18:女神様にご褒美は?
戦いから一夜が明け、王都は引き続き敵の本隊を迎え撃つ準備で騒がしくなっていた。
そんな中、馬小屋からおむつ小屋へと名称変更した建物では、カインとシュメールが”おむつ”達に餌をやっていた。
「あの、カインさん?」
「なんだ?」
休憩に入ったシュメールは、ジト目で隣に座ったカインを見た。
いや、睨んだと言った方が正しいかもしれない。
「ひとつ納得行かないことがあるんですけど」
「なんだ?」
「”おむつ”達が食べてるのって、クッキーとビスケットとミルクティーですよね?」
「ああ、そうだな」
「いつもと違いますよね?」
「ああ、戦いの前だからな。こいつらにもやる気を出して貰うためだ」
「じゃあなんで私は水だけなんですか?」
小屋の中には焼き菓子の甘い匂いが漂っている。
しかしシュメールに出されたのはカップに入った水だけだ。
他には何もない。
クッキーも、ビスケットも、そしてもちろんミルクティーも。
……女神様は大変に不満そうである。
「喜べ、地下から汲み上げた綺麗な水だぞ」
「私もクッキーとビスケットとミルクティーがいいんですけど」
「……」
「なんで目をそらすんですか」
”おむつ”達は勝ち誇った顔でクッキーとビスケットを食べ、ミルクティーを飲んでいる。
シュメールは嫉妬にも似た目でそんな魔獣達を見た。
「私もあっちが――」
「よし、小屋の掃除でもするか」
「ちょっとぉぉぉぉっ! 私、女神だから! 貢ぎ物が水だけとかないから! ”おむつ”より下の扱いとかありえないから!」
カインは哀れみの視線を彼女に向けた。
(女神ってのは、こんなのしかいないのか……)
人間というのは神とか精霊とかいうのをやたら高尚な存在として捉えたがる傾向があるが、現実は残念の一言だ。
教会の連中がこれを女神だと認めたくないのも、わかる気がする。
(こんなポンコツ、俺が教皇なら絶対に認めないだろうな)
いや、もちろん彼らはシュメールが新たな女神だということそのものを信じていないわけだが。
きっと彼女の本性を知ったら知ったで、新たな宗教戦争が勃発するに違いない。
「やだやだ! クッキークッキー! ビスケットビスケット! ミルクティー!」
シュメールは地面に転がってジタバタとダダをこね始めた。
そんな彼女を”おむつ”達は勝者の余裕とともに眺めている。
ちなみにだが、シュメールは人間ではないので、彼らが何を考えているのかもなんとなくわかったりする。
『うわー』
『これが女神かー』
『彼氏いなそう』
容赦ない”おむつ”達の感想は、彼氏いない歴イコール人生の女神に容赦無く突き刺さった。
「うるさぁぁぁぁぁい! 彼氏がいないのは関係ないでしょうがぁぁぁぁ!」
シュメールは起き上がると、”おむつ”の群れを指さした。
本当の事を言われたのが堪えたのか、その目は涙ぐんでいる。
……よほど彼氏が欲しいらしい。
「こうなったら、”おむつ”達の分を食べてやる!」
「――!」
シュメールは”おむつ”達のおやつを狙って駆け出した。
しかし”おむつ”達だっておむつの次に人生の楽しみであるおやつを、そう簡単に譲るわけにはいかない。
ここが戦場の最前線だと言わんばかりに、即座に隊列を組み、向かってくる女神を迎え撃つ。
神と魔獣の仁義なき戦いの火蓋が、今ここに切って落とされたのである。
「おいおい……」
呆れるカインの目の前で突如勃発した”おやつ戦争”。
ここまで気合の入った”おむつ”達を見るのは、彼も初めてだ。
戦争の時だってもっとのんびりした顔をしていたのに……。
「女神の前にひれ伏しなさい! 必殺! 神魔双、ドライバァァァッ!」
「――!」
シュメールは”おむつ”を一匹掴むと、躊躇いなく殺人技を掛けた。
ドゴォォォォン!
地面に叩きつけられた”おむつ”。
その衝撃で王都が揺れた。
しかし殺人技は所詮殺人技。
人ではない”おむつ”に対して致命傷となるわけがない。
仲間の無事を確認した”おむつ”達は、勝ち誇った顔を見せた。
対する女神は悔しそうだ。
「くっ……! 力を封印されてさえいなければ……!」
シュメールは普通の人間と変わらない程度にまで力を制限されている。
本来の力で殺人技を繰り出していたなら、流石の”おむつ”だってひとたまりもないだろう。
「よこしな……、さいっ! ふぬぬぬぬぬ!」
おやつの入った籠を掴み、魔獣と奪い合う女神。
ちなみにだが、彼女の知性は身体能力と違って制限を受けていない。
つまり本来の能力そのままだ。
この女神のおつむは”おむつ”達とおやつを取り合うレベルだということである。
「なんか、どうでも良くなってきたな」
カインはシュメールに隠れてこっそり確保しておいたミルクティーを飲み干した。
もちろん彼女の分はない。
本当はシュメールの分もあったのだが、カインが”おむつ”達の餌にこっそり全部混ぜてしまった。
というわけで、実は彼女が戦う理由は大義名分として結構妥当だったりする。
「……帰るか」
カインは終わる気配のない”おやつ戦争”を放置して、王宮へと戻っていった。
★
「西側異常なし!」
「北も大丈夫だ!」
「南は?!」
カインが戻ると、何やらみんなが騒がしくなっていた。
「おお、カインさん! 無事だったか?!」
カインを見つけたルッカが駆け寄ってきた。
猫の亜人なだけあって、その身のこなしは軽やかだ。
「どうした? 何かあったのか?」
「さっき地面が揺れたんだ。一回だけだったけど、もしかしたら敵が仕掛けて来たんじゃないかって、騒ぎになってる。今は異常がないか確認中さ」
「……さっき?」
カインの脳裏に、先程見た光景が鮮明に蘇る。
『神魔双ドライバァァァッ! ドゴォォォォン!』
「……」
カインも国王をやっていた頃から色々な経験をしてきた。
しかしこういう場面に遭遇するのは初めてである。
「揺れたのはさっきか?」
「ああ、さっきだ」
「一回だけか?」
「ああ、一回だけだ」
「直前に掛け声とか聞こえなかったか? 神魔双なんとか、とか」
「ああ、そういえば見張りの奴らが女の奇声を聞いたって言ってたな」
「……」
「カインさん、何か知ってるのか?」
「いや! 全く何もわからんな! 心当たりもない!」
政治家というのは、本音と建前、嘘と本当を使い分けて一人前だ。
というわけで、カインはこの件に関して、しらを切ることにした。
何も見ていないし、何も聞いていない。
”おむつ”小屋には今も奇声を発している女が一名いるかもしれないが、もちろんそれは自分の預かり知らぬことだ。
そうだ、自分は関係ない。
関係あるのかもしれないが、関係ない。
「どれ、俺もその辺を見回ってこよう」
「待て」
誤魔化してその場を立ち去ろうとしたカイン。
しかしその肩を、背後から何者かが掴んだ。
「……離せアベル」
カインは振り向かない。
勇者カインは魔王アベルに対し、完全に背を向けた。
ここで関連を認めてしまえば、王宮における伝統的な罰である便所掃除が待っていることは明白。
罰を受けるのはシュメールだけで十分だ。
「駄目だ。ルッカは誤魔化せても、俺は誤魔化せないぞ。行くなら知っていることを全部吐いてから行け」
「……俺は無実だ」
「問題を起こした奴は大抵そう言うらしいな」
その時、再び外で奇声が聞こえた。
「神魔双、バスタァァァァァァッ!」
ズドォォォォォン!
再び王都が揺れる。
「おい、今の声はまさか……」
「……俺は無関係だ」
翌日、朝から便所掃除に勤しむカインとシュメールの姿が目撃された。




