄叫びを上げた。

 どうやらリリアナが攻撃の対象にされたことを怒っているらしい。


 それは同時に、敵が『聖女』に危害を加えるだけの力を持っていることも意味する。


「ふん、獣は勘がいいな」


 白い鎧に身を包んだ二刀流。


 かつて国王だった男。

 そしてヒロトの次の勇者となった男。


 彼らの視線の先で、カインが二本目の聖剣を抜いた。



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